例えば、組み分け帽子が性急じゃなくて。   作:つぶあんちゃん

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許されざる呪文

『魔法生物飼育学』で尻尾爆発スクリュートというとんでもない動物もとい怪物を育てさせられた後、皆はワクワクしながら『闇の魔術に対する防衛術』の教室に向かった。

 

マッド・アイ・ムーディの授業は既に評判で、ハリーたちはこの日初めての授業だった。

 

「そんな物、しまってしまえ」

 

鉤爪つきの木製の義足をコツコツと鳴らしながらムーディは教室に入ってくると、唸るように言った。

皆は慌てて教科書を鞄にしまった。

 

「…さて、魔法法律により最も厳しく罰せられる呪文が何か、知っている者はいるか?」

 

何人かが中途半端に手を挙げた。ロンもハーマイオニーも、そしてハリーも手を挙げた。

ムーディは義眼でぐるりと見渡すし、ロンを指名した。

 

「パパから聞いたんですけど…確か『服従の呪文』とか?」

 

ロンは恐る恐ると言った口調で言う。

 

「その通りだ。 おまえの父親なら知っているだろう」

 

ムーディは褒めるように言うと、瓶の中から蜘蛛を手の平に出した。ロンが小さく身じろいだ。

 

「インペリオ!」

 

ムーディがそう唱えると、蜘蛛は軽快なタップダンスを始めた。

皆が笑った。ムーディ以外の皆が。

 

「面白いと思うのか? わしがおまえたちに同じことをしたら、喜ぶか?」

 

ムーディが静かな低い声で言うと、笑い声が一瞬でおさまった。

 

恐ろしい魔法であることを皆が理解したのだ。

この魔法を使われたら、自分は相手の意のままに操られてしまう。タップダンスを踊らされることも、水に溺れさせられることも、窓から飛び降りさせられることも。

 

「何年も前、多くの魔法使いがこの魔法の被害にあった。 この魔法はかかった者を見分けるのが実に難しい」

 

教室はしんとして、誰もがムーディの言葉に耳を傾けていた。

 

「『服従の呪文』と戦うことができる。 これからそのやり方を教えていこう。しかし、誰にでも出来る訳では無い。 個人の持つ真の力が必要だ。 できれば、呪文をかけられぬようする方が得策だ。…油断大敵!」

 

ムーディの大声に、みんな飛び上がった。

 

「他の呪文を知っている者はいるか?」

 

ハーマイオニーがぴんと手を挙げた。そして、驚くことにネビルもおずおずと手を挙げた。

ムーディはネビルを指名した。

 

「おまえは…ロングボトムだな?答えてみろ」

 

「『磔の呪文』…」

 

ネビルは、消え入りそうな小さい声でそれだけ言った。

ムーディは満足そうに頷くと、再び蜘蛛に杖を向けた。

 

「クルーシオ!」

 

途端に蜘蛛は、ビクリと足を震わせもがき苦しみ始めた。その様は鬼気迫るものがあり、もし蜘蛛に口があったなら劈くような悲鳴が聞こえたはずだ。

ネビルは顔を真っ青にして固まっている。

 

「や、やめろ!」

 

思わずハリーは立ち上がった。

ムーディは徐に呪文を解くと、義眼でハリーを真っ直ぐ見据えた。

 

「三つ目の呪文を知っているな? ポッター…いや、ブラック」

 

「えっ…」

 

ハリーが何か言う前に、ムーディは杖を構えた。

 

「アバダ・ケタブラ」

 

途端に緑色の閃光が蜘蛛を射止めた。蜘蛛は一瞬僅かに身じろぐと、息絶えた。

何人か悲鳴を上げた。しかし、悲鳴すら上げられず息を呑む者が殆どだった。

 

その中でハーマイオニーは雷に打たれかのように固まると、体を震わせた。ロンが心配そうにハーマイオニーを見つめた。

 

「これが死の呪文だ。 反対呪文は存在しない。 当たれば、確実に相手の息の根を止める。 それから逃れることが出来たのは、ただ1人だ」

 

ハリーは、ムーディの言葉で一斉に注目を浴びているのを感じた。

何かと目立つのが好きなハリーだが、この時ばかりは居心地が悪く静かに顔を下に向けた。

 

