天に二つの陽は照らず

『ヒーロー戦記』の後日談の『OG2』の後日談。これは暗い。暗すぎる。死にネタ注意。出演は光太郎、ギリアム。


「光太郎。」

「いやあ、あの時はびっくりしたって。死んだとばっかり思ってたお前が突然現れて、ゲシュペンストも以前と全然ちがってたし、や、でもそんなのどうでも良かったんだ。お前が生きてたことが、何より嬉しかったんだよ。」

「それはお前が、俺が生き続けることを強く望んでくれたからだ。だが今は」

「それなのにお前結局またどっか行っちまうし、たまに帰ったかと思えば瀕死とか気を失ったままとか、まともに話もできゃしないと来てる。ゲシュペンストも見るたび違うデザインなってるし、いやまあ最終的にはこうして生きてエルピスに帰って来てくれたわけだからいいんだけどさ。」

「光太郎。」

「だけど俺が何より感謝してるのは、なんだっけ。一人じゃないって素敵なことね?っていう」

「光太郎!本当に今日が最後のチャンスなんだ!お前は船に乗るんだ!」

「なんで?」

「なんでって!」

 ギリアムが声を荒げても、光太郎はまったくのほほんと受け答える。もうずっとこうなのだ。

 ギリアム=イェーガーが惑星エルピスの太陽の化身である事に、長い間誰も気づかずにいた。何しろ当のギリアムですらその事実を忘れ去っていた時期もあったのだ。アポロン、ヘリオス、そのほか、ギリアムがギリアムでない名を名乗る時、必ずその世界の太陽あるいは太陽神に類するものの名を使っていたことは、実はギリアム自身も後から気づいた事である。思いついたらその名だったのだ。

 まるで年をとらないことを指摘されたために去らねばならなかった世界がギリアムには幾つもあった。しかし今や、ギリアムは目立って衰えてきている。一見しただけでは青年のままではあったが、かつてのようなあふれる生気はまるで感じられない。光太郎に手を引かれていなければ足元も覚束ない有様だ。

 世界は赤く染まっている。朝焼けではない。夕刻という訳でもない。いや、ある意味、たそがれ時ではあった。惑星エルピスの太陽は赤色巨星になりかけているのだ。それは太陽に終わりの時が近づいていることを意味する。空にはかつてないほど巨大になった真っ赤な太陽が視界いっぱいに広がり、何もかもを赤く見せている。この赤はいずれさらに巨大になっていくのだ。

 惑星エルピスの住人たちには、もうここへ住む理由がなかった。ウルトラ族たちの中には他の銀河系へ飛び去った者もある。外宇宙へ航行できる宇宙船は十分な数があり、太陽が滅びる前兆が観測されてから実際にその時が来るまでの間には余裕があった。そして今日、最後の宇宙船が出る。ヒューマンと言えるものは、すべて惑星エルピスを去るのだ。

「お前、また俺を一人にするつもりなのかよ。もう嫌だぜ、あんなのは。」

「新しい星で新しい仲間をつくればいい!俺だってずっとそうしてきたし、お前ならきっとかわいいお嫁さんを見つけて、新しい家族を」

「そんな事言って、20世紀からもう何年経った?結局お前だけだよ、俺のところへ戻ってきてくれたのは。信彦を失っちまってから、俺はずっとあいつの最期の言葉に呪われてる。多分この先何億年だって呪われっぱなしだろうよ。」

「こんなことなら帰ってこなければ良かった。俺のことが心残りで去れないというのなら、いっそ俺は」

「お前が帰ってこなけりゃ、俺はそれこそエルピス最後の一人になってたさ。俺のエネルギー源は太陽なんだ。太陽がなくなっちまっちゃあ、生きられない。」

「他の惑星にも太陽はある!」

「なあ。俺の太陽は一つだけなんだよ。」

「馬鹿なことを」

「ノアの箱舟よろしく、エルピスの動植物を全種類運ぼうとしてった奴らがいたよな。まあかなりたくさん運んでは行ったけど、全部はやっぱり無理だろ。木や草は根っこが生えてて、お日様の光がなきゃ立ち行かない。ずっとここで、あの太陽のおかげで生きてきたんだぜ。今さら根っこ捨ててどっかへ飛んでこうなんて考えてもないさ。」

