「今のって、冒険者の方が帰るときに使う転移の術ですよね。見た事あります」
「あー、はい、まあそういうことに……」
スズネがログアウトするのを見て、レインちゃんは何やら目を輝かせていた。
うーん、確かにこんなオーバーテクノロジーの産物、普通に暮らしてる人には興味深いよな。
「大丈夫ですよ、俺ひとりになっちゃいますけど依頼はちゃんとやりますから」
「お気になさらないでください、私は協力してくれただけで嬉しいんです。
……冒険者の方は大変ですね。『蘇り』の力がある代わりに、こうしてお休みを取らなければならないんですから」
気遣わしげに言われた。
モブっぽいNPCのレインちゃんでも、その辺の事情は承知してるのか。
プレイヤーに対する呼び名は『冒険者』の他にもう一つある。
……『再生者』だ。
プレイヤーはほとんどのNPCと違って死んでも
その辺の理屈を投げっぱなしにしてるゲームも多いけれど、少なくともEaOではちゃんと理由付けがされてる。
そもそもこの世界の住人は全員、身体能力や遺伝子の情報が方舟に記録されていて、仮に不慮の事故で死を遂げた場合は死者の記憶を引き継いだクローンが生成されて
しかし、この世界は絶賛崩壊中。
今やクローンによるリスポン機能が存在するのは住人のごく一部。つまり主としてプレイヤーだ。
さらに、その『蘇り』も完全ではなくなってしまった。再生者たちは、蘇りの力の代償として頻繁に
その時に使われるのが、方舟の居住区域外のどこかに存在するという休眠ポッド。再生者は、リストコムから展開される転送ポータルによって自分用のポッドに転移することができるのだ。
ちなみにリストコムは本来、この休眠ポッドへの転送機能と、死んだ時にクローン再生するため記憶と身体データを常に記録&サーバーに転送するための装置であって、通信機能はオマケであるという設定だったりする。
この辺はちゃんと設定考察wikiを読んで予習済みだ!
「冒険者の皆さんって、どのような場所でお休みになるんですか?
『あれは神様の恩寵だから、神様のおわす天界にてお休みになるのだ』なんて言ってる人もいますけれど」
「さすがにそんなんじゃないですよ。卵の中みたいなつまんない場所だって話です」
「……伝聞形?」
「俺、再生者……もとい冒険者になったばっかりなんで」
不思議そうな顔をするレインちゃん。
うーむ、この言い訳はちょっとマズかったかな。『中に入ってる間は眠ってるんでー』とか言っとけば良かった。
RPのつもりだったんだけど『長いコールドスリープから神&再生者として目覚めたばっかり』ってのは、カミングアウトしちゃいけない個人情報だった。まだゲームの中の
「あの、つかぬ事を伺いますが……
私や私のお父さんでも、冒険者さんのように……『蘇り』の力を手に入れることはできるんでしょうか」
「それは……」
無理だ。これは現代の人々が手を付けることのできない、方舟のシステムサイドの問題。
新たに再生者を作る手段を実は教会が知っていて、それを秘匿しているという噂もあるけれど、それは所詮、真偽不明の噂でしかない。
……いや、俺が神だというのなら、方舟のシステムを修復して新たな再生者を産み出すことも可能なんだろうか。
そしたら、ご病気だというレインちゃんのお父さんも都合良く助けられるのか?
