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菅原先生の話。 - springの小説 - pixiv
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11,488文字
菅原先生の話。
教育実習生として烏野に戻ってきたスガさんのお話です。

モブ視点。

※自己満足。

最後の方疲れてまとめ雑になってしまいました。

誤字その他至らない点は温かい目で見守ってください。

【追記】
11月14日〜11月20日付小説ルーキーランキング5位、11月21日付小説デイリーランキング76位に入りました!!
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2014年11月20日 01:15

憧れていた、先生がいる。
憧れていた先生なんて、小学校、中学校、高校に通っていれば、その中に一人くらいは誰にでもいることだろう。
一番多いのは、やっぱり担任の先生だろうか。
例えば、高校三年生の時の担任の先生だとか、小学校、中学校、高校のどこかで全ての学年を担任として過ごして貰った先生だとか。
他には、部活の顧問の先生、教科担任の先生、様々な先生がそれぞれの頭に思い浮かべられることだろう。
だけど、僕の憧れていた先生は、担任の先生でも、部活の顧問の先生でも、教科担任の先生でもなくて、むしろその人はその時は正式には先生ではなかった。
それでも、僕にとってその人はその時から先生だった。

**

菅原先生と出会ったのは高校三年生の夏だった。
「えーっと、三年前、ここを卒業しました。菅原孝支です。二週間の短い期間ですが、よろしくお願いします」
壇上で、教育実習生として、少し緊張したようにはにかんで挨拶をした菅原先生は、すぐに女子の中でも話題になっていた。
「菅原先生、かっこよくない?」
「かっこいい!でも笑顔は可愛い!」
「彼女とかいるのかなあ〜」
そんな会話を右から左に流して、僕は席を立つ。
高校三年生の夏となれば、受験や就職に向けて本格的に準備を始めなければならない時期で、面談の数も自然と増える。
僕もそのうちの一人で、今日は担任の先生との面談の日だった。
教室を出て職員室横の面談室に行くと、ちょうど前の人が面談室から出てきたところで、「三年生って大変だよな」と苦笑いを浮かべていた。
そろそろ本気で自分のこれからのことを考えなければならないという緊張感を感じつつ、僕は扉を叩く。
中から先生の返事が聞こえて、「失礼します」という声とともに僕は面談室へと足を踏み入れた。
担任の先生は、資料を見つつ面談を進めていく。
高校生活をもうすぐ終える僕は、就職というある意味一生を決める選択をするにはまだ勇気が足りなくて、人生を考える猶予欲しさに進学を希望していた。
「お前は成績も優秀な方だし、部活はもうすぐインターハイも終わるし引退だろうから、それから勉強していけば志望校にも届くだろう」
一通りの話を終えて、担任の先生は最後にそう言って面談を終わらせようとする。
「いや……」
思わず声を上げてから、すぐにはっとして「なんでもないです、ありがとうございました」と早口に告げた。
担任の先生は訝しげな目で見ていたけれど、後にも面談を控えているからか特に言及してはこなかった。
僕はバレー部に所属している。
今週末にはインターハイ予選があって、担任の先生の言った通り、それが終われば、基本的に引退となる。
しかし、それは基本的に、であって絶対ではない。春高まで残るという選択肢もあるのだ。
けれど、三年前に再び春高に出場して以来、部員も増え始め、試合に出られない部員の方が多い今の烏野バレー部で、その選択肢をとるのはせいぜいレギュラーとして活躍しているメンバーくらいだ。
そして僕は、レギュラーメンバーではない。
だから、「春高まで残ります」だなんて、言える立場じゃなかった。
「失礼しました」
と丁寧に頭を下げて面談室を出ると、そこには教育実習生の菅原先生がいた。
「面談?」
気さくに話しかけられ、僕が少し動揺していると、にかっと笑って「そんな緊張しなくても大丈夫だべ」と肩を叩いてくる。
確かにこの笑顔では女子に噂されるのも納得出来てしまう。
「あ、はい……」
なんとか返事を絞り出すと、菅原先生は優しい目をして「そっかー」と呟いた。
「懐かしいなあー……」
続けてそう言った先生は、自分の高校生活を思い出したのか、大事なものを見るような、愛おしさが伝わってくるような、そんな目をしていた。

