雨森悠人の異能。
其れはあまりに強大。
其れはあまりに絶大。
故に、多くはその力を前に膝を屈する。
眩いほどの深淵に、絶望し、負けを認める。
されど、絶大な力には。
いつだって、相応の代償が付き物だ。
「いいのかい? あっち、だいぶピンチに見えるけれど」
生徒会長、最上はその方向を見て声をかける。
それを前に、少女は大きなため息を漏らした。
「……心底から嫌になりますね。私を前によそ見をしておきながら、それでも崩しきれない」
彼女は――橘月姫は男を見据える。
最上優。
正真正銘の、一般人である。
特殊な血統など持ち合わせておらず。
その出生に秘密はなく。
両親に隠れた職業もなく。
学園の裏に関わっているでもなく。
ごく普通に、平凡に。
一学園の生徒会長を任されただけの、凡人。
――にもかかわらず、男は橘月姫を前に立っていた。
「異能名【終幕】。あらゆる事象を終わらせる異能」
生徒会長、最上優。
その異能名は、【終幕】。
自身が選定した事柄を、強制的に終わらせる能力。
その力は、決して強いものではない。
なんせ、堂々の第四位。
概念使いからすれば吹いて飛ぶような弱小異能。
――ゆえに、最上はその適用範囲を絞って使う。
「王聖副会長の異能の使い方から学んでね。
「……私が、他人に対して『反則』という言葉を使うのは、これで何人目でしょうね」
あらゆる攻撃が、彼に届く以前に終幕を迎える。
強制的に終了してしまう。
例えば橘月姫の父親――橘一成だが、彼は絶対無敵の防御を誇る。
だが、最上の異能もまた、一成とは異なる性質なれど、絶対無敵の防御そのもの。
一切の攻撃ができないという強烈なデメリットの代わり、橘家の当主にすら並ぶ無敵を得た。
攻撃が届かないということは、すなわち傷つくことが無いのだから。
「……三人目。我が父、一成に向けたものと同じ呆れをお贈りしましょう」
「それは嬉しいね。ぜひとも家宝にさせてもらうよ」
その言葉に、橘月姫は目を細める。
……この男の厄介なところ。
それは、絶対無敵の防御を誇るくせに――いざとなれば、それを攻撃にも転じられる点だ。
今は攻撃ができないという縛りを加えているが。
仮にそれを、防御ができないという縛りに変化させたら。
『
そういう芸当も、可能なのだと彼女は察した。
「……嫌な相手ですね」
「弥人の同類からそう言ってもらえるとは、嬉しいね」
思えばこの男も、天守弥人が見出した友だった。
平凡、凡庸に見えたところで、彼はそれ以外の何かを見た。
だからこそ、天守弥人は最上優を評価したし。
その弥人が認めた人物が、そう簡単に負けるはずもない。
「最初の質問に戻りましょうか。
視線を、そちらへと向ける。
今まさに、少年は異能をはく奪されている。
刻一刻と力をつける相手と。
速度において自身に迫る相手。
それらを同時に相手しながら、さらには異能まで失って。
傍目には、絶望的な状況だろう。
されど、その光景に彼女は少し、安堵していた。
「あの方は、少々背負い過ぎているのです。過去であれ、想いであれ……それ以外のものであれ。異能の一つくらい排除したほうが、よほど自由に動けるでしょう」
ちらりと、かつての兄の方を見る。
彼が浮かべる優し気な笑顔を見て、彼女は瞼を閉ざした。
……仮にも、自分と同じ血を引くもの。
橘月姫が分かっているのなら、彼が分かっていても不思議じゃない。
そも、最初に出逢った時点で違和感はあったのだ。
異能の変質とは、あくまでも互換に過ぎない。
成長であれ、劣化であれ。
或いは異なるモノへの変質にしても。
元の原型が欠片も残らない、ということは絶対にない。
故に、不思議だった。
そして、確信を持ったのはつい先日のこと。
雨森悠人と全力で戦った末に、ぬぐい切れない疑念が生まれた。
だって、過去の雨森悠人の異能は、あの翼とは似ても似つかないものだったから。
「……まったく。呆れますよ。貴方も父も……そして、雨森様も」
