バルト海に面したロシアの飛び地カリーニングラード、今、この飛び地をめぐりロシアとEU・NATOの緊張が高まっています。
複雑な歴史をたどってロシアの飛び地となったカリーニングラードについてお伝えします。
ロシア・旧ソビエトを長年取材してきた石川解説委員です。
Qロシアの飛び地ということですが、そもそもカリーニングラードはどのような所なのでしょうか?
Aバルト海に面した港町でバロック建築のドイツ風な町並みが残る町です。また琥珀の産地としても有名です。私も二回ほど取材で訪れましたが 昔、住んでいたドイツ人が昔の土地台帳などで、祖先が住んでいた歴史を確認しようとしていました。ロシアとは異なる歴史を感じました。今回の緊張は、ロシアのウクライナへの軍事侵攻がきっかけです
地図をご覧ください。カリーニングラードは、ポーランドとリトアニアに挟まれロシア本国からは離れた飛び地です。ポーランドとリトアニアは、NATOとEUの加盟国です。
カリーニングラードにロシア本土から物資を陸路で輸送するのはロシアからは同盟国のベラルーシとリトアニアを通過しなければなりません。EU加盟国リトアニアとの間では本来はロシアの経済圏とEUの境界ですから、通関など様々な手続きが必要となります。リトアニアが、2004年にEUに加盟するときにカリーニングラード向けのロシアの物資はいわばトランジットということで輸出入の手続きを取らずにロシアから鉄道やトラックで運ぶことができるという協定が締結されました。カリーニングラードにとってはリトアニア経由の物資の輸送が生命線となっていました。
ところがロシアのウクライナへの軍事侵攻に対して、EUはロシアからの様々な物資の禁輸措置を経済制裁として科しました。リトアニアはEUの経済制裁を遵守するとして、ロシアからカリーニングラードへの物資について建設資材など制裁リストにのった物資の通過を禁止したのです。
リトアニアの物資の通航制限に対して、ロシアは、トランジットの物資を制限するのは協定違反だとして、対抗措置を辞さない構えです。
Qそもそもカリーニングラードはなぜ飛び地なのですか
Aここがロシアの飛び地となったのは第二次大戦に伴うヨーロッパの領土変更の結果です。もともとケーニヒスベルクと呼ばれて13世紀、ドイツ人の東方植民によってできた町です。東プロイセンと言われた地域で、19世紀ドイツ統一の主体となったプロイセン王国の中心都市のひとつでもありました。「純粋理性批判」などで知られる大哲学者カントも生涯ここで暮らしました。「永遠の平和のために」という平和構想の著作もあるカントが今の状況を見たらどのように感じるのでしょうか。
第一次世界大戦直前の地図をご覧ください。ドイツ帝国、ロシア帝国、オーストリア・ハンガリー帝国が境を接しているのですね。ケーニヒスベルク今のカリーニングラードはドイツ領で、しかもドイツと陸続きです。18世紀のポーランド分割でポーランドが独立を失っていました。
それが第一次大戦でドイツ帝国が敗北、ロシア帝国もロシア革命で崩壊し、ポーランドが独立し、ケーニヒスベルクはポーランドによって隔てられたドイツの飛び地となりました。ナチスドイツが1939年ポーランドに侵攻した結果、第二次大戦が始まりましたが、ポーランド侵攻の理由の一つが、この飛び地の安全を確保するというものでした。
Q今回のロシアのウクライナ侵攻とよく似ていますね
A第二次大戦後、ソビエトはこの土地をソビエト領としてソビエトの中のロシアの一部としました。ソビエトは独立国だった周辺のバルト三国も併合しましたので、ソビエトの枠内では飛び地問題は解消したのですが、その後ソビエト連邦崩壊した結果、今度はロシアの飛び地となったのです。
Qカリーニングラードはロシアの中でどのような地域なのでしょうか
Aソビエトがソビエトの中のロシア領としたのは、おそらくカリーニングラードを絶対に維持するという安全保障上の理由があったものと思われます。バルト艦隊の本拠地があり、プーチン政権になって軍事的な拠点としての重要性を強めていました。核兵器搭載可能なイスカンデルも配備されています。そうした軍事的な側面とともに、ポーランドとリトアニアに挟まれているという地の利を生かして、経済特区としてカリーニングラードは外国投資を呼び込み、自動車産業などが発展してきました。カリーニングラードの住民は両国と自由に行き来することができて、いわばEUの中でのロシアのハブとしての役割も果たしていました。しかしロシアによるウクライナ軍事侵攻によって自由に行き来できるハブから文字通り陸の孤島となる危機にカリーニングラードは直面しています。
Qプーチン大統領はどのような対抗措置をとるのでしょうか。
A一つは、リトアニアは旧ソビエト時代からのロシアの広域電力網に入り、電力の供給を受けていますので、電力の遮断が一つ考えられます。ただカリーニングラードそのものに影響を及ぼしかねないことなど技術的には簡単ではありません。またカリーニングラードにより射程の長い中距離核兵器を配備するということも考えられます。米ロの間の中距離核兵器全廃条約INF条約は双方が離脱して2019年に失効しました。しかし双方はその後も現状を変更するような中距離核兵器の配備は行っていません。
ロシアがカリーニングラードに中距離核兵器を配備すれば、ヨーロッパ全体が射程に収められることになり大きな脅威となります。
一方、ロシアも、NATOも直接軍事衝突したくないのが本音で、物資のトランジットの問題をいわば対ロシア制裁の例外としようという意見もEU内部では出ています。ただリトアニアなどバルト三国は対ロシア強硬策を維持すべきだとしており、EU内部の意見がまとまるかどうかは不透明です。
QフィンランドとスウェーデンがNATO加盟を正式に申請して、加盟手続きが始まりました。この動きはカリーニングラードをめぐる緊張にどのような影響を与えるでしょうか?
Aカリーニングラードは、NATO、特にバルト三国にとっては大きな脅威です。このカリーニングラードとベラルーシの間のここ100キロほどのスバウキ回廊を占領されるとバルト三国がNATOから遮断され、ロシアと同盟国に抑え込まれてしまうという恐怖です。フィンランドとスウェーデンの加盟申請は、両国の安全保障にとっても意味がありますが、NATO、とりわけバルト三国にとっては大きなプラスとなるでしょう。なぜならスウェーデンとフィンランドは今まで武装中立を続けていて、それなりの軍事強国で、脆弱なバルト三国にとって心強い隣国となるでしょう。両国のNATO加盟が実現すればバルト三国の安全保障にとっては大きな意味を持つと思います。
カリーニングラードの緊張が直ちに軍事衝突につながるとは思いませんが、NATOとロシアの国益がぶつかる子の飛び地の状況から目を離すことはできません。
(石川 一洋 解説委員)
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