**

その数十分後、僕と菅原先生は体育館で再会を果たす。
「菅原先生は、三年前、春高に出場した時のバレー部でセッターをしていたんだぞ」
「なんか烏養さんに先生って呼ばれると変な感じですね」
「いやぁー、武田先生にも見せてやりたかったぜ。異動してなきゃなぁ……」
照れ臭そうに笑う菅原先生を、烏養コーチが嬉しそうに僕らに紹介した。
菅原先生は、バレー部だったんだ。新たな事実に少し驚いたが、それ以上に驚いたのは菅原先生がセッターだったということだった。
昨年卒業した先輩の中に、天才セッターがいた。先輩の名は影山さんといって、冷静に試合を把握し、狂いのない繊細なトスを上げる、全国でも有名になるくらい才能のあるセッターだった。
実を言うと、僕のポジションもセッターで、影山さんのような狂いのないトスなんか絶対に上げられないとは分かっていても、少しでも影山さんに近付きたくて、影山さんによく質問をしに行っていた。
そんな僕に、影山さんは少し困ったように目線を逸らしつつも、なんとか僕に伝わるように一生懸命話してくれた。やっぱり天才の言うことは僕には理解出来なかったけれど、それでも、影山さんから教わっていることが嬉しかった。
「影山さんは、誰にバレーを教わったんですか?」
僕は影山さんにそう聞いたことがある。
僕が入部した時、三年生にはセッターは居らず、もう既に影山さんは正セッターとして活躍していた。
そんな影山さんにも、バレーを教えた凄い人がいたのだろうか。中学の先輩とかかな、だなんて純粋に気になっていたのだ。
「烏野の、二個上の……セッターの先輩」
いつもと同じように、目線は合わさないけれど影山さんはちゃんと答えてくれる。
「あの人に、俺は本当のバレーを教えてもらったし、あの人のおかげで俺はセッターになれたと思ってる」
その人のことを語る影山さんは、表情にも、声にも尊敬の気持ちが籠っていて、正直、意外だった。
影山さんは中学の時から、確かに評判は良くなかったけれど、才能の塊でバレーは抜群にうまかった。
そんな影山さんにここまで言わせる人がいるなんて。
その人は、どれだけの才能を持っているんだろうか。
影山さんの尊敬するその人を、いつか僕も知りたい、そう思っていた。
そして今、目の前にその人がいる。
影山さんが一年生の頃はあまり部員も多くはなくて、当時の三年生にセッターは一人しかいなかったはずだ。
目の前のその人に僕は期待を抱かずにはいられなかった。

