グリフィンドールの5人組の噂は瞬く間に、ホグワーツ中に広まった。
噂の内容として、ジェームズとシリウスを筆頭としたそのやんちゃさも勿論だが、成績の良さも言うまでもない。そもそもこの5人組が減点されまくっているのに寮から疎まれていないのは、それを上回るほど授業中点数を稼いでいるからだ。
そうでなかったら流石のセブルスとて、この4人と一緒にいることを選ばなかっただろう。
無論、グリフィンドールの有名な『悪戯仕掛人』と呼ばれるのは心外だったが。
そして、セブルスは勉強が嫌いでなかった。否、むしろ好きだった。
仲間内の中でも落ち着いていて読書量が豊富なリーマスと、セブルスはすぐに打ち解けた。つまり、セブルスにとって親友と言える存在が生まれて初めて出来たわけだ。
「リーマス、今日も図書館に行くか?」
漸く今日も1日の授業が終わった。
皆は明るい顔で、談話室で思い思いの時間を過ごしている。
少し離れたところでジェームズとシリウス、ピーターが何やら巫山戯ている。
セブルスも談話室の肘掛け椅子で本を読んでいた。だが、リーマスから返答がなかったため、本から目を離した。
「リーマス・・・?朝から思っていたけど、少し顔色が悪いぞ」
その言葉にリーマスははっと息を飲み、青白い顔を上げた。そして、無理矢理笑みを貼り付けた。
「ごめん、セブルス。…実は、僕のお母さんは病気なんだけど…このあと校長先生に許可をもらってお見舞いに行くことになっているんだ」
リーマスは顔面蒼白のまま立ち上がる。
「悪いけど、今日は図書館は一人で行ってくれない? ·····ジェームズたちにも上手く伝えておいて」
それだけ言うと、リーマスは1度も振り返らずに談話室を出て行った。
リーマスの母親が病気だなんて全く知らないことだった。
仕方ない、とセブルスは独り思う。
まだ出会って数週間しか経ってない。お互いの家族のことなんて知らなくて当たり前だ。
事実、自分も家族のことを話したことがない。
…なのに、どうしてこんなに寂しい気持ちになるのだろうか。
セブルスは本を仕舞うと、1人図書館へ向かった。
空には、ぽっかりと満月が浮かんでいる。
閉館時間まで、あと1時間もない。図書館は静まりかえり、自分の足音ばかりが響く。
セブルスは足早に本を選んだ。応用編の薬草学、防衛術、それにちょっぴり苦手な変身学は基本編を。
「あれ、セブルス?」
完全に自分の世界に入り込んでいたセブルスは、突然の背後からの声に驚いて振り向く。
レイチェル・フォウリーだった。
「·····フォウリー」
「堅苦しいわ!レイチェルでいいよ」
レイチェルは困ったように笑うと、セブルスの選んだ本をひょいと覗き込む。
「へぇ。セブルス、難しい本読むんだね」
「フォ·····レイチェルこそ、その本は3年生用の本じゃないのか?」
セブルスの返しに、レイチェルは今度ははにかんだように笑った。表情がころころと変わるその様子を見て、セブルスの心は不思議と弾んだ。リリーとはどこか違う、今まで出会ったことのないタイプだった。
「あたしねぇ、こう見えて勉強が好きなのよ。組み分けの時もレイブンクローと迷われたんだ。お父さんがレイブンクローだから、そっちでも良かったんだけどね」
「·····レイブンクロー?スリザリンじゃなくて?」
言ってからセブルスはしまったと思った。ジェームズやシリウスのようにスリザリンを嫌う人は、グリフィンドールに多い。目の前の少女もそうなのではないか。
しかし、レイチェルは少しだけ不思議そうな顔をしただけだった。
「あぁ、もしかしてあたしが聖28一族だから?確かにスリザリンには純血が多いけど、皆が皆じゃないのよ。現にアボット家はハッフルパフ出身が多いし、ウィーズリー家なんてほぼ皆グリフィンドールだし」
セブルスは呆気に取られた。
純血は皆スリザリンに入るもの、それ以外の寮は下等、と母から教えられていたからだ。
そして、純血である『プリンス家』の血を継ぐ自分は、スリザリンに入るべきなのだと。
「まあ、スリザリンも悪くないと思うわよ。マグル差別はともかく、純血主義自体は悪い事ではないと思うの。それに、スリザリンほど結束が確かな寮も珍しいしね」
スリザリンを徹底的に目の敵にしているジェームズやシリウスと違って、レイチェルは少し好意的な言い方をした。
スリザリンに入りたがっていた自分に、気を使ってくれたのかもしれない。
