ゴヲスト・パレヱド — 百鬼繚乱夜行伝 —
夢咲蕾花
【序】然らば去ろう、腐れた過去と共に
第1話 仇討ち
【扉絵】https://kakuyomu.jp/users/FoxHunter/news/16818023214257827646
「おいっ、決闘だぞ決闘!」
「亀山の大将がやるんだってよ!」「どこのバカが喧嘩売ったんだよ!」
「二つ隣の町の、漆宮だかいうバカだってよ!」
初夏。アブラゼミが、あちこちの木々に張り付いて大声で鳴いている。近所の小僧どもは、今日ばかりは虫取りではなく、とにかく足を急かした。虫取り網と虫籠の代わりに、そこらで買ったソース煎餅やなんかのおやつを持って、友達と道場に急ぐ。
世界最大の大陸、アルダーノヴァの東に浮かぶ大きな島国。人口は六億五千万、面積は三七七万平方キロメートルを超える。
豊かな自然と、近年の都市開発が同居した国であり、三柱が創世神のうち、一柱——荒神とされる女神が座すとされる。
ともあれ妖怪と人間が共存する——そんな土地であった。
「急げって! 始まっちまうぞ!」「待ってって!」
「どーせ亀山さんが勝つけどな!」
町の道場で、決闘がある。こんな楽しいこと、見逃すバカはいまい。子供だけでなく、老人も、祭りや喧嘩が好きな妖怪も揃っている。
道場のそばでは賭けの胴元が金を集め、屋台が出てお祭り騒ぎだった。噂に聞けば喧嘩を売ったのは二つ隣の町の少年で、受けて立つのは町一番の闘士である。結果は分かりきっているが、楽しみだ。どうせ、そのガキの方が負けて無様に這いつくばるに決まっているが、それはそれで見ものである。賭けも、ほとんど賭けになっていない。
さても敷地内の最も大きな武道場は、外の窓にまで大勢が張り付いていた。押し合いへし合い、思念視できるものが金をとって、式符を売って試合を見せようとしている。
道場の板の間、そこで睨み合う若い男が二人。
一人はいかつい男子。歳は、十九かそこらか。黒髪が獅子のたてがみのようにぶわっと広がっており、北国——この
「決闘試合だからって手ェ抜かねえぞ。骨の二、三本は覚悟しやがれ、新入り」
おおよそ二十歳前後とは思えない、低くドスの利いた声。底冷えする声音は、彼がなんらかの妖怪であることを示している。
その大男は、上背はゆうに六尺七寸(約二〇〇センチ)。筋肉製の戦車のような印象である。
対する少年は白髪。背は、大男よりずっと低く五尺七寸(約一七一センチ)。目つきは鋭く、やや三白眼気味だ。相手を重装甲の戦車というなら、こちらは磨き抜かれた矛のような印象。比較的——相手と比べて、だが——細いが、筋肉質である。
大男の名は亀山。玄亀という妖怪と、河童の相子である。甲羅のように頑強な肉体と、河童譲りの怪力が自慢で、この界隈で負け知らずである。
対する少年の名は漆宮。
燈真は包帯を巻いた拳を突き出した。両足を肩幅に開き、左半身を前に、右半身を後ろに引く。合わせて拳も、左を前にした構えだ。見れば体のあちこちに大小さまざまな傷がある。それなりに場数は踏んでいるらしい。
無言の挑戦。そして、今更退く気はないという意思表示。
亀山は鼻を鳴らし、冷静に、しかしいつものやり方を崩すわけにもいかぬと、腰を落とし取り組みの構えをとる。
「燦月町、漆宮燈真」
「戸次町道場大将、亀山和樹」
名乗り上げ。互いに引かぬ、互いに戦うという絶対の宣誓。
師範代が、「始めッ‼︎」と大喝をあげた。
直後、亀山が突進した。
「轢き殺してやるわ、若造が!」
彼は妖怪だ。外見に反し、ゆうに八十年生きている。実年齢通り十七歳の燈真など、若造どころか乳飲子である。
燈真は素早く左へ滑るように移動。突進を難なくかわし、冷静に相手の動きを観察する。