**

「なんか、普通」
僕たちにバレーを教える菅原先生を見て、ぽつりと漏れた言葉に、一つ下の後輩セッターが反応する。
「影山さんを見ていたせいですかね……。悪くはないんですけど、普通っすね」
苦笑いを浮かべるこの後輩セッターは、烏野の正セッターだ。
僕が二年生の時、春高を終えた影山さんが引退し、僕は自然と、正セッターになるんだと勝手に思っていた。
だけど、正セッターとして名前を呼ばれたのはこの後輩だった。
それでも、元々仲良くしていたこの後輩を憎むことなど出来なくて、複雑な心境で部活を続けてきた。
「だよな」
僕たちに教える中で、レシーブも、トスも、サーブも見たけれど、どれも圧倒的に影山さんの方が上だと感じる。
本当に、あの人が影山さんにバレーを教えてくれた人なんだろうか。
影山さんはこの人のどこを尊敬していたのだろうか。
僕が抱いていた期待の代わりに、僕の心に残ったのは、疑問だけだった。
「おいそこ!ボサーっとすんな!今週インターハイ予選なんだぞ!」
烏養コーチに怒鳴られて、後輩と「はいっ!」と背筋を伸ばしてレシーブ練習に入ると、菅原先生と目が合った。
もしかして、話し聞かれてたかな。いや、でも菅原先生からは十分に距離はあるし、このボールの音なら聞こえていないだろう。
僕は菅原先生から目を逸らして、視線をボールへと向ける。
一通りの練習を終えると、烏養コーチに呼ばれた。
「何ですか?」
何か怒られるようなことをしただろうか、と少し怯えつつコーチに尋ねると、コーチは菅原先生を手招きで呼んだ。
「菅原、こいつに色々教えてやって」
「君、セッターだったんだ!」
僕を見て菅原先生は爽やかに笑う。
「え……あ、はい。……でも、僕よりあいつに教えたほうがいいんじゃないですか?」
正セッターの後輩を指差して、監督と菅原先生に言うと、二人はお互いの顔を見てクスッと笑った。
「いーや、教わるべきなのはお前」
「そーそ!俺が教えたいのは君だべ」
口を揃えてそう言う二人に、僕は首をかしげるばかりだった。
正セッターの後輩にはもう教えるべきことはないとでも言うんだろうか。確かにあいつの方が僕より上手いのは、僕だって認めている。
でも、正セッターでもない、しかももうすぐ引退をする僕に今更何かを教えることに意味があるようには思えない。
「ほーら、行くべ!」
そんなことを考えていると菅原先生に手を引かれて、人のいないスペースに連れて行かれる。
「ほいっ」という掛け声とともにボールが飛んできて、僕は反射的にレシーブをした。
菅原先生がそのボールをオーバーハンドで返す。まるで、トスを上げるかのように。
ボールが空中に弧を描く。
ストン、と僕の手にボールが落ちてきて、僕も同じように、トスを上げるようにしてボールを返した。
「バレー、好き?」
何分か黙ってボールのやり取りをしていたら、突然先生がそんなことを聞いてくる。
「まあ……はい」
僕は曖昧に頷いた。
レギュラーでもない僕がバレーが好きです、だなんておこがましいことなんて言えない。
「そっかー」
はは、と笑って菅原先生はボールを返してくる。
やっぱり間近で動きを見ても、普通だ。決して下手ではない。上手いか下手かだったら上手いんだろう。
でも、やっぱり影山さんの方が上だと思う。
影山さんがこの人に憧れていた理由は何一つ分からず、もしかしたら菅原先生のことじゃないのかもしれない、とすら感じてきていた。

**

それから毎日、練習の中で僕と菅原先生で練習をする時間が与えられた。
けれど、特別な練習をするわけでもなく、ただパスを続けるだけで、たまにトスでパス練習をするときにアドバイスを貰うくらいだった。
「今日の授業どーだった?」
今日の授業、とは菅原先生が僕のクラスで実習生として授業をした時のことだ。
菅原先生の担当は現代文で、よく文章を読み込んでいて、丁寧な教え方だと思った。
「分かりやすかったですよ」
「気ぃ使わなくてもいいんだべ?」
素直に感想を述べたけど、菅原先生はお世辞だと捉えたらしい。
「本当ですよ。よくあんなに読み取れますね。なんというか、人の気持ちが分かる人だな、って思いました」
そこまで言ってから、僕は慌てて「偉そうにスミマセン」と付け加える。
「いやいや、そう言ってもらえて嬉しいよ!」
約一週間共に練習をしていれば、菅原先生のコミュニケーション能力の高さのおかげもあって、僕は変に緊張することもなくなっていた。
「インハイ予選も明日かあー」
菅原先生がボールをあげながら呟く。
時の流れとはあっという間で、明日にインターハイ予選を控えていた。
「そう、ですね」
「インハイ、終わったらどうすんの?」
「そりゃあ、引退しますよ」
もう、受験ありますし、と言い訳のように付け加える。
「それでいいの?」
「え」
「俺には、君が望んでそうしているようには見えないんだよね」
そう言って菅原先生は困ったように笑った。
「……だとしても、僕が残ったところで、何も変わらないじゃないですか」
言ってから、はっとして目を見開く。これでは引退したくないと認めたようなものじゃないか。
「正セッターじゃないから?」
「っ」
核心を突かれて、僕は黙ることしかできない。
そうだ、僕は正セッターじゃない。僕が残ったところで、チームには何の影響もないのだ。
レギュラーでもないのに無駄に部活に居座って、ウォーミングアップゾーンでまた試合を見るだなんて、三年生なのに、かっこ悪い。
「そうですよ、何も出来ない僕なんかがここに居座ったって、意味ないんです」
そう言い放った瞬間、部活の終わりを告げる笛が鳴って、僕は軽く挨拶をして逃げるように片付けへと移った。