「だがお前は木でも石でもない!どこへでも飛んで行けるんだ!」

「うん。俺は木石の類じゃないから俺の意思がある。この星と、この太陽を捨てて行くって?ないない、それはない。」

「俺がそれを望んでもか!?かつてお前は、死にたがっていた俺に生きろと言った。思えば俺はお前の望みのままに、孤独と苦しみに耐えて今日まで生き恥をさらしてきたんだ。今度は俺が望む番だ。生きろ、光太郎!苦しかろうが耐え難かろうが、秋月信彦や俺の分まで生き続けるのが、お前のやるべき事だろう!」

 二人はしばらく無言で海岸線を歩いた。かつては青々と広がっていた海もいまや鈍い赤。マグマの活動も活発になってきていて、地震や噴火は日常茶飯事となっていた。海底からせり上がってきたと思しき火山が水平線近くで煙をもうもうとあげている。

 思いついたように光太郎が言う。

「ずっと気になってたんだけど、お前、寿命が近づいてきてるとさ。やっぱり苦しいのか?」

「そうでも、ないな。なにしろ寿命なんだ、自然にその時が来るだけのこと。自分自身については何の気がかりもない。」

 ギリアムは恨みがましいような目で光太郎を見る。気がかりはお前のことだけだと言いたいのだろう。

「20世紀はもう2度と来ないってわかってるけど、俺はあの時代が一番好きだったよ。ずっとずっと昔のことになっちまったなあ。帰りたくても帰れないところってのはあるんだって、今は思うよ。だから俺はもう、どこにも行く気はない。行かなければ、帰る必要もないもんな。」

「勝手なことを!お前はいつもそうだ、勝手なことばかり言って、ひとの気持ちは考えない!」

 激高して気を取られたのだろう、なんということもない場所でつまづいてよろけたギリアムを光太郎が支える。

「情けない……こんな姿……これ以上お前に見られたくないんだ……わかってくれ……」

「どんなに姿が変わっちまっても、俺にはあの時代の思い出がある。森も林も生き生きとしてて、季節ごとにいろんな花が咲いて、海は底なしに青くて、鳥も魚も貝も動物も人もみんなでここで生きてた。古き良き時に帰ることはできなくても、俺の故郷はここしかない。お前だってずいぶん色んな世界へ行ってきたみたいだけど、結局ここへ帰ってきたじゃないか。」

「……行く。」

「どこへ?どこまででも付き合うぜ。」

「その言葉、忘れるな。最後の宇宙船に乗る。」

 それは光太郎の予期しなかった答えだった。惑星エルピスはもうじきヒューマンの住める状態ではなくなる。しかしギリアムは太陽とともに滅びるしかないのだから、ここを離れても意味はなかった。いや、ギリアムがもっと積極的に、最期の時をこの星で迎えたいと望んでいるのが光太郎にはよくわかった。光太郎はもう一瞬だってギリアムを孤独にするつもりはなかったから、惑星エルピスを離れない決心などとうに済ませていたのに。光太郎には生きて欲しいというギリアムの願いが、最期までこの星とともにありたいというギリアムのささやかな望みを打ち砕く。そして今外宇宙へ出たとしても、ギリアムは早晩天に召されるだろう。結局光太郎は一人遺されることになってしまう。

 光太郎は赤く染まる空をあおいだ。どこまで酷い呪いなのか。こんな目に遭ってまで尚、一人生き続けなければならないというのか。

 世界はどこまでも赤く赤く、やがて暗い闇に飲み込まれることになるだろう。美しい思い出だけで乗り越えるには、赤と黒の世界は、光太郎にとってあまりに過酷すぎた。

いやこんなとこで終わるなよっていう。一応解決策は考えたんだけどね。書くかどうかは考え中。白い明日が待ってるといいですね。ていうかこのギリアムの設定自体が捏造なので自分的にも正史はこうじゃない感。別バージョンは書くかも書かないかも。

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