「おらぁっ!」
亀山が丸太のような腕を薙いだ。燈真はそれを一瞬だけ右肘で受け止め、勢いを斜めに逸らしつつ己の腕の円運動で払い除けると、左の拳を顎に叩き込む。
「ガッ——」
疾い。パァン、と快音を響かせ、岩のような顔面を弾く。周りが、どよめいた。
足を踏み換え、右の上段蹴り。足の甲が亀山の鼻面に命中し、さらに踏み換えて左の膝蹴りが脇腹に突き刺さる。
燈真は呼吸を止め、ラッシュを仕掛けた。
左右の乱打、鳩尾へのアッパーと、顔面——顎を狙う掌底。一撃一撃が、肉が波打たせて汗と血が飛び交うほどの威力。
「おい、冗談だろ」「亀山さんが押されてるぞ!」「なんだあいつ!」
一撃、右の前蹴りが亀山を吹っ飛ばし、壁際まで追い込んだ。
燈真は溜め込んだ空気を吐き出し、呼吸を再開する。藍色の目には、はっきりと侮蔑の色。隠し切ろうとしているが、そこには憎悪も確かに見られた。
亀山が再び、突進。燈真はそれを正面から受け止めた。両肩を掴み、踏ん張る。
筋肉の繊維が、ビキビキと音を立てた。筋が浮かび上がり、燈真の顔が丹のように赤く染まる。血走った目が、亀山の勝ち誇る顔を睨み——次の瞬間、燈真が踏み締める板が割れた。
「噴ッ!」
燈真はありえざる馬鹿力を発揮——亀山を抱え上げ、投げ飛ばしたのだ。
観戦客があっと声を上げる。放物線を描いて宙を舞った亀山が床に落ちた。
燈真は迷わず馬乗りになり、気が狂ったように顔面に拳を叩き込み続けた。激しい打撃には、ありありと激憤が孕まれ、ドス黒い憎しみで溢れている。
肉と筋肉と、骨さえ変形し、亀山はかすかに痙攣。
燈真が道着の襟を掴み上げ、口を開いた。
「十日前、お前らが厠に連れ込んで暴行した女から頼まれた。二度と戦えないようにしてくれってな」
燈真は亀山から退き、再びぶん投げる。
あたりが、ざわついた。師範代も、目を見開いて亀山を睨む。
「喧嘩の理由をもらえたからそれでいいけど、真面目に闘士やってりゃ、女の一人二人抱けただろ」
燈真が近づくと、亀山は青く腫れた瞼をひくつかせて立ち上がった。まだやる気だ。
腫れて、涎と血が溢れる口でもごもごと言う。
「この野郎……! 調子くれてんじゃ——」
妖怪本来の姿に戻る、顕在化の片鱗。燈真の動きは速い。さながら獲物を見つけた狐のように飛びかかり、右腕に巻き付く。そして足、胴、腕を巻きつけ、思い切り——捻り折った。
バギバギバギッと凄まじい音が、道場に響き渡る。
「ぎゃぁあああああああああああッ‼︎」
亀山は中途半端に妖怪の姿に戻った状態で、右腕——その付け根を押さえる。あたりの女子供は呆気に取られた。男どもでさえ、言葉を探してポカンとしている。
これでは決闘というより、公開処刑だ。
「犯罪のために鍛えた腕なんて必要ないだろ。それとも、左手も潰してやろうか」
「ひぃっ……」
燈真は鼻先に顔を近づけた。道着の襟を掴み、囁く——底冷えする、冥府から吹き込む閻魔の唸り声のように。
「俺のツレだったんだ、あの子は。よかったな、俺が温厚な方で」
「ひ……ゆ——ゆるして、くれ……なんでも、する……」
「俺に謝ってどうする、カス」
燈真は右の拳を顔面に叩き込んだ。人間離れした怪力で吹っ飛ばされた亀山はもんどりうって転がり、壁にもたれる。舎弟がたまらず飛び出してきたが、燈真は無視してそのまま何も言わず道場を出ていった。
野次馬も、怒涛の出来事に言葉を失い、鬼の形相の少年に無言で道を開けるのだった。
昼前の道場に、蝉の声がこだまする。
漆宮燈真は、その日己の中で一つの決着をつける。
恋人未満友達以上だった女の、その復讐を成し遂げたのだった。
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