**

三年間、ほとんど試合はウォーミングアップゾーンで見てきた。
この部員の数でベンチに入れるだけマシなのだろうとは思うけれど、それはセッターの数があまり多くないからであって、僕の実力ではない。
それは分かっていたけど、それでもコートに立てる可能性のあるここは、嫌いではなかった。
今やっている試合はIH予選の準決勝で、相手は強豪校、和久谷南。
そして都合が悪く来れなかった顧問の先生の代わりに、ベンチには烏養監督と共に菅原先生が座って試合を見ていた。
一セット目はあちらに取られてしまっていて、試合は二セット目の半ば。
十九対十五で向こうにリードされている。先に二十点台に乗られるのは避けたいところだ。
烏野は、三年前に春高に出場して以来、部員も増えて県内では強豪校と呼ばれる存在になっている。
しかし、それは影山さんたちの代までで、僕たちは全国に進めるほど強くはなかった。
相手のサーブから始まる。リベロの後輩がボールを上げて、後輩セッターがトスを上げる、そして、同級生のエースがスパイクを打ち込む、がブロックに止められてしまった。
同級生のエースはネットから離れたトスは苦手なはずなのに、後輩はブロックが気になるのか、ネットから離れたトスを上げることが多くなってきている。
違う。そいつが好きなトスはそれじゃない。同じ学年として、練習ではエースにトスを上げる機会は多かったから、僕には分かる。
けれど、ウォーミングアップゾーンにいる僕には何も出来ない。
二十点台に乗った和久谷南に流れが持って行かれているように思える。
ーーーーここで、終わるのか。
体を動かしていないはずなのに体育館の照明が僕の体温を上げて、額から汗が流れ落ちてきた。
ギュッ、と拳を握りしめてただただ試合の行方を眺める。
自主練によく付き合っていたウィングスパイカーの仲間が、スパイクを打つけれど、やっぱりブロックに捕まってしまった。
そいつは高めのトスが、打ちやすいんだよ。
試合が進むにつれて僕の滴る汗の量も増えてきて、気が付けばユニフォームは汗でびっちょりだった。
相手は既にマッチポイント。こちらはやっと二十点台に乗ったところだ。あと一点、あと一点で、終わってしまう。
こちらのサーブでラリーが始まり、相手のスパイクをリベロがなんとか上げたけど、そのボールは相手コートにそのまま返ってしまい、ダイレクトで強く叩かれた。
そこからはまるでスローモーションのように見えた。
コート上の仲間たちが必死にボールの落下点へと腕を伸ばす。
しかし、その手がボールに触れることはなく、ボールは体育館の床へと打ち付けられた。
ーーーー終わったのだ。
僕の三年間は、何も出来ないまま、終わってしまった。

