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第10章・前編【雨森悠人は夢を見る】
10-11『正義の味方』

「……朝比奈霞、ね。うん、覚えた」


 僕はそう呟いて、少女の名前をしっかりと頭に刻んだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 まして、いきなりぶつかって怪我をさせたかもしれない、っていう少女。

 こっちの不注意でぶつかっちゃった以上、万が一にも名前を忘れるわけにはいかないだろう。


「ちなみに霞ちゃんは何組だったの?」

「……はぁ」


 隣を歩く朝比奈霞にそう問う僕へ、優人が呆れたような目を向けていた。

 気になってそちらを見ると、優人はため息交じりに口を開く。


「……お前には一通り『この国の常識』を教えたつもりだったが……人間関係はあまり教えていなかったな、と思って」

「えっ、下の名前で呼んじゃまずい法律あったっけ……」

「法律じゃない。ただの常識だ」


 常識かぁ……。

 優人がそういうのなら、そうなんだろうな。

 やっぱり僕は常識? そういう知識が不足している。

 どこかでしっかり学ぶべきか……。

 そうこう考えていると、霞ちゃんが口を開く。


「え、っと、その、C組、です」

「僕らと同じか。……おそらく出席番号も僕とお前じゃ近いだろうな」


 天守優人と、朝比奈霞。

 確かに二人とも『あ』から始まる名前だ。

 優人の言う通り出席番号は近いと思うし、下手したら隣の席とかもあるかもしれない。

 ちなみに僕は『志善』の名字で学校に来ている。

 さすがに天守を名乗るとややこしいと、優人が譲らなかった結果だ。


「よ、よろしく、お、おお、おねが――」

「……ああ、よろしく頼む。まずは普通に話せるようになれ」


 二人の会話を聞いて僕は少し安心した。

 本人には言ってないけれど、優人は色々と……その、口が悪いから、もしかして友達出来ないんじゃないかと少し不安だったんだ。でも、そんな心配なんて無用だったみたいだ。

 僕の様子を見て顔をしかめる優人。

 何か言われる前に僕は歩を早めると、前方に見えてきた1年C組の教室へと入った。


「おはようございます!」


 そして、開口一番に挨拶をした。

 挨拶が大事。

 天守家に拾われて学んだことだ。

 恋いわく『あいさつとはすべてのきほん! はらから声をだすのです兄上よ! ぶっきらぼうな相手とて、あいさつされ続ければそのうち返してくれるでしょう!』とのこと。

 僕も父上にはいつも挨拶を無視されてきたが、恋の言葉通り折れずに挨拶し続けた結果、最近は嫌な顔をしながら挨拶を返してくれるようになった。


「ふ、ふわぁ……」

「声が大きい。……恋も懐くのはいいが、変なことを教えたな」


 後ろから霞ちゃんと優人の声がする。

 それらを無視して黒板へと向かう。

 そこには教室の座席表が張ってある。

 出席番号順の座席で、女子、男子、女子……と、窓側から並んでいる。

 僕の座席は……男子一列目の最後尾かぁ。

 優人を見れば、一列目の最前列。

 その隣には、霞ちゃんの席があった。


「見てよ、二人とも隣同士だって」

「そうみたいだな。よろしく頼む、朝比奈」

「は、ははっ、は、はいぃ……」


 堂々とする優人と、正反対の霞ちゃん。

 二人は窓際前の席へと歩いていき、僕は教室の後ろの方へと歩き出した。

 その際、周囲のクラスメイト達へと視線を向ける。

 ……恋いわく、大声で挨拶すれば友達ができるはず、とのことだったが、思いのほか僕の方を見ている同級生は少なかった。というのも、同級生の大半は教室の前の方へと視線を向けており、その視線を追えば……そこには優人の姿があった。


「……ねぇ、なんで優人ってあんなに目立ってるのかな」

「えっ? あ、あの……」

「あ、ごめんね。はじめまして。志善悠人です」


 席に着き、隣の少女へと問いかけてみる。

 ただ、自己紹介がまだだったので、おそばせながら自己紹介。

 少女は困惑気味に僕を見ていたが、やがて『優人が目立つ理由』を教えてくれた。


「あ、あの男の子、あまもり、っていうんですよね? 黒い髪色に、青い目だって。おかあさんから、仲良くしなさい、っていわれてて」

「ああ、ボストンバッグが目立ってるわけじゃないんだ……」


 そう言いながらも、校舎に入る前の光景を思い出す。

 天守というだけで、多くの大人から注目を浴びていた優人。

 それはこの教室でも同じ、っていうことなんだろう。


「……あなたも、()()()()()()()。もしかして、あまもりゆうとって……」

「ああ、僕じゃないよ。ただ、優人とは友達だからね。優人とおしゃべりしたかったらいつでも言ってよ。ひっぱってくるからさ」

「う、うん……ありがと」


 そういうと、少女は机の中から文庫本を取り出した。

 本、好きなのかな。

 僕も『元の家』では本ばかり読んでいたから、話が合うかもしれない。

 全体的に色白、といった雰囲気の、隣の席の女の子。

 そういえば名前を聞き忘れたな……なんて思っていると、教室の前の入り口から担任らしい教師が入ってくる。

 腰まで伸びる黒髪の、青いジャージ姿の女の先生。

 その頬には満面の笑みが浮かび、きらっきらと瞳を輝かせている。


「さーて、全員そろっているかなー?」


 教室内には、既に生徒が全員そろっているようだった。

 教師は全員いるのを確認してから、自己紹介に入る。


「初めまして! 今日から君たちの担任になる、(さかき)雅弓(まゆみ)だ!」


 聞いていた集合時間には、まだ十分ほど時間があるが、どうやらもう自己紹介を始めるらしい。

 自己紹介……自己紹介かぁ。

 紹介できるような自己なんて何もないんだけど。

 拾われた、とか。

 元の家のこととか。

 そういうことは言わない方がいいんだろうって、なんとなくわかるし。

 さて、どうしようかと悩んでいると、榊先生は説明を続ける。


「そうだなぁ……じゃあ、名前と、特技! あと好きなことと嫌いなこと。それくらい言ってみようか!」


 その言葉に、僕は頬を引き攣らせる。

 特技……特技?

