ビジー状態に陥った俺がフリーズしていたのは数秒間。
理解を超えた事態に一人で突っ走ってドツボにハマるような、ホラー映画の犠牲者みたいなムーブはしない。
「えっと……リストコムが起動できたってことは、もうインゲームチャットは使えるはず……!
プレイヤー検索ってどれだ? これか!?」
ホログラム画面のタブをいくつか切り替えて、俺はプレイヤー検索画面を呼び出す。
IDは……何だっけ。聞いてたけど八桁の適当な番号を覚えてられるほど高性能じゃねえよ、俺の頭は!
代わりにキャラクター名検索窓に『スズネ』と打ち込んで検索ボタンをポチッとな。
するとホログラム画面にはたくさんのキャラクタープロフィールがビャーッと並んで表示された。
うわあ、ありがちな名前だから結構候補が出て来たな。
ちなみにEaOは名前被りOKなゲームだったりする。
脳みその処理能力を極限まで高めてプロフィールを流し見ていくと……
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スズネ Lv 71/78
【運営公認ストーリーテラー】
皆さんこんにちは! 『涼音's VRちゃんねる』のスズネです!
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「これだーっ!」
俺はコンマでそのプロフカードをタップして選択。
メニューを呼びだして『チャット呼び出し』を選択した。
『Calling...』の表示が数秒間出て、消えた。
『もしもし? マサだよね!?
もうインしたんだ。てか何あんた実名プレイしてんの!?』
「スズ
聞き慣れた声がホログラム画面から聞こえてきて、俺はワラでも鬼でも掴んでやるという心地で即座に助けを求めた。
画面の向こうから息を呑む気配が伝わってくる。
『……なんてことでしょう。思春期を迎えてクソ生意気になったマサが『スズ姉』言って、しかも助けてくれだなんて。
明日は多分、北海サーモンか何かが街に降るからお夕飯代が浮くわね』
「冗談言ってる場合じゃないんだよ。ヤバイことになったんだ」
かくかくしかじかと、俺がこれまでの経緯を説明すると、チャット画面の向こうのスズ姉……もといスズネは思いっきり疑わしげな声を上げた。
『ナニソレ。私にもわけわかんないんだけど』
「えぇ……? ベテランプレイヤーにもなんだか分からないって、すごい不安なんですけど?」
医者が検査結果見ながら『いや、この病気何?』とか言いだしたら患者は普通めっちゃ不安だろう。そういうことな。
『とにかく合流するから、場所教えて!』
「地図は、俺が居る場所の周り以外全部モヤモヤなんだけど。これ地図屋とか行かなきゃダメなんだっけ?」
『そう。定期的に情報買わないと地図が機能不全になるの。
でもチャット相手に現在地送ることはできるから。地図画面の右下の『ピンを送る』ってとこタップして!』
俺はモヤモヤに包まれた地図画面を操作して、『ピンを送る』からスズネを選択。
ぴんぽーん、というやや間抜けな音がした。
『うわ、思いっきりフィールドのド真ん中じゃない』
「え、マジ?」
『その辺に出てくる魔物はレベル5前後だから、まあ私にはザコだけど、レベル1のマサが出遭ったら多分死ぬよ。
今居る場所に魔物がいないなら、そこでじっとして私を待ってて! 近くの街に転移して、折りたたみホバーモービルですぐにそこ行くから!』
「分かった!」
そうして通話を切りかけたところで、俺は重大なミスを犯しかけていたことに気付いて冷や汗を流す。
「待った、すげー大事なこと言うの忘れてた!」
『何!?』
「……着替え、なんか持ってきてください」
俺の
* * *
それから10分もかからず、スズネは俺の居る所に到着した。
「うへぁ、こんな山の中に隠しフロアがあったなんて」
なんでも俺が居たのは、緑溢れる山の中。
ここは入り口以外が完全に埋没した隠し部屋みたいな場所だったらしい。