かくして、少女は微笑む。
だって、彼女は最初から知っていたから。
雨森悠人は、最強であると。
☆☆☆
「馬鹿だねぇ。あの王聖とかいうやつ」
――それとも、全部知った上だ
そう、新崎康仁は、校舎からその光景を眺めていた。
雨森悠人をぶちのめす。
その目的をもって、色々と気合を入れていた。
そんなところを、思い切り横槍突っ込まれたようなものだ。
彼は苛立ちをにじませながら、頬杖を突く。
「そう急くなよ。どのみち、雨森悠人は逃げ出さない」
「分かってるよ。うるさいなぁ、
彼は、隣に立つ人物へと言葉を返す。
倉敷も、黒月も。
誰も知らない雨森悠人の協力者。
しかし、雨森を中心として広がった結界を見て。
新崎康仁だけは、その異能の持ち主を知ることができた。
彼は、校舎内の全生徒の視力を合算。
人知を超えた超視力で結界の中を見通している。
異能を物理的な力技でぶち抜ける今に、彼は少し苦笑しながらも。
始めて雨森悠人と同じ次元に立てたのだと、悔しさをにじませる。
「お前は知ってるんだろうけど、僕は以前に、雨森悠人の異能を封印した。……僕のクラスメイトはチートでね。橘だろうと朝比奈だろうとお前だろうと、等しく異能の一切を封印する。……そういう力さ」
「だが、お前は敗けた」
即答に、されど彼は笑顔を崩さない。
当時は「意味わかんねえ」と頭を悩ませた。
雨森悠人が騙っていた【燦天の加護】という異能。あれの特異性ゆえに上手く封印が作用しなかったとか……そういう可能性も考えていた。というより、そう無理やり納得させるしかなかった。
だが、雨森悠人の本当の異能を知って。
新崎康仁は、もう色々と考えることを放棄していた。
「そりゃ勝てないさ。……特に、無人島で戦った時の僕じゃ絶対に勝てない。あの橘を相手に
そして、と。
彼は王聖克也を見下ろした。
「……あいつは、それを引っ張りだそうとしてる」
馬鹿だなぁと、新崎康仁は再度笑う。
そいつが変な戦い方にこだわっている今しか、勝機はないのに。
そいつが本気で動き出したら、それこそ橘月姫だって勝てないかもしれないのに。
負けることを覚悟で、そいつの本気を探ろうとしてる。
その理由は分からないけれど。
新崎康仁は不本意ながら、絶大な信頼をその男へと向けていた。
「ああしてる時点で、王聖克也は勝てないよ」
だって、雨森悠人は最強だろう?
☆☆☆
その異変に。
一番最初に気が付いたのは、執行官だった。
『――ッ!?』
バチリと、衝撃と共に頭蓋を掴んでいた右手が弾かれる。
あまりの衝撃に執行官は大きく仰け反り、驚きと共に王聖の近くまで後退する。
『お、オイオイ……どういうことだコイツぁよォ! 確かに俺は確実に、雨森悠人の異能を剥奪した! ……したはずだ。だけど、
「……だろうな。想定していた中で、最低最悪の可能性だ」
王聖克也に驚きはない。
雨森悠人の姿を見たときから、いくつかの想定はしていた。
そのなかでも『そうであってほしくない』と願っていた一つの可能性。
それが目の前に曝け出された。
彼にとっては、それだけのこと。
悲しみはあれど、驚きはない。
「……王聖。今、僕から奪ったものを返せ」
「らしくないな無表情。怒りを出すなよ。底が見えるぞ」
そう言いつつ、王聖は警戒度を最大まで引き上げる。
異能は確実にはく奪した。
最悪な可能性が的中した。
であれば、既に今の雨森悠人は、先ほどとは別人と見るべきだ。
「ちなみにだが、雨森悠人。異能の複数所持は身を滅ぼす」
先も言った言葉だ。
だからこそ、王聖は最初に自己回復の異能を取った。
と言っても、物理的に複数の異能を所持することなどまずありえない。
せいぜい、使えるようになる、というのが関の山。
それこそ、王聖のように異能の力で無理やりに植え付けでもしなければ、複数を【所持】することは、絶対にありえない。
と、そこまで考え、彼は問う。
