心臓が痛いくらいに脈打っていた。
撒き散らされた血の色が妙に鮮やかで、他の全ての色彩が世界から遠のいていくみたいで。
「このゲームのルールは知ってるか? NPCの殺害権ってシステムは……」
「……普段、プレイヤーはNPCを殺せない。
でもストーリーポイントを支払うことで、フラグが立つ……」
「そうだ。モブは安いんだぜ。そんでもって、殺害権を買ってすぐに殺害が解禁される」
三条院は血塗れた大剣の先を滑らせるように下に向け、倒れているレインちゃんに向けた。
「俺は今すぐにでもこいつを殺せる。だが、そうだなあ。チャンスをやろう。
てめえが逃げずに俺に向かってくるなら、こいつを殺さないでおいてやる」
こういう時、『ふざけるな!』とか言えたら格好いいのだろうし、せめて『何だと?』くらい言うべきなのかも知れない。
でも、舌が干からびて口の中に張り付いてみたいで、俺は声すら出せなかった。
冷静に考えれば、これはゲームの中の出来事だ。だけど『戦えば死ぬかも知れない』という感覚と、『目の前で人が殺されるかも知れない』という感覚がリアルすぎた。
VRMMOは初めてじゃないけど、俺が小さい頃にやったのは『切られたらノックバックして消えておしまい』みたいな優しい世界。
血飛沫舞う修羅場の経験なんて、現実でもゲームでも……せいぜい二番目の父さんがヤクザとトラブってたとき俺が事務所に拉致られて、そこに別の組がカチコミ掛けて来て俺の頭上で銃撃戦が始まったことくらいしかねえよ!
俺の手は無意識にリストコムに伸びかけた。
「おっと、仲間を呼ぶのは反則だ!」
三条院は剣を振り下ろし、レインちゃんの腕だか足だかを突き刺す!
「きゃああああああっ!」
悲鳴が上がった。
真っ赤な血が草の上に流れ出して、緑色の草を赤く染めていった。
「た、す……助け、て……」
地に伏したレインちゃんが、涙に濡れたうつろな目で俺を見ながら助けを求めて、俺は身体の中で何かが爆発したように感じてそのまま走り出していた。
「う、うわあああああああっ!!」
レベル1でも装備できる汎用武器、電磁ナイフを構えて。
防御力ほぼゼロのネタ装備で。
あと三歩、あと二歩、あと一歩、そして。
ナイフの刃を平然と受けながら、三条院は俺の顔面にグーパン!
「ぐはっ!?」
VR痛覚!
痛みは大したことないが、その一撃の
3回くらい地面にバウンドしてようやく俺は止まる。
立ち上がろうとして、なんか妙に視界が広いことに俺は気付く。
うげ、装備破壊!?
そう言えばこのガスマスク、ガス系の攻撃をほぼ無効化する強力なアイテムだけど、レベル1から装備可能なだけあって耐久度低いんだ!
慌てて俺はガスマスクの残骸を顔に押し当てて、神の証である額の
残りHPは……ジャスト1!
そりゃ、普通に殴られたら一撃死だ。なんかのスキルで手加減されたらしい。
だが、ここからどうすればいい?
今の俺の攻撃力じゃろくなダメージを与えられない。
『
レベルアップで手に入れたスキルポイントを使って、スキルを組む?
……たったこれだけのスキルポイントでどうしろと! 第一、そんなの考えてる時間は……
「はい時間切れー」
「あっ……!?」
どうすれば良いか分からず俺が立ちすくんでいたのは何秒くらいだったか分からないが、そのインターバルは三条院の我慢の限界を超えた。
野球部がバットの素振りでもするみたいに三条院は大剣を振り下ろし、レインちゃんはビクンと衝撃で震えて、もう悲鳴を上げなくなった。
【NPC『レイン』が死亡しました。】
無慈悲なシステムメッセージが死亡を告げる。
……この野郎、
「あーっはははははは! その顔だぁ!
その顔が見たくて俺は
ん? 何? 酷い? 酷いと思った? 悲しんじゃう? 正義に燃えちゃう?」
「この子は……! お父さんのことを考えて、薬を作るんだって、薬草を……!
そんな子を! お前は!」
「ば―――っかじゃねーのぉ!? てめーはゲームん中の殺人に文句付けて回ってた平成のPTAかよ!
ゲームの
自動生成された設定とポリゴンの身体を
三条院は腹を抱え、本気でおかしそうにゲタゲタと笑う。その手首ではリストコムが涼やかに鳴り続けていた。
なんだこいつ!?
さっきからリストコムが鳴ってるのに、悪人RPすらしてねえ。
そして、NPCであるレインちゃんのことは、踏み躙るべき犠牲者どころか単なるデジタルデータとして扱い、『
異質なんだ。EaOというゲームに真っ向から反逆している!
何がしたいんだ、こいつは!?
驚くやら、腹が立つやらで頭の中がグチャグチャだった。
そう言えば、『犯罪被害に遭った人は、日常と乖離した暴力と悪意に晒されて呆然としている間に全てが終わってしまう』とかいう話を聞いた事があるなー、なんてことを急に俺は思い出していた。
……とか、そんな走馬灯みたいなもん見てる場合じゃなくて!
「てなわけで次はお前の番だ。
こいつも
歪んだ笑顔で大剣を掲げ、三条院は向かってくる。
何もできやしない。
俺はこいつの手に掛かって死ぬ。
そこで物言わぬ肉塊に成り果てた孝行娘と同じように。
これは所詮ゲームで、俺はプレイヤー。
だから俺は死んでも生き返れる。
けれど、俺はここで終わってしまった一つの物語に対して何もしてやることができず、その証としてこれから敗死するんだ。
それは……どう言い表せばいいんだ。うまく言葉が見つからない。
あってはならないことだと思うくらいに無念で、悔しかった。
その時だった。
何かが高速で回転するようなSF的駆動音が、急速に大きく……いや、接近してきたのは。
奇形の草や枝葉を巻き上げながら吹っ飛んできた銀色で流線形のそれは、俺と三条院の間に割って入り急停止した。
僅かに浮遊している銀色のスノーモービルみたいな乗り物。
その上に立つのは……
「スズ姉!」
レーザーガンを構える図書委員系美少女だった。
今日はあと3話投げます
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