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雨森悠人の異能。

其れはあまりに強大。

其れはあまりに絶大。

故に、多くはその力を前に膝を屈する。

眩いほどの深淵に、絶望し、負けを認める。


されど、絶大な力には。

いつだって、相応の代償が付き物だ。

第9章【怪物の血縁 雨森恋】
9-12『枷』

「いいのかい? あっち、だいぶピンチに見えるけれど」


 生徒会長、最上はその方向を見て声をかける。

 それを前に、少女は大きなため息を漏らした。


「……心底から嫌になりますね。私を前によそ見をしておきながら、それでも崩しきれない」


 彼女は――橘月姫は男を見据える。

 最上優。

 正真正銘の、一般人である。

 特殊な血統など持ち合わせておらず。

 その出生に秘密はなく。

 両親に隠れた職業もなく。

 学園の裏に関わっているでもなく。

 ごく普通に、平凡に。

 一学園の生徒会長を任されただけの、凡人。


 ――にもかかわらず、男は橘月姫を前に立っていた。



「異能名【終幕】。あらゆる事象を終わらせる異能」



 生徒会長、最上優。

 その異能名は、【終幕】。

 自身が選定した事柄を、強制的に終わらせる能力。


 その力は、決して強いものではない。

 なんせ、堂々の第四位。

 概念使いからすれば吹いて飛ぶような弱小異能。


 ――ゆえに、最上はその適用範囲を絞って使う。


「王聖副会長の異能の使い方から学んでね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……何かを捨てなければ、この力は強く使えないからね」

「……私が、他人に対して『反則』という言葉を使うのは、これで何人目でしょうね」


 あらゆる攻撃が、彼に届く以前に終幕を迎える。

 強制的に終了してしまう。

 例えば橘月姫の父親――橘一成だが、彼は絶対無敵の防御を誇る。

 だが、最上の異能もまた、一成とは異なる性質なれど、絶対無敵の防御そのもの。

 一切の攻撃ができないという強烈なデメリットの代わり、橘家の当主にすら並ぶ無敵を得た。

 攻撃が届かないということは、すなわち傷つくことが無いのだから。


「……三人目。我が父、一成に向けたものと同じ呆れをお贈りしましょう」

「それは嬉しいね。ぜひとも家宝にさせてもらうよ」


 その言葉に、橘月姫は目を細める。

 ……この男の厄介なところ。

 それは、絶対無敵の防御を誇るくせに――いざとなれば、それを攻撃にも転じられる点だ。

 今は攻撃ができないという縛りを加えているが。

 仮にそれを、防御ができないという縛りに変化させたら。


()()()()()()()()()()()()()()()』とか。


 そういう芸当も、可能なのだと彼女は察した。


「……嫌な相手ですね」

「弥人の同類からそう言ってもらえるとは、嬉しいね」


 思えばこの男も、天守弥人が見出した友だった。

 平凡、凡庸に見えたところで、彼はそれ以外の何かを見た。

 だからこそ、天守弥人は最上優を評価したし。


 その弥人が認めた人物が、そう簡単に負けるはずもない。


「最初の質問に戻りましょうか。()()()()()()()()()()()()()()()


 視線を、そちらへと向ける。

 今まさに、少年は異能をはく奪されている。

 刻一刻と力をつける相手と。

 速度において自身に迫る相手。

 それらを同時に相手しながら、さらには異能まで失って。

 傍目には、絶望的な状況だろう。


 されど、その光景に彼女は少し、安堵していた。


「あの方は、少々背負い過ぎているのです。過去であれ、想いであれ……それ以外のものであれ。異能の一つくらい排除したほうが、よほど自由に動けるでしょう」


 ちらりと、かつての兄の方を見る。

 彼が浮かべる優し気な笑顔を見て、彼女は瞼を閉ざした。

 ……仮にも、自分と同じ血を引くもの。

 橘月姫が分かっているのなら、彼が分かっていても不思議じゃない。


 そも、最初に出逢った時点で違和感はあったのだ。

 異能の変質とは、あくまでも互換に過ぎない。

 成長であれ、劣化であれ。

 或いは異なるモノへの変質にしても。

 元の原型が欠片も残らない、ということは絶対にない。


 故に、不思議だった。

 そして、確信を持ったのはつい先日のこと。

 雨森悠人と全力で戦った末に、ぬぐい切れない疑念が生まれた。


 だって、過去の雨森悠人の異能は、あの翼とは似ても似つかないものだったから。



「……まったく。呆れますよ。貴方も父も……そして、雨森様も」



 かくして、少女は微笑む。

 だって、彼女は最初から知っていたから。


 雨森悠人は、最強であると。




 ☆☆☆




「馬鹿だねぇ。あの王聖とかいうやつ」


 ――それとも、全部知った上だ()()してるのかな?


