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密会(1)

2009 03 01
「人は自分の選んだ隣人のみならず、神が送ってよこした隣人とも住まねばならない」
~フルシチョフ

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「ママ、すごく若いね~」
その日の午後、谷内智弘は平日には珍しく自宅にいた。ふとしたことで取り出した妻の高校時代の卒業アルバムを、5歳の娘、しずくと一緒に眺めながら、居間でのんびりとした時間を過ごしている。

「そりゃそうさ、高校生だからな、ママも」
「ねえ、何歳? ママ、このとき何歳なの、パパ?」
制服姿の一人の女子生徒の写真を指差しながら、しずくがはしゃぎまわっている。ソファに座って趣味であるパッチワークをする手を休め、妻、慶子が、わざと怒ったような様子で二人を見つめ返す。

「さあね、ママに聞けば?」
「ねえ、ママ、これ、何歳なの?」
笑いながら質問を繰り返す娘に、慶子があきらめたように言葉を返す。

「ふふふ、18歳よ」
18歳か・・・・・。改めてそれを思いながら、智弘はその写真を見つめた。そこにある清楚で控えめな様子はそのままにしながら、その女子高生は美しい大人の女となってここにいる。

今年31歳になる妻、慶子は、智弘の4歳年下である。アルバムに写る女子高生が、いったいどんな運命のいたずらを経て、自分の妻となったのか。智弘は、少し不思議で、何かおかしいような気分を味わいつつ、今と言う一時に確かな幸せを感じていた。

中規模な薬品メーカーに勤務する智弘は、毎日の帰宅も遅く、休日出勤も頻繁にあり、娘と接する時間はほとんどなかった。この日、久しぶりに代休を取得できた彼は、ゆっくりと自宅で過ごすことに決めていた。

この家に越してきて、もうすぐ1年になろうとしている。何とかローンを組み、小さな分譲住宅ではあるが、ともかくマイホームと呼べるものを購入することができた。狭いながら庭もあり、娘の念願であった犬も飼い始めた。賢そうな、白い小さな柴犬だ。

会社がある都心までは、1時間以上楽にかかってしまう。それでも、智弘そして慶子は、その新居に大いに満足していた。

智弘と慶子は、社内恋愛の末、結婚した。短大卒の慶子が、1年後輩の部下として入社し、智弘は彼女をパートナーとして業務に取り組むことが多かった。

おとなしく、常に控えめな女性であったが、芯は意外に強い。長身でスリムな肢体にもかかわらず、どこか男好きのする肉付きをしていた。とはいっても、異性に対しては積極的な印象はなく、同期入社の奔放な女性たちと比較すれば、対極に位置するタイプであった。

智弘がそんな慶子に惹かれるまでには、それほど時間が必要ではなかった。智弘の積極的なアプローチもあり、二人は交際を開始、数年間、二人だけの付き合いを楽しんだ後、6年前に結婚、そして間もなく長女、しずくが誕生した。慶子にとって、智弘は最初に体を許した男性であった。

「しずくの幼稚園も見つかりそうだから、よかったわ」
移転してくるとき、少し気になっていた娘、しずくの幼稚園も思いのほか、簡単に見つけることができた。送迎バスが自宅から徒歩5分ほどの場所に毎日来てくれる。娘もその幼稚園に、毎日楽しそうに通っている。

「あれっ、パパ!?」
その日、昼過ぎに幼稚園から帰ってきたしずくは、自宅に智弘がいるのを見つけ、小躍りして喜んだ。

「今日はパパ、会社お休みなんだよ」
「じゃあ、一緒に遊べるね!」

ちょうど写真の整理をしていた智弘に付き合うように、しずくは昔の写真を眺め、いろいろと智弘に質問を繰り出した。

「パパもこの高校に行ってたの?」
「これはママの高校だよ。パパは違う高校さ」
「ふーん。ねえ、すごいたくさんいるね、この高校」
「そりゃそうさ・・・・・、えっと、ほら、10クラスあるみたいだからね」

慶子は四国の出身であった。その高校は女子高であり、400人超の卒業生がアルバムには掲載されている。確かに、それはたいそうな人数だといえた。

「ねえ、しずく、公園に行く」
すぐに写真を見るのに飽きたしずくが、智弘を誘うようにそう言った。智弘の家からすぐの場所に、小さな公園があった。午後になれば、幼稚園、そして学校帰りの子供達でいつも溢れかえる場所だ。

「じゃ、パパも行こうかな」
「うん!」
慶子に笑顔で見送られ、二人は家を出る。しずくは練習中の自転車を引っ張っている。

何の予感もない、ごくありきたりの日常の風景だ。しかし、智弘にとって、その運命を大きく揺さぶる出来事が、まもなく幕を開けようとしている・・・・。



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