壇の場合
OGクロニクル『渡る世界は鬼ばかり』より、壇の話。出演は壇、ギリアム、名前だけ一条寺烈、ビアン。
壇は空を見ている。暇さえあれば見ている。重要情報をどこからともなく取ってくるという点ではとてつもなく優秀な情報部員なのだが、肝心な時に限ってどこかへ姿を消すのが玉に瑕。またこうしていつも仕事そっちのけで空を眺めており、注意されても直らない。上層部も辞めさせるには惜しく、とりあえず昇進を非常に遅くするという苦慮の対応をしている。上司であるギリアムよりも年上ながら壇が部下という立場なのはそのためだ。
さて上司としてのギリアムは壇がいつどこで何をしていようが基本的には放置している。この世界で壇がどういった存在であるかは本人に確認しない限りは判らないだろうが、とにかく普通ではないはずだ。常人には青い空と白い雲しか見えなかったとしても、壇のウルトラアイには何か違うものが映っているに違いない。誰にもそうとはわからなくともそれは立派に情報収集活動なのだから、ギリアムは壇の勤務査定は常に優良としている。
ギリアムは壇の隣へ行って尋ねた。
「今度の休暇、故郷へは帰らないのか」
「私の故郷は遠くてね。君こそ休暇願いを出していないようだが」
「知っているかも知れないが、俺もおいそれと帰れる故郷ではないからな」
ギリアムも空を見る。
「……ギリアム、君にも見えるのかな」
「つまり壇には何か見えているわけだ」
壇が面白そうに笑う。
「宇宙の様子はどうかな」
「ぼちぼちと言ったところだが。君には話しておこうか。私の故郷は地球じゃない。はるかに遠い星にある」
「そうか」
もっと驚いたほうが良かったかと思ったが、ギリアムには驚く理由がなかった。
「その星系からは複数の同胞たちが地球へやって来ていて、多くは職務のためだが、私の場合は自分の意思で勝手に来ている。この星が好きなんだ」
「確かに、ここは悪くない。君の同胞たちがどんな資格でここへ来ているのかは話してもらえるのかな」
「私の故郷からだけではない。複数の星系から様々な星の住人が来ているよ。多くは何らかの警察や内偵組織から派遣されている、まあ我々と同じ役人のたぐいだ。まだ銀河連盟に所属していないこの星の調査と、不適正宇宙人の取り締まりといったあたりが主な仕事だ。そうだ、今度宇宙警察太陽系署の署長に紹介しよう」
「俺のような者が会っても差し支えはないのか」
「一条寺烈という男はただの役人ではない。最初は単身、いや美人のアシスタント連れではあったがね、宇宙刑事としてこの星に乗り込んできたのだが、そもそもが署内で熱心に根回しした結果、ようやく勝ち取った出向だったようだ。だから上も一期終えれば呼び戻すつもりだったのだが、任期後一度バード星の本署に出向いてさらに上司を説得し、新たに太陽系署を創設させて初代署長に納まったという猛者だ。よほどこの星が気に入ったのだろうな。辺境に左遷されて嫌々来ている役人連中とは訳が違う。死ぬまでここを離れないつもりではないかな」
「君と気が合いそうだな」
「わかるかね。そう、この星はいわく言いがたい魅力に満ちている。私のように個人資格で来ている者はたいてい、ここが気に入って住み続けたいと願っている者だ。人々の胸には優しさがあふれ、水も緑も美しい。このような星を戦場にする輩があれば、決して許しはしないつもりだ。今宇宙警察太陽系署に出入りしているのはそういう連中ばかりだよ。私も時々邪魔している。ギリアム、君もどうだ。一条寺烈はなかなかダイナミックな男だぞ。君なら歓迎されることは間違いない」
「興味深いな。機会があればお願いしよう」