 そう、新崎康仁は、校舎からその光景を眺めていた。

 雨森悠人をぶちのめす。

 その目的をもって、色々と気合を入れていた。

 そんなところを、思い切り横槍突っ込まれたようなものだ。

 彼は苛立ちをにじませながら、頬杖を突く。


「そう急くなよ。どのみち、雨森悠人は逃げ出さない」

「分かってるよ。うるさいなぁ、()()()さん」


 彼は、隣に立つ人物へと言葉を返す。

 倉敷も、黒月も。

 誰も知らない雨森悠人の協力者。

 しかし、雨森を中心として広がった結界を見て。

 新崎康仁だけは、その異能の持ち主を知ることができた。


 彼は、校舎内の全生徒の視力を合算。

 人知を超えた超視力で結界の中を見通している。

 異能を物理的な力技でぶち抜ける今に、彼は少し苦笑しながらも。

 始めて雨森悠人と同じ次元に立てたのだと、悔しさをにじませる。


「お前は知ってるんだろうけど、僕は以前に、雨森悠人の異能を封印した。……僕のクラスメイトはチートでね。橘だろうと朝比奈だろうとお前だろうと、等しく異能の一切を封印する。……そういう力さ」

「だが、お前は敗けた」


 即答に、されど彼は笑顔を崩さない。

 当時は「意味わかんねえ」と頭を悩ませた。

 雨森悠人が騙っていた【燦天の加護】という異能。あれの特異性ゆえに上手く封印が作用しなかったとか……そういう可能性も考えていた。というより、そう無理やり納得させるしかなかった。


 だが、雨森悠人の本当の異能を知って。

 新崎康仁は、もう色々と考えることを放棄していた。


「そりゃ勝てないさ。……特に、無人島で戦った時の僕じゃ絶対に勝てない。あの橘を相手に()()()()()()()()を封印して、あの接戦まで持ち込んだんだ。今でも勝てるか怪しいっての」


 そして、と。

 彼は王聖克也を見下ろした。


「……あいつは、それを引っ張りだそうとしてる」


 馬鹿だなぁと、新崎康仁は再度笑う。

 そいつが変な戦い方にこだわっている今しか、勝機はないのに。

 そいつが本気で動き出したら、それこそ橘月姫だって勝てないかもしれないのに。

 負けることを覚悟で、そいつの本気を探ろうとしてる。


 その理由は分からないけれど。

 新崎康仁は不本意ながら、絶大な信頼をその男へと向けていた。



「ああしてる時点で、王聖克也は勝てないよ」



 だって、雨森悠人は最強だろう?




 ☆☆☆




 その異変に。

 一番最初に気が付いたのは、執行官だった。


『――ッ!?』


 バチリと、衝撃と共に頭蓋を掴んでいた右手が弾かれる。

 あまりの衝撃に執行官は大きく仰け反り、驚きと共に王聖の近くまで後退する。


『お、オイオイ……どういうことだコイツぁよォ! 確かに俺は確実に、雨森悠人の異能を剥奪した! ……したはずだ。だけど、()()()()()()()()って本能が叫んでるぜ! 実に中途半端だ!』

