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第三部
84 競売⑤

 想定外に白熱したオークションに、会場は未だ熱気が篭っていた。

 休憩時間になっても、会場を出る者はほとんどいない。


 それらを尻目に建物の外に出た僕達に、ティノ達が小走りで近寄ってきた。

 僕(と、リィズとシトリー)の前までくると、両手を前に揃え深々と頭を下げる。


「ごめんなさい、ますたぁ。まさかこんな事になるなんて……」


「え……? ああ、いや。構わないけど……」


 もともと僕はティノに代理を頼んでいた。グレッグ様が落としたことになっていたのは確かに驚いたが、さして腹をたてるような事ではない。

 後ろのグレッグ様の容貌は、人形の競売が終わってしばらく経つのに幽鬼のように蒼白だった。冷や汗が凄い。きょろきょろと挙動不審げに周りを見回していて、その小物っぽさに凄く共感を抱く。


 前半最高額の品を落としたヒーローである。競売中につけていたであろう番号の札を外しているし顔はバレていないのでまだ人に囲まれていないが、恐らくその名前はすぐに広まってしまうだろう。

 ゼブルディアオークションでは公平性の担保のため、落札者の名前は簡単に調べることができる。そのために代理人を使う者が出てくるのだが、中堅ハンターのグレッグ様には少々重荷だったかもしれない。


 ティノが不安げな表情でリィズを見ながら言い訳する。リィズは無言で笑みを浮かべていた。


「あの…………本当に、私が担当しようとしたんです。でも……その……準備が出来てなくて……ますたぁからの合図を確認した瞬間に気づいたんです。競りに参加するための、ハンドサインがわからないって」


 ティノってけっこう抜けてるよなぁ……。


 だが、確かにハンドサインは何種類もあるので、初めてオークションに参加したのではわからないのも無理はないかもしれない。

 それならそれで、値段を叫んだり、札に値段を書いて掲げたりして競りに参加する方法もあるのだが、オークションに参加するような者はだいたいハンドサインを使っている。


「それで……グレッグが知っているというので、任せてしまいました。ますたぁからの合図を見るのと、競売に参加するのとで役割をわけて……まさか、こんな事になるなんて思ってなかったんです。初回はグレッグに任せて、それでやり方を覚えて本命では私が担当しようと思っていたのです。それが――」


「うんうん、そうだね……」


 それが、本命の前にゴーレムで資金を使い果たしてしまった、と。

 だが、僕もこの状態は想像していなかったわけで、それはしょうがないだろう。


 リィズが僕の肩を叩き、首を切る手振りをして首を傾げる。切らないよ……。

 戦々恐々としているティノに、安心させるように声をかける。


「そんな怯えなくても大丈夫だ。上出来だよ、上出来。うん。僕の想定通りだ」


「クライ。その……予算を越えているようだが……大丈夫なのか?」


 グレッグ様が青ざめていたのはそれが理由か。

 今回の落札額は僕が事前に伝えていた金額を一億ギールオーバーしている。もしも払えなかったらグレッグ様にも罪が波及する可能性があるのだから、その表情もやむなしだろう。本来代理人というのは深い信頼関係の間でのみ成り立つものなのである。


 もちろん、グレッグ様に迷惑をかけるつもりはない。


「ああ、それも心配ないよ。金はある」


 僕の物ではないけどな。


 僕はルシアに心の中で土下座をしながらその場で一億一千万の小切手を切り、シトリーに渡す。

 ちなみに、引き出す元はルシアの銀行口座だが、手続きはされているので僕の署名で問題ない。慣れたものだ。

 帰ってくるまでに返済手段と機嫌を取る方法を考えておいた方がいいかもしれない。


 シトリーは受け取った小切手を丁寧に腰の鞄にしまった。これで現金と合わせて十億六千万ギールだ。


 ティノが伏し目がちに確認してくる。


「ますたぁ、それで……その…………例の宝具の方は……」


「ああ、あれはもういいよ。目的は達成した。ちょっと疲れたし、僕はもう帰るよ」


「……え!?」


 まだまだオークションは始まったばかりだ。オークション会場付近は人混みでごった返している。


 これからもどんどん珍しい宝具が出てくるだろう。興味はあるが、残金がないのにそれを見せられるのは非常にきつい。きついだけならばいいが、ルシアの残りの貯金を使ってしまう可能性を考えるとこの場にはいないほうがいい。


