――アイディアが軽やかに離陸し、思考がのびのびと大空を駆ける――
憧れの「クリエイティブ思考」を身につける方法を明快に解説し、「287万部」の超特大ベスト&ロングセラーとなっている、外山滋比古著『思考の整理学』。「東大&京大で1番読まれた本」という触れ込みも有名だが、「実はまだ読んだことない…」「なんだかハードル高そうで嫌だな…」という人も多いのではないだろうか。
今年、これまで門外不出だった「東大特別講義」を初掲載し、『新版 思考の整理学』として生まれ変わった同書。「意を決して読んでみたところ、その語り口の懐の深さに驚いた」――そう語る作家・兼桝綾氏による最新レビューをお届けする。
「東大&京大で1番読まれた本」にひるんでいたが…
「東大&京大で1番読まれた本」 というキャッチコピーにひるんだ方がいたら、私の仲間だ。私は(世の中の大半の人がそうであるように)東大生だったことも京大生だったこともないので、本書を読むのに勇気がいった。内容が全然わからなかったら悲しいし、ベストセラーとは聞くけれど、「でも(意識が)お高いんでしょう!?」という、やっかむような気持ちがあった。
が、今回新版が刊行されたのをきっかけに、意を決して読んでみたところ、その語り口の懐の深さに驚いた。闊達で、決して読者を突き放すことなく、手を変え品を変え行くべき先を示してくれる。なんだか、授業がわかりやすくて人気の先生に、放課後ひとりで質問しに行ったとき、こっそり教えてくれる裏話を聞いているような趣もある。恐れずはやく読めばよかったなあ、もったいないことしちゃったぞ、というのが読んだ後の感想である。
さて肝心の内容だが、本書はタイトルの通り、思考とその整理についての技術書である。「ハウツウものにならないようにしたつもりである」 と、筆者はあとがきに書くが、私はやはりこれを役立つ技術書として読みたい。本書は、クリエイティブの神の領域であったことを、私たちの手の届く範囲のことにしてくれる。たとえばテーマを見つける、良いアイディアを出す、アイディアを飛躍させる、また文章にするなど。ピンときた、と言うとき、実際に私たちの頭の中で何が行われているのか、優しく解きほぐす。
なぜ「忘れること」が重要なのか
本文は33の項にわかれ、創造的な人間となるための方法が多数提示される。各項はそれぞれ独立した子品でありながら有機的に作用しあい、体系化されている。パラパラとめくって気になった項から読むのもいいが、頭から順番に読めば、前の項の内容を含みながらも転がり膨らんでゆく、構成の妙を感じることができるだろう。
私が特に好きな項は「忘却のさまざま」だ。たとえばあなたは仕事で煮詰まって、何か打開策を考えたい。何も思い浮かばないので、運を天にまかせ、アイディアが降ってくるのを待つ……。『思考の整理学』によれば、このアイディア待ちにも正しいお作法がある。お茶を飲みにでたり、読んでいたのとは別の本を読んだり、散歩をしたりする。気持ちをきりかえ新しい頭で考えるため、人間の特性である「忘却」の作用を積極的に進めろというのである。
とかく気がちりやすい私のような人間にとっては願ってもないアドバイスだが、小学校に入学してからこのかた、覚えろ覚えろと言われて育った身としては、いきなり「忘れろ」と言われても勇気が必要なのも事実。そんな不安も見透かしたように、著者は「つんどく法」の項でこう書いている。「いくら忘れようとしても、いくつかのことはいつまでも残る。これはその人の深部の興味、関心とつながっているからである。忘れてよいと思いながら、忘れられなかった知見によって、ひとりひとりの知的個性は形成される 」。心強い! 「忘却」は、次の思考を呼び込むばかりか、私たちそれぞれの知的個性をつくるための作用だったのである。
スクラップや、カードやノートを使っての情報整理の方法も紹介される。読んでいただけばわかる通り、本書で紹介されるのは決して「タイパの良い」やり方ではない。どちらかといえば効率の悪いことをいかにシステマティックにやるかという、戦略的回り道の技術である。タイムパフォーマンス的なことはコンピューターにまかせておけば良いというのが本書の考え方だ。そしてこれからの人間は機械やコンピューターのできない仕事をどれくらいよくできるかによって社会的有用性に違いがでてくると著者は説く。以下に続けて本文を引用する(p.219)。
《本当の人間を育てる教育ということ自体が、創造的である。教室で教えるだけではない。赤ん坊にものごころをつけるなどというのは、最高度に創造的である。つよいスポーツの選手を育てあげるコーチも創造的でなくてはならない。芸術や学問が創造的であるのはもちろんである。セールスや商売もコンピューターではできないところが多い。その要素が多ければ多いほど創造的であるとしてよい。/人間らしく生きて行くことは、人間にしかできない、という点で、すぐれて創造的、独創的である。》
つまり本書は、創造的であることを目指す万人に開かれた書なのである。