アミュレット

LOE後日談。DS版で誰もファングを使いそうもないので多少テコ入れ。出演はセニア、ファング、ノルス=レイ。

「あら、ジェイファー」

 セニアは意外なものを見た、という顔をする。もっと意外なことには、ジェイファーはセニアの傍らで歩みを止めた。ハッチが開くと、ファングが顔をのぞかせる。

「ファング、ジェイファーの調子悪いの?」

「いいえ。なぜです」

「あたしに修理を頼みたくてここへ停めたんじゃないの?」

 他に何の用があるのかわからないといった表情のセニアに、ファングはがっかりした様子を見せる。

「ジェイファーには問題ありません。セニア様お一人で、こんな所で何をなさっているのかと」

「ああ。これね。魔術素子があんまりお買い得だったんで思わずまとめ買いしちゃったんだけど」

 セニアは横に置いた大きな袋を見る。

「思いのほか重かったわ。ちょっと一休みしてたのよ」

「ノルスをお使いになれば良かったのでは」

「あ、あたし最近、ノルスには乗ってないの。あれはラングラン王宮付きの機体だからね。あんなのがそのへんうろうろしてたら、儀式用の機体まで防衛や警備に投入されてるなんてそんなに戦力不足なのかって国民は不安になるじゃない。いろいろあった一年前ならいざ知らず、平和になった今はせいぜい儀式に使うくらいでいいのよ。二体のうち一体はモニカがもってっちゃったし、あたしまで持ち出すわけにもいかないでしょう」

「ちょうど王宮へ行くところです。乗っていってください」

「残念。少し前までは離宮のほうにいたんだけど、今は情報局の宿舎に住んでるから。部屋からデュカキスにパスは通ってるし情報局に近いし、便利でいいところよ。今日は天気もいいから歩いていくわ。最近運動不足なのよね」

「では、宿舎までお送りします」

「王宮に用があるんでしょ。近衛騎士団員が王様の用事ほっぽって寄り道してちゃまずいわよ」

「……王宮へ行くところというのは嘘です」

「なによそれ」

「セニア様をお送りする口実に言ったまでです」

「……あんたって、そーゆーキャラだったっけ?」

「仮にも王族のかたが、こんな人気のないところをお一人でお歩きになるのは無用心すぎます」

「その心配なら、ないない。あたしなんか魔力のマの字もないんだから、王族って言ったって狙われる理由がないわ」

「魔力のあるかたでしたら、いざとなれば魔法で対処できますが、魔装機に乗ってらっしゃらないセニア様に何ができると言うんです」

「……わーかったわよ。乗ればいいんでしょ」

 ジェイファーからひらりと降りたファングはセニアの買い物袋を取り上げて軽々と機体へ運び入れた。ぼやぼやしていると自分まで担いで運ばれそうな気がしたセニアは慌てて自分からジェイファーに乗り込む。

「久しぶりね、ジェイファー。ファングも元気にやってるみたいね。最近、王宮はどんな様子?」

「自分は近衛といっても一度は外へ出た者です。まだ籍はあるようですし王宮でことが起きれば馳せ参じるつもりですが、今は一魔装機操者として修行にあけくれる日々です」

「王宮にはあんまり行ってない?」

「はい。セニア様のご期待に沿えず申し訳ありませんが」

「さっきからその、セニア様はやめてよ。セニアでいいわよ、同じ魔装機操者同士じゃないの」

「そんな訳にはいきません。自分は騎士として王族の血に忠誠を誓った身。分はわきまえているつもりです」

「若いくせに固いこと言うのよねえ」

「……モニカ様やテリウス様とは、時々はお会いになっているのでしょう」

「一応お尋ね者なんだから、クリストフもだけど、そうそうラングランには来れないわよ。あの時から一度も会ってないわ」

「お会いになればよいでしょうに」

「そう言ったってねえ」

「血のつながりというものは切れるものではありません。お会いになりたいでしょう。思い出深い王宮を離れては尚更」

「王宮なんて住みづらいものよ。人間が住むために造られてるわけじゃないからね。いかに「調和の結界」へ効率よく魔力を送り込むかだけを考えてあれだけの構造物が構成されてるんだもの。お父さんも兄さんもモニカもテリウスもいなくなってつくづく思ったわよ、あたしはお父さんの娘に生まれたからたまたまあそこに置いてもらえてたけど、本来は何の魔力もない人間は居るべきじゃないところよ。柱の一本、釘の一本だって国民の血税からできてるんだから。あたしみたいなのが出入りしてたんじゃ床が減るだけで税金泥棒だわよ」