俺の沈黙をどう受け取ったのか、レインちゃんは力なく笑った。
「ごめんなさい、困らせてしまったみたいで。
都合の良い夢、ですよね……死んでも生き返れたら病気なんて怖くないのに、なんて。
『蘇り』の力は選ばれし者のみに与えられる。……私なんかがねだっても仕方ないのに……」
あー、やめてくれっての。そういう話苦手なんだから。
気が付けば俺のリストコムはチリチリと、RPチャンスのアラートを飛ばしていたけれど、こんな時に何を言えばいいかなんて分からない。
と言うか俺はこの時、ちょっとショックを受けていた。
さっきのスズネのRPもだったけどさ。こうやってNPCに切ない顔されたりすると、ただの『リスポンの理由付け設定』がこの世界の中では血肉を持った事実なんだと思わされる。
それと、レインちゃんの反応もすごいリアルな人間ぽく思った。
RP推奨のゲームなだけあるな。
いくら今の技術でも人間同然のAIを数百万数千万とリアルタイムに処理するような、昔の電子通貨ブーム(教科書に載ってた!)みたいな計算資源と電力の無駄をできるわけない。
このVR世界は、プレイヤーと関わっているNPCに計算資源を集中してリアリティを演出しているのだそうだ。
街で擦れ違うモブの皆さんは通りすがりの会釈や挨拶くらいしかしないし、プレイヤーが誰も見ていないところに居るNPCは多分すっごい味気ないやりとりをしてるはずだ。『私はあなたを殺害します』『ぐわー』みたいな。
そこんとこ、こちらのレインちゃんはクエストNPCとして俺に関わってきてる真っ最中だから、モブとして生活している普段よりもかなり反応のバリエーションが増えてるはず。その上で複雑な思考や感情をサーバーがシミュレートしてるわけだ。
「さ、お父さんのためにも薬草摘みを頑張らなくっちゃ」
誤魔化すように彼女は言った。
いつの間にか俺たちは森の広場に辿り着いていて、そこには(やや奇形っぽいながらも)薬草らしき草が群生していた。
「とりあえず、籠いっぱいになるまで摘もうと思うんです。
魔物が来たらその時は……よろしくお願いしますね!」
「分かりました!」
「……おや?」
俺でもレインちゃんでもない誰かの声がした。
うげ。
木陰から姿を現したのは魔物……ではなく、ファンタジーとSFの中間みたいなサイバープレートアーマーを身につけた剣士。サイバーなヘッドギアみたいなもんを身につけたソース顔のナイスミドル。
プレイヤー、いるじゃーん。
ピコッと頭上に表示されて数秒で消えた名前は『三条院 旭輝麻呂』。システム的に漢字OKだったのね、名前。
三条院って確か百人一首に載ってた人の
それで下の名前は何事だ。読み方分からん。あきひこか? なんだろう、この拭いきれない『馬鹿が考えた貴族華族の名前』みたいなニオイは。
鎧の戦士こと三条院さんは俺を見て数秒フリーズ。それから吹き出した。
「ぶほっ……ちょ、待って。名前が黄色文字ってことは初心者だよね?
何その格好!?」
自分では分からないが、俺の名前は黄色く表示されているらしい。始めたばかりの初心者はそうなるんだとか。
出会い頭に吹き出すとか普通に考えて失礼だと思うんだけど、これはまあしょうがない。しょうがないだろ?
サラシにハッピにフンドシにガスマスクの奇人変人と、ある日森の中出遭ったらドン引いてスタコラサッサと逃げ出すか笑うしかねーよ!
うん、まあ、とりあえず俺を警戒してるっぽい感じじゃないからよしとするか。
つーか名前の色で初心者だって分かるなら、それで警戒も解くよな。
「えーと、文句ならこの装備を俺にくれたセンパイさんに言って下さいませ」
「ああそうか、貰い物か。だよなあ。そのお祭り装備、こないだのイベントの参加賞だし」
投げ槍に答えた俺に、三条院さんはまだ腹を抱えていた。彼のリストコムがチリリン、と鳴った。
「それ、NPCだよね。護衛クエスト中? まさかこんなとこまでパンチラSS撮りに来たってわけでもないだろうし」
レインちゃんを指差して三条院さんが言った。
「あ、はい、クエストですけど……」
無遠慮な言い方がどこか引っかかる。違和感、だろうか?
でもそれは、一瞬だけ喉に刺さってた魚の小骨みたいなもので、すぐにどうでもよくなってしまった。
三条院さんはフムフムと顎に手を当てて何やら頷いている。
「ここに来るって事は薬草探しか。俺はちょっくらザコのドロップ取りに来たんだが……
よかったら護衛してやろうか?」
「えーと……」
「気にすんな! 初心者は助けてやるのが上級者の役目だからな!」
ちょっと嘘っぽいくらい爽やかに三条院さんはそう言って、俺は押し切られた。
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