ゼノサキスの名にかけて

 プレシアがディアブロで戦うことにした理由の一端。出演はプレシア、ピア、プレシアの祖父母、テリウス。


「お母さん、久しぶり!元気だった?」

「ええ、私は。プレシアは、大丈夫?ゼオルートが亡くなったとき、その場にいたのでしょう。つらい思いをしたわね。」

「ううん。お母さんこそ、最期にお父さんと会えなかったんだもの。つらかったのはお母さんのほうだよ。」

 プレシアが母に会うのは久しぶりだ。ゼオルートの葬儀を終えてしばらく経つ。すべきこともおおよそ終わり、落ち着いて、ようやく静かになったところだ。

「それでね、プレシア。ゼオルートもいなくなってしまったし、私と一緒に住むのはどうかしら。ゼオルートは男の子を養子にもらったのだから、それもサイバスターの操者なら誰にとっても申し分はないわ。もう、誰に遠慮することもなく一緒に住めるのではないかしら。」

「お母さん。最初から、誰にも遠慮することなんかないのよ。あんな頭の凝り固まった古い考えの人たちなんか。」

「おじいさまとおばあさまに、そんな言い方はいけませんよ。」

「あたしはどうせ、ゼノサキスを継げない要らない子だもの。あっちも孫だなんて思ってないわよ。」

 プレシアは決して礼儀作法や言葉遣いの悪いほうではないのだが、こと祖父母のこととなると少々我を忘れてしまいがちだ。それほどに腹を立てているのだ。

「このラングランの大事の時に、ゼノサキスの剣技を受け継ぐべき男の子を産めなかった私が全部悪いの。プレシアのせいではないのよ。」

「お母さんのせいでもないわよ!そんなの精霊が決めることでしょ。もう、その話はしないで。そんなくだらない理由で、お父さんとお母さんが一緒にいられなかったって思うだけでムカムカしてくるわ。いくら別居したって、お父さんがお母さんじゃない人と結婚なんてするわけないじゃない。みんな何にもわかってない。」

「くだらないことではありませんよ。ラングランの命運がかかっているのですもの。そう、その、ランドールさんはどんなかた?遠目に拝見しただけで、お話もできなかったわ。」

「ランドール、ね。ランドール=ザン=ゼノサキスがどれほどえらいっていうのよ。お父さんがお母さんと離れて暮らして、好きでもない人と改めて結婚しなきゃならないほどえらいとは思えないけど?」

「……ランドールさんと、うまくいっていないの?」

「お兄ちゃんはとってもいい人よ。今回のことでは、あたしのほうが気を遣ってもらっちゃってる。お兄ちゃんだってすごくショックだったのに。あたしが言ってるのは昔のランドールのことよ。」

「救国の英雄よ。ランドールがいなければ今のラングランも私たちもないわ。えらいに決まっています。ゼノサキス家の者はその血と技を受け継ぎ、いざという時はラングランのために戦わなければなりません。それなのに私は後継者を産むという役目を果たせなかった。皆さんには本当に申し訳が立たないの。」

 母も祖父母も、決して悪い人たちでないことはプレシアも知っている。ただ少しばかり、ゼノサキス家の負う使命に対しての責任感が強すぎるだけなのだ。でも、悪い人かどうかでこのやりきれなさは収まりがつくものではない。

「そんなにえらくて必要なら、あたしがその名を継いであげるわ。あたしだってゼノサキスよ。」

「でもあなたは女の子です。男の人と戦ったら、やはり勝つことはできませんよ。」

「女の戦士だっているでしょ。それに今はランドールの時代とは違う。魔装機があるわ。魔装機に乗っていれば、男だろうと女だろうと肉体的な力の差は関係ないもの。」

「でも、魔装機に乗れるのは地上人だけなのでしょう。」

「地上人じゃなくても乗れるのよ。お父さんだって乗ってたし。」

「でも、地上人ほどに乗りこなせるわけではないのでしょう。」

「やってみなきゃわからないわ。ていうか、やってみたこと、あるのよ。」

「え?」

「乗りこなせるまで行くかどうかはわからないけど、ディアブロは優しかったわ。少なくとも、一緒に行くことはできると思った。あたしだって戦士になれるのよ。」

「プレシア……」

 ピアはしばらく憂い顔をし、プレシアの手を握る。

「プレシア。ゼノサキス家のことはとても大事です。でも、あなたは私の大事な娘でもあります。ゼノサキスの家に生まれてきたかどうかに関係なく、私とあの人の、たった一人のかけがえのない愛の結晶なのですもの。女の子だから、戦士になれないから要らない子だなんて思ったことなどありません。だから、おじいさまやおばあさまのおっしゃったことは、気にすることはないのよ。必ずしも戦士になるだけがあなたの人生ではないはず。女はね、愛すべき人と出会って家族になる幸せを忘れては駄目。子を生すという大きな仕事は女にしかできないのですから。男の子を産むことは出来なかったけれど、ゼオルートとあなたを得たことは私にとってこの上もない幸せだったわ。まだ成人の儀までには間があります。一時の感情に流されないで。よく考えてから決めなさいね。」

