【MUGEN】星夜桜【カップリングリクエスト】
今回割と満足いく出来です。春の忙しい時期も過ぎ、ようやく執筆意欲が戻ってまいりました。半年かかるってレベルじゃねーぞ!■ノースマンさんからのリクエストで、[項目1【「西行寺幽々子」と「カービィ」】・項目2【「3熱血で間へ割り込み様のない熱々な恋愛」と「9円熟でハートフルな恋愛」】]■人外の姿は当「クローンの惑星」こと「マホウノホシ」による設定の真骨頂。世界観としては人外も「回復魔法で人体改造した人間」なのです。怖いっすよ人間。まるで粘土。■近年のMUGEN界は過疎になったが、代わりに視聴層が素晴らしい。荒れ方すら2・3年前の「東方ざまあwww」とかではなく、「このAI記述がどうたらこうたらで卑怯だろ」とかマニアックすぎて感動すら覚えます。結構もう視聴層の中にはダイヤグラムジャンキーが多くいるのではないでしょうか。素晴らしい。本当に。■そういや東方荒らしにも興味がある。いやね、文化にとても関心があるもんでして。ランキング動画に沸いているってことは、少なくとも『そういう界隈』が存在するってことでしょ。もしかしたら交流とかもさ、存在するのかも。真面目な話、取材してみたい。
- 11
- 16
- 4,204
「ぽよ」
桜色の肉団子と、幽玄が服を着たような美しい女性。
「はい貴方」
深い夜の草原。風が常に揺らいでいて、草花が弦楽器となって耳に心地よい音色を届けてくれる。彼女は今、夫と二人切りで星夜桜の鑑賞中である。
そして二人にとってこの鑑賞の終わりが、今生の別れとなるかも知れない。
しかして星野幽々子ができることは、こうして夜風の中、夫へお茶を淹れることだけ。こうして夫の側で座って、一緒に桜を見ることだけである。
「ぽよ。ぽよよ」
「おいしいお茶でしょ」
夫の職業は、勇者。勇者とは魔道士の頂点に立ち、理不尽なテロリストへ、『魔王』へと立ち向かう存在である。
「ぽぉよぅ! ぽーよ!」
「うん。綺麗ね」
そしてこの素性を隠すために、もう長らく夫は人語すら話そうとしない。『魔王』へ対抗する立場の彼等は命だけでなく、家族の身すらも危険に晒す。常に命を狙われる彼等には、一処に定住する生活など許されない。故にこの星夜桜を二人切りにて鑑賞する時間は、あまりにも貴重なものだった。
彼女の隣りに座る夫の、明らかに人間のそれではない容姿。
桜色の生ゴムのような柔らかくも強かな球体に、人体ではありえぬ縦長の瞳。なぜ物が掴めるのか未だに分からない、鮫か海豚の背ビレのような腕は、先の先までしっかり桜色。まん丸の胴体から靴が直接生えたような、滑らかな形の御身足は真っ赤な真っ赤なトマトの色。
回復魔法による人体改造術。そして不死身化。夫は素性を隠すために人間の体すらを捨て去っているのだ。およそ常人には理解し難い行為であったが、それでも幽々子は未だ彼を愛し、妻の身を貫いている。
夫が人間をやめてどのぐらい経つのだろう。少なくとも夫婦となったころは、小さくも凛々しい幼人族の青年であった。しかし現在、夫が人間をやめてしまってあまりにも久しく、その凛々しい姿も記憶において鮮明ではなかった。
幽々子は着の身着のまま、着崩したワイシャツにジーパンというラフな格好。そして特徴的なことにミディアムボブの髪の毛を、夫の体色へ合わせ桜色に染めている。こうでもしておかなければ、彼と並び立っても幽々子が彼の妻であると周囲が認識しない故の行為だった。素性を隠すために身体を捨てた男の妻として、とても愚かな行為だと自覚している。だからこそ、この髪の色にすることを許してくれた夫に感謝もしていた。
ひとつ不満なのは、夫がこのような身体のままでは子を成せるはずもないこと。しかし夫は徹底したその姿勢から、元の幼人族の姿に一瞬足りとて戻ってはくれなかった。府中を逃げまわる生活の中、大変であっても感情的であっても、せめて愛の証が欲しい。あまりにも我侭すぎる願いは、いつ成就するのだろう。
そうした想いから、隣なのに、未だ距離感。幽々子はしばし目を閉じ、距離感を縮めるために夫の手の平だけを感じることにした。
天の星と桜の距離が、そのまま自身と夫の距離のように幽々子には感じられる。
思い返すに。
簡易式の椅子を原っぱにそのまま置く。座って膝の上に重箱の大きなお弁当箱を置く。目を開けると、視線の先を天の星と桜に置く。目を開けても、意識をすぐ隣りの伴侶へ置く。
