ホグワーツの新学期を目前に控え、闇祓い局の局長であるルーファス・スクリムジョールは局の精鋭を局長室へ呼び寄せた。
「ガウェイン。トンクス。ウォーロック。ダリウス。アネット。キングズリー。ロジャー」
スクリムジョールは七人の精鋭を一人一人見つめた。
「この記事の事は既に知っているな?」
彼が手に取った新聞は数日前に発行された日刊預言者新聞だった。そこにはダンブルドアの過去の暴露記事が掲載されている。
全員が頷くのを確認すると、彼は言った。
「これはヴォルデモートの分霊による攻撃だ」
その言葉に動揺する者はいなかった。
その可能性については新聞が発行された直後から局内で囁かれていた為だ。
記事を執筆したリータ・スキーターに対する捜査を開始直後に打ち切る命令が下された時から、それはほぼ確信に近くなっていた。
過去、同じ手が使われた事があり、闇祓い局は最大レベルの警戒を行い、現在に至っている。
「詳細については資料を渡しておく。各自、資料に目を通し、準備が出来次第、ホグワーツに向かってもらう。任務はアルバス・ダンブルドアの護衛とホグワーツの防衛だ」
スクリムジョールが杖を振ると、デスクの上に積まれていた資料が局員達それぞれの手に渡った。
「相手は全盛期のヴォルデモート卿だと考え、全身全霊を賭けて任務に当たれ!」
「ハッ!」
副局長のウェイン・ロバーズが敬礼すると、他の局員達も一斉に敬礼した。
彼らが去ると、スクリムジョールは鋭い眼光を魔法省内部の地図に向けた。
「……貴様の好きにはさせんぞ、ヴォルデモートよ。今度は我々が貴様を葬ってくれる!!」
第五十八話『思想』
ホグワーツ特急のコンパートメントの中、ハリーとハーマイオニーは二人っきりに……、なれなかった。
「ドラコ様! わたし、ドラコ様とハリー様がどうやって出会ったのか聞きたいです!」
元気いっぱいなアステリアがドラコを引き連れて二人のコンパートメントにやって来たのだ。
ドラコは入るなり、すべてを察してすまなそうな顔をした。
「僕達の出会い? そんなに劇的なもんじゃないぞ。組分けで近くの席に座っただけだし」
「まあ……、あの時はドラコの家の権力と財力を利用する為に利用する気満々だったけどな」
「およよ?」
ハリーの言葉にアステリアはギョッとした。
「ははっ、僕もハリー・ポッターの名を利用する為に関係を持とうとしていたんだ。いや、懐かしいな」
「ええ……」
ドラコの言葉にハーマイオニーはドン引きした。
「よ、よく、それで今みたいな関係になれましたね」
「ああ、気付いたら普通に友達になっていたな」
「うん。本当に気付いたら……って感じだったね」
ハリーは何を切っ掛けに意識が変わったのかを考えてみたけれど、分からなかった。
少なくとも、二年生の時に日記の分霊と対決した時、既にドラコの為ならば命を張れるようになっていた。
「……多分だけど、ヴォルデモートを倒した事が一番大きかったんじゃないかな」
ドラコが言った。
「れ、例のあの人ですか……?」
「ああ、そうだ。朝、目を覚ましたらハリーが言ったんだ。『ドラコ、ヴォルデモートをぶっ殺しにいくぞ!』ってね。まるで、食事に誘うような軽いノリでね」
「そ、それは……」
「ハリー……」
「そ、そんな事もあったな……ははっ」
アステリアとハーマイオニーに白い目で見られて、ハリーは顔を背けた。
「……あの頃のハリーは尖っていたからね。秘密の部屋を見つけて、バジリスクを支配して、ヴォルデモートを滅ぼすまでに掛かった時間は入学からわずか一週間だったし」
「の、濃密ですね……」
「よく考えなくてもとんでもないわね」
「ほんとだよ」
ドラコはジロリとハリーを睨みつけた。
「す、すまん……」
素直に謝るハリーにドラコはクスリと微笑んだ。
「だけど、おかげで余計な事を考える事がバカバカしくなった」
「余計な事……、ですか?」
「ああ、そうだ。それまでの僕は色々とつまらない事に拘っていた。家の事だとか、純血主義の事だとか、色々とね」
「それは……、つまらない事なのですか?」
アステリアはショックを受けた表情で言った。
「……僕は純血である事、マルフォイ家の長男である事が誇りだった。そして、それしかなかった」
ドラコは深く溜息を零した。
「つまらない……、と言ったのは僕の事だよ、アステリア。自分の在り方を家や純血主義に預けていた。自分というものをキチンと持っていなかったんだ。家や純血主義を守り立てれば、自分が優れた存在になれるのだと錯覚していた」
「……それは間違った事なのですか?」
