今日、とある書籍を読んでいて。
「霧道イキってんなぁ」と思いました。
そんな書籍が今日から発売しております。
読んでくれたら嬉しいです。
ふと、肩に水滴が落ちる。
橘月姫は、空を見上げる。
――雨が、降り始めた。
ぽつり、ぽつりと。
小雨だと思った。
(雨ですか。……小雨とはいえ、あまり濡れたくはありませんね)
少女にとって、天候などその程度の認識。
雨だ。濡れたくないな。早く終わらせてしまおう。
思考としては、その程度。
少女は、ボロボロの少年へと視線を戻す。
――しかし。
稀代の天才は、思考を完結させる直前に【違和感】を覚えた。
「……雨?」
おかしい。
何か明確な理由が浮かぶわけではない。
が、何かがおかしいと彼女は思った。
戦闘中、気象変化など二の次だ。
どうだっていいことだ。
なのに、何故――。
「ふむ? 今日は、まれにみる快晴のひ、とてんきよほうのお姉さんがいっていたはずでは?」
ふと、天守恋の声が聞こえて。
橘月姫は、大きく目を見開いた。
そうだ、そうだった。
何気なく聞き流した今朝の天気予報。
そこでは『稀に見る快晴日』と告げていた。
だが、天気予報が外れるのはよくあることだ。
だから、彼女は無意識下で「気にすることではない」と結論付けた。
――その『無意識』だった。
それこそが、彼女の抱いた小さな違和感。
端的に言うと、
何気ない普段の光景に、されど彼女の本能は『待った』をかけた。
(違う、そうではない。そうではないのです……!)
根拠はない。
理由もない。
理性によって危険性は見いだせない。
けれど、橘として。
神の血を受け継ぐものとして。
――その雨に、
動く理由としては、それで十分だった。
「『水は私に触れられないモノ』」
すぐに行動に起こす。
嫌な予感を覚えた以上、絶対に触らない。
雨は、降り続ける。
次第にその勢いは増し。
ぽつぽつとした小雨が。
ざんざんとした大降りに変わる。
集中豪雨?
快晴と予報された日の、この時間に。
戦闘中、たまたま、偶然にも?
そんな確率、いったいどれほどだ。
少女は顔をしかめる中、やがて、雨は過ぎ去ってゆく。
天から、雨雲が消失する。
不自然なまでの、突然の消滅だった。
嫌な予感が、確信へと変わる。
拾い子だと聞いていた。
仮にも天守である以上、天能くらいは知っているはずだと思った。
訓練風景を見学させている以上、天能を使っても問題はない相手、と判断していた。
――だが、これは違う。
周囲へと視線を向ける。
大地に降り注いだ大量の雨。
それらが、乾いた大地から
いくつもの水滴となって。
大なり小なり、いくつもの大きさに分かれて。
重力を無視して、水滴『だけ』が浮かび始めた。
「この、力は――」
間違いない。
彼女は確信すると同時に、疑問を抱いた。
何故、どうして。
橘でも天守でもない第三者が――天能を扱えているんだ、と。
☆☆☆
「ほぉ、これはすごいなぁ」
男の声が、執務室に響いた。
その男は、そこらの青年と変わらぬ体格をしていた。
大人の割には、身長は低い部類だろう。
眩いくらいの白髪を首の後ろでまとめ、その瞳は紅く輝いている。
「……まさか、既に」
その隣で、窓から外を見る周旋は驚いていた。
突然の大雨。
気になって外を見れば、その光景が目の前にあった。
重力を無視する水滴。
あり得ない光景。
それはまさしく、天能の力によるものだった。
「異能の実験。進めていたとは聞いていたが、もう成功していたのか」
「……どこから話が漏れたのかは知らんが、寄りにもよって、今、この瞬間か」
タイミングとしては、最悪。
橘が来訪している今、この瞬間に天能に目覚めるなど。
橘に『異能実験』を隠し通せるとは思っていなかったが、その成果を見せるつもりは毛頭なかった。
「さっすが、多くの子供たちを犠牲にしただけはある。……まあ、その犠牲自体、民の味方たる天守として『失格』だろうと思うがな」
「責められるいわれはない。特に、民の敵たる橘にはな」
僅かに、火花が散る。
その発言からも、二人の関係性は透けて見える。
天守家当主、周旋。
橘家当主、一成。
二人はそれなりに、仲が悪かった。
だが、今日は珍しく口喧嘩も少なく。
二人は、そろって窓の外へと視線を向けた。
「で、何の能力だとおもう?」
「普通に考えれば【水】だろう」
周旋の答え。
それは一成も同じ考えだったのか、腕を組み頷く。
しかし、一成はなにか思い出すように首を傾げていた。
「だが、そうすると少し違和感がある。何故、雨にする必要があったのだ?」
「……水の運送経路。単に水分を運ぶためだろう」
「うむ、本当にそうかな」
周旋と、一成。
天守として多くの成功を成した周旋だが、それでも橘一成の知識量には及ばない。