 何より、もうあの仮面は手に入らないのだ。僕のオークションは既に終わった。


 お嬢様は今頃戦意を燃やしているだろうが、それに付き合うこともあるまい。もう君の勝ちだ。ああ、もう君の勝ちだとも。


 帰ってふて寝でもしよう。


「では、クライさん。私は早速、グレッグさんと一緒に落札した例の物を取りに行ってきますッ!」


 シトリーが満面の笑顔で白貨の詰まったトランクケースを持ち上げた。この笑顔を守れただけで良かったと思うとしよう。

 しかし、あの巨大なゴーレムをすぐに受け取りに行くとはせっかちな……本当に欲しかったんだろうな。


「お姉ちゃんは出品者と競い合ってた二十五番の情報を調べてきてくれる? もういなくなっているかもしれないけど、オークショニアの手元に資料があるはずだから」


「お、おい、競争相手の情報を調べるのは規則違反――――い、いや、なんでもねえ」


 まぁ規則違反ではあるけど調べようと思ったら簡単に調べられるからな。あそこまで食らいついてきたのだ、気になるのも無理はない。

 資料は見せてもらえないと思うけどね。規則違反だし。


「じゃあグレッグ様、今日は助かったよ。またいずれ。シトリー、後はよろしく」


「はいッ! ありがとうございました、クライさんッ! また後で伺いますッ!」


 エヴァ、怒るかな。怒るだろうな……。だが、しょうがない。

 しばらくはアイスを食べたい時はティノあたりを連れ回すことになりそうだ。


 僕は大きく欠伸をすると、やりきった気分でオークション会場を後にした。



§ § §




「時間終了です。正体不明の『肉の仮面(ミート・マスク)』。かの名高きエクレール・グラディス様によって二億ギールで落札です!」


 階下の席からの万雷の拍手が貴賓席まで届いてくる。その一席に浅く腰をかけていたエクレールは大きくため息をついた。

 その眼は潤み、いつも吊り上がった眼も今だけは緩んでいる。


 そこにあったのは戦いを勝ち抜いたことに対する高揚でも歓喜でもなく、深い安堵だった。


 戦いはエクレールが思った以上にあっさりと終わった。モントールの事前の提言も全て杞憂だったのだろう。

 エクレールの揃えた二億ギールから足が出ることもなく、無事落札は達成できた。


 事前の風評とは違い、戦いは一方的だった。

 恐らくグラディス卿が本気だと広まった事がよかったのだろう。この帝国において、貴族の権力はかなり強い。商会でもハンターでも、それに表立って敵対しようという者はいない。いるわけがない。


 改めてそれを確信し、隣に座る父親――ヴァン・グラディスを自慢げに見上げる。


 整えられた暗い茶の髪に、鋭い双眸。

 父親は周囲の貴族の称賛の言葉にも一言二言答えるのみで、じっとステージを見下ろしていた。

 浮かんでいた表情が示していたのは娘の勝利に対する喜びではなく、不審なものでも見つけたかのような訝しげなものだった。


 エクレールの窺うような視線に気づき、ヴァン・グラディスが眉を顰める。その口から出てきた言葉はエクレールの予想外のものだった。


「勝ちを譲られたか」


「……え!?」


 後ろに控えていたモントールが、低い声でその意見に賛同する。


「そのようで。《千変万化》は既に会場から去っております。仮面の競売に参加した者に、その息のかかった者はおりません」


「ふん……レベル8ハンター……他のハンターと同様に礼を知らぬ男かと思えば、策謀家というのもあながちただの噂ではない、か。手に入れようとしていた宝具に横槍を入れられ、こうもあっさり退くとは――面子を重んじるハンターにあるまじき冷静沈着な対応。アークの言う通り、面白い男だ」


「ど、どういう事ですか!? お父様ッ! 私は、この通り、勝って見せました!」


 エクレールはその父親の厳命の通り、モントールの手を借りたとはいえ、無事資金を集め欲するものを勝ち取ってみせた。

 武家であるグラディスにとって成果とは勝ち取るもの。その家訓に従い、こうしてあのレベル8と名高いハンターを、グラディス家を馬鹿にした男を撃退してみせたのだ。


 甲高い声で叫ぶエクレールに、ヴァン・グラディスは家族に向けられるものとは思えない、鋭い眼光を向ける。


「エクレール、確かにお前は宝具を勝ち取った。だが、この勝利は価値ある勝利ではない。勝つにせよ負けるにせよ良い経験になると静観していたが――同じ土俵にすら立っていないのでは、な。甘く見すぎたか。そして、その事実にも気づかぬとは――」


