「時代よ、これが羽生結弦だ」…狂気である、なぜそこまで背負えるのか、人々を、時代を、そして歴史を

日野百草 ファンしか知らない羽生結弦

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誰もが伝説を創る、その中にある、羽生結弦という時代と共にある

 羽生結弦という存在はフィギュアスケートで人類の文化史を創る、その可能性を秘めている、いや、それを成し遂げるのではないか――。

 大胆過ぎることは承知だが、羽生結弦はもしやすると、フィギュアスケートという総合芸術の場において、ひとりでこの「バレエ・リュス」を実現しようとしているのではないか。いや、実現してしまうのではないか。

 これまでの公演でたびたび「バレエ・リュス」を触れたが、羽生結弦という存在は「ひとりバレエ・リュス」を成し遂げかねない、私はそう思い始めている。

 だとするなら、それこそとんでもない歴史の瞬間を、時代を私たちは目撃し、それと共に歩んでいるのではないか、そう思うのだ。

 重ねるが、羽生結弦ひとりで公演はなし得ない。製作、製作にあたった多くの協力者、その中には横浜公演千秋楽、あの突風と芽起こしの雨の中で来場者の誘導にあたったスタッフや警備の方々も含まれる。

 誰もが伝説を創る、その中にある、羽生結弦という時代と共にある。

なぜそこまで背負えるのか、人々を、時代を、そして歴史を

 羽生結弦は千秋楽後の囲み取材の中で、自身との比較において「一番練習してきた」と語っている。

 また食事や睡眠など、この長いスパンのツアーにオリンピックに望むのと同様の、いやそれ以上の心血を注いできたと述べた。

 実際、彼の中では「オリンピックをとったくらいの勢い」とツアー完結の達成感を最後に語っている。羽生結弦の命がけは、今回も変わらない。それにしても脅威だ、なぜそこまで背負えるのか、人々を、時代を、そして歴史を。

『RE_PRAY』はそれぞれにストーリー性のあるプログラム、「アイスストーリー」と銘打つように多種多様の技術と創造性、そして演出によるプログラムの数々である。それを羽生結弦ひとりで滑る、回る、跳ぶ、そして演じる。

 繰り返すが『RE_PRAY』、本当に信じられないことをやってのけたのだと思う。千秋楽、『破滅への使者』のノーミスはその集大成でもあったのだろう。

 私もとくに好きな『阿修羅ちゃん』もまたこれまで以上の鬼気迫るものだった。最高にかっこよかった。そうだ、羽生結弦はいつまでもかっこいい男の子なんだ。

 己との闘い、過去の自分との闘い、そして羽生結弦の内なる反骨と理不尽な社会に対するケレン味の無き、純粋無垢な少年のままに溢れ出す反発心。そして、それでも「生きる」という思い。「生きろ」という思い、人々に対する利他の名において。先の囲みでも語った「生きるということ」のメッセージが「アイスストーリー」として結実した。

私たちもまた、しっかりとそれを受け取った

 私たちもまた、しっかりとそれを受け取った。

 そうして受け取った人々が風雨の中に帰路を歩む。みなとみらい方面、桜木町方面、それぞれに歩む。

 私たちの人生にゲームのような「REPLAY」はない。ただ、一瞬を生きる。それだけ。

 それは繰り返すことのない、プラトンの語る通り「瞬間は時の外」でしかない。

 ゲームのようにはいかない。

 羽生結弦が『RE_PRAY』を通して命を削り、魂を賭けて伝えたかったことだと思う。

だからこそ、私たちはその一瞬の生を生きる。

 だからこそ、私たちはその一瞬の生を生きる。

 大切に。大切に。

 私たちがいま生きるこの瞬間は、その瞬間の直前に死んだ誰かが望み、生きたかった瞬間である。その大切な生の瞬間を、羽生結弦は氷上芸術によって教えてくれた。

 何度も、何度も。

 羽生結弦のエッジの音、いやエッジの「声」は生=命の瞬間そのものだ。あの息遣いもまた生=命の発露だ。もちろんこれはあくまで私の思いで、それぞれに受け取り方はあるだろう。それは羽生結弦も言及している。それぞれの、羽生結弦がある。どれも尊いもの。そして、

「かけがいのないもの」

 羽生結弦の涙、あの涙はすべての愛する人々に対する涙だった。

 すべての羽生結弦と共にある人々、世界の、時代の、歴史のそれぞれにある羽生結弦とこの一瞬を生きる、生きたかった人々すべてに捧げる涙だったように思う。

「ちっぽけな自分」

 これもまた正直な思いだろう。羽生結弦は「人間」をよく知っている創作者だ。すべての人間はちっぽけで、生老病死、すべてから逃れることはできないし、ゲームのように再起動もできない。それでも生きる。

「時代よ、これが羽生結弦だ」

 このメッセージ性は『RE_PRAY』に流れる血脈である。羽生結弦が命を、魂を賭けたストーリーである。

 それにしても羽生結弦、本当にとんでもない存在だ。

 競技会時代は「世界よ、これが羽生結弦だ」だった。それは「時代よ、これが羽生結弦だ」になった。いま羽生結弦という存在は「歴史よ、これが羽生結弦だ」の道を歩んでいる。

 私たちもまた歩んでいる。羽生結弦と共に。風雨と暗闇、その中にあっても帰路は晴れやかだった。羽生結弦と共にある人々の列はすべてそうであった。遠く見守った人々も、それぞれの場で思いを馳せた人々もまた、そうであっただろう。

 最後に繰り返し、書く。

 私たちは勝った。羽生結弦と共に、勝った。『RE_PRAY』という長き旅を終え、羽生結弦、そして共にある人々の凱歌こそ『私は最強』なのだろう。共に歌った。共に笑った。共に泣いた。そして、これからも共に私たちはある。羽生結弦と共に。

 かくして、羽生結弦の新しい神話が生まれた。

(了)

―追伸―
 さあ、休むまもなく『notte stellata』
 共に祈りの日、約束の地でまた、会いましょう。

この記事の著者
日野百草

1972年、千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。国内外における社会問題、社会倫理のノンフィクションを中心に執筆。ロジスティクスや食料安全保障に関するルポルタージュ、コラムも手掛ける。2018年、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。

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