ただ一国のためでなく
精霊に見放されれば魔装機は動かせなくなる。でもヴァルシオーネは止められない。出演はリューネ、ザッシュ。
「ふふ。やっぱりここはきれいだね。あたし、好きだよ。」
「すす、好きですよね!そうですよね!」
「胞子の谷が好きって言ってるんだよ。何どもってるのさ。」
「それは知ってます。好きって言葉をリューネさんの口から聞けただけで、僕は幸せなんです!また来ましょうね!」
「……まあいいけど。」
「やった!」
何だかなあとリューネは思うが、胞子の谷にはまた来たいので、特に否定はしないことにする。
ザッシュに誘われるままに来てみたが、本当にきれいなところだ。谷全体に無数の菌類が生息しており、赤、青、緑、黄、白、濃いのや薄いのやとりどりの色にあふれている。ため息をつくようなひそやかな音をさせて、大輪の花にも似た胞子体が胞子を吐き出す。空中に吐き出された胞子が雪のように降り続け、歩くたびにふか、ふか、という感触がする。ただし吸い込んだら猛毒だ。観光用の二人乗りルジャノールのハッチには「開放厳禁」と書かれている。ルジャノールはオートで観光ルートをひとまわり歩くようにセットされていて、観光客はとくに操縦する必要はない。透明なキャノピーからひととき景色を楽しむだけでいい。
胞子の谷といえばデートスポットの定番である。観覧車みたいなものだ。きれいな景色、狭いコックピットに二人きり。何となくロマンチックな雰囲気になって、あとは……というわけだが、残念ながらリューネはザッシュに対してそういった雰囲気を持つ気にはなれない。嫌いではないのだが、ちょっと違うかなあ、と思ってしまうのだ。聞いてみたら案の定、姉がいて自分は弟だと言う。素直でいつもにこにこしていて詰めが甘い。昔飼っていた犬がこんな感じだったっけ。
「リューネさんは地上に帰る気はないって聞きましたけど。」
「うん。帰ってもすることないし、親父がいろいろ派手にやってくれたからね。あたしはDCでは何もしてないけど、面倒ごとに巻きこまれるのはごめんだよ。でもマサキが地上に行くときは一緒に行くつもり。マサキが出ばらなきゃならない事態となれば、あたしとヴァルシオーネも役に立てるはずだからね。」
「僕も行っていいですか?」
「あんたは駄目だよ。魔装機操者はラ・ギアスを守る義務があるんだろ。」
ザッシュは、がっかり、といった様子でうなだれる。これでリューネより年上なのだから、どうコメントしていいやら。
「魔装機にはどうして精霊を宿らせてあるのか知ってますか。」
「でもこのルジャノールには精霊は宿ってないよね。」
「土木作業機械を改良しただけで大した威力もないですからね。問題は軍事用に開発された強力な魔装機です。特に今回、地上から多くの戦闘用ロボットが召喚されたことで問題がはっきりしました。ラ・ギアスで物事が決められる時は必ず多数決です。精霊界は人の心の集合体、精霊の意思は人々の意思そのものですから、精霊にすべての決定をゆだねれば、それは大多数の人が望んでいる決定ってことだからです。魔装機を多数決のシステムで運用するために精霊の存在は欠かせないんです。精霊のコントロールがない地上の機械は、人々の意思に反して暴走しても止めることができません。」
「民主主義なら地上にもあるよ。でも、そんなに都合のいい投票システムはないね。だから戦乱が絶えないのかも知れないね。」
「精霊の声を聞くシステムが確立されるまでは、ラ・ギアスにも戦乱の時代があったんですよ。知ってますか。何万年も前、ラ・ギアスにはたった一つの国、神聖ラングラン王国しか存在しなかったんです。人々は同じ言葉を話し、同じ文化を共有し、国境も存在しませんでした。でも、利害があれば自然と派閥が発生します。やがて複数の国家が生じ、いくつもの宗教が興され、国境や宗教が原因の争いが起きるようになったんです。宗教のほうは精霊信仰の隆盛とともに衰退しましたが、国家の数は増え続けています。減ったことはありません。今度の戦乱でも、もう少しでラングランが二つに割れるところでした。」
「国家の存在が戦乱を生んでるって言いたいの?」
「国家じゃなくても、要は利害の一致しない複数の集団が対立するなら同じでしょう。相手より多くを求めるから争うんです。欲張ったって、一生の間に一人の人間が使えるものなんて限られてるんですけどね。」
「そうだね。多分うちの親父もあんたの親父も、ちょっと欲張りすぎたんだ。下手に強力な兵器なんて持ってしまうと、欲張りが通せるんじゃないかと思ってしまうのかもね。戦乱の原因は国家や国境じゃなくて兵器、ってことか。」
「……錬金学協会で、精霊を宿らせないプラーナコンバーター使用の禁止を決定する動きがあるようです。議会でも同じ案件が検討されていると聞きました。地上の兵器に余程懲りたんでしょうね。地上のものは地上に帰す方向で徹底が図られてますし、超魔装機計画も当面凍結でしょう。」