ちなみに入り口は自動ドアみたいな隔壁だったけど、普通に開いてたとか。
俺の前に現れたのは黒髪ロングの図書委員系美少女だった。
着ている服もなんとなくブレザー系の制服っぽい。
EaOの世界観的にいろんな国籍・人種の人の末裔が存在する設定なので、白人でも黒人でも何でもありなのだが、名前の通り日本人的な容姿である。
本名・
アバターは俺と同い年ぐらいの美少女だけれど、中身は俺より、えーっと、俺が小三の時に高一だったんだから8つ上か。あの頃はよくも幼気なガキを弄んで性癖歪めやが……いやなんでもない。
なお、本名は凉で、配信時に使ってる名前は涼音。
この二つを結ぶのは、小さい頃俺が使っていた『スズ姉』という呼称ではないかということを俺は何度も考えたが恐ろしくて何も聞けていない。
スズネこと凉はゲーム配信で飯を食っているプロの実況者。
なんか公式の企画で動画配信やることになったから協力してくれと、俺をこのEaOに引きずり込んだ張本人だ。
「で、なんで背中向けて丸くなってんの?」
「逆に聞くけどそれ以外に俺に許された体勢ある!?」
俺はメタリックで滑らかな壁に向かって座り、無理やり頭だけ振り返ってスズネの方に向けていた。
流石EaO、アバターの造形までリアルだ。俺の股間には、見せたら犯罪になる系のなりなりてなりあまれる物体が。
「ヤバイとこは自分以外からはモザイク掛かって見えるから大丈夫なんだけど」
「そういう問題かよ! てゆーかホラ、ゲームの中でもガチ露出すると一応犯罪になるんでしょ日本だと!」
「そりゃ嫌がってる相手とか不特定多数に見せたらそうだけどぉ……
ここには私しか居ないでしょ。んもう、一緒にお風呂も入った仲じゃない」
「何年前の話だ!
つーか入んなよ軽々しく!! 今だから言うけど!!」
あん時は俺も凉に押し切られて、疑問に思いつつ『まあ俺まだ子どもだから大丈夫なのかな……?』とか思ってたけど今にして思うとかなりギリギリのラインを攻められていた気がする。畜生、なんなんだこいつは。
「まあいいか、話にも差し支えるしとにかくこれ着て」
そう言ってスズネは布の塊を俺に投げ渡した。
それを広げてみて、俺は言葉を失う。
「……あのー。着替え持ってきてもらっといて選り好みするのは憚られるんですが……
でも何これ!?」
「こないだのイベント報酬。男性向けのコスなんてロクに持ってないんだってば、コレクション価値があるやつ以外」
それは背中に筆文字っぽいフォントで『祭』と大書きされた鮮やかな空色のハッピ。
そして、サラシとフンドシである。フンドシである。フ・ン・ド・シ!!
紛うことなきネタ装備だ。
「いいから着るなら着なさいよ。ほら、リストコムのインベントリから『着る』で一瞬だから」
「はうっ☆」
言われた通りの操作をしたところ、次の瞬間、俺の身体はお祭り衣装を身に纏っていた。
……股間が締め付けられる感覚までリアルなんですが。VRヤバイ。
「じゃ、これで落ち着いて話せるわね?」
「落ち着かないけど話はできるな」
俺はフンドシ丸出しがどうにも生理的に受け容れられず、ハッピをスカートみたいに腰に巻いて縛り付けて、図書委員系美少女と向かい合った。
聞き慣れた声が見知らぬ外見の人物から聞こえてくるってのはなんか不思議な気分だ。VR世界じゃ当たり前なのかも知れないけど。
ちなみにEaOはボイスチェンジャー的な機能を標準装備していて、キャラメイクで地声からの変換幅を決められるシステムなんだけれど、凉つまりスズネは他のゲームの実況との整合性を保つためか地声のままだった。
俺は……そう言えば俺の声もそのまんまだな。姿もそのまんまなわけだけど。
「キャラメイクもなしにリアル体で放り出されたって話だけど……」
「そう。いきなりここに居たんだよ」
「自己認識を読み取って、ボイスサンプリング&リアル体アバター作成する機能はEaOにもあるけどさ……
デフォでそうなってるわけじゃないし。
それよりもジョブの話!