こうした人間らしい、生活を楽しむという行為を、どのぐらい忘れていただろう。現在の逃亡生活が苦、でもなかったが、決して楽でもなかった。目を閉じて夫の体温を感じ取ると、このゆっくりとした時間があまりにも信じられなくて、幽々子は現実を蒙昧しそうになった。
「カー君」
そうして幽々子は、ありふれた西行寺幽々子型クローンは夫を呼ぶと、中身もそのままに重箱を草の上へ置き、直径20センチ程しかない夫を膝の上に載せ抱きしめた。
「ぽーよ」
現実のこの時間は、夫が特別に作ってくれた時間。さようならを言うための、悔いを少しでも残さぬための時間。
近年の府内でのテロ頻度は非常に激しい。首都で頻繁に起こる自爆テロで交通は麻痺し、『魔王』の宣戦布告と相まってパニックが起こっている。府内山間部に建つクロノジェネレーターが破壊され、飛散したダークマターでの汚染事件も起こった。籍価格は冒頭と暴落を繰り返すマネーゲームの様相を呈しており、人口は府外逃亡により確実に減少している。
今はもう、暴力の交錯する戦争の真っ只中だった。夫はもうこの戦争で、敵に殺されるか使命に圧殺されるかのどちらか、という状況なのだ。
もうこれで、長い間会えなくなる。もうこれで、今生の別れとなるかも知れない。
少女的な感傷に陥り涙を流すような歳ではないはずだったが、ピンクのゴム鞠の上へ雫が落ちて行くのが見える。ゴム鞠の夫が縦細く変形していくのも構わず、幽々子は夫を強く抱き締め続けた。
「ぽよぉ」
夫は何も語ってはくれないし、語ろうとしても幽々子が何も語らせない。本当は何か一言喋っただけですら、こちらの情報が敵へ盗み聞かれる可能性があるのだ。もしそのせいで、敵が夫を騙し罠に掛けたり、彼女を人質に取ったりしたら。もしそのせいで、夫が死んだら。彼女はオリジナルと同じく、死んでも死に切れない。
だから愛してるの言葉すら囁く必要もない。ただこうして、触れ合っていたい。今までとても満たされた人生だったから、それを今は、噛み締めていたい。誰にも邪魔されないまま、ずっとこうしていたい。誰にも入り込まれないこの場所で、永久に一緒にいたい。
愛の密度が高まっていく。
「幽々子」
すると何も語らぬはずの夫が、何も語らせぬはずの夫が、ゴムの身体を震わせて鳴いていた。
「愛してる」
聞こえたのは、言わずともいい、聞かずともいいはずの言葉。
「愛してるんだ」
しかしその言の葉には、激情と切なさが溢れんばかりに篭っているのだと幽々子は察した。分かりきっているはずの意志を、まるで伝えきれていないと訴えてくる鳴き声。あの頃聞いた幼人族の、それも細りきった声。
風が肌に当たり、涙が伝った顔面が冷たい。視界いっぱいをぐしゃぐしゃに潰して、幽々子は力一杯喚いた。
「わからない! もっと!」
夫を自分が圧殺するかもしれない。抱きしめる力は万力に変わった。
「愛してるんだ! 実は今まで! お前に伝えてきたよりもずっと! 愛していたんだ!」
ゴム鞠は突如鋼のように尖ると、雄々しく咆哮を上げてくれる。それに答えるため、応えるように、幽々子の激情も堰を切った。
「もっと! もっともっと! ずっとずっと! こうしたかった! こうしたかったの!」
嗚呼、そうか。
「幽々子!」
卑怯にも幼人族は、その細い腕をするりと伸ばし彼女を抱きしめる。白乳色の胸板に、ピンクのショートヘア。丸い瞳が泣きはらして潰れそうだ。あまりにも久しく見た夫の人としての姿に、彼女の早鐘の心臓が一瞬止まり、その一瞬が永遠の長さとなる。
風の中、桜が視界の中へ溶けていく。永遠の一瞬の中、幽々子は唐突に濃密な死の予感を悟った。『死ぬかも知れない』、ではない。夫はもう、この戦争で、ほぼ確実に。
「ボクは必ず帰ってくる。帰ってくる……」
事実に嘆き、嗚咽を上げようとした時。
「死なないさ。だからまた一緒に、暮らそう……。子供だって、作ろうよ……」
視界一杯の桜色が彼の白乳色へ溶けていく。涙でふやけた景色の中、星灯りで夫だけが淡く光って見えた。
振り絞るように贈る言葉。
「待ってる。戦争が終わるまで、ずっとずっと待ってる」
西行妖種の星夜桜は、オリジナルへ対してのそれと同じく彼女を静かに見守る。
「カー君。愛してる」
空へ溶け切った花びらが、流れ星と共に、ただ、舞っていた。