怜次の場合

OGクロニクル『渡る世界は鬼ばかり』より、怜次の話。出演は怜次、ギリアム、ちょっぴり怜次の父母。


「今度の休暇、君は故郷へ帰らないのか」

 ギリアムはゲシュペンストの戦闘データの整理に一人残っていた怜次に話しかける。怜次はあまり表情を変えずに言う。

「実家なら戦火で焼けてしまったよ。父は死んでるし母も疎開した。僕にはもう帰るところがないんだ」

「悲しいことを聞いてしまったな。安室博士は惜しいことをした。ご存命ならゲシュペンストではなく安室博士の特機が軍の制式採用になっていたに違いない。しかしお母さんはお元気なのだろう。会いに行かないのか」

「会っても大して喜ばないと思うよ」

「そんなことはあるまい」

「一度会って悪態つかれたんだ。期待できないんじゃないかな」

 この世界の安室怜次は惑星エルピスのアムロとは違い、エースパイロットとして白い悪魔と呼ばれたりはしていない。亡き父は高名なロボット工学者であり周囲も本人も怜次はそちらの方面に秀でていると思っているのだろう。エンジニアとして連邦軍に採用されたので、輸送機の操縦くらいはなんなくこなすが、主な仕事はゲシュペンストの整備と戦闘データの分析である。

「母親というものは小言を言うのが仕事だろう」

「それは危険を遠ざけようとして言うもんじゃないのかな。車の窓から顔を出すなとかさ。命に関わる小言じゃ本末転倒だよ。僕が軍人だってことが気に入らないのかも知れない。父が宇宙で研究していた時も、僕はついて行ったけど母は一緒には来なかったくらいだ。兵器や戦争が嫌ならどうして戦争の機械が専門の父と結婚なんかしたのかな。僕にはわからないよ」

 怜次が言うには、先日情報部G班で出張した時、現地で個人行動の折偶然母親に会ったらしい。怜次の母は自らも戦争難民となっていたにも関わらず、医療キャンプでボランティアとして働いていた。それだけでも尊敬に値する立派な人だとギリアムは思う。

 一応はDC側の施設ではあるが、医療キャンプであるから敵も味方もなく誰でも治療してもらえる。しかし怜次が母親と話していたとき、DC兵が数人押し込んできた。怜次は怪我人でもなく連邦軍の軍服を着ていた。敵の軍人が侵入したとなれば、DC兵も見過ごすことはできなかったのだろう。母が医療ベッドに怜次を押し込んで隠そうとしたが上掛けを剥ぎ取られそうになった。他のDC兵に気づかれる前に撃つしかなかったという。

「僕は何とか助かったと思ってほっとしたんだけど、その時母が何て言ったと思う?人殺しをするような人間に育てた覚えはないってさ。だけど撃たなきゃ僕が撃たれてた。それって、見も知らない男じゃなくて自分の息子が死ねば良かったって言ってるも同然じゃないか。すぐに逃げなきゃいけなかったからそれっきりになってしまったけど、本当はそう言ってやりたかったよ」

「女性や子供は、戦って守るということについてあまり知らないものだろう」

「そうかも知れないけど、家族にそんなこと言われたらやっぱりがっかりするじゃないか。僕は人を守ろうと思って戦ってるけど、それには自分を守ることだって含まれてる。まずそれができなきゃ、人を守るなんてできるわけがないじゃないか」

「友達やお母さんを守りたいという気持ちが君を戦わせていることを、理解してもらいたい?」

「そりゃそうだよ」

「それはそうだな。だが俺はこうも思う。それは君がお母さんを守ることに成功している証拠ではないのかな。もし本当に誰も守ってくれる者がいなくなれば、人は嫌でも自ら戦うことを自覚せざるを得ない。戦いに理解がないというのは、君のお母さんが戦いから遠いところにいる証拠だ。それは軍人として喜ぶべきことではないのかな。戦うのは俺たちだけでいい。女性や子どもまでが戦士とならねばならない世界は、すでに詰んでいるよ」

 怜次は作業の手を止める。

「そういう風に考えたことはなかったな……」

「今まで君から医療キャンプでの一件について一切の報告を受けていないことはともかくとして、君は軍人として優秀だ。非戦闘員を戦いから遠ざけておくことに成功しているのだからな」

「あんまりプライベートだし、自分の中で整理がつかなくて報告書は書けなかったんだ。……今なら書けるかな。今からでも構わないか」

「いや、報告書は不要だ。もう済んだことだし、確かにプライベートに過ぎる。それよりも今日のデータの解析を早めに済ませてもらったほうがありがたい」

「うん」

 怜次は再び忙しく手を動かし始める。

「しかし、せっかくの休暇だ。お母さんに会いにいったほうがいいのではないか。息子を思わない母などいない。君がお母さんを大切に思っていることだってちゃんと知っているさ。母親なのだからな」

「まだ同じ医療キャンプにいるらしいんだ。あちらさんはぼくの顔を覚えているかも知れない。そうそう行くこともできないな。……カードでも送るよ。母とはずっと離れて暮らしていたんだ。父がカードくらい送れっていうから時々送ってたんだけど、そういう父がカードを送ったところは見たことなかったな。仕事ばっかりしてた。母から時々電話があったくらいかな」

「お父さんは、戦闘用のロボットを作ることでお母さんを守ろうとしていたのだろう」

「そうかな。父とは機械いじりの話ばかりで、あまりそういう事は話さなかった。もっと話しておけば良かったのかな。今さらだけど」

「なら、お母さんとは話したらいい」

「……よく考えたら、何話していいのかわからないや。父のことは言えないな。軍人としての僕の立場を理解してくれって母に言うのもギリアムと話してたら違う気がしてきたし。軍人って損な役回りだったんだな、守ってあげた相手が必ずしも感謝してくれるわけじゃないんだ。それどころか人殺し扱いされたり目の仇みたいに言われることだってある。今頃気がついたよ」

「それに気づいてようやく半人前というところだな。それでも尚、命を賭して人を守ろうという意志ある者だけがここに居られる。ここはそういう世界だ。ようこそ、君を歓迎する」

「僕にできるかどうかはわからないけど、僕はここで僕の仕事をしていくしかないみたいだ」

「仕事してくれ。それからカードも書くといい」

「そうするよ」

 ギリアムは後ろ手に手を振って、熱心な部下の勤務場所を離れたのだった。

ティム・レイがハーミットの反対言葉だと気がついたのはけっこう昔。だからアムロよりもレイのほうが先に名前としてあったはずだ。レディ。それはレイが違います。

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