 えっ、特技って何? 痛みに耐える事とか?

 でも、小学校でそんな血なまぐさいこと言えないしな……。

 ちなみに好きなことと嫌いなことは決まってる。

 好きなのは天守家。

 嫌いなのは橘月姫。

 考えるまでもなく、不動である。


 そうこう考えていると、さっそく自己紹介を始める時間だ。


「そうだなぁ……それじゃ、最初は出席番号順で、朝比奈霞ちゃん! 自己紹介できるかなぁ?」


 最初に指名されたのは――なんと、あの霞ちゃんだった。

 それもそうだ。窓際最前列が彼女の席だ。流れ的には一番最初に当てられるだろう。

 少女は名前を言われた瞬間、びくりと震える。

 焦って立ち上がろうとしたところ、間違って机に膝をぶつけてしまい、机が倒れて大きな音が鳴る。

 霞ちゃんは膝を痛がっている様子だったが、彼女からはそれ以上に動揺とか、焦りとか、そう言った空気を強く感じた。


「ぷふっ」


 どこからか、笑うような気配があった。

 見れば、廊下側に座ってる男子たち数名が笑っている。

 ……嫌な空気だな。

 まあ、霞ちゃん本人は聞こえて無さそうだったし、今は見逃す。

 けど、顔は覚えた。あとで注意しに行こう。


 そう考えて霞ちゃんへと視線を戻す。


 霞ちゃんは机を起こす。

 そして大きく深呼吸。肩を震わせながら、緊張気味に口を開いた。


「わ、私は、あ、あさ、朝比奈、霞……です! その……特技とかは……その、な、無い、です」


 言葉尻に従って、彼女の声が小さくなっていく。

 再び、くすくすと笑い声。

 今度はクラスのあちこちから聞こえてきた。

 ……性格の悪い奴が多いんだなぁ、このクラス。

 同年代の優人、弥人が大人びているから勘違いしそうになるが、僕らはあくまで小学一年生。

 下らないことで笑うし、悪意なんて理解もしてない。

 小さなことにこだわって、そんなつもりなくても人を傷つける。

 言ってしまえば、子供なのだ。

 ま、ほんとに子供なんだけどさ、僕たち。


 そう考えている間も、笑い声は続いている。


「好きなこと、嫌い、なこととか、よく分からない、です、が……その、みんなと、仲良くできたら……嬉しい、です」


 さすがに霞ちゃんも気づいた様子。

 ぽつりぽつりと、自信なさげに言葉を紡ぐ。

 その背中はとても小さく見えて、今にも消えてしまいそう。

 僕は周囲へと視線を巡らせる。

 だから今笑ってるやつら全員、顔を覚える。

 相手は小学生。子供のしてることだし聞き流せ、って言われたらそれまでだけど、僕だって子供だし? 僕みたいな子供のすることくらい流してほしいよね。


 ぱちりと、小さく指を鳴らす。


 それは、せいぜい空気を操って音を消す程度の、子供らしい悪戯。

 暴力はよくない。なら、そもそも声が音にならなければそれでいい。

 それくらいなら、今の僕だってできるだろう。


 いざ、天能を行使しようと思った。


 ――その、次の瞬間。


 視界の端で。


 優人が動いたのが見えて、すんでのところで天能を止めた。




「――随分と性格が悪いんだな、このクラスは」




 天守優人は立ち上がり、告げる。

 突然のことに生徒全員が固まり、彼を見つめている。

 圧倒的な名声を誇る【天守】として。

 それぞれの父や母から絶対に逆らうなと言われてきた【有名人】として。

 彼の言葉には、思わず背筋が伸びるような威厳が含まれていた。


「説教を垂れるつもりはない。が、僕は今笑ったものすべてを軽蔑する。誠実さは美徳であって蔑まれるようなものじゃない。……ま、小学生(ガキ)相手に難しい言葉使っても伝わらないだろうが」


 その姿を、朝比奈霞は見上げている。

 その目に映るのは、彼女にとっての【正義の味方】。

 周囲の意見なんて、気にも留めず。

 多くの視線をさらっと無視して。

 平然と、己の思うがままに。

 弱者を救い、悪を裁くような、輝かしい憧れ。


「改めて、1年C組、天守優人」


 彼はクラス中を見渡して、にやりと笑う。



()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 その言葉に、思わず笑った。

 今のは、霞ちゃんと全く同じ自己紹介だったから。

 ……なるほど、さすが優人。

 そんな自己紹介されちゃ、もう、誰一人笑えない。

 彼はクラスメイト全員と、霞ちゃん一人を秤にかけて。

 何のためらいもなく、一人の少女の手を取ったんだ。



「――さて、何か文句があるなら僕が聞こうか」



 当然、彼に対して文句なんて出てこなかった。



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