ハリーには幼少時の記憶に、緑色の光でいっぱいになる映像のイメージがある。それが両親の死に際の朧気な記憶であること、恐ろしい呪文であることをシリウスから聞いて知っていた。

しかしいくら知っていたとはいえ、実際に目の前で見るのはまた全然違う。

 

授業は、実技から板書に移った。

ハリーはびっしょりかいた手汗を拭って、羽根ペンを握り直した。

 

漸く落ち着いて当たりを見渡せば、どんな時も授業に集中しているあのハーマイオニーでさえ、うわの空だった。

 

 

 

 

授業は終わり、皆はそそくさと教室を出る。

目の前で、ムーディは未だ顔色の悪いネビルをお茶に誘った。とんでもない授業だが、教師として生徒のアフターフォローをする程度の気遣いは持ち得ているらしい。

 

「あの、ムーディ先生」

 

ネビルを連れ教室を出ようとしていたムーディは、引きずり気味の足を止めた。

 

「おまえは…ふむ。 グレンジャーだったか?」

 

「ええ、そうです。 質問があります」

 

「なんだ?」

 

再び、ムーディの義眼がギョロギョロと回り始めた。

 

「あの、先程の呪文はどのような人が使ったのでしょうか?」

 

「答えるまでもない。 死喰い人だ」

 

ムーディが唸るよう言ったので、ハーマイオニーはちょっと萎縮した。しかし、勇敢にも質問を続けた。

 

「あの…その他には、使った人は居たのでしょうか?」

 

「グレンジャー、これは恐ろしい呪文だ。 使う人も呪われている。 そんな簡単に使う奴はおらん」

 

ムーディの言葉にはどこか自嘲めいた響きがあった。彼は、言葉を続けた。

 

「…確かに過去の戦いで、魔法省にもこの魔法を使わざるを得なかった者はいる。 全ての敵を生け捕りにできるわけではない。 しかし、それもわしの知る限り片手におさまる程度だな。 その殆どは罪悪感から魔法省を辞めた」

 

これで知りたいことは知れたか、と言わんばかりにムーディは僅かに首を傾けた。

 

「…ありがとうございました」

 

ハーマイオニーは軽く頭を下げ、その場を後にした。少し離れたところにハリーとロンが待っていた。

 

「どうしたんだよ、あんな変な質問して」

 

「ちょっと…ね」

 

ハーマイオニーは曖昧に微笑んだ。しかし、その顔色は青白い。

 

「ハーマイオニー、大丈夫? 医務室行く?」

 

ハリーの心配そうな言葉に、ハーマイオニーはゆらゆら首を振った。

 

「ううん。大丈夫よ。 でも…ちょっと外で空気吸ってくるわ」

 

今日の授業はこれで終わりだ。ハリーとロンは着いてこようとしたが、ハーマイオニーはそれを断り1人で湖の畔に出た。

まだそんなに寒くないこの季節、湖の周りには生徒がたくさんいた。大イカを日光浴を楽しむかのように水面に近いところを泳いでいる。

 

しかし、そんな陽気もハーマイオニーの気分を良くしてはくれなかった。

 

脳裏に蘇るのは、先程の眩い緑の閃光。ムーディの言葉。

 

そして。

 

 

『むごいことを。 楽にしてあげましょう』

 

 

3年前のレギュラスのあの言葉。そして、あの呪文。

 

あれは間違いなく、死の呪文だった。

 

例え自分を守るために放ってくれた呪文だとしても、彼はあの呪文を初めて使ったわけではなさそうだった。何度も使ったことがあるようだった。

--つまり、彼は誰かを殺したことがある。

 

「……」

 

彼はスリザリンだ。そして、狂信的な純血主義と言われるブラック家の出身だ。死喰い人だったとしてもおかしくない。

 

クィディッチ・ワールドカップの時に見た、マグルを吊り下げて高笑いしていた仮面の魔法使い。…レギュラスもその仲間?自分が、彼の優しさだと感じたものは気のせいだったというのか?

