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今日、とある書籍を読んでいて。

「霧道イキってんなぁ」と思いました。

そんな書籍が今日から発売しております。

読んでくれたら嬉しいです。

第10章・前編【雨森悠人は夢を見る】
10-9『志善の天能』

 ふと、肩に水滴が落ちる。


 橘月姫は、空を見上げる。

 ――雨が、降り始めた。

 ぽつり、ぽつりと。

 小雨だと思った。


(雨ですか。……小雨とはいえ、あまり濡れたくはありませんね)


 少女にとって、天候などその程度の認識。

 雨だ。濡れたくないな。早く終わらせてしまおう。

 思考としては、その程度。

 少女は、ボロボロの少年へと視線を戻す。


 ――しかし。

 稀代の天才は、思考を完結させる直前に【違和感】を覚えた。


「……雨?」


 おかしい。

 何か明確な理由が浮かぶわけではない。

 が、何かがおかしいと彼女は思った。

 戦闘中、気象変化など二の次だ。

 どうだっていいことだ。

 なのに、何故――。



「ふむ? 今日は、まれにみる快晴のひ、とてんきよほうのお姉さんがいっていたはずでは?」



 ふと、天守恋の声が聞こえて。

 橘月姫は、大きく目を見開いた。

 そうだ、そうだった。

 何気なく聞き流した今朝の天気予報。

 そこでは『稀に見る快晴日』と告げていた。

 だが、天気予報が外れるのはよくあることだ。

 だから、彼女は無意識下で「気にすることではない」と結論付けた。


 ――その『無意識』だった。


 それこそが、彼女の抱いた小さな違和感。

 端的に言うと、()()()()

 何気ない普段の光景に、されど彼女の本能は『待った』をかけた。


(違う、そうではない。そうではないのです……!)


 根拠はない。

 理由もない。

 理性によって危険性は見いだせない。


 けれど、橘として。

 神の血を受け継ぐものとして。



 ――その雨に、()()()()を感じた。



 動く理由としては、それで十分だった。


「『水は私に触れられないモノ』」


 すぐに行動に起こす。

 嫌な予感を覚えた以上、絶対に触らない。


 雨は、降り続ける。

 次第にその勢いは増し。

 ぽつぽつとした小雨が。

 ざんざんとした大降りに変わる。


 集中豪雨?

 快晴と予報された日の、この時間に。

 戦闘中、たまたま、偶然にも?

 そんな確率、いったいどれほどだ。

 少女は顔をしかめる中、やがて、雨は過ぎ去ってゆく。


 天から、雨雲が消失する。

 不自然なまでの、突然の消滅だった。


 嫌な予感が、確信へと変わる。


 拾い子だと聞いていた。

 仮にも天守である以上、天能くらいは知っているはずだと思った。

 訓練風景を見学させている以上、天能を使っても問題はない相手、と判断していた。



 ――だが、これは違う。



 周囲へと視線を向ける。


 大地に降り注いだ大量の雨。


 それらが、乾いた大地から()()()()()()


 いくつもの水滴となって。

 大なり小なり、いくつもの大きさに分かれて。

 重力を無視して、水滴『だけ』が浮かび始めた。



「この、力は――」



 間違いない。

 彼女は確信すると同時に、疑問を抱いた。


 何故、どうして。


 橘でも天守でもない第三者が――天能を扱えているんだ、と。




 ☆☆☆




「ほぉ、これはすごいなぁ」


 男の声が、執務室に響いた。

 その男は、そこらの青年と変わらぬ体格をしていた。

 大人の割には、身長は低い部類だろう。

 眩いくらいの白髪を首の後ろでまとめ、その瞳は紅く輝いている。


「……まさか、既に」


 その隣で、窓から外を見る周旋は驚いていた。

 突然の大雨。

 気になって外を見れば、その光景が目の前にあった。

 重力を無視する水滴。

 あり得ない光景。

 それはまさしく、天能の力によるものだった。


「異能の実験。進めていたとは聞いていたが、もう成功していたのか」

「……どこから話が漏れたのかは知らんが、寄りにもよって、今、この瞬間か」


 タイミングとしては、最悪。

 橘が来訪している今、この瞬間に天能に目覚めるなど。

 橘に『異能実験』を隠し通せるとは思っていなかったが、その成果を見せるつもりは毛頭なかった。


「さっすが、多くの子供たちを犠牲にしただけはある。……まあ、その犠牲自体、民の味方たる天守として『失格』だろうと思うがな」

「責められるいわれはない。特に、民の敵たる橘にはな」


 僅かに、火花が散る。

 その発言からも、二人の関係性は透けて見える。

 天守家当主、周旋。

 橘家当主、一成。

 二人はそれなりに、仲が悪かった。

 だが、今日は珍しく口喧嘩も少なく。

 二人は、そろって窓の外へと視線を向けた。


「で、何の能力だとおもう?」

「普通に考えれば【水】だろう」


 周旋の答え。

 それは一成も同じ考えだったのか、腕を組み頷く。

 しかし、一成はなにか思い出すように首を傾げていた。


「だが、そうすると少し違和感がある。何故、雨にする必要があったのだ?」

「……水の運送経路。単に水分を運ぶためだろう」

「うむ、本当にそうかな」


 周旋と、一成。

 天守として多くの成功を成した周旋だが、それでも橘一成の知識量には及ばない。

 なにせ、橘家には遥か太古より生き続ける『生き字引』が多く棲んでいるからだ。


「私の十数代前の当主が、確か【水】の天能保持者だった。彼女は水であれば無から有を生み出せる。逆に、彼女は雲を扱うことはできなかったはずだ。雲を操作するには風も要ると言っていたしな」