「ッ!?」


「お嬢様。《千変万化》は確かに二億ギールを遥かに超える額を集めておりました。シトリー・スマートが機材やポーションを売り払ったという情報がはいってきております。監視のために近くに配置したハンターは追い返されてしまいましたが――それが、途中で退出してしまった。かの宝具の競売が始まるその前には」


 ショックで固まるエクレールに、モントールが冷静な声で説明をする。


「な、何故だ!? 何故戦いにすら参加しなかった?」


 理解出来なかった。あの宝具を最初に欲しがっていたのは《千変万化》だ。エクレールは半ばあてつけのように横からそこに入ったに過ぎない。

 ならば、どうして途中で諦めたりするだろうか。それも、エクレールは競りに集中していて気づかなかったが、あの男は競りに参加すらしていなかったという。


「勝ちを譲られたのです、お嬢様。お嬢様が二億ギール以上集めていなかったら約束した通りに参加して来たかもしれませんでしたが、此度の戦いは既にエクレールお嬢様個人との戦いからグラディス伯爵家との戦いに変わっている。とても戦いになりませんし、もしもエクレールお嬢様を破れたとしても――尾を引く」


「…………」


 モントールの言葉を、ただエクレールは沈黙で受けた。


 脳裏に渦巻くのは様々な感情だ。混乱。安堵。困惑、怒り。

 引き絞るような声で反論する。


「正々堂々の一騎打ちだと……言ったはずだ」


「競争になるであろう商会とは事前に交渉しました。お嬢様、グラディスに生まれた以上、貴女には勝利する義務がある。ハンターと貴族は少し似ております、少なくとも、ここで躓けばこの先、この件が原因で侮られる事もありましょう。そして今日、お嬢様はレベル8のハンターに勝利した」


「少しでも目の利く者であれば、勝ちを譲られたのは明らかだ。まったく、度し難い。二億消費して知れたことが《千変万化》の度量だけ、とは」


 不機嫌そうに顔を歪める父の表情に、エクレールが震える声で呟く。


「私は……この私が、情けを掛けられた、のか。侮られたのか?」


「侮られていなかったが故、でしょうな。それがお嬢様にとって勝ちと呼べるかはお嬢様の心持ち次第ですが――」


 違う。こんなものは――勝利ではない。

 不戦勝? 否。そんな言葉でエクレールの感情を納得させることなど出来るわけがない。


 正面から勝負して負けたほうがまだ納得できた。ぎりぎりと軋む程に歯噛みする。


 負けた。試合に勝って勝負に負けた。これでは尊敬するアークに胸を張って宝具を届けられない。


「借りを作ったか」


「……約束通り、家に相談してでも二億ギール集めたお嬢様を少なからず認めた、とも言えます。あの悪名高き《嘆きの亡霊》のリーダーが、高名な貴族だという理由だけで退くとは思えません」


「……どちらにせよ、借りだ。周囲がどう見ようと、ゼブルディアの貴族として受けた借りは返さねばならん。…………もしや、これが、あの男が得体の知れない宝具を欲した真の目的ではあるまいな?」


 グラディス伯爵の険しい表情に、滅多に表情を崩さないモントールの顔が曇る。


「……情報の拡散に他者の意思の介在は見られませんでした。お嬢様がアーク殿についてクランハウスを訪れたのもお嬢様の意思です。さすがに――偶然でしょう」


 自身の右腕からの言葉を聞いても、グラディス伯爵の表情は緩まなかった。

 未だ凍りついたように固まっているエクレールに命令する。


「エクレール、落札した宝具については好きにしろ。だが、これ以上あの男への介入を禁じる。貴様の手に負える相手ではない」


「…………」


 悔しい。勝負を仕掛けたつもりで、手の平の上で踊っていただけだった。

 あまりにも惨め、あまりにも理想から遠い。

 だが、それならば、どうすればいい? 私は、どうしたらいいのだ?


 いつも貴族に相応しい毅然とした態度を心がけていた。だが、今エクレールの胸中にあるのはどうしようもない不安だけだった。


「わかったな? 返事をしろッ!」


「ッ……はい……お父様」


 父親からの叱責に対し、エクレールは唇を噛み、嗚咽をこらえ、返事をした。

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