「俺が聞きたいよ……」
リストコムを開いて見てみれば、やはり見間違えようもない『
神。
本来それは、この世界『方舟八号棟』を管理する管理者だ。
技術レベルが退化したこの世界で、オーバーテクノロジーの方舟システムを操作する管理者はやがて迷信にまみれ、宗教的権威となったという設定だ。
水回りの不具合を修理すれば『洪水を鎮めた』と言われ、電力供給を復活させれば『神の力を賜った』とか騒がれたり、まあそんな感じのものが積み重なったわけ。
ちなみにこれは特定の個人じゃなく、ちゃんと代替わりが起こる。ただし、どういう基準で適合者が選ばれるかは極秘だ。
ここでポイントなのは、神は方舟の治安維持システムの権限も持っているということ。
個人で強大な武力を持つ神は、だんだんと『教会』……つまり補佐役の皆様に煙たがられるようになっていったらしい。なんたって、教会の中でどんなに偉くなって権力を握っても、上司である神は制御不能の怪物なんだから。
そんなわけである時、教会は結託して神を殺し、『次の神』が生まれるシステムも破壊した。
それが、現在ストーリーイベントなどで仄めかされているこの世界の設定だ。
だが、今この方舟八号棟に新たな神が生まれた。
それが……よりによって俺。
「これさあ、運営用のデバッグクラスとか、でなきゃデータ上存在してるけど開発中に設定が変わってお蔵入りになったとかそういう奴じゃないかな?」
「私もそう思うんだけどね。なんでそんなのになったのかって話で……」
話しながらスズネはリストコムを操作し、ホログラム画面からアーカイブサルベージャー……要するにwebブラウザを呼び出す。
この方舟八号棟の電脳空間には、遙か昔のネット空間をそっくりそのままアーカイブしてあり、個人用端末から適切な操作をすることでアクセス可能なのだ!
……という建前でゲーム外のインターネットに接続可能だったりする。
スズネは謎のクラス『
ちなみにプライバシー保護のためと情報漏洩阻止のため、他人が開いてる画面は覗き込んでも何も見えない。
「ん……?」
と、スズネの手が止まる。
「どうかした?」
「……うそぉ。
SNSがどれもこれも、ついさっきEaO公式サイトのクラス紹介に『
「はあ!?」
慌てて俺もリストコムを起動!
某老舗SNSにアクセスしてみると……トレンド1位が『EaO』、2位が……『神』?
『ちょwww』
『意味分からん』
『ログボ姫のクラスか?』
『NPC専用?』
『実装されるの?』
タイムラインに満ちあふれる疑問の声、声、声。
リンクからEaO公式を開けば、確かにクラスリストに『
他のクラスと違ってステータスやスキルは全部『???』表記。光に包まれた不明瞭な人影のイメージイラスト、そして、俺のステータスに書いてあったのと同じ紹介文……
えーっと? 要するにどういうことだ?
俺が何故か『
これ、もしかしてドッキリってやつ?
「不具合でもバグでもなく……運営はこれを意図してやったって言うの?」
「そんなまさか」
いや、変だろ。
だって考えてみろよ。
ゲーム世界にたったひとりの『神』なんて……
そんな重要な立場を、運営関係者でもなんでもない俺に投げるわけがないだろ?
呆然とする俺たちの耳に飛び込んできたのは、チリリリリーンという涼やかな音だった。
発信源は……スズネのリストコム。いや、シャレじゃないからな?
ちょっと遅れて俺のリストコムも、共鳴するように同じ音を発した。
「なんかリストコムが鳴ったけど」
「あー……今来るかあ。
覚えときなさい、今のアラート。多分、EaOで一番大事なものだから」
スズネは、なんかいろいろなものを諦めたような顔で首を振る。
うおおお。図書委員系美少女の、さらっさらの黒髪が舞う。やめろそういうの青少年によくない。
「……カメラ回すよ。ガッツリ
この瞬間が貯金残高になるんだからね」
貯金残高。
その甘美な響きに、俺の心臓は否が応にも高鳴った。
+注意+
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