「
筋肉痛など、良く吠えたものだ。
雨森悠人の症状は、そんな生易しいものではない。
雷による身体強化一つとっても、使用=自死に等しい。
これ以上の身体への負荷は、彼の体を直接的に死に至らしめる。
だから使わなかった。……使えるはずもなかった。
それを全力で使用したのはただ一度、
「お前の体は、刻一刻と死んでいる。天守の血があるだけ耐えていたようだが……それも長くは続かない。現に、こうして異能をはく奪した今、お前の体は絶好調極まりないだろう」
雨森悠人にとって、今剥奪した異能こそ枷。
呪いと言っても過言ではない。
手放すことなんてできないくせに。
持っているだけで、確実に命を蝕んでいく。
執行者の手には、どす黒いオーラが溜まっている。
その光を一瞥し、王聖克也は吐き捨てる。
「天守弥人の劣化品。……異能名は【偽善】と言ったところか」
それこそが、雨森悠人に、
元より欠けた劣化品。
それ以上成長することもない、不完全の完成品。
その力は概念使いですらなく。
堂々の第四位。頂点とは正反対に位置する力。
……そんな半端な力のみ使い、常に死に向かう体にムチ打ち。
まさしく最悪のコンデションで橘月姫に善戦したのだ。
(成程な弥人。貴様の言っていたことが、今になって理解できたよ)
雨森悠人は、紛れもなくあの男の弟だ。
たとえ、そこに血のつながりが有ろうと、無かろうと。
この男は、まさしく最強の名に相応しい。
――しかし、だからこそ。
友人の弟を前に、王聖克也は初めて怒りを発露する。
「……誰だ。誰がお前に、このような【呪い】を押し付けた」
全身から怒気が膨れ上がる。
執行者がかつて見たこともない王聖に、ヒュウと口笛を鳴らし。
あまりの圧に、朝比奈も小森も微動だに出来ない。
……その中で。
たった一人だけ、平静に動いていた者がいた。
「……二度、言わせるなよ王聖」
静かに。
されど、その言葉はぞっとするほど冷ややかだった。
全員の背筋に、悪寒が走る。
一刻も早くここから離れろと、本能が叫ぶ。
それが恐怖だと理解し、王聖は頬を引き攣らせた。
「――10秒だ。それまでに返さなければ、ここでお前を磨り潰す」
すでに、四回目の勝負は終わっていた。
執行官がペナルティを加えた時間を除き。
……次のじゃんけんまで、残り11秒。
わずか一秒。
されど、一秒。
全力全霊。
呪いから解き放たれた、本来の雨森悠人。
それを前に、たった一秒だけ耐えきるだけ。
『……気張れよカッツー。今の強化状態でも、気ぃ抜けばマジで死ぬやつだぜ』
「黙っていろ。今の助言は公平ではない」
頬を汗が伝う。
緊張に喉が鳴り、拳を強く握りしめる。
……今の強化状態でも、既に強さは概念使いに迫っている。
並みの攻撃には対応できるはずだ。
全神経を集中させて、たった一秒を耐え忍ぶ。
「私は、勝つさ」
たった一言呟いて。
やがて、その時間がやってくる。
わずか一秒。
無敵までたどり着くまでの……永すぎる、たった一秒。
「――呪いと言ったな。王聖克也」
その手が、王聖の頭蓋を掴む。
反応なんてできるはずもない。
誰一人として、目で追えた者もいない。
今までの雨森悠人とは、文字通りの【別物】。
過去の一切の重しを捨てて。
全ての荷を下ろした彼は、それほどまでに――。
「悪いがそれは、僕が【背負うべき】ものだ」
一秒後。
その時点で、全てが終わっていた。
【嘘なし豆情報】
○異能名【偽善】
かつて生きていた天守弥人の異能【善】
その劣化版にして零落品。
オリジナルの半分の力のみ有し、それで完結した未完成品。
人工的に作られた、かつて最強だったモノの模造品。
過去、第三者の手によって、幼き少年に刻まれた呪い。
既に異能を保有していた少年にとって。
その力は、命を蝕むだけの重石となった。
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