792 クマさん、リンセさんと話をする
リーゼさんの左右に、リンセさんと姉のルーアが座り、その正面にわたしとカガリさんが座る。
リンセさんが隣に座っているリーゼさんを見る。
「本当に3年経っているのね」
「うん、みんな凍って死んでいると思っていた」
「うぅ、リーゼのほうが大きい。わたしのほうが大きかったのに……」
成長し続けたリーゼさんの3年間と、時間が止まっていたルーアの3年間。
そのせいで逆転してしまった。
「お姉ちゃん、小さくて可愛いよ」
リーゼさんは姉であるルーアに抱きつく。
「ほら、この子たちのことを紹介して」
抱きつくリーゼさんを止め、リンセさんはわたしたちに目を向ける。
「えっと、クマの格好しているのがユナさんで、小さい子はカガリちゃん。わたしたちを助けてくれたんだよ」
「そうなのね」
「2人はどうやって、ここに来たの?」
「お二人は冒険者なんです」
「冒険者?」
片方はクマの着ぐるみを着て、もう片方は幼女だ。とてもじゃないけど、冒険者には見えない。
それからリーゼさんはボラードさんの説明に補填する感じで3年間のことを話す。
生き残った6人のこと。
3年間、どうやって生きてきたのか。
話を聞いていたリンセさんの目から涙がこぼれる。
「ごめんなさい。あなたが苦労しているのに。わたしは、なにも知らずに3年も氷漬けになっていたのね」
「それはお母様のせいじゃないよ」
リンセさんは悪くない。
誰も、どうすることもできなかった。
誰が悪いと言うなら、氷竜が原因だ。
「リーゼ、手を見せて」
先ほどから、リンセさんはリーゼさんの手を見ていた。
リーゼさんは自分の手を見ると背中に隠す。
「わたしの手は汚いから」
「見せてちょうだい」
優しい声で、真っ直ぐな目でリーゼさんを見る。
揺るがない目。
「……」
「……」
根負けしたリーゼさんはリンセさんの前に手を出す。
「ね、汚いでしょう。だから……」
リーゼさんは生きるため、迷惑をかけないため、大人に混じって仕事をしていた。
お風呂は入れなかったし、お湯も簡単には使えなかったから、冷たい水を使っていたはず。手のケアをするクリームや薬もなかったはずだ。
手を見れば苦労してきたのが分かる。
引っ込めようとするリーゼさんの手をリンセさんは掴む。
「汚くないわ。頑張って生きてきた人の手よ」
リーゼさんの手を優しく触る。
「お母様……」
「もし、この手を汚いと言う人がいたら、わたしに言いなさい。わたしの大切な娘に、二度とそんなことを言わせないから」
「わたしもよ。なにか言われたら、お姉ちゃんに言いなさい」
リーゼさんの姉のルーアもリーゼさんの手を握る。
「お姉ちゃん……」
「大切な妹を守るのは姉の役目よ」
うっすらとリーゼさんの目に涙が浮かぶ。
感動するシーンのはずだけど、場違いなクマの格好したわたしがいるから台無しだ。
「でも、今、思い返しても、氷竜が現れたのが昨日のように感じるわ」
「街が凍って、お父様もリーゼも帰ってこなくて、家の中は寒いし」
「そうね。体を抱き締め合っていたわね」
わたしたちが見たときは、屋敷全体が凍っており、2人は凍っていた。
冷凍庫の中にいるぐらい寒かったと思う。
「それが目覚めると、部屋や服は濡れているし、お父様はやつれているし、リーゼは、わたしより大きくなっているし」
2人からしたら夢の中の出来事に思えるかもしれない。
「わたしたちも帰ろうとしたんだけど、吹雪が強くて帰れなかったの。吹雪が止んで、どうにか街に戻ってきたら、街は凍って、人も凍っていたの。わたしたちには、どうすることもできなかったの。わたしたちは、ずっと、この暮らしをしていくんだと思っていたんだけど。そしたら、お二人が現れたんです」
リーゼさんはわたしとカガリさんに目を向ける。
「夜の街に光が見えたときは驚きました。人がいるって。それで、わたしとお父様が会いにきたら、お二人がいたんです。お二人はわたしたちの話を聞くと、食糧やお風呂の用意をしてくれました。お風呂に入ったのは3年ぶりだったので嬉しかったです」
「3年間もお風呂に入っていなかったの?」
「水をお湯にするのは大変です。木材も火の魔石も大切に使わないといけなかった。お風呂に入りたいなんて贅沢は言えません。でも、濡れたタオルで体は拭いていたよ」
「……」
「……」
リーゼさんの話を聞いた2人は黙ってしまう。
「最初は、お母様にもお姉ちゃんにも会えなくて、泣いてばかりでした。寒くて、服も鉱山の作業服しかなくて。食べ物も同じものばかりで、他の食べ物や、お菓子が食べたいって、お父様を困らせたりもしました」
リーゼさんは笑いながら言う。
当時、リーゼさんは12歳ぐらいだ。領主の娘であり、裕福な暮らしをしてきたリーゼさんには辛かったと思う。
お菓子が食べたいと思っても仕方ない。
でも、この世には食べ物が食べたくても食べられない子もいる。
孤児院の子供たちは親に捨てられたり、親が亡くなったり、辛い思いはしてきている。
リーゼさんだけが不幸ではない。
優しい父親がいただけ、幸せだったかもしれない。
