私も入院している母も長くはないと言われている。

 

母の窓ガラス越し面会に行き

今日は母の方が長生きするなと思った。

 

 

そんな問題か?とも思うが。

 

 

友達と電話をしていて色んな事に気付けた。

 

 

実は私は「長くはない」の

おおまかでいいから、どの位生きられるのかが

分からないから、もやもやしている事に気付けた。

 

 

友達は長くはないと言われた時に

落ち込んだでしよう?と聞いてきたが

 

全くもって落ち込んでいない。

 

 

そもそも19歳の時に

人生1回目の膠原病で医者から

余命宣告・失明宣告をされた経験がある。

 

その時も全くもって落ち込まなかった。

 

 

当時は今と違って余命宣告は本人にはしない医療。

 

 

なぜ当時の主治医が未成年でもある私に直接

余命宣告・失明宣告をしたかというと

理由が2つあったと後に教わった。

 

 

親に伝えたかったが我が親は断ったらしい。

 

もうひとつの理由は主治医は私の性格を見抜き

直接言っても大丈夫と判断したとか。

 

 

全くもってショックも受けなければ落ち込みもしなかった。。

 

 

ただすぐにした事とは

眠らず色んな事を楽しむか(笑)

 

 

長くはないと言われても

私には入院している母がいる。

 

おおまかでいいから

あと何カ月位と教えてくれたらいいのにそれがない。

 

それでもやもやしているのだと

友達が気づかせてくれたのだ。

 

 

 

 

余命宣告。

 

 

多くの病気をして入退院を10代から繰り返しての

自分が見たり聞いたりするものと

 

友達などの話を聞いていると

 

余命宣告はあまり当たらなかったりする

という意見が多かった事がある。

 

 

私の父もそうだった。

 

おそらくしがみついて教えてくれと

医者に頼んだとしても

 

「長くはない。でも分からない」と言われそう(笑)

 

 

私が早く空へいくだけなら何ら問題はない。

 

 

1番の問題と悩みは

万が一、母より私が先に逝ってしまった場合だ。

 

 

凄く悩む。

そして優先順位を変えるのも大変であり

そもそもどこから手をつけたら効率的かも分からない。

 

ただ分かった事がある。

これも友達がダイレクトに教えてくれたのではなく

私に気付かせてくれた事。

 

 

人はいつか必ず死を迎える。

 

それまでの間にいかに楽しく生きるかが大切だと。

 

 

思い出。

 

思い出がないと生きていけないという内容の

本を読んだ事がある。

 

 

そして泌尿器科で私が何もかたらなのに

大先生が私の膀胱をみただけでこう言った。

 

 

「体が悲鳴をあげている。

 

あなたはかなり苦労してきているね?たった今も

人間の体とは過労やストレスで悲鳴をあげるときに

膀胱が真っ先に機能をまともにできなくなるんだ」

 

 

この医者との会話でも思い出というキーワードが出た。

 

その時は私が複雑性PTSDなので

そちらがメインになってしまったが。

 

 

「人生は苦しい事の連続だ。

そんな中で花を見て綺麗だなと思ったり

仲間と集り酒を呑んで笑い合ったり。

 

こういう事があるから

どんなに苦しくても生きていけるんだよ。

 

それが思い出となり

何かつらい時があると思いだしてまた役立つ」

 

私は当時非常に納得した。

 

 

思い出が大切だと思うと

長くはないという言葉などどうでもよくなった。

 

 

毎日を丁寧に生きていけばいいのだから。

 

莫大な悩みは多すぎる程あるが

1つずつ。

 

 

そう、何事も時に

1つずつ片づけていくしかない。

 

 

 

 

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その

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の関係でコメントが見えず

まだ公開出来ていない方ごめんなさいね。

 

コメ返も遅れたり出来なかったりでごめんなさいね

 

みなさんにとっていい1日でありますように。

 

 

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