『堕ちたブラック家の権威
純血一族の王者ブラック家。 中世から永盛を極めた貴族も転落は儚いものだった。 生き残った男の子ハリー・ポッター、彼がブラック家の養子であることはあまりに有名だが、彼が最近起こした事件をご存知だろうか? ハリー・ブラックは愚かにも、マグルの住む街で面白半分に魔法を使った。 ご存知の通り、マグルのいる場で魔法を使うのは違法である上に彼は未成年である。 未成年魔法禁止法に則り、彼は本来退学になるべきだが、父親シリウス・ブラック(闇祓い局元局長、またブラック家現当主)の司法取引により退学は免れた。』〈日刊予言者新聞〉
『生き残った男の子、ハリー・"ブラック"の素顔
「わがままで目立ちたがりだよ、あいつ」 記者にそう語るのは彼の同級生マイケル(仮名)である。 生き残った男の子と持て囃され、さらにブラックの名を養子として引き継いだ彼がどれほど甘やかされて育ったのか。 「あいつは選考も受けずに1年生の頃からシーカーだったよ。おかしいよね」。 ホグワーツに通った読者の皆さんなら、一年生がクィディッチ選手になれない決まりを知っているだろう。 耳を疑うような話だ。 ホグワーツでこのような露骨な贔屓が横行しているのを我々は許して良いのだろうか? さらにマイケルの話は続く。「去年の三大魔法学校対抗試合だって、彼だけ特別に選ばれるなんて変だよ。そりゃ最後は悲しい事件が起きたけど…」。 ホグワーツで特別に選ばれたもう1人の選手ハリー。 そして、命を落とした"本当の選手"セドリック。 本当にその事件はただの"事故"なのだろうか。 次章では今年ホグワーツを揺るがした一人の少年の死に迫る。』 〈ハリー・ポッターの
『ブラック家没落の陰にプリンス家
今話題のブラック家没落のニュースについて我々は散々目にしているが、ブラック家の司法取引に巻き込まれたプリンス家を知るものは少ない。 当主はホグワーツで教鞭を取りながら魔法薬研究会にも所属していたセブルス・プリンス。 彼は父親のマグル姓であるスネイプを名乗っていた。 シリウス・ブラックとは学友であったが、息子の退学との天秤に負けたということだろう。 何故このセブルス・プリンスまでも職を失ったのか取材中であり詳しいことはまだ分からない。 しかし、この若き当主たちの友情に亀裂が入ったのは間違いない…』 〈週刊魔女〉
「インセンディオ!」
ハリーが読んでいた雑誌は途端に炎に呑まれた。
「…うわ!? あちちちち!」
没頭していたハリーの反応は少し遅れ、あまりの熱さに雑誌から手を離す。雑誌だったものは瞬く間に灰へと変わった。
「なんて情けない反射神経なの! それでも本当に現役クィディッチ選手?」
わざとらしく溜息をついてみせたのは、髪を涼し気なミントグリーン色にしたニンファドーラ・トンクスだ。
七変化であるトンクスは会う度に違う容姿をしている。
シリウスが仕事を辞めたあと、ダンブルドア率いるレジスタンス組織『不死鳥の騎士団』本部はグリモールド・プレイス12番地へと移された。
毎日多くの人が訪れ、会議が開かれる。
だらしない格好でテレビを見ていたところに、マクゴナガルが現れ「宿題は進んでますか、ブラック」と厳格な声で言われた時には文字通り飛び上がった。夏休み中に学校での気持ちを思い出させてくれるなんて、何て素晴らしい教師かと涙が出そうになる。
そして、騎士団の人間がみんながみんな清廉潔白でハリーに好意的なわけではない。中には、レギュラスやマンダンガスのように気に食わない人と顔を合わせることもある。
特に、レギュラスは長年居候していたプリンスの別邸を何故か最近出たらしく、頻繁に騎士団に出入りしている。(そもそも彼にとってここは実家であるが、現在の主人のせいもあり望んで出入りしていないのは確かだ。)
そんな目まぐるしい環境の中で、普段闇祓いの仕事に忙しくなかなか会えない姉貴分のトンクスと会えるのはハリーの数少ない楽しみだった。
「トンクス! 僕の部屋に入る時はノックしてっていつも言ってるだろ!」
思いのほか早く会議は終わったらしい。
会議の内容は毎度少し気になるけど、大人たちが自分に聞かせる気がさらさらないのは知っている。
ハリーは焦って出しっぱなしだった下着や、机の上に散らかされた手紙を背後に隠した。