世界中の人が幸せになるのは難しい。
でも、なるべく、不幸になる子が減るといいなとは思う。
「わたしが思っていたよりも、大変だったのね。でも、お風呂って、お湯を作ってくれたの?」
「鉱山のところにクマのお風呂を作ってくれたんです」
「クマのお風呂?」
そういえば、リーゼさんたちが鉱山で暮らすと思っていたから、クマ風呂はそのままになっている。
「もう、不要だから帰る前に、片づけるよ」
「いえ、あのままにしてください。もし、街の人がお母様やお姉ちゃんみたいに生きていたら、鉱山で働く人が増えます。そのときにお風呂があったほうがいいと思います。きっとお父様も同じことを思うから」
そう言われたら、壊せない。
そして、リーゼさんは、わたしたちが現れたあとの話をする。
氷竜が会話ができることを知り、氷竜に会いに山頂に行ったことを話す。
「氷竜が言葉を話したの?」
「うん、それで氷竜と話をするために、ユナさんとカガリちゃんが山頂にいる氷竜に会いに行ったんです」
「氷竜が言葉を話したことも信じられないけど、あの山に登ったの?」
「おふたりには、可愛いクマさんに乗って山頂を登ったんですよ」
「クマさん?」
クマと言われて、リンセさんとルーアはわたしを見る。
わたしもクマだけど、違うよ。
「くまゆるちゃんとくまきゅうちゃんと言う、黒いクマと白いクマです」
わたしは許可をもらい、通常サイズのくまゆるとくまきゅうを召喚する。
ルーアは立ち上がり、リーゼさんの後ろに隠れる。
これでは、どっちが姉なのか分からない。
「お姉ちゃん、くまゆるちゃんとくまきゅうちゃんは優しいから、大丈夫だよ」
「本当?」
リーゼさんはくまゆるに近づき、優しく撫でる。
「やっぱり、可愛い」
「本当に大丈夫なのね?」
ルーアは少し不安そうにするが、リーゼさんの様子を見て、ゆっくりとくまゆるに手を伸ばす。
「柔らかい」
くまゆるが怖くないことが分かると、くまきゅうにも触る。
それから、リーゼさんは山頂に行ったわたしたちのことを話す。
別の氷竜が現れたこと。
わたしとカガリさんが新しい氷竜と戦い、追い返したこと。
「……」
「……」
氷竜と戦ったことを口止めを忘れた。
それ以前に、口止めする時間はなかった。
「氷竜と戦った? 追い払った?」
「この子たちが……」
「信じられないよ」
リンセさんとルーアはわたしとカガリさんに目を向ける。
「わたしだって信じられないよ。でも、街の外に戦った跡があるから、見れば分かるよ。それに角や鱗が1階のフロアにあるよ」
それでも、2人は信じられない表情をする。
「信じるか、信じないか別として、誰にも話さないでね」
わたしは、一応、お願いしておく。
「そうじゃのう。面倒ごとになっても困るからのう」
それに、今後来ることもあると思う。
そのときに、来る度に騒ぎになるのは困る。
そして、氷竜の卵から赤ちゃんが産まれ、今日の朝に氷竜が立ち去ったので、街に降りてきたこと。家の片付けをしていると、リンセさんたちが起き出してきたこと。
「そうなのね」
「話を聞いても信じられないわ」
それはそうだ。
「それでも信じられないなら、お父様やみんなからも聞いて」
話はそこまでになり、フロアに置いてある氷竜の角や鱗を見たりした。
わたしとカガリさん、それからリーゼさんたちもボラードさんが帰って来るまで、家の片付けを手伝うことになった。
わたしはカガリさんの水を集める魔法をマネをして、水処理をした。
うん、便利だ。
手を見て、リーゼさんの3年間の苦労が分かったのかもしれません。
※今後の予定ですが、氷竜編が終わりましたら、しばらくお休みをいただければと思います。
いろいろとあるのですが、21巻の書き下ろし作業や次の話の展開を考えたりする時間をいただければと思います。
※コミカライズ外伝 2巻2023年3月1日発売予定です。本屋さんで見かけましたら、よろしくお願いします。
【発売予定表】
【フィギュア】
フィナ、ねんどろいど 2024年1月20日発売中
KDcolle くまクマ熊ベアーぱーんち! ユナ 1/7スケール 2024年3月31日
【書籍】
書籍20巻 2023年8月4日に発売しました。(次巻、20.5巻予定、作業中)
コミカライズ11巻 2023年12月1日に発売しました。
コミカライズ外伝 1巻 2023年6月2日発売しました。(2巻2023年3月1日発売予定)
文庫版9巻 2023年12月1日に発売しました。(表紙のユナとルイミンのBIGアクリルスタンドプレゼントキャンペーン応募締め切り2024年3月20日、抽選で20名様)(10巻、作業中)
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせさせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。
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