「何故――……いや、そうだったな」


 何故そんなことを知っている。

 問い質しそうになった周旋だが、橘という家系を思い出す。

 そう、十数代前の当主が平然と生きているのが【橘】だ。

 天守も人としては長命で、中には200年近くを生きた者もいた。

 が、橘の長命はそれどころではない。

 文字通り、桁が違うのだ。

 生命力の権化、それこそが橘の特徴だった。


「ただ……見たところ、出力が低い。私たちと同じ場所まで至れていない。……せいぜい、親戚の混血の中に生まれた天能と同等。私たちを仮に【概念を使う神】とすれば、あれはせいぜい【加護】だろうね」

「……なるほど、言い得て妙ですね」


 同席していた研究者八雲が、感心したように呟いた。

 その姿を一瞥、橘一成は再び窓の外へと視線を向けた。


 愛しき愛娘と、相対するちっぽけな少年。

 目覚めたばかりの天能を見て、彼は考える。



(【水】でももない、かといって【雨】でもなさそうだ)



 なら、彼の天能の正体は――。




 ☆☆☆




「【自然】、でしょうか」


「……?」


 橘月姫は、いきなりそんなことを言った。

 いきなりだったので、名前を呼ばれたのかと驚いたけれど。

 発言のイントネーションを考えるに、『志善』ではなく『自然』だろうか。


「この際、詳しいことは聞かないことに致します。考えたくもなければ、分かりたくもありません。それに、そこらへんは父上の領分ですので。……ですが、この天能の正体に関しては別です」


 少女は空を見上げる。

 雲一つない、快晴。

 先ほどまで雨が降っていたとは到底思えない空だった。


 ()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()


「【水】かと思えば、そうではない」

「【天】や【雨】でもないでしょう。気象操作が出来たとしても、こうして降り注ぎ、雨から水になった水分の操作は不可能です」

「であれば何か」


「――ええ、【自然】を操作する力。それ以外にはありえません」


「……ずいぶん饒舌に語るね」

「ええ、ここ最近で最も興味津々ですので」


 彼女は頬を染め、そう言った。

 気持ち悪いなぁ。

 素直にそうは思ったけれど、さすがに口には出さなかった。


「……うん。そうみたいだね。僕は自然に介入できる……みたいだ。なんとなく、そんな感じがしてる」

「でしょうね。天能とは本能で理解する力。知性が介入するのは天能の技術を高める段階であり、『使い始める』という段階があるのなら、それを理解するのは本能に違いありません」


 ちらりと、弥人を見る。

 彼は満面の笑みでサムズアップしており、その姿に思わず苦笑する。

 なるほど。

 弥人はここまで分かって、僕を戦わせたのか。

 彼の隣で優人がとても複雑な顔をしている。僕を追い出したい優人。この家に居たい僕。そんな僕ら二人を眺めて、弥人は結局、僕の背中を押してくれたわけだ。

 ……まぁ、優人が本当に、心の底から僕のことが嫌いだったなら話は別だったろうけど。優人のあの表情は()()()()()()もあるのだろう。


「どうやら、勘違いのようですね。私は貴方が疎まれていると思っていましたが、とんでもない。貴方は彼らに愛されているようです」

「……そうだったら、嬉しいね」


 断言なんて出来ない。……というより、烏滸がましいからしたくないけど。

 そうであったら、僕は嬉しいと思うよ。

 僕は再び、橘月姫へと視線を戻す。

 彼女は薄く笑うと、目を細めて僕へと告げる。



「では、改めて潰します」



 天能に目覚めた。

 ……と言っても、目覚めたばかり。

 本能で使い方を察せ、というのも無茶すぎる上に……どうやら、僕に【天能を扱う才能】はめっきり無いらしい。

 優人のように自由自在には使えないってのが、それこそ本能で察してしまった。



「……はは。絶望的だね」



 僕は乾いた笑顔を返して。



 数分後。


 結局、なんにも出来ずに倒されていた。


【嘘ナシ豆情報①】

○志善悠人の誕生秘話

能力が『自然を操る』ため、名前を『しぜん』にしました。


【嘘ナシ豆情報②】

○書籍版補足

黒月の過去の友人、本名、久遠イツキ

彼は類稀なる運動センスを持ちながら、どんな時でも努力を忘れない、そんな人物でした。

しかしながら、黒月の才能を見て、動揺。

本来の力を出せないまま、自分が劣っていると考えてしまいました。それ故『自分は努力もしない黒月に負けている』と考えて、やがて感情が溢れてしまいました。


友人に嫉妬してしまったイツキと。

精神性はただの中学生だった黒月。

二人が最悪の形で再会する日は、そう遠くないでしょう。

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