「あなたは立派に王族でいらっしゃる。……王宮へ行ってみませんか。ノルスの様子を見に。」

「え、やめてよ。今の王様と家族がいるところへ行って何しようっていうのよ」

「遠慮なさることはありません。王宮は、セニア様のおっしゃるように現王の私有物ではないのです。堂々としていればよいのです」

 ファングは年齢の割には頭の固いところがあって融通が利かない事も多いのだが、こうなると行動を曲げさせるのは難しい。セニアがどう止めたものかと思っているうちにジェイファーは王宮へ着いてしまっていた。

 ファングに手を取られてジェイファーを降りたセニアはつくづくと辺りを眺める。ファングが歩き出したのでセニアも続く。門番に何か言われるものと思っていたが、セニアの姿を認めて敬礼しただけだった。あまりにあっけなく宮殿内に入れてしまう自分に、セニアは少し驚いていた。

「あ」

「どうかしましたか」

「タペストリーがなくなってる。調度はほとんどモニカの趣味で選んでたから。モニカが自分で作ったものも多いのよ」

 今は違う壁飾りがかけられている。現王かその家族の誰かが選んだものであろうか。

 やっぱり来るんじゃなかったとセニアは思う。同じ場所のわずかの違いを見せ付けられ、もう昔とは違うのだとかえって自覚させられる。思い出に傷を付けられたように感じたが、歩みを止めることはできない。体が覚えてしまっているのだ。ここを歩くことは、セニアにとっては当たり前すぎることだったのだから。

 あたし、ひとりだ。

 わかっていたつもりだったが、わかっていなかったのかも知れない。

「やっぱり帰る」

「ノルスにお会いになってください」

 一度は立ち止まったセニアだったが、ファングがどんどん歩くのでまた歩き出す。ノルスに会うのも久しぶりだ。会いたいような、会いたくないような。

 ノルス・レイは祭儀の間にひっそりと佇んでいた。天窓から細く差し込む幾筋かの自然光が明かりとなっているほかは薄暗い。人の訪いもない、静か過ぎる場所だ。

「久しぶり。整備はちゃんとしてもらえてる?」

 セニアにはほとんど魔力がないので、ノルスがなにか訴えたとしてもまるでわからない。しかしノルスはうっすらと埃をかぶっているように見える。整備している者がいるとも思えない。

「セニア様がご自分で整備なさればよろしいでしょう」

「誰かがしてるはずよ。いざって時に動かないと困るわ」

「いざという時にお乗りになるのはセニア様でしょう」

「ここの誰かが乗るわよ。あたしが乗らなくても」

「この放置ぶりでは、あまり期待は持てそうにありませんが」

「そうだけど、そういうもんじゃないわ」

 どうしろっていうのよ、と思う。

「かつて自分は近衛として、この身をどこへ置こうともフェイルロード殿下の仇を取らねばならないと思い込んでいたことがありました。かたくなに過ぎたと、今は思っています。他の道もあったというのに」

「あたしが頑固者だとでも言いたいの」

「自分はアルザール王に騎士の名誉をいただきました。以来、王とビルセイアの血に対する忠誠を守り通してきたつもりです。セニア様のご気性はアルザール王によく似ていらっしゃる。人あたりは柔らかでも信念は強いかたでした。この国のことを、この世界のことを一番にお考えでした。王とはこういうものかと感服したものです。だからこそフェイル殿下には何としても王位を継いでいただきたかった。しかし思えばもし充分な魔力をお持ちであれば、セニア様、あなたこそが」