**

休日に試合があってそれに負けて落ち込んでいようが、当たり前のように月曜日はやってくるもので。
いつもと変わらず、僕は学校へと向かう。ただ一つ違うのは、時間くらい。朝練に出ないから、少し遅めの時間なのだ。
インターハイ予選で負けてしまったから、三年生はもう練習に出ることを強制されない。
レギュラーメンバー以外の三年生は今日からもう練習には出ないと言っていて、僕もそれに便乗した。
一人で道を歩きながら、考える。
僕の高校バレーには、何か意味があったのだろうか。
一年生の時は、影山さんのプレーにとにかく魅せられて、彼みたいになりたいと思った。けれど、見ていれば自分との圧倒的な才能の違いくらいは僕にも分かって、それでも、影山さんの後を引き継げるセッターになれればいいと思っていた。
二年生に上がって、影山さんが引退すると、僕ではなく一年生の後輩セッターが正セッターに入った。
悔しかった。でも、実力を認めざるを得なかった。
結局、ウォーミングアップゾーンからほとんど出ることのなかった三年間に、何が残るのだろう。
何も残らないはずなのに、バレーを失った虚無感だけが残った。
気怠い身体を引きずって校舎に足を踏み入れると、とんとん、と軽く肩を叩かれる。
「す、菅原、先生」
そこには、菅原先生がいた。
「おはよー、やっぱ先生って言われるのなんか変な感じだな!正式には先生じゃないし、俺」
教育実習生として烏野に来てからもう一週間が経つけれど、やっぱり普段は呼ばれない先生という呼び方はまだ照れ臭いらしい。
「おはよう、ございます」
先生は朝練に出たらしく、ジャージ姿だった。
そんな先生の姿を見ると、サボったわけではないけれど、練習に出なかった罪悪感が何故か湧いてきて、自然と声が小さくなる。
「本当に引退するの?」
挨拶をした僕に、菅原先生は笑顔で残酷な質問をする。笑顔、とは言っても、眉を下げて、困ったような、少し残念そうな笑みで僕を見ていた。
「そう、ですね、はい」
僕は曖昧に頷く。実際、もう既に今日から練習に出ていないわけだら、曖昧にしたところで、それが事実であることには代わりない。
それでも、僕は素直に断言することは出来なかった。
菅原先生は「……そっか、分かった」と呟いて、それから、「じゃーな!」と、爽やかな笑顔で僕に背中を向ける。
先生の背中を少し見つめてから、僕も先生に背を向けた。

**

月曜日以来、僕は菅原先生と話すことはなく、教育実習期間は残り二日間となっていた。
今日も全ての授業を受け終えて、荷物をまとめて教室を出る。
部活がないと帰りが早い。正直これといった趣味もないので、暇を持て余していた。
ちらりと体育館が視界に入ってきて、少しだけ、少しだけ様子を見に行こうと思った。帰っても暇だから、ただそれだけだ、と自分に言い聞かせながら、それでも早足で体育館へと向かう。
「!」
体育館の扉を開けると、そこではレギュラーメンバーの同級生たちが練習を既に始めていて、僕の訪問に目を見開く。
そりゃあそうだ。もう三日も練習に出ていないのだ。
「ちょっと、見に来た」
僕がそう言えば、皆は特に責めることもなく「そうか」と言って練習を再開する。
鞄を下ろして、ただただ練習を見続けた。それから徐々に人も集まってきて、体育館にはボールの音と掛け声だけが響く。
見学をする僕に誰も何も言わなかった。
つい数日前までは僕はここで皆と一緒に練習をしていたはずなのに、僕がいなくても部活は当たり前のように進んでいく。
「……よぉ」
ぼーっと眺めていたら、レシーブ練習をしていたはずの烏養コーチが僕のそばにやってきていた。
「レシーブ練習はいいんですか」
「一通り終わったからな」
「そうですか」
「菅原のこと、どう思うよ?」
コーチは僕の横で練習を見ながら僕に尋ねる。
僕がそれに対して正直に言っていいものか迷い、言葉を発せずにいると、コーチはそれを察したようで、「正直に言っていーぞ」と答えるように促した。
「……普通、だと思いました。トスも、レシーブもサーブも。影山さんのほうがやっぱり凄いと思います」
正直にそう言うと、監督は「お前、ちゃんと教えて貰ってねぇな」と笑った。
「いや、トスもレシーブもサーブも見てもらいました」
僕がそう言うと、コーチは「あいつ大事なとこ教えてねぇじゃねえか」
と舌打ちをする。
「あいつが今のお前と同じ三年生だった時、俺はここのコーチになったんだ」
そして唐突に語り出した。僕は「はあ」と気の抜けた返事をしてその話を聞く。
「その時の一年に天才セッター、まあ影山がいてな。どっちを正セッターにするのか俺は悩んだよ、……菅原が三年生だったから」
コーチは懐かしそうに目を細める。
「そしたら、あいつなんて言ったと思う?」
コーチが得意げに笑って教えてくれたその言葉に、僕は頭に直接雷が落ちたような感覚だった。

