[時代の証言者]I LOVE マンガ 水野英子 84<1>少女マンガ切り開く
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水野英子さんがデビューした頃、「少女マンガ」という言葉はまだ存在しなかった。女性の描き手が希少だった時代、先駆者はどう道を切り開いたのか。マンガへの愛と人生を語る。(文化部 石田汗太)
《2023年5月、「少女マンガはどこからきたの? 『少女マンガを語る会』全記録」(青土社)が刊行された。ベテラン作家や元編集者らが、1950~60年代の少女マンガ
99年から2000年にかけ、計4回の座談会を開きました。会のメンバーは、上田トシコ先生、牧美也子先生、わたなべまさこ先生、巴里夫先生、ちばてつや先生など12人。もう物故された方も3人おられます。
自発的に始めた会で、全員手弁当でした。私たちがデビューした頃の少女誌の事情が、ほとんど知られていないと気がついたからです。私たちはまだ生きているのに、誰も話を聞きに来ない。間違った情報ばかりが世間に広まっている。これではいけない、私たちできちんと正しい記録を残さねばと思ったんです。
最初にはっきりさせておきたいのですが、私は自分を「少女マンガ家」だと思っていません。「少女マンガ」というジャンルは1970年代に成立したものだと思います。私たちが50~60年代に少女誌に描いたものは「少女向けマンガ」と呼んだ方がいい。「少女マンガ」は、私たちの後ろにできた新しい言葉です。
さらに言えば、私にとって「少年マンガ」と「少女マンガ」の区別もあまり意味がない。男性が描くものが少年マンガで、女性が描くものが少女マンガだと思われがちですが、最近の人気作には全然当てはまらない。全部ただの「マンガ」でいいじゃないですか。
《同書はマンガ史の空白を埋める一級資料だが、座談会開催から本にまとまるまで20年以上を要した》
その間、手をこまねいていたわけではないんです。原稿はかなり早くにまとめて出版社に持ち込みましたが、「少女マンガの歴史は読まれない」と、どこも興味を示してくれなかっただけです。少女マンガへの関心が高まってきたのは、つい最近のことなんですよ。
ただ、その間にマンガ研究も進み、充実した注釈や解説が付けられたので、長くかかったのは良い面もあったなと思っています。
従来のマンガ史は男性中心で語られることが多かった。そこに一石を投じられたかなと思っています。私たちは何と闘ってきたのか。そんなことも含めてお話ししたいと思います。(マンガ家)
(原則月~金曜の掲載です)
みずの・ひでこ 1939年、山口県下関市生まれ。55年、雑誌「少女クラブ」でデビュー。代表作に「星のたてごと」「ファイヤー!」など。トキワ荘に住んだ唯一の女性作家としても知られる。
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