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「優人はさ。ちょっと頑固なんだよ」


 男は笑っていた。

 まるで何も考えていないような能天気さ。

 奴はアホ丸出しの面を浮かべていて、僕はその姿を見上げている。


「発想は、もっと自由でいいのさ。戦い方は一つじゃない」

「はぁ、はぁ……っ、自由……ね」

「そ。なんていうかな……力の使い方をイマイチ理解してない感じ? コツを掴めていないというか……非常にもったいない感じ! そう! なんだか見ていてモヤモヤするのさ!」


 何度目とも分からない敗北。

 幾度と挑み、幾度と負けて。

 それでもその度に、男が僕に向けて贈る言葉は同じだった。



「それさえ掴めば、優人は僕より強くなるよ」



 今になって、その言葉の意味が分かった気がした。


 ただ、それでも。

 お前も、父さんも、セバスも、母さんも。

 僕が力を示したかった相手は、もう、みんな死んでいた。

第10章・後編【正義の味方 天守弥人】
10-33『銃の使い方』

 腹を刺された。


 冷たい刀身が、内臓を貫き背中に飛び出す。


 喉の奥から、鉄の味がした。

 じわりと、服に血が滲む。

 セバスが刀をわずかに捩じると、痛みに顔が歪んだ。


 ……クソったれ。

 運よく、臓器を躱していたらよかったのにな。

 出血はしても、それならまだ動いていられる。

 こう見えても天守だ。

 内臓さえ無事なら、まだ命を繋げられる。


 けれど、今回の相手はセバスだ。

 そんな致命的なミスはしない。

 狙ったのなら、確実に。

 傷つけば手遅れな部分を貫いてくる。



「がは……っ」



 口から、真っ赤な血が溢れる。

 噴き出した血は跳ねて、少しだけセバスの頬にかかった。

 彼から感じるのは、一切の淀みない殺意。

 悪意なんてこれっぽっちも含まれない。

 純粋無垢な感情の塊に、僕はあり得ない光景を幻視する。


 ――それは、地獄だった。


 真っ赤な空と、黒い月。

 僕は全身刀に刺されて血みどろに。

 滴った血が大地を濡らし、川を紅く染め上げる。

 刺された僕は、既に死に体。

 それでも男は迷うことなく、次の刀を僕に刺し入れる。

 何度も、何度も。

 この男はこの程度では死なないと。

 一種の信頼をもって、殺意を迸らせる。


 殺す。

 殺す。

 殺す、殺す、殺す。


 脳内が、男の発した一言に埋め尽くされる。


 ぶるりと、背筋が震えた。

 至近距離から受けた、『殺す』という熱烈な殺害予告(ラブコール)


 ……僕が勝つ、と漠然と思っていた。

 兄に後を頼まれて。

 責任感を持って、覚悟を持って。

 全てを抱えて、この場に立った。

 勝つと思った。勝てると思った。

 勝たなくてはいけない。

 そう、何の根拠もなく思っていた。



 ()()()()()



 馬鹿か僕は。

 そんな簡単な世界じゃないだろ。

 この世界は残酷だと、身に染みたはずだろう。

 どれだけ覚悟があったとしても、死ぬときは死ぬんだ。

 どれだけ背負っているモノが大きくても、人は死ぬ。


 ここは、戦場だ。

 もう、僕の住んでいたあの家じゃない。


 生きるか、死ぬか。

 殺すか、殺されるか。

 それ以外に選択肢なんてない。


 ()()()()()()()()()


 お前は強くなんてない。

 お前は特別なんかじゃない。

 それでも戦わなくちゃいけないのなら。

 絶対に、勝たなくちゃいけないのなら。

 無根拠に勝てると断ずるな。

 勝つまでの方程式を組み上げろ。

 才能が足りないのなら、その分頭を使え。

 積み上げてきた努力や技術で、他を補え。


 現状に満足するな。

 僕は、もっと先に行く。


 そのために、今、大切なモノは――っ




「――っ!」




 目の前を見て、僕は声を詰まらせた。


 セバスの頬に、僕の血が跳ねている。

 けれど、彼の頬を伝うのは……それだけじゃなかったからだ。


 ()