「一時の感情じゃないわ。あたしに予知の力はないけれど、あたしはいずれ魔装機に乗ることになる気がしてならないの。それから、女の幸せって言うんなら、どうしてお母さんはずっとお父さんと一緒にいなかったの?みんながどう見てどう言ったって関係ないわ。あたしだってずっと、お父さんとお母さんと、3人で暮らしたかったよ。」

「プレシア。寂しい思いをさせてしまって本当にごめんなさい。お母さん一人になってしまったけれど、今度こそ一緒に暮らせばいいわ。」

「……今は駄目。お兄ちゃんをひとりにできない。あたし、あんまり気分が良くなくてちょっと当たってしまったの。もうごめんなさいしたけど、今お母さんのところに行くなんて言ったら、やっぱりあたしに嫌われたんじゃないかって誤解しちゃうと思う。それにね。ゼノサキス家の使命はやっぱり大事だって、あたしだって思ってるんだよ。今はお兄ちゃんがランドールで、あたしはゼノサキス家の者としてお兄ちゃんを手伝わなきゃならないんだと思う。お兄ちゃんたら、剣は確かに強いけど、生活能力全然ないのよ。放っておいたら飢え死にしちゃうわ。そうだ、お母さんがうちへ来て一緒に住めばいいじゃない。お母さんだってゼノサキス家のために働くことになるわ。お兄ちゃん、歓迎してくれるわよ。」

「それはできないのよ。私はあの家を出るとき、もう二度とこの敷居はまたがないと精霊に誓ったの。一緒に住むなら、プレシアが私の家へ来て欲しいのよ。」

 今これ以上この話をしてもどこまでも平行線をたどりそうに二人は感じた。お互いなんとなく笑って、話題はもっと他愛もないほうへ向かう。女二人の話が尽きようはずがない。日が暮れるまでおしゃべりは続いた。

「プレシア。今日はありがとう。本当は今日からでも一緒に住めたらいいと思うのだけれど、すぐに結論を出すのが難しいなら、少し考えてから決めることにしましょう。でも、これだけは忘れないで。どこにいようとも何をしていようとも、私とゼオルートはプレシアを愛していて、いつも幸せを願っていますよ。」

「うん。」

 プレシアは、わかってる、と笑った。

「なんだ、マサキはいないのか。」

「いらっしゃるんでしたら連絡を先にいただかないと。」

「僕もいきなり遣いに出されただけだからなあ。まあいいや。とにかくクリストフがこれをマサキにって。渡してくれたらそれでいいからさ。」

「……それ、大丈夫なものなんですか?」

「さあ?クリストフからは説明なしだし、説明されても多分わからないよ。」

 ゼノサキス家に珍客が訪れていた。シュウは直接来れないからと遣いによこされたテリウスである。これまでの経緯が経緯であるだけに、プレシアのシュウに対する印象はすこぶる良くない。この預かり物を本当に預かっていいものかどうかは考え物である。

「とにかく渡したから。僕もあんまりこのへんうろつく訳にもいかないからね。そろそろ退散するよ。」

「あ、ちょっと待ってください。せっかくいらしたんですから、お茶くらいいれます。」

 このあたりはやはりプレシアである。招かれざるとは言え、客人に対するふるまいは忘れない。

 プレシアがお茶の準備を始めようとしたその矢先、新たな珍客が現れた。

「失礼する。そちらはランドール殿とお見受けするが。」

「え?僕は……」

 テリウスは年恰好はマサキと同じなので間違えられるのも無理はない。まさかこんなところに出奔した王子がいようとは誰も思わないだろう。玄関先に立つ老人と老婦人には何か厳格な雰囲気があって、テリウスのあまり好まない人種であるように見える。

「ランドール=ザン=ゼノサキスならもういません。」

 テリウスの背後から硬い声でプレシアが述べる。後ろにいるので見えないが、プレシアはかなり憤った表情をしているに違いない。老人のほうもぎろりとプレシアを睨みつける。テリウスはぴりぴりとした空気に閉口した。あまり好意を持っているとは言えないだろうテリウスに対してさえお茶をすすめてくるプレシアがここまで敵意をあらわにするとは、この人物たちは何者か。

「お前は黙っておれ。わしはランドール殿と話をしておる。」

「先の王都壊滅の折、それを防ぐことが出来なかった自分にその名を名乗る資格はないと、あの方はランドールの名を捨てました。ですから、今、ランドール=ザン=ゼノサキスなる者は存在しません。」

