度重なる「想定超え」
揺れの想定超えは、宮城県沖地震(2005年)の際に東北電力女川原発で初めて観測されて以来、志賀原発(2007)、東京電力柏崎刈羽原発(2007)、中部電力浜岡(2009)、女川・東電福島第一・日本原子力発電東海第二(2011)で起きています(年表)。
なぜこんなに“想定超え”が続くのでしょうか。一つには、地震がどこでどんな仕組みで起きるのか、解明されていない時代に原発を造ってしまったからです。
地球の表面が十数枚のプレート(岩盤、厚さ数十キロメートル)で敷き詰められていて、このプレート同士が年間数センチずつ近づいたり、離れたりしているという「プレートテクトニクス」という理論があります。今では中学校の教科書に載っていますが、1960年代の終わりに成立した理論です。地図1に示した大地震は、ほとんどプレート境界付近で起きています。
一方、日本で最初の商用原発が運転を始めたのは1966年です。多くの原発はプレートテクトニクス理論ができる前に立地が決まり、当時の古い地震科学にもとづいて設計されています。
例えば浜岡原発1号機(設置許可は1970年)は、最大450ガル(ガルは加速度の単位)の揺れを想定して建設されました*3。地震の研究が進むにつれて、プレート境界が敷地の真下にあることがわかり、現在は最大2000ガルに備える必要が生じています*4。

