極彩色のスケッチブック

夢咲蕾花

こころ

 焦っている、という自覚は凄くある。

 俺は十二歳の頃、始めて小説を書いた。実を言うと、棒人間がわちゃわちゃするよくわからない漫画は、確か十歳くらいの頃から書いていて、創作活動の原点はそこだった。いや、あるいは保育園児の頃の、あの——笑ってしまうような稚拙な絵。自分はまさしく芸術だ! と鼻息荒く描いていた新幹線とか、電車。あれこそが、俺の原風景かもしれない。

 何はともあれ、俺は大半の人間の御多分に洩れず絵を描くのが好きなガキだった。褒められることよりも、「そんなことより勉強しろ」とか、「俺のパパの方がうまいよ」とマウント取られる方があまりにも多かったが、なぜか俺は太々しく描き続けていた。


 なんでそれが、十二歳で急に小説に向かったのかといえば、当時の担任が読書家だったことが理由だ。教室の後ろには本がずらっと並んでいた。俺はその先生になぜか気に入られていて、いろんな本を勧められた。誓っていうが、当時の俺は本なんて、漫画以外大嫌いだった。小説なんて、死んでも読むか! と思っていた。でも、タイトルなんて忘れたが比較的厚みのない文庫本(しかもラノベではなく純文学だった)を渡されて読んで、俺は虜になった。

 単細胞の俺は自分でも書いてみたいと思って、すぐにノートの後ろのページに、当時流行っていて知識だけでしか知らなかったモンスターハンターと、なぜか会社が全く違うゲームのボクらの太陽を掛け合わせた「悪い吸血鬼を退治するハンターの話」を書いて、自慢げに小説家ヅラをしていた。たったの二ページくらいしか書いてない。語彙もないし、文章の繋ぎ方もわからない。なんというか、小説というよりあらすじみたいな文章だった。

 ただ、それを読んだ仲がいいわけでも悪くもない同級生は、静かなトーンでしみじみと「面白い」と言ってくれた。

 それが、絵を描いていた頃には得られなくて、ずっと求めていた言葉で、嬉しくなって小説に傾倒する理由になった。

 あるいはそれは、下手くそな自分の絵に対する逃避——そのための、言い訳だったのかもしれないが。


 中学に上がる頃、ライトノベルを中心に色々買い漁って読んでいた。まあ、微々たる小遣いなのであんまり買えなかったが、狂乱家族日記やバカとテストと召喚獣とか、そういうの。不思議と当時の流行りである禁書とかは買ってなかった。

 中学時代、家庭の環境がひどく悪化していて、俺はその強烈なストレスを喧嘩で発散するという最高に頭の悪いことをしていた。話を聞いてくれる大人なんていないし、俺に大人なんて性欲に溺れた糞野郎としか見えてなくて、頼るなんて最高の恥だと思ってた。端的にいえば、自分以外は全て敵、と思っていた。

 目つきは、当時の写真を見ると本当に自分なのか? というくらい悪かった。そして、ひどく冷たく、あまりにも惨めだった。

 変に力が強くて、悪賢いから喧嘩だけは強く、悪目立ちを繰り返してあちこちで喧嘩を売られた。ことごとく返り討ちにし、二度と舐め腐ったことを言えないようにと、過剰なまでに暴行し続けた。味方がいない、その孤独感は、異様な攻撃性に表れてた。

 常に一匹狼で、だからか弱いものいじめは絶対にしない、みたいな奇妙なプライドだけはあった。だからっていじめを止める英雄のような行動なんてしなかった。人助けなんて馬鹿馬鹿しい、と思っていた。そして、それを「尖っていてかっこいい」と勘違いしていた。

 今ならわかるが、怖がられるより、剽軽な笑い者の方が絶対にいい。金色のガッシュのフォルゴレではないが、ライオンよりカバのほうがずっといい。それは、絶対にそう言える。


 高校に入って、バカなことはやめないと、とそれまでの蛮行を捨て去った。喋らないようにして、無言で過ごした。いじめの標的にされ、小説をバカにされ、やはり俺は単細胞だったから主犯格をボコボコに殴り倒した。血だるまになるまで殴り続けて、一発謹慎。鬼のような説教と、しばらく学校カウンセリングを受ける羽目になった。俺を頭のイかれた糞野郎と思ってるのか? 殺すぞカス、と本気でキレたのを覚えている。親にも、生徒指導の先生にもそう怒鳴って喚いてた。

 人生初のアンチ行為は、苛烈な反撃に終始した。これをネットで口論という形でやっていたら、昨今のネットリテラシー的には最高のお祭り騒ぎだったろう。さぞ、朝野は沸いたに違いない。本音を言えば、その野次馬どもも一発ずつくらい殴ってやりたいが。俺は、俺に興味のないやつに優しくなれるほど大人じゃない。


