熱海の家には畑がある。私は家にいないことが多いため、隣の家のおばあちゃんが代わりに畑を使って、色々な農作物を作ってくれている。「金は要らねえ、とっときな」と大見栄を切ったら、収穫物を分けてくださるようになった。最近は、家の前に大根が置かれていることが多い。大根の葉っぱと海苔の味噌汁が好きだ。カレーを愛する人は「カレーは宇宙だ」と言う。生粋のジャパニーズである私は、味噌汁に宇宙を感じる。味噌汁に合わない具材はない。何を入れても美味くなる。私は味噌汁になりたい。

見たくない現実があると目を閉じて現実逃避をするという女性Ｓ様が遊びに来てくれた。最近は目を閉じる頻度が上がっているらしい。ダチョウは、天敵が現れると地面に穴を掘って頭を隠すと言われている。現実を直視しないで、何もしようとせずやり過ごす心理状態をダチョウ症候群と呼ぶ。何とも愛狂しい習性だが、人間の形をしたダチョウは多い。誤解を恐れずに言うと、私は怠惰な人が好きだ。怠惰な人の、表面的には自分を責めているように見せて、心の底では「自分を責めることで罪悪感の支払いは済んでいるから、とやかく言わないで欲しい」と開き直っている感じが好きだ。私はダチョウが好きなので、ダチョウといる気持ちになる。

怠惰な人の特技は「猫を被る」ことで、第一印象は良い。問題は二回目以降だ。第一印象が良いからこそ、二回目に会う時に評価が下がることを極度に恐れる。がっかりされることが恐ろし過ぎて、人に会うことが嫌になる。メールの返信も苦手だ。ちゃんと返さなきゃと思うからこそ、いつまでも返信をすることができず最終的に面倒臭くなり、何も返信しないと言う一番ちゃんとしていない結果に着地をする。丁寧な暮らしに憧れる破滅型の人間みたいで、愛狂しい。相手が嫌いだから返信ができないのではなく、お世話になっている人にほど返信ができない。そして「なんて自分はダメな人間なのだ」と責めながら、酒を飲んだり漫画を読んだりする。思考と行動が一致していない。愛狂しい。

不良が猫を可愛がっている姿を目撃されると、不良の評価は爆上がりする。いい子がゴミをポイ捨てする姿を目撃されると評価は爆下がりする。この世は不公平であり、要はギャップだ。不良は減点され続けているので、減点を恐れない。いい子は、死ぬまで減点や幻滅を恐れる。不良になれとは言わないが、本性を見せてみろと思う。お前の汚部屋を見せてみろ。俺はがっかりなんてしない。より一層お前を好きになるだけだと言いたい。怠惰な人は掃除も苦手だ。食べ終わった食器をすぐに洗うなんてことは絶対にしない。そんなことはできるわけがないと思っている。愛狂しい。怠惰な人には茶が似合う。その呑気さが世界を救うのだと言いたい。ちゃんとしなきゃと思って無駄に焦り、やらなくてもいいことをやらないでくれと言いたい。怠惰な人にとって、評価を下げないためのハードルは高すぎる。だから疲れる。だから面倒臭くなる。メールの返信も「おっす」で済ませられない。だが、本当は「おっす」で済ませられたらどれだけ楽だろうかと思っている。勇気を出して「おっす」で済ませてくれと言いたい。

怠惰な癖にちゃんとしようと思わないでくれと言いたい。楽しさで頼もしさを獲得してくれと言いたい。ちゃんとしているだけの人には醸し出せない雰囲気を、怠惰な人には醸し出せるのだと言いたい。正しくなくていいから、間違いだらけでいいから、なんだか知らないけどこの人からメールが来るとハッピーな気持ちになっちゃうんだよなと思われるような人間になってくれと言いたい。恐れずに、自分を全出ししてくれと言いたい。怠惰なまま、ダメなまま突き抜けてくれと言いたい。この世の中には、楽しくなければ死んでしまう人間がいるのだ。自分はそっち側の人間だなと思われた方々は、楽しさで、頼もしさを。死にたくなったらエジプトに行け。ハワイもいいぞ。俺たちは情緒をぶっ壊す。メランコリックな音楽ばかり聞くな。中島みゆきの宙船（そらふね）を聞け。飛ぶぞ。