思春期って嫌ねぇとトンクスは呟く。そして、我が物顔で少し皺の寄ったベッドへと腰掛けた。
「昔はニンファドーラ姉ちゃんと結婚するって言ってたんだよ。 あんた」
トンクスがニヤニヤ笑う。
窓から差し込む夕陽に照らされて、彼女のミントグリーンの髪は芽吹いた植物のように生き生きしていた。
「やめてよ、そんな子どもの頃の話」
「今も子どもじゃん」
「トンクスだって、リーマスおじさんの前では少女みたいになるじゃん。 まさか初恋なんて言わないよね?」
うっとトンクスは声を漏らした。痛いところを突かれてしまった。
トンクスの髪が心中を表すかのように、目まぐるしく色を変える。青々としていた緑は鮮やかな赤に、そして紫に黄色に変わり、それはハリーの目を疲れさせた。
卒業してだいぶ経ち闇祓いの仕事もまあまあこなしているというのに、恋愛面において年下の子どもに一本取られるのは情けなさすぎる。
「あんたますます生意気になるわね。 ガキンチョのくせに」
「心配しないでよ。 黙っておいてあげるから」
悪態をつくトンクスに、ハリーはのんびりと笑って返した。
慣れたようにトンクスはクィディッチ雑誌を物色した。そして、お目当ての今月の新刊を手に取ると、行儀悪くごろんと寝転がる。
ファンなら自分で買いなよとハリーによく言われるが、元ブラック家であり深窓の令嬢だったアンドロメダはスポーツ雑誌を集める色気のない娘に口煩い。
雑誌の趣味が合うトンクスにとって、ハリーの部屋は便利な図書館だ。口では生意気なことを言うハリーも、こうしてお互い好きな雑誌を読んで過ごす時間が好きなのを知っていた。
トンクスは先程までハリーが呼んでいた雑誌の山を横目で見る。燃えたのはほんの一部でまだまだ多くの大衆雑誌があるのが見えた。
「やめなよ、あんなの読むの」
トンクスは今期のクィディッチ注目選手の記事を眺めながら、さらりと言った。
「うん」
ハリーは素直に頷いた。
その様子が子どもらしくて可愛かったのか、トンクスはハリーの頭をくしゃりと掻き回して抱き寄せた。
「不安にならないの! そりゃ多分ハリーが学校行ったら今年は嫌な思いするかもしれない。 でもね、ハリーのこと大切にしてくれる人はちゃんといるよ」
「うん」
「だからね、その大切な人の幸せは喜ぶべきだと思うよ。 嫉妬する気持ちはわかる。 でもその友達はハリーがクィディッチ選手に選ばれた時、喜んでくれなかった?」
ハッフルパフ出身である彼女は底抜けに明るくてひょうきん者なくせに、シリウスでも気付かないようなハリーの心の機微に気づくことがあった。
--急いで隠したつもりだったが見られていたのだ。
ハリーの机の上には、ロンとハーマイオニーとシャルロットからの手紙があった。内容は同じで、監督生に選ばれたという手紙だ。
返事はまだ出していない。
「ロンのこと大好きなのに、何で…自分じゃないんだろうって思ってる。 成績もそんな変わらないし…僕の方が今まで活躍したのに」
ポツポツとハリーは言葉を漏らした。拳をぎゅっと握るとそのまま膝を抱える。自分がとてつもなく嫌な人間に感じた。
「ハリー、何か勘違いしてない? 監督生って、派手なことした人に送られる賞だと思ってる?」
トンクスはちょっと笑った。
「そんなこと思ってないけどさ!」
ハリーはムキになって口を尖らせた。
「ロンって、チャーリーにもよく似てるわよね。 兄弟だから当たり前だけど」
トンクスはドラゴンの研究をしている彼と同級生だ。今は疎遠らしいが、学生だった当時はそれなりに交流があったとか。
「あたしもあんたと同じ一人っ子だからよく分からないけどさ、兄弟がたくさんいる家族って空気読むのが上手いのよ。 周りを見ることに長けてるの。 そういう子って、監督生向いてるとあたしは思うよ」
ロンのジョークで、何度も空気を変えてもらい助けられたことがあるハリーにはそれが誰よりも分かっていた。
そして、そんなことをハリーが分かっているのもさらにトンクスは見抜いていた。
「早く返事書いてあげなよね」
ハリーは子どものように素直に頷いた。
「守護霊の呪文…?」
そうだ、とセブルスは頷く。
プリンス邸の小綺麗なキッチンで、久しぶりに体調が良く起き上がってきたダリアと共にシャルロットはジンジャークッキーを焼いていた。
ハウスエルフのメアリーも、最早慣れきったように見守っている。
