最初に動いたのは志善だった。
彼は大きく右手を振るうと、黒い霧が周囲へと溢れた。
弥人の使っていた白い霧と……ほぼ同質か。
色の差異はあれど、圧倒的な密度で視界を一気に奪われる。
「少しは慢心しろよ……」
思わず言ったのとほぼ同時に、上空から雷が飛来する。
速度は自然界の雷と変わらず、威力に至ってはそれ以上。
彼の臨界【
威力だけならば……間違いなく、弥人をも上回るだろう。
「けど、威力だけだな」
指を弾くと、途端に僕目掛けて落ちてきた雷が霧散する。
雷は無数の細かい線となって大地へと降り注ぎ、その衝撃で黒い霧が晴れていく。
やがて、志善の姿が見える。
彼は歯を食いしばり、僕を睨んでいた。
「威力だけは褒めてやるが、扱いは弥人の足元にも及ばないな。これならまだ、アイツの方が手強かった」
僕の頭上には多くの弾丸が浮いている。
臨界を経験したことにより、僕の天能への解釈も変化している。今までは銃火器として捉えていたモノを、今では銃は銃、弾丸は弾丸として捉えるようになっていた。
当然、それによって以前は使えたものが使えなくなった……と言ったことは無いが、その逆は大いにある。
事前に雷の通り道へと鉄の弾丸を配置し、避雷針として雷の方向を逸らす。前々から弥人を相手に……と考えていた戦術だが、まさかお前を相手に試すことになるとは思ってなかったよ。
「減らず口を……ッ!」
「……っ」
嫌な予感。
警戒を最大まで引き上げ、後の先に集中する。
雷が通じないと理解した志善悠人。
彼が次に取った攻撃手段は――大地の操作だった。
「【
大地が揺らぐ。
咄嗟に上空へと飛び上がる。
僕が見たのは、蠢き、変形し、巨大な獣の【口】となった大地だった。
牙のサイズは、目測だが……僕の身長の10倍以上はあるだろう。
「随分な大技を……」
と言いかけて、志善の表情を見る。
彼の顔には色濃く苛立ちが映っていたが、それだけだ。
僕にとっては一歩対応を間違えれば即死の大技。
にもかかわらず……アイツにとってはただの通常攻撃。
(……いつから、こんなに差をつけられたんだろうな)
思わず苦笑し、アギトへと指を向ける。
実力差は明確。
今の僕ではどうあがいても勝ち目は薄い。
――ならば、
一歩ずつ、では遅すぎる。
もう、そんな悠長なことを言ってられる相手じゃない。
数段飛ばしで成長しろ、進化し続けろ。
「――
「……ッ」
指定した先は、志善悠人。
僕の声を聞いて、初めて彼の表情に焦りが滲む。
……大丈夫、心配するな。
ただの賭けだ。成功する確率なんてゼロに近い。
だが同時に、成功すればお前を確実にぶち抜ける一手でもある。
そしてお前は……
「こ、殺せアギト!」
おそらく、星の権能を使ったのだろう。
現在と過去のすべてを読み取る知恵の海を使用した。
その上で、僕が何をしたのか分からなかった。
全知である世界の中に、たった一筋の【未知】の混入。
彼の表情にさらなる焦りが滲む。
対する僕は、どこまでも冷静だった。
「簡略展開――
先ほど流れてきた、世界の情報。
その中の一つ――天守周旋が成功させた【臨界の簡略化】。
それを応用して、自分の天能に落とし込む。
……まあ正直、父さんに比べれば子供の悪戯みたいなもんだけど。
僕の周囲へと、再び弾丸が産み落とされる。
先ほども見せた、弾丸の召喚。
だけど、ただ召喚するだけではまだ足りない。
「穿て」
天能は術者のイメージを形にする。
僕が想像したのは、透明な銃身。
空気をその形に見立て、一切の過不足なく圧を加える。
――そして、発射。
僕の召喚した弾丸は、そのまま牙へと飛来する。
「な……っ!?」
迫りくる牙へとヒビが入る。
一撃で壊すのは厳しかったようなので――続いて二射目。
寸分たがわず同じ位置へと着弾した弾丸は、迫る牙全てを粉砕した。
……二射。
その事実に顔が歪みそうになる。
まだまだ未熟。
この程度、一撃で粉砕出来なくちゃ……話にもならない。
次は、二射も要らない。
確実に、一撃で粉砕する。
そう覚悟を決める僕の眼前で、地の獣が崩れていく。
その向こう側で、志善悠人は僕を見上げていた。
召喚した銃の上に乗る。
両手を広げ、僕は眼下の世界を見渡した。
「凄いぜ志善。
セバスとの戦い。
臨界の発現。
あれ以降、僕の中で何かが変わった。
というより、モノの見方が一変した。
ああ、これは使える。
これは使えない。
だけど、本当に使えないのか?