 

 

「そんなの、分からないわよ…」

 

 

ハーマイオニーはぽつんと独りごちた。

少し冷たい風が、彼女の美しい髪を揺らす。

 

物憂げな顔で木に寄りかかる彼女を、数人の男子生徒が遠巻きに見惚れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カツカツ、という音にシリウスは振り返った。

 

窓にはヘドウィグが張り付き、足でガラスを叩いている。

シリウスは窓を開けると、括りつけてある羊皮紙を紐解いた。

 

 

『パパへ

 

ひどいよ! 三大魔法学校対抗試合のこと知ってたんでしょ? ドラコは知ってたのに…僕に教えてくれないなんて。

でも七年生しかエントリー出来ないなんておかしいよね? パパの権限で、変えることできないの? 僕も出てみたかったよ。

昨日ムーディ先生の初の授業があったんだ。 すごく怖い授業だった。 許されざる呪文っていうのを、僕たちの前でやって見せたんだ。 ネビルなんて今にも倒れそうだったし、ハーマイオニーでさえちょっと変になってた。

あ、僕は大丈夫だよ。 ちょっと驚いたけど、パパからあの呪文のことは聞いたことがあったから。

来月にボーバトンとダームストラングが着くんだって!

パパも仕事頑張ってね!

 

ハリーより』

 

 

ハリーのやんちゃでそれでいて微笑ましい手紙をニコニコと読み進めていたシリウスだったが、後半につれその表情は険しくなっていった。

 

「ハリーからの手紙かい?」

 

グリモールド・プレイスに訪れ、チョコレートケーキをつついていたリーマスは呑気な声でそう言った。

去年の一件で長らく落ち込んでいたリーマスだったが、最近になり漸く調子を取り戻し新しい仕事に就けた。このケーキはそんな彼の手土産だった。

 

「そうなんだが…ちょっとおまえも読んでみてくれ」

 

「え?」

 

リーマスはちょっと驚いた顔でフォークを置くと、手紙に目を通した。そして、先程のシリウスと同様に渋い顔をした。

 

「4年生の授業に許されざる呪文? ちょっと…いや、かなり行き過ぎだね」

 

「アラスターが本当にこんなことしたのか…?」

 

再び手紙を食い入るよう見つめるシリウスに、リーマスは同情的な視線を送った。

 

シリウスが魔法省に入り闇祓いになった時、ずっと目をかけてくれたのがマッド・アイ・ムーディだった。彼はシリウスの実力を高く買い、局長の座を引くときも後釜はシリウスしかいないと断言した。

 

よって、当然シリウスもムーディには並々ならぬ恩義を感じている。引退し隠遁生活を始めてしまった彼とは顔を合わせて会うことこそ十年ほどしていないものの、手紙のやり取りは続いていた。こないだシリウスがムーディに手紙を送った際、 返事がなかなか来ないことを訝しんだのはそのためである。

 

「誰よりも闇の魔術を嫌っている人間だぞ!? 許されざる呪文の実演なんて、そんなことするわけがない!」

 

「彼は闇祓いを引退して、精神的に少しおかしくなってしまったと聞いたことがある」

 

リーマスは遠慮がちに言った。

もちろんそれはシリウスも知っていたことだ。現に手紙のやり取りでも、異常な程の警戒心をよく表していた。

 

ムーディはそこまで気が狂ってしまったのだろうか。しかし--。

 

シリウスは心の内でやるせない気持ちを抱えながらも、まるで喉に魚の小骨が刺さったような、そんな漠然とした違和感を禁じ得なかった。

 

 

 

 

 

 

クィディッチの練習もないせいで退屈で、そして平和な日々が続いていた。

これと言って変わりのない日々ではあったものの、三大魔法学校対抗試合の話は盛り下がることを知らず何処か皆浮き足立っていた。

 

そんな皆のテンションも、ボーバトンとダームストラングの両学校が到着すると最高潮に達した。

ボーバトンの生徒は何と大空から天馬の引く馬車で、ダームストラングは湖から大きな海賊船のような船でという両者負けず劣らず派手な登場だった。

 

「クラムだ! ビクトール・クラムだ!」

 

なんとダームストラングの中にはあのビクトール・クラムも居たのだ。これにはハリーも驚き、彼と一言でも話をしようと人混みを押し分けた。しかし、クラムは残念ながらスリザリンのテーブルの方へ行ってしまった。

 

「マルフォイにとられた!」

 

ロンが心底悔しそうに言ったので、思わずハリーは笑った。

 

その日の夕食は何とも豪勢なものだった。両校の国に合わせてか、世界各国のご馳走が並んだ。

 