材料をきっちり計り秒単位で焼き時間を見極め、空いた時間でテキパキと片付けに勤しむシャルロットの料理は、まるで魔法薬の調合のようだ。
それなのに、毎回てきとうな分量で作るダリアの方がおいしいのがシャルロットは腑に落ちない。
「守護霊の呪文って、こないだハリーがシリウスおじ様から教えて貰っていた魔法?」
「ああ、そうだ。 覚えていて損は無い。 明日から練習するぞ」
セブルスは職を失ってからの殆どを、家とレイチェルの病室を往復する生活に費やしている。
この状況で不謹慎かもしれないが、仕事でずっと忙しかった父親が家にいて、構ってくれるのは嬉しかった。
母親の入院費用は全て今後シリウスが責任をもって支払うと言ったらしいが、セブルスとの口論の末に一部だけ負担することに落ち着いたらしい。
「あら、それはいい考えね。 授業で教わったことだけで満足しては駄目よ。 常に努力をしなければいけないわ」
ダリアはオーブンの温度を確かめながら、朗らかに言った。
彼女もまた学生時代は主席で優秀な生徒であった。
「確かに興味はあるけど…夏休みが終わるまであと数日よ? ハリーでさえ、あんなに習得に時間かかったのに」
シリウスは例の事件の後、ハリーにマンツーマンで守護霊の呪文の練習をさせた。
セブルスもブラック家へ行った時、一度だけその場を見た事がある。
--ちげえよ! もっと、ぶわっと幸せな記憶を思い浮かべろ。 それでその魔力をこう杖に乗せて--
シリウスの教え方は、これで本当に闇祓い局の訓練の指揮がとれていたのかと疑いたくなるほど、かなり感覚的なものだった。
それでコツを掴み習得したハリーもハリーである。--つまり、似た者親子。
だが、シャルロットは理論を把握してからコツコツと練習を重ねるタイプだ。セブルスは決して守護霊の呪文に長けているわけではないが、同じ性質の自分が教えた方が手っ取り早いだろう。要するにこちらも似た者親子なのである。
不死鳥の騎士団の本部はグリモールド・プレイス12番地になったことで、そのせいで、シャルロットも前のように気軽に遊びに行けなくなってしまった。
そして、突然レギュラスも別邸を出てしまいなかなか会えない。それが騎士団に関係する理由なのだろうということは想像がついたが、聞いても本人はもちろん誰も教えてくれなかった。
結果的に毎日をプリンス邸で、曾祖母や父親、そしてメアリーと穏やかに過ごす。
勉強をしてお菓子を作り本を読み、騎士団の業務から帰った父親と夕食を囲む。思うところがないとは言わないが、シャルロットは平穏であった。しかし、それもあと少し。
学校が始まる--。
ぽかんと突き抜けた青空のキングス・クロス駅。
秋風というよりは夏の匂いがまた濃い風に頬を撫でられて、9と4分の3番線に足を踏み入れた。
新生活に希望沸き立つ新入生たちを横目に、ハリーはトランクをゴロゴロと転がした。籠の中のヘドウィグは久々の喧騒に不満げな鳴き声を漏らす。
そして、その喧騒は自分に向けられていることにハリーは嫌でもすぐに気付いた。保護者はもちろん生徒からの視線もかなり厳しく、噂話を隠そうともしない。いや、噂話なんて可愛いものではなく明確に悪口と思われる内容も耳に入ってきた。
大丈夫。これくらいなら耐えられる。ハリーはそう自分に言い聞かせた。
そんな気持ちになれるのもひとえに--。
「ハリー、久しぶりだね」
ルーナ・ラブグッドは何やらヌメヌメした素材の緑色の変なピアスを揺らしながら、ふわりと微笑んだ。
「やぁ。 …イカしたピアスだね。 えーっと、何のピアス?」
「ラックスパートの鱗で作ってあるの。 お揃いにする? ハリーの瞳の色とも良く似合うよ」
ハリーは思わず吹き出した。そしてひとしきりゲラゲラ笑うと、ルーナに少々熱烈な挨拶のハグをした。
格好つけて彼女のトランクを持つと(何が入っているのか彼女のトランクは死ぬほど重かった)、空いているコンパートメントに入った。
「ねえ、ルーナ。 僕が君にどれだけ感謝しているか、多分君には一生分からないだろうな」
ハリーは深紅の座席に腰を下ろしながら、心からそう言った。当の本人であるルーナはきょとんとする。
汽車は出発すると、瞬く間にロンドンの都会を通り過ぎた。
車内販売の魔女が現れ、マグル生まれと思われる一年生は特に興味津々にそれを眺め購入している。