 腫れ物扱いで三年間過ごした。友達はできず、昼は常に一人。淡々と過ごし、家ではヒステリックを起こす銭ゲバかつパチンカスの祖母と、母親が終始怒鳴り合い。頭がおかしくなりそうだった。

 恋人も、できるにはできた。盛大な裏切りをされて、二度と女という浅ましい生物を俺の人生には介入させない、という大きな学びを得る機会となった。とっかえひっかえ男を家に連れ込んでいた母親を見て、学ぶべきだった。これは鼻の下を伸ばしていた俺の方が馬鹿だったと思う。


 ひねくれたまま地元の工場に就職して、そこで限界が来てしまった。

 小さい頃から続く虚無を伴う奇妙な孤独感、疎外感、怒号や罵声のフラッシュバック、焦り、不安、恐怖、思うにならない人生の全てが一気にのしかかってきて、倒れた。

 それでも家族は精神疾患を甘え、と思っていて、俺は再就職した。しかし、同じことが起こった。

 さすがに病院も放って置けなかったらしく、精神科に連絡して診断した結果、統合失調症と言われた。


 俺はその時素直に「俺って名実ともに、人間になりきれない出来損ないだったんだな」とはっきり諦めがついた。

 よく、俺は自分を妖怪だ、と言って笑っているが、冗談で言ってるわけじゃない。俺は、人間の形はしてるけど、できそこないだ。その後の、二度目の入院では発達障害も明らかになった。

 そこが、全部がどうでも良くなった瞬間だった。


 でも、ずっと小説とか、漫画とか、ゲームとか——そういうのはやってた。どんなに落ち込んでても、創作物には触れていた。

 世界の全部がどうでもよくて、今ここに反陽子爆弾のスイッチがあったら、俺はノーリアクションでそれを押して全部吹っ飛ばすが、多分その時も左手には何らかの文庫本が握られてると思う。


 そのままずるずる、奇妙な——本当に情けない無職生活が続いた。

 だから、純粋な創作はできなかった。常に、カネを求める。収益化、受賞、書籍化。そんなことばっかり考える。最低限の生活さえままならなくなるという焦りがあったから。


 そしてここ二、三年は、それがあまりにもひどかった。

 連載し始めても、二話書ければ御の字。一話で削除。よくて五話。そんなイかれた、馬鹿げたことをずーーーーーーーっと繰り返す。

 理由は、「初動でバズらない作品に値段はつかない」と思ってしまっていたから。


 でも、活字が好きで、芸術を好きで、その、好きという恋心がカネにすり替わってたら、そんなの相手だって振り返るわけないだろ、とふと思った。


 最低限の暮らしができて、飯は一日二食、徳用のインスタント麺があれば十分なんだ。贅沢品なんていらない。

 欲を言えば霞を食って暮らすことだけど——でも、本当に、最低限の暮らしができるなら、それがたとえ弱者男性と嗤われる最底辺の暮らしでも、いいんじゃないかと思える。


 思い描いたものを、全力で、力一杯叩きつけて、好きなように好きなだけ思い描いて、それを芸術! と言い張れるなら、それが多分俺に分相応で、最高の幸せじゃないか?

 カネが絡んだ芸術なんて、それは多分ケツを拭く塵紙くらいの価値しかないんじゃないか?


 一歩間違えた。ちょっと失言した。俺は終わり。作家人生終了——いや、そうじゃない。その失敗をネタに、一本笑えるショートショートを書いて逆転するのが芸術家じゃないか?

 老後のために金貯めて、そのために今を全て犠牲にして、明日死んだらじゃあどうする? よしんば生き延びて、金と時間はあっても何をする体力もない年齢まで働かされて、どうする?

 無駄と余暇を楽しむべきではないか——なんで、俺は今まで全部他人軸の人生だったんだろう。


 いっそ、みんな俺には興味がないなら、俺の行動なんて対して誰にも影響ないんだし、好きに振る舞えばいいんじゃないか?


 過去の芸術家も、文豪も、決して綺麗な人間じゃなかった。くそったれのエピソードだらけで、人生しくじりだらけ。

 ああそうか、俺の今までのクソみたいなゴミ人生も、そういう意味では価値があったのかもしれない。

 もちろん、それは偉人を引き合いに出して自分を正当化しているだけの、ちょっと知恵をつけ始めた学生がよくやる常套手段のようなものだが、まあそれでもいいかもしれないな、と思う。


 俺は多分、真っ当な大人にはなれない。ずっと頭の悪い生き方しかできない。愛される素質も、資格も持ち合わせていない。人を愛することだってできやしない。金輪際友人もできないだろう。多分、腐ってハエが集った腐乱死体が見つかって、孤独死と認定されるに違いない。


 でも、一年ほど前からこれだけはずっと決めていることがある。


 芸術を愛してるから、自分の世界観を愛してるから、その全てを描いたら、自分を殺して作品の全てを芸術に昇華する。


 俺は、愛する芸術と心中するために生きてるのかもしれない。多分。

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