過去を振り返り。
つくづく、僕は出来損ないだったと思う。
才能なんてなかった。
それでも必死に生きてきた……つもりだ。
他人にどう思われようとも。
自分の意志を貫こうと、意地になっていた。
『馬鹿ね、大馬鹿ね! 私が見ないうちに頭でも沸いたのかしら!』
そうだな、確かに……頭がおかしくなっていた。
君が死んでから、僕は何をすればいいのか分からなくなった。
それでも、ただ……もう一度会いたいって。
その気持ちだけは本当だって分かった。
だから、その気持ちに殉じた。
回りなんて見えなくなって。
子供たちにも盛大に嫌われた。
もう一度君と会うために。
どれだけ多くの命を、切り捨ててきたか分からない。
一度は子供を抱くために、親の血に濡れた手を洗った。
けれど、その手もすぐに血に濡れた。
妻のためにと、罪なき子供たちを地獄に突き落とした。
きっとあの子たちは、そんな僕のこと、父親とも思っていないだろう。
それだけのことを、僕はしてきたはずだ。
もういない人に囚われて。
今を生きるあの子たちを蔑ろにした。
僕こそが、一番の
『そうね、否定しないわよ。アンタ、大勢から恨まれてるもの』
その女性は、僕の足元へと指を向ける。
そこには、多くの屍が転がっていた。
真っ赤な血の池の上。
子供たちの死体が、何十と積みあがっていて。
その上に、僕は頭を抱えて座っていた。
なんで。
どうして。
僕たちは死んだの。
お前のせいで。
お前のせいだ。
お前が殺した。
僕たちを殺した。
死ね、死ね。
死ねよ。
死んじまえ。
死んでくれ。
お前が悪い。
お前が悪だ。
亡霊の声が聞こえる。
僕は耳をふさぎたくなったけれど。
全て事実だったから、受け止めるしかなくて。
その度に心がひび割れた。
そんな僕を、女性はじっと見上げている。
『ごめんなさいね。私が魅力的過ぎたのよ』
見当はずれなことを言っていた。
女性は、僕の方へと歩いてくる。
死体の山を蹴り崩し、ずんずんと距離を詰めてくる。
『私のことを愛しすぎた。そのせいで今があるのなら、私の責任が大きいわけじゃない? なら、恨むならこの人じゃなく、私にしときなさい。ほら、死体を蹴るだなんて悪い女でしょ? 私って』
亡霊の困惑なんてさらっと無視して。
その女性は、私の目の前までたどり着く。
既に、死体の山は消えていて。
先ほどまで見下ろしていた女性を、気づけば見上げていた。
呆然とする僕へと、彼女は手を差し伸べる。
『一人で抱え込むんじゃないわよ馬鹿。幸せも不幸も私が一緒に背負うわ。アンタが悪なら私は魔王になってやる。アンタが正義なら私は勇者になってやる。そういうもんでしょ、夫婦って』
その言葉に眼を見開いて。
僕は、彼女へと手を伸ばす。
――そんな僕を、彼女は思いっきり殴り飛ばした。
『ふんッ!!』
『ぐえ……っ』
潰れたカエルみたいな声が出た。
おもいっきり顔面をぶん殴られる。
僕の体は宙を舞い……そのまま際限なく落下を始める。
『けれどね! 今のアンタみたいな腑抜けの妻になったつもりはないわ!』
彼女は落下する僕へとそう叫ぶ。
その姿を見上げる。
そこに立っていた彼女は、昔と変わらぬ勝気な笑みで。
自信満々に、僕へと拳を突きつける。
『親はいつだって子供を大切にするもんよ、
やがて、その姿も見えなくなった。
落ちる。
落ちる。
どこまでも落ちていく。
その中で。
彼女の声が、最後に響いた。
『最後くらいは親の責任、しっかり果たしてきなさい!!』
私が許可するわ! と彼女の声を聞き。
……【私】は、久方ぶりに笑った気がした。
☆☆☆
「…………」
少年は、倒れた兄の姿を見下ろす。
これから起こること。
それを、この【正義の味方】には見てほしくなかった。
「風よ」