なにせ、橘家には遥か太古より生き続ける『生き字引』が多く棲んでいるからだ。
「私の十数代前の当主が、確か【水】の天能保持者だった。彼女は水であれば無から有を生み出せる。逆に、彼女は雲を扱うことはできなかったはずだ。雲を操作するには風も要ると言っていたしな」
「何故――……いや、そうだったな」
何故そんなことを知っている。
問い質しそうになった周旋だが、橘という家系を思い出す。
そう、十数代前の当主が平然と生きているのが【橘】だ。
天守も人としては長命で、中には200年近くを生きた者もいた。
が、橘の長命はそれどころではない。
文字通り、桁が違うのだ。
生命力の権化、それこそが橘の特徴だった。
「ただ……見たところ、出力が低い。私たちと同じ場所まで至れていない。……せいぜい、親戚の混血の中に生まれた天能と同等。私たちを仮に【概念を使う神】とすれば、あれはせいぜい【加護】だろうね」
「……なるほど、言い得て妙ですね」
同席していた研究者八雲が、感心したように呟いた。
その姿を一瞥、橘一成は再び窓の外へと視線を向けた。
愛しき愛娘と、相対するちっぽけな少年。
目覚めたばかりの天能を見て、彼は考える。
(【水】でももない、かといって【雨】でもなさそうだ)
なら、彼の天能の正体は――。
☆☆☆
「【自然】、でしょうか」
「……?」
橘月姫は、いきなりそんなことを言った。
いきなりだったので、名前を呼ばれたのかと驚いたけれど。
発言のイントネーションを考えるに、『志善』ではなく『自然』だろうか。
「この際、詳しいことは聞かないことに致します。考えたくもなければ、分かりたくもありません。それに、そこらへんは父上の領分ですので。……ですが、この天能の正体に関しては別です」
少女は空を見上げる。
雲一つない、快晴。
先ほどまで雨が降っていたとは到底思えない空だった。
「【水】かと思えば、そうではない」
「【天】や【雨】でもないでしょう。気象操作が出来たとしても、こうして降り注ぎ、雨から水になった水分の操作は不可能です」
「であれば何か」
「――ええ、【自然】を操作する力。それ以外にはありえません」
「……ずいぶん饒舌に語るね」
「ええ、ここ最近で最も興味津々ですので」
彼女は頬を染め、そう言った。
気持ち悪いなぁ。
素直にそうは思ったけれど、さすがに口には出さなかった。
「……うん。そうみたいだね。僕は自然に介入できる……みたいだ。なんとなく、そんな感じがしてる」
「でしょうね。天能とは本能で理解する力。知性が介入するのは天能の技術を高める段階であり、『使い始める』という段階があるのなら、それを理解するのは本能に違いありません」
ちらりと、弥人を見る。
彼は満面の笑みでサムズアップしており、その姿に思わず苦笑する。
なるほど。
弥人はここまで分かって、僕を戦わせたのか。
彼の隣で優人がとても複雑な顔をしている。僕を追い出したい優人。この家に居たい僕。そんな僕ら二人を眺めて、弥人は結局、僕の背中を押してくれたわけだ。
……まぁ、優人が本当に、心の底から僕のことが嫌いだったなら話は別だったろうけど。優人のあの表情は
「どうやら、勘違いのようですね。私は貴方が疎まれていると思っていましたが、とんでもない。貴方は彼らに愛されているようです」
「……そうだったら、嬉しいね」
断言なんて出来ない。……というより、烏滸がましいからしたくないけど。
そうであったら、僕は嬉しいと思うよ。
僕は再び、橘月姫へと視線を戻す。
彼女は薄く笑うと、目を細めて僕へと告げる。
「では、改めて潰します」
天能に目覚めた。
……と言っても、目覚めたばかり。
本能で使い方を察せ、というのも無茶すぎる上に……どうやら、僕に【天能を扱う才能】はめっきり無いらしい。
優人のように自由自在には使えないってのが、それこそ本能で察してしまった。
「……はは。絶望的だね」
僕は乾いた笑顔を返して。
数分後。
結局、なんにも出来ずに倒されていた。
【嘘ナシ豆情報①】
○志善悠人の誕生秘話
能力が『自然を操る』ため、名前を『しぜん』にしました。
【嘘ナシ豆情報②】
○書籍版補足
黒月の過去の友人、本名、久遠イツキ
彼は類稀なる運動センスを持ちながら、どんな時でも努力を忘れない、そんな人物でした。
しかしながら、黒月の才能を見て、動揺。
本来の力を出せないまま、自分が劣っていると考えてしまいました。それ故『自分は努力もしない黒月に負けている』と考えて、やがて感情が溢れてしまいました。
友人に嫉妬してしまったイツキと。
精神性はただの中学生だった黒月。
二人が最悪の形で再会する日は、そう遠くないでしょう。
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