 セバスの目尻から、涙が頬を伝っていた。

 その光景に、思考が止まったのは僅か一瞬。

 僕は歯を食いしばると、声を上げてセバスの体を蹴り飛ばす。


「あ、ああああああああああああああッッッ!!」


 ずるりと、腹から刀が抜ける。

 凄まじい激痛と、信じられない出血量。

 一般人なら致死量だな、と。

 生まれて初めて、天守の頑丈さに感謝する。


 顔を上げる。


 セバスは、少し離れた場所で刀を構えている。

 この程度では死なないだろうと。

 致死の傷を与えておきながら。

 一切の油断なく、男は立っていた。


 ただ、一筋の涙を流しながら。


「……アンタに謝るのは、さっきので最後にするつもり、だったんだけどな」


 僕は、腹を押さえて口を開く。

 助けられなくてごめん。

 気づけなくてごめん。

 不甲斐なくてごめん。

 そして、もう一つ。



()()()()()()()()()()()()()。力不足で、ごめん」



 男の涙は、止まらない。

 まだ、その中にセバスが残っているのか?

 それとも、海老原が精神的に揺さぶりをかけてきているのか?

 分からない。

 分からないけど……それでも。

 これ以上、セバスの手で『家族』を壊させるわけにはいかない。


 もう、二度と。



 家族は悲しませないと、決めたんだ。




「……ありったけだ。全部、アンタに使ってやるよ」



 両手を、前に伸ばす。

 ありもしない空想に、手を伸ばす。


 ずっと、考えていたんだ。


 銃を操る。

 その力は、本当にこれが限界なのか? って。


 けれど、その限界の先を、どうやっても想像できなかった。

 イメージできないものは、当然天能では扱えない。

 天能っていうのは、イメージを形にする手伝いをしているだけ。

 最初から、術者が考えてもいない形には、どうやっても行きつかない。


 だから悩んだ。

 この一年間。

 ……いや、その前も含めて、ずっと、ずっと。

 悩み続けて、足掻き続けて。


 それでも最後に、ヒントになったのは。



 セバス。

 アンタの使っている、刀だった。



 僕の銃は、セバスの頭を打ち抜けなかった。

 最大火力だ。

 この家の原型を留めつつ。

 地下の子供たちにも、寝ている恋にも、庭の志善とアイツにも。

 一切の被害を出さない範囲内での――最大火力。


 なんせ、さっき使ったのは僕が自作したライフル銃だ。

 世界中から取り寄せた既製品の銃。

 それらを解体し、僕自身の手で組み直した既製の極致。


 世界中から最も優れた部品だけを流用し。


『たった一発撃てれば、それで壊れてもいい』なんて。


 製作者としてはあるまじきことを前提に設計した。

 おおよそ、銃としての威力からは逸脱した『銃』による一撃。


 考えうる限りでの、最高到達点。



 ……それでも、届かなかった。




 なら、どうして。

 セバスの刀は、天守である僕に通じた?



 セバスの身体能力が、それだけ優れていた?

 いいや違う、僕の体は天守製だ。

 そこらの刀で傷つけられるような硬度じゃない。


 なら、何だ。

 天守の肉体より、橘の肉体の方が優れていた?

 それもしっくりこない。

 橘の方が寿命は長いが、肉体性能は同等だ。

 事実、セバスの身体能力は優れていても――あの兄と同等だった。


 考えた。

 なら、何が違った?

 僕の銃と、セバスの刀。


 何が違ったのかを、考えた。


 ――そして、思い出した。




『実は、この刀は……橘のさるお方が自ら製作なさったものなのです』




 いつか、セバスが一回だけ。

 そう、たった一回だけ……話していたのを思い出した。


 そう。そうだ。

 僕とセバスの最大の差異。



 それは、使()()()()()()()()()()()