「……だろうな。想定していた中で、最低最悪の可能性だ」


 王聖克也に驚きはない。

 雨森悠人の姿を見たときから、いくつかの想定はしていた。

 そのなかでも『そうであってほしくない』と願っていた一つの可能性。

 それが目の前に曝け出された。

 彼にとっては、それだけのこと。

 悲しみはあれど、驚きはない。


「……王聖。今、僕から奪ったものを返せ」

「らしくないな無表情。怒りを出すなよ。底が見えるぞ」


 そう言いつつ、王聖は警戒度を最大まで引き上げる。

 異能は確実にはく奪した。

 最悪な可能性が的中した。

 であれば、既に今の雨森悠人は、先ほどとは別人と見るべきだ。


「ちなみにだが、雨森悠人。異能の複数所持は身を滅ぼす」


 先も言った言葉だ。

 だからこそ、王聖は最初に自己回復の異能を取った。

 と言っても、物理的に複数の異能を所持することなどまずありえない。

 せいぜい、使えるようになる、というのが関の山。

 それこそ、王聖のように異能の力で無理やりに植え付けでもしなければ、複数を【所持】することは、絶対にありえない。


 と、そこまで考え、彼は問う。



()()()()()?」



 筋肉痛など、良く吠えたものだ。

 雨森悠人の症状は、そんな生易しいものではない。

 雷による身体強化一つとっても、使用=自死に等しい。

 これ以上の身体への負荷は、彼の体を直接的に死に至らしめる。

 だから使わなかった。……使えるはずもなかった。

 それを全力で使用したのはただ一度、()()()()()()()()()()()()()()()()()だけとした。


「お前の体は、刻一刻と死んでいる。天守の血があるだけ耐えていたようだが……それも長くは続かない。現に、こうして異能をはく奪した今、お前の体は絶好調極まりないだろう」


 雨森悠人にとって、今剥奪した異能こそ枷。

 呪いと言っても過言ではない。

 手放すことなんてできないくせに。

 持っているだけで、確実に命を蝕んでいく。


 執行者の手には、どす黒いオーラが溜まっている。

 その光を一瞥し、王聖克也は吐き捨てる。



「天守弥人の劣化品。……異能名は【偽善】と言ったところか」



 それこそが、雨森悠人に、()()()()()()()()()()()

 元より欠けた劣化品。

 それ以上成長することもない、不完全の完成品。

 その力は概念使いですらなく。

 堂々の第四位。頂点とは正反対に位置する力。


 ……そんな半端な力のみ使い、常に死に向かう体にムチ打ち。

 まさしく最悪のコンデションで橘月姫に善戦したのだ。


(成程な弥人。貴様の言っていたことが、今になって理解できたよ)


 雨森悠人は、紛れもなくあの男の弟だ。

 たとえ、そこに血のつながりが有ろうと、無かろうと。

 この男は、まさしく最強の名に相応しい。


 ――しかし、だからこそ。


 友人の弟を前に、王聖克也は初めて怒りを発露する。



「……誰だ。誰がお前に、このような【呪い】を押し付けた」



 全身から怒気が膨れ上がる。

 執行者がかつて見たこともない王聖に、ヒュウと口笛を鳴らし。

 あまりの圧に、朝比奈も小森も微動だに出来ない。

 ……その中で。

 たった一人だけ、平静に動いていた者がいた。


「……二度、言わせるなよ王聖」


 静かに。

 されど、その言葉はぞっとするほど冷ややかだった。

 全員の背筋に、悪寒が走る。

 一刻も早くここから離れろと、本能が叫ぶ。

 それが恐怖だと理解し、王聖は頬を引き攣らせた。



「――10秒だ。それまでに返さなければ、ここでお前を磨り潰す」



 すでに、四回目の勝負は終わっていた。

 執行官がペナルティを加えた時間を除き。

 ……次のじゃんけんまで、残り11秒。


 わずか一秒。

 されど、一秒。


 全力全霊。

 呪いから解き放たれた、本来の雨森悠人。

 それを前に、たった一秒だけ耐えきるだけ。


『……気張れよカッツー。今の強化状態でも、気ぃ抜けばマジで死ぬやつだぜ』

「黙っていろ。今の助言は公平ではない」


 頬を汗が伝う。

 緊張に喉が鳴り、拳を強く握りしめる。

 ……今の強化状態でも、既に強さは概念使いに迫っている。

 並みの攻撃には対応できるはずだ。

 全神経を集中させて、たった一秒を耐え忍ぶ。



「私は、勝つさ」



 たった一言呟いて。


 やがて、その時間がやってくる。


 わずか一秒。

 無敵までたどり着くまでの……永すぎる、たった一秒。



「――呪いと言ったな。王聖克也」



 その手が、王聖の頭蓋を掴む。

 反応なんてできるはずもない。

 誰一人として、目で追えた者もいない。


 今までの雨森悠人とは、文字通りの【別物】。


 過去の一切の重しを捨てて。

 全ての荷を下ろした彼は、それほどまでに――。



「悪いがそれは、僕が【背負うべき】ものだ」



 一秒後。

 その時点で、全てが終わっていた。


【嘘なし豆情報】


○異能名【偽善】

かつて生きていた天守弥人の異能【善】

その劣化版にして零落品。

オリジナルの半分の力のみ有し、それで完結した未完成品。

人工的に作られた、かつて最強だったモノの模造品。


過去、第三者の手によって、幼き少年に刻まれた呪い。


既に異能を保有していた少年にとって。

その力は、命を蝕むだけの重石となった。

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