「いや……、間違えていたのは僕なんだよ。預けてはいけなかったんだ。まず、自分が優れた存在にならなければならなかったんだ。そして、その上で純血主義の思想と向き合い、マルフォイ家と向き合わなければ行かなかった」
ドラコの独白にハーマイオニーは目を細めた。
「つまり……、あなたは自分自身を蔑ろにしていたのね。マルフォイ家や純血主義の
「その通りだ、ハーマイオニー。僕が部品になるのではなく、思想や家こそが僕の一部なんだ。そう、ハリーの在り方を見ていて、思い知ったんだよ。そして、気づけば視野が広がっていた」
ドラコはハーマイオニーを見つめた。
「君はマグル生まれだ。けれど、優れた存在だ」
「……ど、どうも」
真正面から褒められて、ハーマイオニーは赤くなった。
その姿にハリーとアステリアは同時にムッとなった。
「ロン・ウィーズリー。そして、彼の兄弟達は血を裏切る者だ。だけど、彼らは善良だ。パーシーには色々な事を教えてもらった。尊敬するに値する人物だ」
その言葉にハリーは頬を緩めた。
「僕は純血主義を誤った思想とは思っていない。今でもね。だけど、それが世界の真理であるとも思っていない」
「えっと……?」
アステリアは困惑した。ドラコの言葉に矛盾を感じたからだ。
「そう難しい事じゃない」
ハリーが言った。
「魔法史を学べば分かる事だが、魔法使いとマグルが完全に分かり合う事は不可能だ。どうしても、マグルは魔法を恐れてしまう。そして、同時に羨んでしまう。自分が持っていない力を持つ存在に対して、これは仕方のない事だ」
ハリーはダーズリー家の人々の事を思い出しながら言った。
「だからこそ、魔法使いは魔法使いだけの世界に閉じ籠もる方がいい。それが純血主義の根底にあるものであり、今の魔法界の在り方の根底にあるものだ。だからこそ、オレも純血主義を否定する気はない。だが、だからと言って、マグルやマグル生まれを蔑む気にもならない。極端な例かもしれないが、ニュートの親友であるジェイコブ・コワルスキーさんはゲラート・グリンデルバルドと対決した事があるんだ。マグルの身でな。そして、見事に奥さんを救い出したそうだ。他にも、マグルには優れた人物が大勢いる」
「グ、グリンデルバルドって、あの……? そ、そんな凄い人が……」
「エグレから聞いた事がある。サラザール・スリザリンが親友であったゴドリック・グリフィンドールと対立してまで純血主義に固執したのは傷つけ合う事を嫌った為だそうだ。傷つけ合うくらいなら、交わるべきではない。同じ境遇の仲間同士で平和に生きる方がいい。そうした想いこそが純血主義の本質なのだそうだ」
「純血主義とは、本来は魔法使いを守る為の思想であり、同時にマグルを守る為の思想でもあるんだ。ただ、そうした本質を見失い、行き過ぎればグリンデルバルドやヴォルデモートのように歪んでしまう。純血を守る事、魔法使いをマグルの主人とする事など、過激な思想に流れてしまう。だからこそ、盲信してはいけないんだ。己の一部として、思想を完全に支配しなければいけない。思想とは、あくまでも人生をより良いものにする為の道具でなければいけないんだ」
ハリーとドラコの言葉にアステリアは目を見開いた。
矛盾していると思ったドラコの言葉は、その実、矛盾などしていなかった。
純血主義という思想を盲信して、視野を狭めていた事に気付かされた。
「……凄いですね、お二人共。わたしは……、そんな風に考えた事がありませんでした……」
「考える機会に恵まれただけだ。それに、僕やハリーの考え方も、所詮は解釈の一つでしかない。僕は正しいと信じているが、間違っている可能性もある。言っただろう? 思想とは己の一部なんだ。己の歩むべき道を定める為の標に過ぎない」
「要するに、固執し過ぎるなって事だ」
「なるほど……」
アステリアは考え込み始めた。そして、ハーマイオニーも思考に耽っていた。
ドラコが純血主義を肯定した時、彼女はショックを受けていた。そして、彼らの話を聞いて、純血主義という思想を否定する事に固執していた自分に気がついた。
マグルやマグル生まれを蔑む悪しき思想であると、思考停止に陥っていた。
「……思想に善悪なんてないのね。刃が剣にも包丁にも成るように」
「僕達はそう解釈しているよ。使い方を選ぶのは、僕達自身であるべきだとね」
「そうね……。その通りだわ」
話し込んでいる内に汽車が速度を緩め始めた。どうやら、ホグズミード村の駅に近づいているらしい。
「とりあえず、着替えよう。レディーファーストだ。オレ達は外に出ているよ」
「ありがとう、ジェントルマン」