私は、天才ではないと自覚がある。
実に凡庸な家系。
何も不可思議無い出生。
何の特筆なき人生。
私は平凡に生き。
そして、平凡に死ぬと思っていた。
しかし、幸か不幸か。
私には、ひたすらに【執念】があった。
天守家。
その名を聞いて。
彼らの力をこの目で見て。
新しい扉が開く音を、聞いた気がした。
『あぁ、なんて、美しい』
人間が太古に忘れてきた、なにか。
地位、名声、権力、金。
多くのモノと引き換えに失ったもの。
それを、彼らは持っていた。
今の人類史が築き上げたあらゆる技術、経験、知識を持ってしても解き明かせない神秘。どのようなものを用いても敵わない特異。
それを目の当たりにして。
私は美しいと心の底から思ったし。
『それを独り占めとか、狡いなぁ』
そう、心の底から嫉妬した。
☆☆☆
雨森悠人の本来の異能。
それは、最後の最後。
死力を尽くして倒すべき相手に対し。
確実に相手を殺すと決めた時。
その時のみ、完全解放すると決めていた。
それを、こんな場所で使わされるとは。
――僕の異能が、恋の刀を破壊する。
その光景に、恋も橘も大きく目を見開いて固まっていた。
二人の珍しい姿を見れただけでも、異能を解禁した甲斐があったかもしれない。
我流の、天能臨界。
見よう見まね。
過去に見た『臨界』だけを頼りに、なんとか再現した紛い物。本物と比べれば原型すら留めぬほど、雨森悠人の形として魔改造した新技術。
まぁ、名付けるのも面倒なので天能臨界としておくが……その内容は全くの別物なのだろう。
本来は、こんな人の目に付く場所で解放なんてしたくなかったのだが……解放したところで理解出来るとは限らない。
現に橘と恋は、何が起きたか理解出来ていないはず。
臨界した僕の異能は、恋の異能に本質として非常に近しくなる。
つまり、発動した時点で既に終わってる。今回で言えば、発動しようと考えた時点で、既に恋の臨界を壊し終えていた。
そんなもの、観測できるわけが無い。
僕は臨界を閉塞。
体外に出していた異能を戻す。
凄まじい吐き気と寒気が体を襲うが……それもこの10年あまりで慣れ過ぎた。
大きく深呼吸して体調を整えると、再び恋へと視線を戻す。
「さて。これで僕の勝ちになるかな」
天能臨界とは、異能を抽出して外に出す技術……だと認識している。
であるならば、異能を真正面から砕かれた今、恋はしばらくマトモに異能が使えないはずだ。
異能を使えぬ雨森恋。
それは確かに脅威だが。
されど、どうしようもないとは思わない。
「それとも、まだ足掻くか?」
僕は、未だ固まっている妹に問う。
……だが、しかし。
「…………?」
返事は、無い。
いつまで経っても彼女は動かず。
加えて、橘からも反応がない。
違和感……と呼ぶには大きな異変。
二人の姿を見て。
僕は、やがて決定的な『なにか』を見落としているような……嫌な感覚を覚えた。
「……おい、二人とも」
反応は分かる。
驚き固まるのも、分かる。
だが、
驚きに固まっているのではない。
2人は、本当に動かなくなっているのだ。
「……ッ」
背筋に、冷たいものが走った。
咄嗟に周囲へと視線を巡らせる。
先程まで感じていた、生徒たちの視線。
それら全てが完全に消失。
庇っていた四季たちの気配まで無くなっていた。
切り裂かれたはずの大地が、いつの間にか元通りに戻っている。
それだけじゃない。
新崎が吹っ飛んで、壊れた校舎も。
縦に斬り裂かれた校舎も、中庭も。
何もかもが、まるで
なんだ、これは。
第三者の異能が発動された……?