どこからか、風が吹く。
力強くも優しい風は、ふわりと死体を浮かび上がらせる。
運ぶ先は……正面玄関の方に設定。
そのまま、風に乗せて兄の体を遠くへ運ぶ。
これで、もう、躊躇う理由はない。
何を気にすることもない。
思うがままに、やりたいとおりに。
この世界を――破壊する。
「そろそろ、いいよね」
志善悠人は指を鳴らす。
その瞬間、跡形もなく弥人の臨界は砕け散った。
同時に周旋の毒も消え失せ、新鮮な空気が周囲に満ちた。
「く、クソ……クソくそクソくそ……ッ!」
海老原は、逃げようとしていた。
しかし、志善悠人が一瞥する度に、体が竦んで動けなくなる。
既に、不死の加護は消えていた。
ここから先、死んだ者はそのまま死ぬ。
蘇るなんてことはない。
奇跡はもう、起きない。
志善悠人が殺そうと思った瞬間。
それが、海老原選人の最期だ。
「死にたくない、死にたくない、死にたくない……ッ!!」
彼は、這ってでも逃げようとする。
志善悠人へと背を向けて。
必死に、恥も外聞も放り投げ。
一歩でも遠くへ、と這い始める。
「……惨めだな。……こんな屑に、彼らの幸せは壊されたのか」
赤子の手を捻るよりも容易く殺せるこの害虫。
こんなものに全てを壊されたと再認識し、初めて志善の顔に苦さが浮かぶ。
「……もう、いいよお前は。此処で死ね」
そして、少年は手をかざす。
ブラックホールで押し潰すか。
死に腐るまで老化を進めるか。
時間を戻し、生まれる前へと逆行させるか。
いくつかの選択肢。
出来る事ならば、最も苦しい死に様を――と。
頭を悩ませたのは、ほんの数瞬。
ふっと、背後から隣を通り過ぎた男を見て、思考が停止した。
「……………………は?」
その光景に、咄嗟に言葉が出なかった。
殺したはずだ。
確実に、この手で終わらせたはずだ。
天能臨界によって強化された力。
その一端で、その男の頭を消し飛ばした。
動けるはずがない。
橘であるセバスでさえ、脳天を打ち抜かれて沈黙した。
たったの弾丸ひとつで、死体はいとも簡単に動かなくなる。
対して、今回、志善が与えたダメージはそれ以上。
動けるはずがない。
もう、海老原の支配なんて消えている。
目の前にあるのは、ただの死体だ。
動くはずがない。
なのに、どうして。
「な、んで……っ」
死んでいる。
間違いない。
志善の天能【星】に、生命としての反応はなかった。
だからこそ、視界に入るまで気づけなかった。
今の志善は、地球上の生命や天能の動きを感知している。
既に死んでいる者は、当然ながら彼の探知に引っかからない。
「あ? は、ははは? クははははははは! おいおい、生きてるじゃねぇか! ちゃんと、まだ動いてるじゃねぇか、天守周旋!」
自分の方へと歩いてくる周旋を見つけ、海老原は再び笑った。
得体の知れない状態に警戒する志善とは対照的に。
彼は、希望を見つけて歓喜していた。
「これでまだ戦える! 俺はこんなところで終わる男じゃないんだ!」
周旋は歩き続ける。
頭部を失い、体だけになって。
何が原理で動いているのかも分からない状態で。
一歩、また一歩と歩いていく。
「やれ! 殺せ周旋! もう一度臨界を使え!」
海老原は喚く。
周旋は、声の方向へと歩いていく。
「……あ? お、おい! なにやってる! なんでこっちに寄ってくる!?」
歩みは止まらない。
海老原は、ここに来て違和感を覚えた。
強烈な、嫌な予感に身を震わせた。
そう。それは――恐怖だった。
「い、言うことを聞け! お前は死体だ……なら、俺の支配下だろうが!!」
志善も、海老原も。
ここに来て、理解する。
今の天守周旋を動かしているのは、海老原の天能ではないことを。
ならば、何がその体を突き動かす。
他の天能か?