要らないモノを削れば、使えるんじゃないのか?
そういう思考が、新しく生まれた。
火力に特化すると宣い。
実際、その極致を生み出した――その先に。
はじめて僕の天能は、【自由】を知った。
「銃身を削ってもよかったんだ。そうすれば音も出ないし、余計な手間も一切省ける。攻撃までの時間ロスもない。今まで以上に素早く、手間なく……あとは、どうすれば火力が伴うか……だが」
何でもかんでも取り入れるわけではなく。
要らないモノを削る。
その先に初めて見える光景がある。
「……ッ! ああ、そうかい! 君が今も成長しようというのなら、完全に進化しきる前に潰すまでだよ!【裏六番・ガルダ】!」
志善は両手の指六本を組み合わせる。
そして生まれ落ちたのは、屋敷を飲み込むほど巨大な怪鳥。
空を見上げる。
弥人の
……まあ、そりゃそうか。
火力・出力だけならこいつは弥人を上回る。
同じ力を使えば、確実にあの兄をも超えてくる。
「さらに付与・雷! これに勝てるかい、優人!」
ガルダの体に雷が纏う。
凄まじい威圧感。
こりゃ、弥人の魔猪でも秒で屠られそうだ。
そんなことを思いはした。
けれど、その怪物を見上げて。
僕は……すんと、心が冷める思いだった。
「何を勘違いしているのか知らないが……」
右手に
その光景に志善は眉を寄せた。
せっかく銃身を不要とした攻撃を可能にしたのに。
何故、今更銃身を用意したのか――と。
疑問に思い、天能に問いかける。
その答えが出るより先に、僕は怪鳥へと銃を構えた。
「消音、簡略、耐久、使い勝手――今回、削るのはお前らだ」
削り、削って、要らないモノを削ぎ落して。
その先に見える光景、新しい極地。
眼下で志善が目を見開く。
そんな彼をよそに、僕はたった一発、弾丸を放った。
『キュ』
断末魔、と呼べるのだろうか。
小さな、最期の悲鳴が聞こえた。
回避する余裕もなく。
危機を察する時間もなく。
気が付けば、怪鳥の眉間に巨大な穴が穿たれている。
「ば……っ!?」
怪鳥が霧となって霧散する。
あぁ、良かった。
僕の考えは間違っちゃいなかった。
あの怪鳥を見上げて。
直感的に過ぎった言葉。
ーー
「驚くなよ志善、当たり前のことだろ」
下で驚く志善へと。
僕は、当たり前のことを口にする。
「火力を求めた僕に、お前が火力で勝てるわけがないんだ」
お前は天能の多様さを求めた。
その答えが、お前の『星』だ。
全てに手が届く多様性。万能と言って差し支えない。
でも、そんなもんは僕は求めちゃいないんだよ。
火力、火力、火力。
それだけを追求した果ての今。
「お前みたいな半端に、僕の一撃が耐えられるかよ」
頑固。
意固地。
その上脳筋。
我ながら、言葉に起こすと笑いそうになる。
悪いが、僕はお前ほど賢く生きちゃいないんだ。
なんてったって、凡人だからな。
愚かしいと思うが、僕は僕の選んだ道を行く。
……例えその道が、長く続かないものだとしても。
「……随分と、無茶をするね」
ふと、下から志善の声がする。
僕を見上げるその瞳には憐憫が映る。
まるで可哀そうなモノを見るような表情で、彼は言葉を重ねた。
「天能は魂の力。言い換えれば、天能を使えば使うほど精神力は疲弊する」
ぽたりと、鼻から何かが滴る。
手で拭うと、掌に付着したのは鉄味の赤色。