「·····でも、もし選ばせてくれるとしてもあたしはスリザリンには入らないかなぁ」
短い金髪の毛先を、指先で弄りながらレイチェルは呟いた。
「どうして?」
「あたし、爬虫類って苦手なんだもん。ライオンの方がもふもふしてて好き!」
あっけらかんとして笑ったレイチェルに、セブルスはつられて笑った。
その後2人は、笑い声がうるさいとマダム・ピンスに追い出された。
その日、セブルスとレイチェルはほんの少し特別な友達になった。
学校が始まり、早くも3ヵ月が経った。
漸く授業にも慣れてきて余裕が出てくる頃である。
朝食の席では、主に1年生に親からのフクロウ便がひっきりなしに届いた。
特にジェームズの親は高齢出産のためか息子を溺愛しているらしく、2、3日に1度は分厚い手紙が届く。
·····それが羨ましくないと言ったら嘘だ。自分だって、家族からの手紙が欲しい。
だが、生粋のマグルである父のトビアスは自分のことを忌み嫌っている。そして、母であるアイリーンも、父の暴力から自分を守ってくれたことは1度もない。
実を言うと、母からは一度だけ手紙が来た。無事にスリザリンに入れたかどうかを訊いてきた手紙だ。返事としてグリフィンドールになったということを簡潔にしたためて送ったが、その後音沙汰はない。
今から来年の夏休みが憂鬱だった。
今日も今日とて、雪を纏ったたくさんのフクロウが天井から勢い良く入ってくる。そして、ジェームズ、リーマス、ピーターの前に順に手紙を落として行った。
「おまえには家からの手紙が届かないのか、スニベルス?」
シリウスが揶揄うようにニヤリと笑った。
行動は共にしていてもシリウスはセブルスのことが気に入らないのか、頻繁に突っかかってくる。
「君にも来ていないだろう。それから、僕のことをその蔑称で呼ぶな」
いちいち取り合うのも面倒なので普段なら相手にしない。しかし、家族の話という痛いところを突かれて、セブルスは少し癇に障って言い返した。
「俺は別にいいんだよ!家族からの手紙なんてこっちから願い下げだね。あんな奴ら、家族だと思ったこともない」
挑発するかのような笑みとは打って変わって、シリウスは憎々しげに言い放つ。それは思春期特有の反抗心とは思えない、もっと熾烈なものだった。
「…それもそうか。君はブラック家出身なのにグリフィンドールだからな」
「は?知ったような口を利くなよ」
おまえがブラック家の何を知ってるんだと言わんばかりに、シリウスは爛々と血走った目を向けた。彼にとって「ブラック家」というのはとことん地雷らしい。
セブルスとて親や家の話というのは触れられたくないものの1つだったので、先程の諍いは置いといて、素直に頭を下げた。
「ああ、すまない。そんなつもりは無かったんだけど、母親からブラック家の話というのを聞いたことがあったから」
偉大なブラック家。王家のブラック家。
昔、母はその話をしてくれた。熱に浮かされたように、うっとりと何度も。
プリンス家からもブラック家へ嫁いでいった者がいる。母からしたらそれは素晴らしい誇りだったらしい。
言わずもがなブラック家も聖28一族の1つである。そして、有名すぎるほど徹底した純血主義だ。そんな家の長男がグリフィンドールならば、波風が立つに違いない。
「似たようなものだな」
理由はどうあれ、状況だけ見れば自分とこいつは似ている。
セブルスは、ふとそう思った。そして、その言葉は無意識のうちに口から滑り落ちていた。
「は?」
シリウスは怪訝そうな顔をした。
「似たようなものだと言ったんだ。僕の親も·····と言っても父親はマグルだけど·····母親はスリザリンに絶対入れと言っていた。僕はスリザリンに入ることが正しいことだと、ずっと思ってたんだ」
初めて聞くセブルスの独白に、シリウスは先程の態度も忘れ目を丸くした。
「なんだよそれ。おまえからそんな話初めて聞いたぞ」
「初めて言ったんだから当たり前だろう。僕も君と同じで、あまり親の話はしたくないんだ」
セブルスはクロワッサンに手を伸ばしながら、あっさりと言った。こういう話はあまり湿っぽくしたくない。気を使われるのも面倒だから。
しかし、シリウスはセブルスをじっと見つめるとさらに一歩踏み込んできた。
「父親がマグル……。じゃあ、スネイプという姓はマグルのものか。母親の姓は?」
「プリンスだ」
すると、シリウスは驚いたように目を見開いた。