「我々はただの有志の集まりで宇宙警察に間借りする形にはなっているが、今言ったように署長からしてそういう男だ。義務で嫌々しているのではない、本当にこの星の明日を守りたいと皆思っているのだ。先日のことだが、そういった者たちで話し合った結果、我々は一つの結論に達した。ビアン=ゾルダークの行動に関しては、これに干渉せず見守ると」
「彼の宣戦布告によって起きている戦闘とその被害を容認すると?」
「矛盾しているように思うかも知れないな。我々が総力を以って当たればDCを壊滅させることなどたやすいし、今後起きるであろう宇宙よりの大規模な侵略行為を撃退することも充分可能だ。しかしそれでは駄目だ。この星はこの星の住人自身が治め、そして守るべきなのだ。同胞を裏切りこの星を捨てても行くところなどどこにもないと心得ねばならん。まさに人類に逃げ場なし、だ。ビアンは己を全地球人の仮想敵とすることで、来るべき侵略に対する巨大な予行演習を行おうとしていることが調査の結果判明している。その心意気を買いたい」
「ビアン=ゾルダークにそのような意図が……しかしそれは、地球人同士が同士討ちとなり疲弊する危険をはらんでいるのではないか」
「敵の狙いもそれかも知れないのだがな。民族自決をくだらないと斬って捨てようとする輩は、民族自体がなくなってしまえば自決の理由もなくなると考えるような野蛮な連中だ。敵はこちらが分断することを望んでいるだろうが、自らを守るには団結が不可欠。同士討ちを避けるにはこの星にしかないものを、この星に育ち育まれた者たち、独自の文化、言語、宗教、風習、古くからの言い伝え、守ってきた伝統を信じることだ。地球人自身は内にいては当たり前過ぎて気付かないかも知れないが、外から来てそれらに憧れた私だからこそ、かけがえのないものが良くわかる。そういったものを捨てさせようとする者たちは、自分の有利な土俵に地球人を乗せようと画策しているに過ぎないのだ。そのうえで自らを守る力を持ってはじめて、地球人は真の独立を果たすことになるだろう。ビアンは自ら汚名を着てまで、この星の住人たちを目覚めさせようとしている。この壮大な企てはどこぞの外宇宙からの訪問者が仕掛けたのではない、この星と同胞たちを愛する者が真の防衛力の必然性に自ら気付き、決断したことだ。我々外様がやすやすと横槍を入れていいものではない」
「民族自決、か。確かに俺たちのような者が出過ぎるべきではないのかも知れん。君たちの決断は良くわかった。俺もそれを尊重しよう」
「だがな。万が一この星の住人たちが力及ばず、決定的な蹂躙行為に発展すると見れば、我々は即座に決断し行動を起こすだろう。士気は高いぞ。皆、この星を愛しているからな」
見上げる空は今は平和だが、硝煙と血に染まるときは近い。この男は戦士だ。壇の言うダイナミックな署長も、いざという時には戦うことを恐れはしないだろう。
「宇宙をよく見ていてくれ。真の姿を隠してさえいれば、我々は大手を振って地球人として戦うことのできる幸運な立場にある。宇宙警察の署長氏は見ているだけではがゆいかも知れんがな」
「ああ、せいぜいビアンの大法螺に吹かれておこう。この企てが成功することを祈るばかりだ」
ビアンも預かり知らぬところでこんなやりとりがされているとは思いもよらないだろう。しかし、もしビアンが知ったとしても、今すぐの協力など仰がないに違いない。それは全地球人の目覚めのためには間違った選択であることを、誰よりも知っているのはビアン自身なのだから。
「ビアン=ゾルダーク、ダイナミックな男だな」
「ああ、漢だ」
そして壇は空を見つめ続ける。ギリアムは後ろ手に手を振って、熱心な部下の勤務場所を離れたのだった。
了
ギャバン署長の出番ではスキンヘッドにベレー帽でした。あれは同時期NHKの大河ドラマに坊さん役で出てたからなんですよと豆知識を披露してみる。宇宙刑事時代はフサフサだったんだぜ。