「やめて。あたしは資格がない、それが事実よ」

「言い尽くせぬほどの御恩に浴しておきながら、アルザール王もフェイル殿下もお守りできなかった自分に、最後の雪辱の機会すらお与えくださらないと?」」

「現王を守り、調和の結界を守るのが今の役目でしょ。あたしを守ってもなんにもならないわ」

「でしたらノルスにお乗りください。セニア様がこの国と民とを思うお気持ちに、ノルスは必ず応えます。ご自身を守ることにもなりましょう。もっと御身を大切になさってください」

 ファングは腰のものをすらりと抜き放ち、セニアの前に膝まづくと己が剣を差し出した。

「もとより自分はビルセイアの血にこの身を奉げています。ですがアルザール王にいただいた資格で不足なら、セニア様ご自身で自分に資格をお与えください」

「何、言うのよ」

「あなたは自分に、それを与えることのできるかたなのですから。御身を過小評価しすぎです。モニカ様やテリウス様のように、あなたも地上へお出でになられたままでも良かったはずです。しかしあなたはラ・ギアスをお見捨てにはならなかった。その強い責任感、見ている者は見ています」

 ファングは剣を戴き頭を垂れた。そのまま動かない。待っているのだ、セニアの決断を。

「後悔すると思うけど」

「それはありません」

 ふう、とセニアは息をつく。そういえば今まで、誰かを騎士にと望んだことも、望まれたこともなかった。王位継承権のない自分には関わりのないことだと思っていたのに。

「なんだかおかしな気分よ」

「自分は真剣です」

「……頑固なんだから」

「直せと言われても無理です」

「そうでしょうね」

 セニアはファングの剣を受け取った。よく手入れされている。ファングの言う通り、いざとなれば真っ先にどこへでも馳せ参じてくるに違いないと思わせる。セニアは剣の柄を握り、刃先をファングの肩に置いた。

「高貴なる泉の精霊の見届けのもとに、汝、ファング=ザン=ビシアスを、我、セニア=グラニア=ビルセイアの騎士に命ずる。地が裂け天が割れようとも、我とともにあることを誓うか」

「我、ファング=ザン=ビシアス、命果てるときまで、我が君セニア=グラニア=ビルセイアに絶対の忠誠を誓う」

 ファングの誓いの言葉を聞き届けたのか。ノルス・レイは声ともつかぬ唸りを発し、一瞬視界が白くなる。室内だというのに、二人の頭上に霧が振りそそいだ。慈雨のごとく二人を濡らしたそれは、差し込む光の筋の中でキラキラと輝いた。

「ノルスはこの儀式を祝福してくれたようですね」

「……」

 セニアにとっては幾度も見て見慣れた景色。ただ、ノルスがセニア自身に祝福を与えたのは成人の儀以来のことだった。あれからいろいろありすぎて、ずいぶん昔のことのように思える。

 セニアは剣を下げて、立ち上がったファングに差し出した。ファングが満足そうに笑う。いつも仏頂面の彼には珍しいことだった。ファングは剣を鞘に収めてノルス・レイを見上げる。

「整備をしましょう。早いほうがいい」

「そうね。でも、ちょっと待ってよ」

 セニアはファングを伴って祭儀の間を出た。勝手知ったる様子ですたすた歩いて、着いた先は古びた納戸。

「あった。確かここにしまってたと思うんだけど」

 人の目に付くところの調度は変えられてしまっていたが、かえってこういうところは手が付けられていないと踏んだとおりだ。行李の中身はセニアがしまった時のまま残されていた。セニアは赤色のスカーフを取り出す。わずかに色の違う赤で凝った模様が織り込まれている手の込んだものだ。

「モニカに誕生日に貰ったものよ。これあの子の手織りなのよ、手先が器用っていうか手が込んでるっていうか。よく考えるとおかしいわよね、あたしたち誕生日は同じなのに、いつもあたしだけプレゼント貰っててあたしは何もあげたことなかったのよ。もっとも、あの子は自分の作ったものプレゼントしてまわるのが趣味みたいなもんだったから、誰の誕生日にでもやってたけどね」