「見ろよ、ロン! 最高にあの子可愛い!」

 

ハリーはフランス料理であるブイヤベースを口いっぱいに詰めながら、レイブンクローの近くにいる美少女を指さした。

 

「あ、やばい。今の会話チョウに聞こえたかも」

 

シルバーブロンドの美少女の隣りに座るチョウは、その席が気に入らないらしくちょっとご機嫌斜めのようだった。

テーブルの端っこでは、ルーナが一人でご飯を食べている。しかし、彼女はそれを惨めに思ってはいなそうで、のんびりとフランス料理を口に運んでいる。

ハリーは何となく、ルーナが気にかかった。

 

「ヴィーラの血が流れてるな。 まあ、でもホグワーツにだって可愛い子はいるぜ」

 

ロンがちょっと顔を赤くして言った。その席の隣りには髪をシニョンに結ったハーマイオニーが居る。彼女はちょうどラベンダーと話していたので、ロンの言葉は聞こえなかったようだ。

 

夕食を終える頃、ダンブルドアが立ち上がった。

 

「時は来た。 今こそ三大魔法学校対抗試合が始まる。 まずはゲストの紹介からしようかのう。 ボーバトン校長、マダム・マクシームじゃ!」

 

ハグリッドと同じくらい大柄な女性は立ち上がると、優雅な一礼をした。

 

「ダームストラング校長、カルカロフ校長じゃ!」

 

カルカロフは座ったまま、素っ気なく会釈した。

 

「続いて、国際魔法協力部部長バーテミウス・クラウチ氏。そして魔法ゲーム・スポーツ部部長のルード・バグマン氏じゃ」

 

クラウチは如何にも堅物と言った感じの人物であるのと対照的に、バクマンは人懐こい笑顔の男だった。

魔法省の役員の紹介に、何故かフレッドとジョージがしかめっ面で顔を見合わせた。

 

ダンブルドアの言葉は続く。

 

「代表選手たちが取り組む課題の内容はもう決まっておる。 無論どれも簡単なものではない。 勇気・論理性・推理力、そして言うまでもなく危険に対処する能力も求められる。 …フィルチ、それでは箱を」

 

ダンブルドアはフィルチにそう命じて、木箱を持ってこさせた。そして、その中から大きなゴブレットを取り出すと、大広間がざわついた。ゴブレットから青白い炎が燃え盛った。

 

「よいか。 代表選手に名乗りをあげたいものは、羊皮紙に名前を書きこのゴブレットに入れよ。 明日のハロウィンの夜に代表選手は決定される」

 

つまりタイムリミットは丸一日。

あちらこちらで我こそがという声が聞こえてくる。

 

「年齢に満たない生徒が誘惑にかられないよう、『年齢線』を引くこととする。 十七歳に満たない者は、何人もその線は超えられぬ」

 

ハリーは、ロンとウィーズリー双子と目配せした。

 

ダンブルドアからくれぐれも安易にエントリーしないようとの忠告を最後に、宴は終わった。

ボーバトンやダームストラングはやってきた馬車と船で寝泊まりをするらしく、大勢の生徒がぞろぞろと大広間から出て行く。

 

「なあ、ハリー。 師匠に手紙を出してほしいんだけど」

 

グリフィンドールの寮に向かう途中、ウィーズリー双子の片方--おそらくフレッドがハリーの耳元でそう言った。

 

「パパに? いいけど、どうして?」

 

「実は…クィディッチ・ワールドカップでバクマンと賭けをして勝ったんだけどさ、あいつレプラコーンの金貨で払いやがったんだ。 手紙を送っても無視してやがる。師匠は魔法省でも偉いんだろ? バクマンに言ってほしいんだ」

 

今度はジョージがさらに声を落として言った。

 

「オッケー。 でも、あの人お金にだらしなくて有名な人だよ。次からは人を選んだ方がいい」

 

「うわ。 ハリー、それ賭けをやる前に言ってくれ。 まあ、ダメ元でもいいから頼むよ」

 

「オッケー、パパに手紙書くよ。でも、それには一つ条件がある」

 

「何でも言ってみなされ、英雄殿」

 

ハリーは悪戯っぽくニヤリと笑った。

 

「僕にも、老け薬分けてくれる?」




お盆中に書き貯めると言ったな!あれは嘘だ!

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