3代目山口組・田岡一雄組長と美空ひばり
1946年、田岡一雄が3代目を襲名しました。不良外国人の制圧、あるいは主要事業である船内荷役業などで手腕を発揮した彼は、末端の日雇い労働者たちにとっては心強い存在でもありました。彼らの労働環境の改善に一肌脱いだからです。
田岡のいう「任侠」の役割が、底辺労働の近代化というかたちで社会的にも求められる時代があったのです。
それは芸能興行の世界でも発揮されます。浮草稼業のうえに露骨なピンハネに泣き寝入りを余儀なくされていた芸人たちに気前よくギャラを支払うことで、信頼を得ます。さらに、国民的歌手である美空ひばりの後見人となり、その興行権を握ったことで、京都以西では「田岡なしでは興行ができない」とまで言われる実力者に若くして台頭しました。
芸能人の扱いには定評のあった田岡は、親交を深めた相手とは愛人の住所まで知らされるほど深くつきあったとされます。猪野健治氏の著書(『山口組概論』)によると、田端義夫、川田晴久、伴淳三郎、清川虹子、山城新伍、里見浩太朗、淡島千景、村田英雄、三波春夫、フランク永井、松尾和子、江利チエミ、舟木一夫、五月みどり、坂本九……と、俳優、歌手、芸人を問わず、売れっ子芸能人の大半を興行で「世話」し、濃淡の違いはあるものの個人的にも交際を密にしていました。
なかでも、実の娘同然に寵愛した美空ひばりには、「後見人」を請われて「ひばりプロダクション」副社長に就任。1964年の小林旭との離婚会見ではひばりの親代わりとして同席し、記者の質問に答えたのは有名な話です。
映画界ではなんといってもトップの岡田茂社長との阿吽(あうん)の呼吸で知られた東映と太いパイプがあり、任侠映画全盛時代は言うに及ばず、1970年代に入って以降も、高倉健、菅原文太の二大スターをはじめ数多くの俳優と親交を持ちました。なかでも、勝新太郎とは昵懇(じっこん)の仲だったようです。
田岡が週刊誌に執筆した自伝が、1973年に刊行されベストセラーとなると、この自伝をもとに田岡の半生は映画化され、田岡役を大物俳優の高倉健が演じたこともあり、空前のヒットを記録しました。故・松田優作や役所広司といった名優が司6代目役を演じてヒットするようなものでしょう。
高倉健に“任侠の所作”をレクチャーしたのは…
しかし、山口組と芸能界との蜜月ぶりに警察当局は次第に不快感をつのらせました。当局の先導で、かとう哲也の芸名で活動していた美空ひばりの実弟が、横浜の山口組系列組織の役職についていたことが問題視されます。実弟(と背後の組織)を庇った美空ひばりは、公演の中心となる公共施設から閉め出され、その年のNHK紅白歌合戦にも選ばれませんでした。ひばりにとって山口組は実弟と同様、「血は水より濃い」関係だったのでしょう。
ちなみに、1981年に田岡が死去した際に、一般人向けの葬儀に参列したなかには、ひばりをはじめ、勝新太郎、鶴田浩二、菅原文太らの姿がありました。芸能人とのこうした人脈は、田岡の死後も多かれ少なかれ、その部下たちに受け継がれていきます。
東映任侠映画の主役に抜擢された高倉健に侠客の所作を教えたのは、山口組随一の知名度を誇った菅谷(すがたに)組を率いる、通称ボンノこと菅谷政雄でした。
また、菅谷組に次ぐ勢力を誇った加茂田組の加茂田重政組長が地元・神戸市長田で開く地蔵盆には、山城新伍ほか多くの芸能人が駆けつけました(当時の写真を見ると、加茂田組長が主催するパーティーに参加した芸能人には、菅原文太、杉良太郎、松平健、細川たかしなどの顔が見られ、加茂田家の祝宴で司会を務めたのが、若き日の明石家さんまだったりします。時世の違いが窺われます)。
ヤクザも堅気の旦那衆(スポンサー)に愛されてナンボ、という点では同じ浮草稼業の芸能人には親近感があり、表社会でネームバリューのある芸能人への有形無形の支援は親分としてのハク(社会的信用)をつける小道具になりました。組織の功労者が服役する刑務所に著名な芸能人を慰問に行かせれば、それが親分への評価にもなりました。
ただ当然ながら、ヤクザが身にまとう高級ブランドのアクセサリーと同じで、面倒見の実費は大半が持ち出しとなります。さる著名人のスキャンダル揉み消しに奔走した山口組の幹部は、「ユスろうとしたチンピラの顔を立てて相当額を渡したんだが、かかった経費は全部こちら持ちだよ。紹介者の顔を立ててね」と語ったものです。それが「顔役」としての信頼感にかかる必要経費というわけです。
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