「お前には聞いておらぬと言っている。礼儀もわきまえぬ小娘が。まったく、誰に似たものやら。」

「お母さんの悪口はやめてください!お母さんがどんな悪いことしたって言うんですか!」

 プレシアはそこまで言って、落ち着くために深呼吸した。

「結局、肝心なときにゼノサキスはラングランを守れませんでした。そして今や、ゼノサキスの名と血を引く者はあなたたちと、あたしだけ。」

 つまりこの老人と老婦人はプレシア=ゼノサキスの祖父母であるのだなとテリウスは理解した。伝説の英雄ランドールの末裔、剣皇ゼオルートに跡継ぎの男の子が生まれず困っている、ゼオルートの妻は責任を感じてゼノサキスの家を出た、という話を聞いて、テリウスはうんざりしたものだった。血、血、血。そんなに先祖と使命が大事だと言うのか。今生きている人間の存在と意志をないがしろにしてまで。

「ならば、この上は、あたしがゼノサキスの名と技を受け継ぐしかありません。」

 老人は鼻で笑う。

「最強の魔装機神サイバスターの操者にもできなかったものを、女の身でゼノサキスを継ごうというのか。笑止よ。」

「古い方は考え方も古くていけないわ。今は魔装機の時代。男か女かでは戦士たる技量は決まりません。」

「魔装機操者になると言うのか。ゼオルートですら、あれに乗れるようになるまでは随分とてこずっていた。お前にできるとは思えぬな。」

「もう乗りました。」

 老人は気色ばんだ。まさかプレシアが既にそこまで魔装機に関わっていたとは思っていなかったのだろう。

「成人の儀までには間がありますが、待っていてはこの危急の事態に間に合いません。マドック=マコーネルは戦死しミオ=サスガはザムジードの操者となり、今ディアブロの操者は空席です。」

「むむむ……しかし……」

 我慢できずにテリウスが口を挟む。

「僕が許可するよ。乗れて乗りたいんなら、魔装機に乗ったらいい。」

「しかし」

「ちなみに僕はランドールじゃないよ。テリウス=グラン=ビルセイア。確かいま僕、ラングランの王様なんじゃなかったっけ。もう無効なんだっけ?」

「テ、テリウス様!?そ、そういえばお顔に見覚えが……」

「成人年齢の前に職分とミドルネームが与えられることも、まれにだけどある例だ。こんな状況じゃ正式にって訳にはいかないけど、君は今日からプレシア=ザニア=ゼノサキスを名乗ることを許可するよ。もちろんディアブロも自由に使っていい。なんなら一筆書いたほうがいいかな?」

「め、滅相もないことを!かりにも王となった方を疑うような真似は、ゼノサキスの名にかけて、決して致しませぬぞ!」

「じゃ、ちゃんといいように取り計らってやってよ。……ゼノサキスの名にかけて、か。君もなかなか大変そうだね。」

「ありがとうございます、テリウス様。あたしひとりでは、どうにもできないところでした。」

「みんな、それぞれに戦ってる。君は君の戦いをしたらいいんじゃないかな。」

 王宮を出てシュウのところへ行かなければ、こんな心境にはならなかっただろうなとテリウスは思う。少し前ならきっと、ゼノサキスの名にかけてラングランのために戦おうとしているプレシアに対して、血だの使命だのに血道をあげるなんてくだらないと切って捨てていただろう。だがそれでは、プレシアの存在と意志を軽んじるこの老人とまるで変わりがない。テリウスを意志ある一人の人間として見ることもなく、マジックアイテムか何かと勘違いして言いたいことだけ言っていた連中と変わらない。

 テリウスは自分の血を受け継いで魔術の才能があるのだから何でもできるはずだと母ナタリアは言った。家族もみな言った。できるはずだ、と。しかしテリウスにとっては、できるはずだと言われることは「何故できないのか」と攻められるに等しかった。皆励ましのつもりで言ったのはわかっていた。悪意ではないのだ。しかし気負えば気負うほど、一体どうやって魔術を使えばいいのかわからなくなる。才能はあるのに発揮できない。

 結果、やはり純粋な王族でない血は役に立たぬと陰口される。テリウスは実際自分が役に立っていないことを自覚していたから自分がそう言われるのは仕方がないと思っていた。しかし母に関しては我慢がならなかった。母の魔力はとてつもなく高いというのに、正当な王家の血を引く真の王族だというのに、くだらぬ理由で表舞台に立つことができない。母は本当に稀有な、真の魔力の持ち主であり、密かに幾度もラングランの危機を救っていた。しかしそれらの業績が母の名で世に知らしめられることは決してない。それでも母は王族としてこの国のために魔力を捧げ続けた。