だとしても、僕が今この瞬間まで全く気づけなかったほどの精度。間違いなく概念使い。
であれば、どんな異能だ。
橘と恋はそこに居る。
が、動かない。
意識もあるのか分からない。
他全ての生命は一切が消失し。
その癖、僕は平然と思考を進めている。
理解ができない現状を前に。
コツリと、背後で革靴の音がした。
「見学させてもらったよ、君の能力」
背後から、声がする。
実に聞き覚えのある声だったし。
聞くだけで吐き気を催す程の、忌々しい声色だったと言っておく。
「……八雲、選人」
咄嗟に振り返ると、その男が立っている。
いつも通りの柔和な笑みを浮かべ。
銀髪をワックスでオールバックに固め。
着慣れたスーツで、立っている。
「……これは、お前の異能か?」
最初に考えたのは【時間の操作】だ。
だが、すぐに違うと考えた。
時間の停止と時間の遡行。それらを組み合わせれば現状は作り出せる……だが、それはあまりにも無茶のある仮定だ。
この怪物二人を完全に制した上で、僕に一切悟らせることなく世界の時間を遡行した。
そんな芸当、たとえ弥人であってもできるわけが無い。
で、その次。
このような状況。
どんな異能なら実現可能かと考えて。
僕はすぐに、その可能性へと考え至る。
「橘と同系統……【幻】関連の異能だな」
端的に言えば。
これは幻であると。
僕は半ば確信を始めていた。
今目の前に立っているこの男も。
先程までの戦いも、どこまでが本当でどこからが幻だったのか……今となっては分かったものでは無い。
だが。
僕も橘も、恋も、新崎も。
誰一人として、術中であることに気づけなかった。それは正しく『異常事態』だろう。
「さすが。一目でそこまで見抜くとは脱帽するよ。惜しむべくは、
「…………」
それは嘘か本当か。
……いや、どちらでも構わないか。
僕がすべき事は変わらない。
幻を打ち砕いて、さっさとこの世界から脱出することだけだ。
「先に言っておく。無駄だとね」
しかし、男は先にそう告げる。
当然聞く耳を持たない僕は脱出の糸口を探すべく視線をめぐらせるが、奴の語りは止まらない。
「おや、興味すら持たれないとは悲しいね。では、興味が出るような話をさせてもらおうか」
彼はそう、前置きして。
「――天守弥人の肉体を手にして、私は真っ先にその肉体を解体した」
「………………あ?」
僕の動きが、止まる。
視線が、男を捉える。
男は、僕の目を見て肩を竦めた。
「怖い目をしないで欲しいね。私は単なる学者として、彼の肉体から天能を抽出したかっただけなのさ」
「……それ以上喋れば、殺す」
「不可能だよ、これは夢なのだから」
そう笑い、男は話を続けた。
「私は天能が欲しかった。だから彼の血肉を使って研究したさ。最初は彼の死肉を
吐き気を催すような研究談。
その『事実』は僕の心にドス黒い影を落とす。……これを世間一般には、殺意と呼ぶのだろう。
「天守弥人は存在的に強すぎる。故に、直接血肉を食らうのは拙い。私は彼の解体した血肉を焼き焦がし、冷凍し、粉微塵まで粉砕し、
そう囀った、次の瞬間。
僕は大地を蹴り飛ばし、奴の顔面を思いっきり殴り飛ばした。
……殴り飛ばした、つもりだった。
「言ったろう。殺せないから無駄だと。言葉が通じないとは、君は獣の一種かな?」
僕の拳は、奴の体をすり抜けている。
まるで立体映像を殴りつけているような感覚だった。
されど、彼の右手が僕の腕に触れ、悪寒が走る。
こちらからは触れないのに。
向こうからは、こちらを触れる。
その事実を前に、僕は大きく距離を取った。
「夢だと言ったろう? 安心したまえ、既に異能は発動し、君たちを完全に捕捉し終えている。既に術中である以上――もう、
思い切り地面を蹴り飛ばす。
砕けた石畳が無数の瓦礫となって八雲を襲うが……全てがすり抜け、無意味となる。
その光景に歯噛みしつつ、次なる対策を脳内で練る。
「……ま、いいか。足掻くのは好きにしたらいい。私がこうして出張って伝えに来たのは、
「……完成、だと」
確かに、男はそう断言した。