「プリンス!? 俺の4代くらい前のばあちゃんがそんな姓だったぞ!」
「へぇ。じゃあ、セブルスとシリウスは親戚関係なんだ」
リーマスが家族からの手紙をくるくると仕舞いながら、隣りから口を出した。
「というより、純血の名家はほとんどが遠い親戚関係だぞ。僕の家からも、ブラック家に嫁いだ人いるし」
ジェームズは、リリーの飲む紅茶の色を虹色に変えながら言うと、ニヤリと笑った。ピーターがそれをきらきらとした瞳で見つめている。
リリーはやれやれといった顔で、新しい紅茶をレイチェルから貰うと、会話に加わった。
「知らなかったわ。セブの家って、そんな名家だったのね」
「いや、でも確かプリンス家は·····一人娘が家出して血筋が途絶えてるはずだ。じゃあ、おまえ、アイリーン・プリンスの息子か?」
いくら家の伝統に反抗していても、シリウスは名家の事情に詳しいようだった。自然と耳に入ってくるのだろう。
突如自分の母親の名前を当てられ、驚きながらもセブルスは頷く。
「へぇ·····おまえの母親やるじゃん。プリンス家を家出してマグルと結婚なんて」
家に反抗するシリウスにとって、その話は好意的に感じたらしく見直したと言わんばかりに口笛を吹いた。整った容姿と相俟って、妙に様になってるのが少々憎たらしい。
「でも、変な話じゃないか?マグルと結婚したのに、君の母さんは君をスリザリンに入らせたがっていたの?」
ジェームズがもっともな質問をする。
実を言うと、両親のその辺の機微は未だによく知らない。だから、分かる範囲で話すことにした。
「母さんは自分が魔女であることを隠して、父さんと結婚したんだ。一目惚れだったって言ってた。·····でも、父さんは僕と母さんが怖いんだよ。だから、暴力を振るう」
ホグワーツに入る前の傷だらけのセブルスを知っているからか、リリーは辛そうに目を伏せた。
あのシリウスでさえ押し黙った。感情の読めない瞳でセブルスの傷だらけの手元を見ている。
「母さんが父さんのことを未だに愛してるのかはわからない。でも、母さんはもう勘当されてるから実家にも戻れないんだ。ただ、まだ自分の血筋に未練があるんだと思う。だから、僕をスリザリンに行かせたがったんだ」
「それは間違ってるよ」
それまで何も言わず話を聞いていたレイチェルが、突然きっぱりと言った。
「組み分けは、母親が決めるものじゃないわ。だって、自分の人生だもの。それをセブルスに無理矢理強いるなんて間違ってる」
レイチェルは切れ長の瞳に力を込めながら、そう言い切った。
真正面から見据えられて、思わずたじろいでしまうくらい意志の強い瞳だと感じた。
「あ、ありがとう」
セブルスは顔を赤らめながら、気の利かないお礼の言葉を返した。
「そうだよ、セブルス。君はグリフィンドールに選ばれたんだし、もうそれは変えられない。親のことなんて気にしないで、学生生活楽しめばいいんじゃないかな」
リーマスも、レイチェルに同調してふんわりと微笑む。その顔色が今日は良いので、セブルスは少し安心した。
すると、今までずっと黙っていたシリウスが漸く口を開いた。
「·····来年の夏休み、ジェームズの家で過ごさせてもらおうと思ってたんだ。家に帰りたくないからな。おまえも一緒に行くか? ·····セブルス」
初めてちゃんと名前を呼んだことが恥ずかしいのか、シリウスはぶっきらぼうに言った。
そして、ジェームズをちらりと見る。
「もう1人増えてもいいだろう、ジェームズ?」
「僕は大歓迎さ!」
ジェームズはにっこりと笑って、手を広げる。
「え·····いいの?」
セブルスが恐る恐る確認すると、ジェームズは再び力強く頷いた。
心の底が熱くなってくる。
それは、他人からの無償の愛情のようなもので。
実の親からも与えられなかったセブルスには、今まで馴染みがなかったものだ。
グリフィンドールに入れてよかった。
セブルスは初めて、心からそう思った。
「·····朝から湿っぽい話して飽きた。早く、教室行くぞ」
シリウスがそう言って、立ち上がる。気付けば、ほとんどの生徒が大広間を出ていた。
セブルスも続いて立ち上がる。
ふと、レイチェルと目が合った。レイチェルは悪戯っぽく微笑むと、口の形だけでセブルスにこう言った。
グリフィンドールだって悪くないでしょ?
たくさんの温かい感想ありがとうございます。大変励みになります。