大鍋ケーキを2人でつついていると、見知った丸顔の少年がコンパートメントを通り過ぎていくのが見えた。
「やあ、ネビル!」
絶賛成長期らしい彼は、幾らか背が高くなっていた。
人の良い穏やかな顔でこちらに笑いかける。
「ハリー、夏休みは…ゆっくり過ごせた? ルーナも久しぶりだね」
ネビルらしい優しい言葉であった。
ハリーは彼があの滅茶苦茶な記事を信じてないことに改めて安堵しつつ、笑顔を浮かべて頷いた。
「気使ってくれてありがとう。 良かったら、大鍋ケーキいっしょにどう? 僕たちにはちょっと多いんだ」
「アー…ごめん。 嬉しいけど、実はコンパートメントに待たせてる人がいるから」
「あ、そうなんだ。 ディーンたち?」
ネビルは目に見えて気まずそうな顔をした。
「いや…ジニーだよ」
突如、ハリーの気持ちは去年のセドリックのお葬式へと引き戻された。
思い出さないようにしていたはずなのに、小さな妹分の泣き腫らした顔と憎しみに満ちた瞳が甦る。
言葉を失ったハリーの肩に、小さな手が添えられた。ルーナだった。
「ジニーは元気を取り戻した?」
穏やかにそう訊いた。
しかし、その瞳は彼女らしくないほど悲しみに満ちていた。
…どうして気付けなかったのだろう。
ハリーは自分のことが心底嫌になった。
ルーナとジニーは寮は違えど、友達同士なのに。ルーナはどれほど彼女の傍に居てあげたいだろうか。
「たくさん泣いてるよ。 それにとても痩せた。 でも、たまに笑ってくれることもある」
「そう。 あんたが傍に居てくれるなら安心だね」
「ルーナ、君は僕の成績知らないの? 僕なんて…馬鹿だし愚図だし、取り柄もないし、何も出来ないよ。 今日だってジニーは泣いてるのに、気の利いたことなんて何ひとつ言えてない」
「成績の話なんてしてないよ。気の利いたこと言う必要もない。あんたは誰かが辛い時にその気持ちに寄り添うことができる人ってだけ」
ネビルは目をぱちくりした。
そして、言葉の意味を呑み込むとちょっと頬を紅く染めた。
「えっと、それじゃあまたね。 ハリー、ホグワーツ着いたらミンビュラス・ミンブルトニアを見せるよ。 アルジー叔父さんに誕生日にもらったんだ」
ハリーはミンビュラス・ミンブルトニアが何のことかさっぱり分からなかったが、興味が湧いたような顔をつくった。
「そりゃ楽しみだ。 ネビル、これ。 僕から貰ったことは内緒にして、2人で食べて」
ハリーは大鍋ケーキを分厚く分けると、ネビルに押し付けた。
ネビルがコンパートメントから出ていくと、生徒の見回りをしている監督生が通り過ぎて行くのが見えた。
ロンとハーマイオニーがこちらに手を振る。
そして、距離を開けてシャルロットと--ドラコ。
想定はしていたが、やはり彼は監督生に選ばれたらしい。
ドラコはわざとらしいほどに、こちらを一切見ず通り過ぎた。ハリーの胸がきゅうっと痛む。
どうやら彼はシャルロットとも距離を置いているらしい。シャルロットは戸惑ったような顔で、彼の後を少し遅れて着いて行っていた。
「ハリー、そろそろローブに着替えようか」
「そうだね…--って待った待った!」
気持ちを切り替えたハリーが、ルーナの方を振り返った…その瞬間。ハリーは自身の手のひらを前に出し、自分の視界から彼女から遮った。
ルーナは着ていたTシャツを無防備にお腹の辺りまで捲っていた。
「何してるの君は!」
「え? だから着替えようって」
ルーナはこれっぽっちも警戒心の無さそうな顔で首を傾げる。
「全く君は--! それ絶対に僕以外の男にしちゃ駄目だからね! いや、僕の前でもしちゃ駄目だから! コンパートメントの外に出てるから着替え終わったら教えて」
顔を赤らめながら、ハリーは扉の外に出る。
今までたくさんの女の子と付き合ってきたのに、これほどまでにペースを狂わされる彼女は初めてだ。
先程の自分の対応があまり格好良いものではなかったことに頭を抱えながら、ハリーは窓へと視線を移した。
ずっと遠くにホグワーツ城が薄らと見えた。
しかし、その空には分厚い雲がかかり今にも雨が降り出しそうである。
暗い曇天がそのまま今年一年のハリーの運命を表しているように感じてしまい、ハリーは知らずのうちに身を震わせた。
1年半も放置したお詫びという訳ではありませんが、活動報告の方に番外編を上げました。
感想も順次返していきます。