 橘の、ある人物が()()()という刀。

 詳しい話は聞かなかった。

 けれど、仮に、万が一に。


 セバスの使っている刀が。

 橘の誰かが……天能を使い、ゼロから造り上げたものだとしたら。


 天能で、ゼロから、完全に新しいモノを……造り出せるとしたならば。


 そこまで考え、僕は笑った。

 死に際とは思えない程、我ながら満面の笑みだった。



「はっ、どうせ散り際だ! 最後くらい好き勝手やって死んでやるよ!」



 兄が最期にそうしたように。

 僕だって、最後はやりたいようにやって死ね。

 思い残したこと。

 死に際で思いついたこと。

 全部やり切ってから、満足な顔して逝ってやる。


「設計――構築、再現」


 僕の言葉に、セバスの警戒度が一気に跳ね上がる。

 ああ、そうだ、思う存分警戒しやがれ。

 お前の不安も心配も何もかも。

 たった一発でぶち抜いて、逝かせてやるよ



既製品(レディーメイド)は要らない。今回は、()()()()



 僕の銃は、どこまで行っても既製品。

 既製品では、特注で作られたオーダーメイドには必ず劣る。

 どれだけ既製品を流用しようと。

 どれだけその枠の中で組み替えようと。

 決して、雑多(レディーメイド)では特別(オーダーメイド)には追いつけない。


 人を殺すために生み出された武器で、神は殺せない。

 こっから先は、神を殺すための武器が要る。


 大量生産の過程で生み出された雑多の一なんて、もう要らない。

 僕が求めるのは、もっと上の次元にある火力。

 ただ一つの目的をもって生み出された果ての、神殺しの銃声。

 この先で聞きたいのは、それだ。


 ゼロから全てを設計する。

 そう前提して天能を行使した瞬間、脳へと鋭い痛みが走った。

 思わず顔を顰めるが、目は閉じない。

 標的を定めたまま、決して見逃さぬよう目をかっぴらく。


 ここまで覚悟が据わってしまえば、今までの苦悩も笑い話だ。


 志善悠人は多様性を求めた。

 その方向で成功したあの男を見て、参考に出来るかと思った。

 けど違った、大外れだった。



 僕に足りないのは、圧倒的な火力。



 多様性なんて、一番不要なものだった。

 僕は、僕の欲しいモノだけを突き詰める。



 改めて、自分に問い直す。



 お前が欲しいのは、どんな銃だ?

 そう聞くと、死んだはずの子供心が騒ぎ出す。


 うんとね、えっとね。と。

 子供の僕が、頭をひねってクレヨンを握る。


 真っ白な紙に書き連ねるのは【ぼくのかんがえるさいきょう】の姿。


 どんな防御も、どんな回避も間に合わない。

 理不尽なまでの、絶対必中の一撃必殺。


 弾丸を込め、発射したのでは遅すぎる。

 そんな速度では……間違いなく、僕の憧れた『あの男』なら避けやがる。

 なら、もっと早くだ。



 弾を込める。

 銃を放つ。



 ()()()()()()()()()()()()()




 狙いは必中。

 防御も不可能。


 放ったと同時に、()()()()()()()()()()()()()



 そういう銃を、ゼロから作る。



 ――やがて、光が形となる。



 今までの努力。

 苦悩、足掻き。


 遠く離れた場所で残してきた無数の『点』。


 それらが、たったひとつの閃きで『線』と繋がり。


 今、明確な『絵』となって、脳内に溢れ出す。



「悪いが()()()。けど、見本ならさっき、目の前で見てきた!」



 両手に、光が集う。

 優しい光が、像を成す。



 なぁ、詳しくは知らないけどさ。


 お前が教えてくれたこと。


 お前が見せてくれたもの。



 ようは、こういうことなんだろ、弥人。





「【()()()()】」





 セバスが、刀を構えて僕へと迫る。

 その姿を見て。


 その涙を見て。


 僕は、銃のトリガーを引いた。




「じゃあな。……互いに死んでたらまたで会おう」




 音は、無かった。


 衝撃も、無かった。


 ただ、銃を放ったその瞬間。

 ぷつりと、僕の意識も黒く染まる。



 それでも、僕が気を失う、その直前。


 僕が最後に見たのは、頭を貫かれ、倒れる家族(セバス)の姿。



 彼はもう、死んでいるはずなのに。


 頭から血を流し倒れる彼は。



「ありがとうございます」って。



 少し、笑っているように見えた。


 

【進行度成果】

〇セバス(死体) - 沈黙

〇天守優人    - 生死不明




次回【正義の味方③】


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