 この聖女あればこそ安寧を享受できているというのに、天に唾するような宮臣たちの態度に大暴れしたこともあった。それまでテリウスがそんな乱暴な振る舞いをしたことはなかったので居あわせた者たちはたいそう驚いていたが、テリウスの切った啖呵にはさらに驚いたことだろう。テリウスは言った。もし自分が王位に就くことがあるならば、母の名は必ず本名をもって王としての宣誓を行い、母と係累の名誉を回復すると。

 当時テリウスの王位継承権はいくら高くとも3位どまりと目され、よほどのことがない限りテリウスが王になる自体考慮の外だった。しかし全くないとも言えないのでこの発言そのものはそう不自然ではなかったが、テリウスの立場を危険にさらすかも知れない不穏当さを含んでもいた。

 一つは、テリウスよりも継承順の高い者たちに対しての敵対的意志を表明していると取られかねないこと。もう一つは、テリウスがノーランザ家の血を引いている事実が公になればテリウスに対する風当たりが強くなると予想されたことだ。二つ目のほうを正しく理解できたのはナタリアの出自を知るフェイルロードなど少数の者だけではあったが。ナタリアが決して本名を名乗らなかったのはテリウスに対する配慮もあった。父方ビルセイアの血筋のほうには何の瑕もないのだから、テリウスの将来を思えばノーランザの係累と公にならないほうが良いからだ。その事実がテリウスをさらに苦しめ、自分の立場を危うくするかも知れなくとも母と血族の名誉を回復したいと望ませた。王族としての誇りよりは母の息子としての誇りがそうさせたのだが、テリウスがそれらに区別をつけられるようになるまでには以後それなりの時間を要した。

 その発言の含む意味の重大さに気付いた者たちがテリウスを諭したため、テリウスがそれを口に出すことは以後なかったが、心の中でくすぶるものは消えはしない。

 その後も様々な壁があった。一つ一つは小さいものかも知れなかったが、次第にテリウスの心は折れ、いつしか王族の血にも義務にも無関心になっていた。そして母は最期まで王族として生き、死んだ。

 プレシアが故郷のために戦いたいと思う気持ちはわかる。プレシアも母と同じ種類の人間なのだろう。母の愛した国と民を自分も愛したい気持ちはあるのだ。母が生きている頃から、どうにか負担を軽くしてやれないものかと思うがゆえに努力もした。けれども周囲の人間たちのあまりの無理解ぶりに、果たして彼らを守ることにどれほどの意味があるのかわからなくなってしまった。

 そもそもラングラン、ラ・ギアス自体が、王がその存続を信じ願い続けなければ成り立たない存在なのだ。王族に国家の存続を願わせない宮臣連中など、愚かにも程がある。国がなくなって困るのは誰なのか。考えればわかることだ。テリウスがラングランを守るように仕向けたかったのなら、彼らのやり方はあまりにも間違いすぎていたのだ。

 ラ・ギアスを滅ぼす魔神とは、具体的にグランゾンばかりを指しているのではないのかも知れない。はじめはほんの小さな、慢心や心と心のすれ違いが、やがて大きなひずみとなって世界を滅ぼす結果を生むのではあるまいか。

 テリウスとて、決して滅びを望んでいるのではない。今自身でラングランとラ・ギアスの進退に手を下すことには迷いがあるけれども、プレシアの心意気には感じるところがある。でっちあげのにわか王位ではあるが、テリウスが一度はラングラン王となったのは事実。名ばかりには違いなくとも、使えるものは使えばいい。

「えーと、何もないけど、ああ、これでいいか。大地より生まれし宝玉の精霊よ、戦士プレシアの前途に祝福を。」

 魔除けに持ち歩いているオニキスを二粒にぎり、その手をプレシアの額にかざす。これ以上ないほど略式で効果があったのかどうかすら定かではないが、このくらいしておけばプレシアが戦士となることにこの老人がとやかく言う余地はなくなったはずだ。

 プレシアはオニキスを両手のひらで受け取り、口づけた。

「ご下賜に感謝します。」

「一つは君に。もう一つはお母さんにあげるといいよ。」

「!はい!」

「それじゃ、僕は失礼するよ。」

「テ、テリウス様、お送りいたします!」

「ガディフォールがあるからいいよ。」

 テリウスにはガディフォール。プレシアにはディアブロ。それぞれにそれぞれの力を持って、何かのために戦っていくのだ。

 すんごいでっちあげた。ロドニーからザムジードを取り返した直後くらいの話じゃないかと思う。なんか時系列そのほかおかしい気がするけど、テリウス出しただけでアクロバットなので色々見逃してください。

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