 セニアはスカーフをファングに差し出す。ファングは額当ての上から鉢巻きがわりにそれを巻きつけた。

「そんなほこりっぽいもの、洗ってから使いなさいよ。とりあえず剣の柄にでも巻いておいたら」

「乙女の真心は身に付けていないと効果がありません」

「まあそうだけど」

 古い習慣。忠誠を誓った婦人の身に付けたものを肌身離さず持っていれば、災厄から身を守ってくれるのだという。

「うん、まあね。この年になってもパパと呼べとかうっとおしいところもあったけど、人を見る目だけはけっこうあったのよね、お父さん」

「まったく、その通りです。相手の人となりを見て的確な指示や注意をされるかたでした」

 違うわよ。お父さんが騎士に選んだんだから間違いないって、あんたを褒めてんのよ。

 とはセニアは言わなかった。自分を過小評価しているのはむしろファングのほうではないかと思う。マサキみたいな人外を間近に見ていれば無理もないかも知れないが。

「で、さっそく我が騎士に与える最初の命令なんだけど」

「なんなりと」

「セニア様禁止。セニアって呼ぶこと。あと敬語も禁止。背中がかゆくなっちゃうわ」

「……それだけは勘弁していただきたいのですが」

「だーめ。だいたいあの儀式誰も見てなかったし、ほんとに有効なのかしらね。自分でやってておままごとかと思ったわよ」

「ノルスが見ていました」

「主君が信念曲げてまでそのノルスに乗ってあげるんだから、あんたもちょっとは折れなさい」

「……努力はするが……それは難しい……」

「あんまりグダグダ言ってると叙任取り消しよ」

 そう言ってセニアは踵を返す。今度はファングが背中を追う番だ。

 魔力も受け継がない王の血筋なんて大して意味のないものだとセニアは思っていた。けれども両親やきょうだいたちと過ごした時間は、知らずセニアを王族として育てていたのだ。フェイルロードがあれほどの無理をしてまで王位を継ぐことにこだわった理由も、モニカやテリウスが背教者の汚名を着ることも恐れずシュウとともに行くと決めた理由も、きっと家族でなければ本当にはわからない。

 ファングには悪いが、やはりセニアは王宮にはあまり足を踏み入れないことにしようと思う。どこまでも公的な場所とは言え、ここは一つの家族の家でもあるのだ。

 そしてファング。これは思った以上の大人物。セニアは笑い出したいような気分になっていた。こんなのは久しぶりだ。なんだかそのへんから、ほらやっぱりパパはすごいだろ?なんて声が聞こえてきそうな気さえする。

「あたし、もらうプレゼントはたいてい当たりなのよ」

「そうですね。モニカ様は本当に手先が器用でいらっしゃる」

 セニアは想定済みの的外れな答えに突っ込むのはやめておくことにした。

「新しい魔装機、造ろうかな」

 フェイルロードとデュラクシールを失って以来、魔装機の設計からは遠のいていた。新しい機体があればノルスではなくそちらに乗ってもいい。

「それもいいですが、まずはノルスの整備を」

「はいはい、ていうか敬語」

「……申し訳ありません……自分には無理です……」

「修行、足りないわね」

「よく言われます。面目次第もありません」

「まあ、今日は許してあげるけど。そうだ、あとで家族に紹介しなさいよ。ファングはお父さんやモニカのこと知ってるのに、あたしがファングの家族を知らないのって不公平じゃない」

「ラングランの国民で、先の王とご家族を存じない者はないと思うのですが」

「いいから。いいわね」

「はあ」

 セニアは心の中で、家族の人数分のありがとうを言った。そして、口に出すのはしゃくだから言わないけれど、今日最大の感謝を騎士ファングに対してしたのだった。

 DS版でのファングの扱いがあまりにも悪いので持ち上げてみた。セニアが家族がどうの言ってるけどファング天涯孤独とかだったらどうしよう。魔装機操者って家族なしがデフォだからなー。あと王宮は魔力弾でこっぱみじんだから中身が残ってるとか考えにくいとかはできれば見逃していただきとうござーます。

コメントは受け付けていません。