いいや違う、そんな気配は欠片もない。
ならばなんだと彼らは問う。
「……や」
枯れた声が、響いた。
死んだはずの体から。
抉れた頭部に残った口から。
既にいないはずの、周旋の声がした。
「…………
「……っ」
確かに聞こえた、その名前。
志善は思わず息をのみ、海老原は鼻で笑った。
「あ、あぁ!? おいおい、まさか、息子の復讐のために動いてるなんて言わねぇよな! テメェみたいな塵屑が、最後に家族の力で奇跡を起こすとか……そんなご都合主義、まかり通るわけねぇだろうが!!」
後ずさりながら、海老原は叫ぶ。
しかし、周旋は止まらない。
懐へと手を伸ばす。
その死体が取り出したのは、一振りのナイフだった。
「――!? う、嘘だろ! よ、寄るんじゃねぇ! 黙って失せろよ亡霊が!」
再び、海老原は這って逃げ出す。
それでも、周旋の歩みの方が速かった。
その光景を、志善悠人は呆然と見つめていた。
奇跡……とはまた違うのだろう。
偶然でもない。必然でもない。
どういう理屈で、目の前の光景が成り立っているのか。
既に死んだ体が、意志を持って動くだなんて。
彼の体に残された、天能に刻まれた本能か?
あるいは、まだ彼の体には天守周旋の意志が残っていたのか?
答えなんて分からない。
星の天能も、こればかりは答えてくれない。
それでも、子のために動く背中を見つめ。
この現象の理由をひねり出すとするならば。
【親の意地】……とか。
そこらへんになるのだろうと、思った。
「く、クソが! やめろっつってんだろうが! 離せ!!」
視線の先で、一つの物語が終わろうとしている。
父親を利用し、一つの家族を終わらせた男。
きっと男は失敗するなんて思っていなかっただろうし。
ここで死ぬだなんて、思ってもいなかった。
だから慢心した。
これから死ぬ男の話を、まともに聞くつもりもなかった。
『手を出す相手を間違えた』
今になって、その言葉を思い出す。
誰に言われたのだったか。
鼻で笑った記憶があった。
自分は負けないと思っていた。
自分が勝つと確信していた。
そんな自信も、ここに至って粉々に。
必死に生にしがみつくも。
死神は、平然とその背中へと凶刃を突き立てる。
「死、ね……!」
ずぶりと。
背中から、心臓を一突き。
致命傷だった。
「……あ、あ、ぁ」
海老原は、手を伸ばす。
死から逃れようと手を伸ばす。
それでも、何かに届くことはなく。
やがて、その手は力を失い地に落ちた。
その瞬間、海老原選人は絶命した。
「……父上」
志善は、仇敵を殺した父へと一歩近づく。
されど、その死体が動くことはない。
肉体の端から、その体は崩れていく。
死後一年にわたって酷使され続けてきた肉体。
天能臨界を扱ったのは、合計二度。
どちらも息子に向けて使われた奥義は。
死体が限界を迎えるには、余りある負荷だった。
崩れた肉体は、塵となって風に舞う。
咄嗟に、志善はその塵を右手で掴んだ。
けれど、そこに父親の温かさはなく。
底冷えするほど冷たく乾いた死があるのみ。
もう、その男は動かない。
死体が動くはずもない。
やがて天守周旋は、夢のように消えていく。
跡形もなく、欠片も残さず。
誰にも何を遺すことなく、ただ一人消えていった。
【進行度成果】
〇天守周旋 - 消滅
〇海老原選人 - 死去
少年は、
その男は、
彼らは賢い生き方を知らず。
故に、過ちを繰り返す。
きっと残された彼らも、自らの意思に殉ずるのだろう。
彼らは何を信じ、何を求めて、最期に至るのか。
次回【最後の会話】
過去編もクライマックス。
ここから先は、最終局面です。
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