**

「遅れてごめーん!」
そろそろ帰ろうか、と鞄に手を掛けて腰を上げると、急ぎ足で体育館へと入ってきた菅原先生と目が合った。
「お、練習しにきたの?」
菅原先生は僕を見てそう尋ねる。
月曜日に引退すると言ったではないか。いや、僕はただ頷いただけで自分では言ってなかったけれど。
「いえ、少し様子を見に」
僕が菅原先生をちらちら見ながらそう言うと、菅原先生は僕をじっと見つめてから首を傾げた。
「なんか俺に聞きたいことあるんじゃない?」
「ぅ、ぇっ、何で分かったんですか……」
「影山が俺に質問ある時、いっつもそんな感じだったんだよねぇ〜」
ニシシ、と得意げに笑って菅原先生は僕の手を掴んだ。
「せっかくだし、ゆっくり話そっか」
最初に練習を見てもらった時のように手を引かれて、連れて行かれたのは、体育館の空いてるスペースではなく、部室だった。
誰もいない静かな部室で、菅原先生と向かい合う形で座らされた。
「さあ、何でも聞くがいい!」
戯けたように腕を組んで菅原先生がそう言う。
「あの……烏養コーチに聞きました。先生の、高校時代のこと」
「うん」
「僕はまだ、迷ってます。僕が残っても僕は正セッターじゃないから、試合に出られるかも分からない。そんな状況でバレーをして、何が残るのか僕には分からないんです」
ただただ感情を吐露しているだけの僕の言葉を菅原先生は黙って聞いてくれていた。
「んー……君は何のためにバレーをしているの?」
僕が話すのをやめた時、菅原先生は僕にそう尋ねた。
何のため、僕はその質問に答えられずに俯く。
すると、菅原先生が、俺はね、と話し始めた。
「俺のためにバレーしてきたよ」
それは嘘だ、と思った。自分のためにバレーをしていたなら、三年生だから、と迷っているコーチに自分を正セッターにして欲しいと言うこともできた。多分、そう言っていたら当時のコーチは菅原先生を選んでいた。
けれど、この人はそうしなかった。影山さんを選ぶべきだ、と言った。
烏野の勝利のために、仲間のためにバレーをしていた。
そして、最後まで、烏野のセッターであり続けた。
そんなこと、僕には出来ない。
「君は、あの後輩正セッターが憎い?」
黙り続ける僕に菅原先生がまた質問を投げかける。
「そんなわけないです。……そりゃあ、あいつが正セッターになった時悔しかったけど、それが正しいのも分かってますから」
「俺も、そうだったよ。天才である影山に、正セッター掻っ攫われて悔しかった。けど、それが正しいのは分かった。……けどさ、やっぱり試合には出たいじゃん!」
真剣な顔で話していた菅原先生が、最後の方で無邪気に笑ってそう言う。
「だから俺はみっともなくしがみ付いたよ。最後まで。俺のためにね」
高校時代の菅原先生と、今の僕の状況は同じに見えるけど、違う。
確かに似ているけど、菅原先生は紛れもなく烏野のセッターだった。
だけど、僕はそうじゃない。
「菅原先生は自分のため、って言いますけど、菅原先生がどう思っていたかはどうあれ、結局菅原先生の行動は烏野のためになったじゃないですか……先生と僕じゃ違うんです」
「違わないよ」
はっきりと、真剣な声で先生は言った。
僕は目を見開く。
「君にしか出来ない事が、あるはずだ。君が今君のためにバレーを続ければ、それが烏野のためになると俺は思う。……コートの外からの方が、試合はよく見えたべ?」
気付いて、いたんだ。
僕がウォーミングアップゾーンで色々見て感じていたこと。
そしてそれを口に出せずにいたこと。
「……菅原先生は、凄い人だったんですね。影山さんが尊敬してるって言ってました、菅原先生のこと。正直、最初菅原先生を見たときはその理由が分からなかったけど、今、凄く分かりました」
この人は、人の気持ちが分かる人だだ。現代文の授業を聞きながら思ったことを再び身を以て感じる。
「俺は普通の人だよ。ただ、君と影山の〝先輩〟なだけ」
菅原先生の言葉に僕は首を傾げる。
「どんなに才能で負けてたって〝先輩〟には〝経験〟があるからね。俺はそれを影山に与えた。君もあの正セッターくんに与えられる〝経験〟があるんじゃない?」
「あり、ます」
「君は、何もできない僕が居座ったって意味ない、って言ってたね」
「はい」
「でも君は君ができることを見つけた。ここに居座る理由には充分だべ」
「は、いっ」
「ほら、烏養さんトコ、行ってきな」
菅原先生がぽんと僕の肩を叩いて立ち上がり、笑う。
僕はその笑顔に大きく返事をして部室を出た。