「精神力は基本、加齢によってのみ増えていく。……対して君は、まだ子供だ」
彼が何を言いたいのかは分かっている。
その上で、言い返す余力も惜しくて。
僕は、黙って彼の結論を受け入れる。
「
……分かってるさ。
お前の言う通り、これは、削っちゃいけないモノだって知っている。
大人になって、精神力の成長した僕が初めて使えるであろう、超威力。
今の僕では逆立ちしても引き出せないソレを……無理やり引っ張り出した。
その分、代価はある程度大きいものだと……分かってはいたさ。
一度使うたびに、心の中の大切なモノが削られていく。
それは想いか、感情か、希望か、絶望か。
あるいは――思い出か、僕の命か。
と、そこまで考えて僕は笑った。
確かに大切だ。
けど、それ以上に大切なことが目の前にある。
「弟に負けて無様晒すよりは、百億倍マシだろうが」
ここで志善を止められなければ、僕は一生後悔する。
どれだけ生きながらえようと、この瞬間を一生背負って生きていく。
あの時、もうちょっと無茶していれば。
もっと、ずっと、頑張れたら。
そんなことを思って、過去を振り返り歩いていく。
そんな人生、クソ喰らえだ。
僕の人生は僕のモノだ。
お前に対する罪悪感なんて抱いてやるものか。
お前に対する後悔なんて残してやるものか。
不必要なものを削って、必要なものに手を届かせる。
それが僕の戦い方なら。
魂だろうが、この命だろうが。
不必要と思えば、何の躊躇もなく削ってやる。
「それに、どうせ負ければ死ぬんだろ? なら、勝って死んだ方が夢見が良い」
「……イカれてるよ、君は」
彼の言葉に返事もなく。
僕は、新たに作り出した銃を構える。
既に、ガス欠のすっからかん。
力を使うたびに激痛が体中を走る。
けれど、痛みは見せない、弱みは見せない。
なんてったって、僕はこいつのお兄ちゃんだから。
兄はいつだって、いつも通りに。
死ぬその時まで、元気な顔して居るもんだ。
『優人は泣き虫だなぁ』
いつか聞いた、兄の声が蘇る。
僕は笑みを深めて、トリガーを振り絞る。
涙なんて、お前が死んだときに枯らしたよ。
お前を殺した、あの時から。
痛くても、辛くても。
頑張るって決めたんだ。
だからもう、泣き虫は卒業だ。
お前が教えてくれたように。
僕は最後まで……兄として、この馬鹿に付き合うとするさ。
【嘘なし豆知識】
〇作者、ついに過去編の執筆終了
朗報です、作者だけ一足先に鬱から解放されました。
辛かった、本当に書いてて辛かった。
この話を考えた人は、頭でも沸いていたのでしょうか。
どうして書いている途中で筆が止まらなかったのでしょうか。
「あれっ、ちょっと地獄過ぎない?」
「話、もうちょっと明るく改変したほうがよくない?」
そんな考えは過らなかったのでしょうか?
過らなかったようです。
皆さん、45話までありますので頑張ってください。
ただ、本当に耐えられない人向けに、過去編完結後に鬱っぽさを排除した【過去編のざっくりとしたあらすじ】を掲載予定です。
現時点でつらいよ、って方は過去編完結後にそちらを見るのもおススメです。
※すでに手遅れです、という感想は受け付けておりません。
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