精密になった観測網で熊本地震(2016)などを調べた結果、活断層の直近ではこれまで考えられていたより大きな揺れが生じる可能性もわかってきました。深い地盤の構造によっては、揺れが大きく増幅されることも見つかりました。柏崎刈羽、浜岡などはその増幅効果で、設計時の想定を大きく超える揺れに襲われることがわかっています。

 日本初の商用原発である日本原電東海原発の設置許可申請書(1959)にはこう書いてあります*10。「現実にはまだ日本の大地震時の地動を明確につかむまでにいたっていない。(中略)このような冷静な現状判断のもとに、原子力発電所という新しく、また、重要な構造物に対しては、従来の方法に従って設計基準をたて、慎重な安全率を取る事によって、万全を期する堅実な方法をとったのである」

 今から65年前、「まだ地震について未知のことが多い」と技術者たちは自覚していて、余裕を上乗せして慎重に原発を造ったつもりだったのですが、地震の研究が進むと、その余裕でも足りないことがはっきりしてきたのです。

研究成果を潰そうとしてきた歴史も

 原発の安全を確保するには、地震学の研究の最新の成果を取り入れて、原発を補強しなければいけません。ところが電力会社は裏工作までして最新知見を潰そうとしてきました。対策にはお金がかかるからです。

 原発の安全審査には、耐震設計審査指針が用いられてきました。原子力安全委員会は2006年に改訂し、想定すべき活断層を拡大しています。この動きを妨げようと、電力会社の業界団体である電気事業連合会は、指針改訂を担っていた一部の研究者を「サポートし」(電事連文書の表現による)、自分たちの意見を主張させていたことがわかっています*11。東電福島原発事故の調査で証拠が見つかりました。

 日本原電の敦賀原発は、原子炉からわずか200メートルのところに活断層があります。1991年には研究者が指摘していましたが、日本原電は2008年まで認めようとしませんでした。その日本原電の調査や判断については、「専門家がやったとすれば犯罪」とまで原子力安全委員会の審議会(2008年2月)で厳しく批判されています*12

 東電は、津波についての新しい研究成果を知っていたのに、原発の安全性を審査する複数の研究者に根回しして対策着手を遅らせ、2011年に事故を起こしています。

 地震についての新しい発見は今も続いています。

 今回の地震は約17キロも離れた海底活断層が連動して大地震を起こしました。これまでは基本的に約5キロ離れたものまでしか連動を想定していませんでした。他の原発も想定の見直しが必要になるでしょう。

 また、地震を起こした海底の活断層から約10キロ南の能登半島内陸部で、長さ4キロにわたって地面が割れて隆起し、最大で高さ2.2メートルもの崖が出現しました*13。想定されていなかった現象です。揺れには比較的強い原発でも、こんな大きなずれには対応できません。

 日本では、今世紀中には確実にやってくる南海トラフ地震、その前に増える内陸地震など、大地震が続きます。古い科学の知識で設計された原発を、どうも信頼しきれない電力会社に再稼働させるより、安くなっている再生可能エネルギーに切り替えた方が安全でしょう。

*10 日本原子力発電 東海発電所 原子炉設置許可申請書 1959年3月 添付書類9 安全対策書(耐震)附2.2 東海村に予想される最大の地震と、その構造物に対する影響

*11 石橋 克彦. 電力会社の「虜(とりこ)」だった原発耐震指針改訂の委員たち : 国会事故調報告書の衝撃. 科学. 82(8)=960:2012.8,p.841-846.

*12 原子力安全委員会 耐震安全性評価特別委員会 地質・地盤に関する安全審査の手引き検討委員会速記録 2008年2月1日 p.16

*13 国土地理院地理地殻活動研究センター 石川県珠洲市若山町に出現した上下変位を伴う線状の地表変状(速報)

【添田 孝史(そえだ・たかし)】
科学ジャーナリスト。1964年生まれ。大阪大学大学院基礎工学研究科修士課程修了。90年朝日新聞社入社。大津支局、学研都市支局を経て、大阪本社科学部、東京本社科学部などで科学・医療分野を担当。原発と地震についての取材を続ける。2011年5月に退社しフリーに。東電福島原発事故の国会事故調査委員会で協力調査員として津波分野の調査を担当。著書に『原発と大津波 警告を葬った人々』『東電原発裁判』(ともに岩波新書)などがある。