**

「コーチ!!」
息を切らしながら体育館に駆け込んだ僕を皆が目を丸くして見ている。
でもそんなことは気にしない。
僕はコーチに勢い良く頭を下げた。
「残らせてください!!三年生なのにかっこ悪い、正セッターじゃないのに、って思われてもいいなんて、僕にはまだ言えないけど、僕は、バレーがしたい、です!」
くしゃりと僕の頭が撫でられて、見上げると、烏養コーチは「おうよ」と笑ってくれた。
「やっと決心ついたかー」
「おっせぇぞ!」
「先輩、一緒にやりましょう!」
部活に残ったレギュラーメンバーの三年生や、後輩たちが僕に寄ってきて声を掛けてくる。
僕は僕のために、あともう少しだけここで、僕に出来ることを精一杯していくのだ。
それからすぐにインターハイ予選で感じたことを皆に話した。
やっぱり引け目はあったし、僕がこんなこと言っていいんだろうかと緊張しながらだったけれど、きちんと言えた。
「おお!確かにそうだな」
「わかりました!次気をつけます」
「よく見てんな、流石!」
誰も僕に文句を言う人もいなくて、僕の言うことを素直に受け入れてくれた。
僕はここに残ったことを、多分後悔はしない。

**

菅原先生の教育実習期間が終わる日が来た。
壇上で、やっぱり少し照れながら挨拶をする菅原先生を眺めながら、僕もこの人みたいになりたいと思った。
人の気持ちが分かる人。
自分の弱さを認める強さを持つ人。
影山さん、あなたが尊敬した先輩はこんなにも素晴らしい人だったんですね。
「菅原先生、ありがとうございました!」
バレー部で先生を校門から見送る時、僕たちがそう言うとわ菅原先生は少し目を伏せて、微笑んだ。
「実習期間も終わったから、先生じゃないんだけどな」
「先生は、僕にとっていつまでも先生です。たとえこの先教師にならなくても。僕に大切なことを教えてくれたのは菅原先生でした!」
涙を堪えながら僕がそう言うと、菅原先生もくしゃりと顔を歪めて、笑った。
「ありがとう」

**

あれから、三年が経った。
あの後の春高予選では、決勝まで進んだ。けれど惜しくもそこで負けて準優勝となった。
皆力を出し切った。
その結果だった。
そこで三年生は全員引退をして、受験モードへと切り替え、それぞれ進路を決めた。
僕は、地元国立大の教育学部に進んだ。
そして三年生になった今、教育実習生として母校である烏野高校を訪れている。
今、ここに僕の憧れていた先生がいる。
その先生は、担任の先生でも、部活の顧問の先生でも、教科担任の先生でもなくて、むしろその人はその時は正式には先生ではなかった。
それでも、僕にとってその人はその時から先生だった。
「失礼します!」
そう言って、僕はその人のいる職員室へと足を踏み入れた。

菅原先生の話。
教育実習生として烏野に戻ってきたスガさんのお話です。

モブ視点。

※自己満足。

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