「私は天守弥人の肉体から、完全なる形で『概念使い』の抽出に成功した。……と言っても、人の身では、オリジナルと同出力までは引き出せなかったからね。研究者としては苦渋の決断をさせてもらったよ」
「まさか……」
最悪の可能性が頭を過ぎる。
その可能性は。
八雲選人の浮かべた笑顔を見て、確信へと変わった。
「
その言葉の意味。
……理解できないわけではなかった。
だが、理解出来ていたからこそ。
その腐り果てた害悪に、言葉が出てこなかった。
「例えばこの異能【夢】。学園内の全生徒を強制的に眠らせる異能だがね。
……知っていたさ。この男の手にかかった被験者が、どんな末路に至るのか。
その痛みも悲しみも苦しみも。僕は、よく知っている。
この男は他人を唆し、騙し、欺き、奪い、利用する。
他人を被験者と見下して、搾取し尽くして使い潰すだけ。
だからこそ、彼に対する『評価』は徹頭徹尾変わらない。
「……外道が」
「君が言えた義理か? ……だが、仕方ないだろう。あの天守弥人から力を継いだのだ。そりゃ、人間として生きていくことくらい諦めてもらわなきゃ、凡人の身には余りに重すぎる」
そう言って、彼は笑う。
「……そうだろう? 雨森悠人君」
次の瞬間、彼の姿が大きく揺れる。
視界が一気に湾曲する。
まるで世界が崩れるように。
目に映る全てが、崩壊する。
「異能研究は完成した。使用者が無茶をするだけで、天守の力は引き出せる。誰より君がその証明となっている訳だが――」
声が、脳内に響く。
崩れゆく視界の中で、ひたすら考える。
ヤツは言っていた。
これは、夢だと。
現実世界で起きたことではない。
ならば、目覚めなければ。
このまま身を委ねては、いけない。
「く、そ……ッ!」
口の端を噛むが、既に痛みすら感じない。
吐き気が胸の内で大きく広がる。
耐えるなと、脳内で大きな警鐘が響く。
黙って夢に従えと。
強制的に、僕の体を引きずり下ろす。
【おしまい】
男の言った言葉が、ふっと蘇る。
……諦めてたまるモノか。
こんなところで。
何も為せず、何も得られず。
また、こんな……惨めな気持ちで。
終わって、たまるか。
意地で大きく目を開く。
――そんな僕を、男は確かに見下ろしていた。
「言っておくがね。天守弥人の力を前に、君は絶対勝てないよ」
沈む。沈む。
どこまでも深く。
夢の世界へ、引きずり込まれる。
ごちゃごちゃに、思考が歪み。
必死に考えた言葉も散って。
何をしていたのか。
ここがどこなのか。
自分は一体、誰なのか。
全て、跡形もなく消え去って――
☆☆☆
――雨が、降っていた。
鬱蒼と生い茂る森の前で。
僕は、力なく座り込んでいる。
どうしてこんなことになったのか。
僕は、どうして生きているのか。
何もかもに絶望して。
なんにも考えられなくて。
もういっそ死んでしまった方が楽なのに。
そんなことを思って、空を見上げた。
そんな時、近くに駆け寄ってくる足音が聞こえた気がした。
「ねぇ君、大丈夫?」
太陽のような、声だった。
驚いて、そちらを見上げる。
子供だった。
僕よりも少し年上の、黒髪の少年。
されどその瞳は輝かしくて。
誰よりも真摯に。
誰よりも優しく。
僕の人生において、かつて見た事がないほど、真正面から『僕』を見ていた。
「僕の名前は天守弥人。こんな所で居たら風邪引くよ。せっかくだから家来ない?」
――そして、雨森悠人は夢を見る。
ずっと昔。
何もかもが幸せで満ちていて。
家族がみんな揃っていて。
ただ、それが破滅するだけの過去の夢を。
第10章【雨森悠人は夢を見る】
悔やんでも、泣いても、悲しんだところで
過去は変えられない。死んだ者は戻らない
君の過去は、一生悪夢として君につきまとう
けれどね、雨森悠人君
君はいつか、過去に向き合わなくちゃいけない
思い出したくない光景。忘れていた言葉
すべて振り返って。何もかもを思い出して
その時、君が少しでも自分を思い出せたのなら、私は嬉しいと思うよ
なあに、居候先のお節介からの忠言だ
いつの日か、気が向いたら思い出してくれればいいよ
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