第2話 蕎麦処、親子二人

 龍気——それは、地中に張り巡らされた『龍脈』の上に生成される鉱物資源である、『龍脈炭りゅうみゃくたん』から精製されるエネルギーである。

 今から一四九年前の冥暦一七六四年、萌明ほうめい八年に起きた龍気革命によって、その取り扱いが確立されて以来瑞穂国では機巧からくり技術が大きく躍進した。

 燈真が今乗っている旅客車も、龍気機巧の一つである。車内にはまばらに人が座っていて、煙草を蒸したりしていた。燈真は煙たい紫煙に眉根を寄せながら、ヤニと砂埃で薄汚れた車窓から外を睨むように見つめた。

 目つきが悪いせいでそうなっているだけであるが、実際は睨む気などない。勘違いされていい迷惑しているのだ。——外に広がるのは、レンガと石造りの街並み。燦月町の風景は、急速に近代化している。


「まもなく三番通り、三番通り」


 燈真は手元の鈴を鳴らした。安っぽいがま口財布の中から、運賃の二五〇冥貨めいかを取り出した。日雇いの仕事で稼いでいる身には、移動費だけでもバカにならない。

 旅客車が停まった。燈真は運賃箱に金を入れ、降りていく。

 土の香りと、イチョウと桜の青々とした街路樹の匂いがした。昼を僅かに過ぎたくらいだろうか。どうせ帰っても、あの義母ババアは何も用意しちゃいないだろう。していたとしても、クソみたいにまずい、ゲロ甘の洋菓子だ。食えたもんじゃない、あんなもの。

 考えるだけで腹が立つ。前から歩いてきた婦人が、目を背けて大きく避けながら通り過ぎていった。


(そんなに俺は怖いかよ、くそったれ)


 燈真は着流しの襟に腕を突っ込み、歩き出した。

 適当な飯屋で、さっさと済まそう。そう思って歩いていると、ふと父が勤めている医院が見えた。

 町立燦月医院。父・孝之たかゆきは外科医だ。医者の子ということで燈真は一時期変な期待を被ったが、今では近所では「どうしようもない暴れん坊のドラ息子」という認識である。

 ふん、と鼻を鳴らす。その足で、近くの蕎麦処に入った。


「いらっしゃい。注文は」

「天そば」

「あいよ。天そば一丁!」


 勘定台席についた。厨房と客を隔てる長い机に設けられた席だ。そのまま勘定を済ませられることから、瑞穂人はこの長い机の席を、こう呼ぶ。昨今、エルトゥーラ王国——恵国の言葉も多く入ってきていることもあり、そのなじみでカウンター席とも呼ばれていた。

 椅子に座ってぼんやり待っていると、一人の男が入ってきた。白衣に丸い縁の眼鏡。落ち着いた雰囲気の、五十近い男だ。

 そいつは間違いなく漆宮孝之であり、燈真の実父だった。


「燈真。偶然だな」

「……ああ」


 孝之は自然な動作で燈真の隣に座った。仕事が忙しく、燈真はなかなか帰って来れない父とあまり喋っていない。家の不平不満を言って、心労を増やしたくないので黙る、という選択肢をとっていたのだ。


「近所の人から聞いたよ。母さんと折り合いが悪いんだって?」

「……あの女を母さんなんて呼ぶな」


 思いの外どすの利いた声が漏れた。孝之は怯まず、出されたお冷を一口飲んでから、


「燈真……浮奈うきなが昔世話になっていた家があるんだ。田舎の方に」

「母さんが?」

「そうだ。祓葬師ばっそうしを目指していたらしくてな、浮奈は。それで、その家で修行していたんだ」


 祓葬師——思い出す。高等学校で起きたあの忌まわしい事件。その主犯格の少年の祖父も、祓葬師だった。その役員であり、その発言力で——。

 燈真の手が、ぎゅっと握りしめられていた。

 と、燈真の頼んだ天そばが注文票と一緒に置かれた。燈真は一旦思考をやめ、手を合わせて「いただきます」というと、橋をつかんで蕎麦を啜る。

 つゆにつけて蕎麦を一息に啜り、海老天を頭から齧る。ザクっとした軽やかな衣の内側に、あふれんばかりの肉汁の詰まったエビの身が詰まっていた。

 孝之は久々に見た息子に満足げな笑みを浮かべると、運ばれてきた自分のとろろ蕎麦を食べ始めた。五十に差し掛かると、天ぷらの油さえ、きつい。


 黒髪で大人しそうな孝之と、母親似の白髪で険の強い燈真とでは似ても似つかないが、なるほど食べ方は確かに親子だ。食べている間は会話がなく、食べることに集中している。

 無言で蕎麦を啜る二人は、食べ終わるまで互いに一切喋らなかった。


 やがて双方食べ終わり、水を飲んで口を整えると、燈真は口を開いた。


「あの女はいけ好かねえし、祓葬師ってのにも興味がある。その家に行ってみる」

「そうか、わかった。こっちから連絡を入れておこう。稲尾さんのことだから二つ返事で快諾してくれるだろう。今のうちから、荷造りしておいた方がいいかもな」


 孝之はそういって、燈真の伝票も掴んだ。


「蕎麦代くらい、自分で——」

「いいから。でもな燈真、あまり恨まれるようなことをするな」


 今日のことを、見通しているかのような言葉に、燈真は返す文句を失った。

 何か言うべきだとも思ったが何も言えず、大きく息を吐いて「ごっそうさん」とだけ言って、ひと足さきに蕎麦処を出るのであった。



 かくして燈真は死んだ実母が修行していた屋敷に向かうことと相なった。

 その家は、代々妖狐の一族として栄える稲尾の屋敷。未だなお生きる、千五百歳の九尾が御意見番を務める大きな一族の家であった。

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