リューネはなぜザッシュがこんな話を始めたのかを理解した。
「つまり、あたしのヴァルシオーネも、危険な地上の兵器として強制送還されるかも知れないってわけだ。」
いくらリューネが望んでも、ラ・ギアスの人々が望まないことはなされない。そういえばウェンディが、ずっと一緒にいましょうね、と最近やけに強調していた。錬金学協会の決定いかんではリューネも地上へ帰ることになるかも知れない。それを危惧してのことだったのだろう。
「でも、あたしはここにいたいな。」
多数決が厳密に運用されるのは良いことだ。けれども、何もかも思い通りに行くわけではない。どこかに必ず不満が生じる。
「リューネさんを知ってる人なら、そんな心配いらないってわかるんですけどねえ。」
「……そうでもないさ。フェイルロード殿下とマサキって、けっこう仲良かったらしいじゃない、あたしは良く知らないけど。それでもマサキは討った。あんたも、親父さんが嫌いだったわけじゃないんだろ。あたしだってそうさ、親父の信念も理解できなくはないんだ。それでもね。やっぱり討たなきゃならなかったんだよ。あたしとヴァルシオーネだって例外じゃない。第一さ。もし強制送還なんて事になったら、あたしは徹底抗戦するよ。だって、ここにいたいもん。」
ザッシュが息を呑むのがわかる。
「戦乱の原因はやっぱり兵器、人より強い力みたいだね。精霊は抑止力にはなるのかも知れないけど、結局は主張をぶつけ合って白黒つけるわけだから、戦乱自体を起こさないなんて無理じゃないのかな。戦いなんて簡単に起きるよ。あれがしたいこれがしたいって思うのは、人間なら当然だもんね。あ、でも、一つだけまっぴらな戦いがあるよ。あたしの意思に反して戦わされるのは嫌。だから地上に帰るの嫌なんだよね。DC総帥の娘なんて、いかにも利用のしがいがあるじゃない。そんな連中がわんさかハエみたいに群がってくるのかと思うと、ぞっとしないよ。」
「……魔装機操者にとって何が一番大切か、考えていたんです。本当のところ、難しくてよくわかりません。一つだけ約束します。リューネさんが精霊の意思に反する存在になることがあれば、僕が討ちます。」
ザッシュのこういう表情は嫌いじゃないなとリューネは思う。カークス将軍を討ったときもこんな表情をしていたのだろうか。
「へーえ。ガルガードでヴァルシオーネに勝てるって?」
「あ、ひどいですよリューネさん!僕だってけっこう強いんですよ!」
それは知っている。魔装機神にもっとも近い魔装機と言われるガルガード。あんな昼行灯を乗せておくのは宝の持ち腐れではないかと揶揄する者もいるが、どうして、ザッシュはかなりの使い手だ。4本あるアームを使いこなすのには相当てこずっているようだが、見るたびに進歩している。夜になれば、明かりはおのずと見えてくるはずだ。
「今、新しい必殺技を考えているところなんです。完成したら一番にリューネさんに見てもらいたいなあ。」
「ザッシュ。またデートしよう。」
ザッシュは目を丸くし、みるみる真っ赤になる。なんてわかりやすい。
「ガルガード、ちゃんとメンテナンスしときなよ。あたしとヴァルシオーネを倒そうっていうからには相当がんばらなきゃね。しごいてあげるから、覚悟しな。」
「デートって……そういう……そ、そうですよね。」
がっかり、という大きな文字がザッシュの頭上にのしかかってきたが、ザッシュは頭をぶんぶんと振ってはねのけた。
「いえ、お受けします!僕、がんばりますから!マサキさんには負けませんよ!」
ザッシュのこの切り替えの早さと前向きさは美点と言っていいだろう。いつものにこにこ顔に、見えない尻尾がバタバタ振られている。
降り続ける胞子のように、人の欲望も戦乱も尽きることはない。戦いを完全に避けることが人々の本当の望みなのだろうとは思う。リューネの考えは少し違う。小さな戦いを避けるべきではないと思うのだ。小さい矛盾を積み重ねてしまうと、やがて取り返しのつかないほど大きな戦いを生むことになる。規模の大きすぎる戦いは、出す犠牲もまた大きすぎる。小さくすむうちに小さく細かく決着を着けていくべきなのだ。リューネを好戦的と思う者もいるだろうが、そんなもの戦いを知らない者の言い草だ。
「やれるもんならやってみなよ。ちょっとは期待してるから。」
「ちょっとと言わず、大いに期待してくれていいですよ!」
小さい戦いをどこまで続けてもめげない。こういう性格が魔装機操者には向いているのかも知れないと、リューネは思うのだった。
了
マサキは色恋沙汰音痴のうえにリューネは好みのタイプじゃないからね。リューネは結局ザッシュに押し切られるんじゃないかと思ってる。ガルガードのデザインは何度見ても凶悪だねー。ちなみにここのは改じゃないルジャノールです。