【2024/2/29非公開予定】「宇宙世紀……じゃない? スパロボだ、コレ!?」 作:永島ひろあき
スパロボが始まらない……
・人体の限界を超えた動きをする無人機と遭遇した、一般的なエースorニュータイプの反応
「殺気がない!? この動き、まさか無人機か!」 → 仲間との連携かトリッキーな戦法を用いて損傷を受けながらもどうにか撃墜。
・本作のアムロの反応。
「ン、なんだ、無人機か。遅い!」 → ゼファーがアムロやユウ、ヤザン達を相手に成長しているのに合わせてアムロも成長しているので、会敵から五秒で撃墜。もちろん無傷。
■新代歴182年
プロメテウスプロジェクト試験基地内部の格納庫の一つに、ゼファーアレックスの姿があった。
直立した状態で固定されている機体の足元にはいくつもの機材が置かれ、そこには一年戦争中にゼファーの
エリシアとカインズは一年戦争時に地球連邦軍第七艦隊旗艦ペガサス級トリビューンに乗り込み、ゼファーの運用と成長に携わってきた重要人物だ。
ソロモン攻略戦に際してトリビューンの被弾の影響で、カインズ博士は重傷を負ったものの、近隣の宙域に潜んでいたプルート財閥の病院船で治療を受けた為、一命を取り留めてゼファー共々プルート財閥預かりの身となっている。
今日、彼らはバーニィに遅れて派遣されたジオン共和国の技術者を迎える予定だった。ゼファーの足元なのは、それが先方の指定だったからである。
そのジオン共和国の技術者――テレンス・リッツマン工学博士は、格納庫に入るや否や久方ぶりに顔を合わせるかつての仲間に、笑みを浮かべた。
「カインズ、久しぶりだな」
「ああ、お互いしぶとく生き残ったものだな」
かつてはMSが登場する以前、新代歴160年~170年代に60フィート級ロボットシステムの開発に血道をあげた二人は、一度は分かれた陣営に身を置きながら再びこうして手を握り合う事が出来た。
「失礼、そちらのお嬢さんは?」
「初めまして、リッツマン博士。ゼファーのプログラミングとオペレートを担当している、エリシア=ストックウェルです」
差し出されたエリシアの手をテレンスは握り返した。美女と呼んで差支えのないエリシアだが、その手はがっしりとして力強い。
代々軍人の家系に生まれたエリシアの肉体はきっちりと鍛え込まれ、特に右手に関しては見事な銃捌きと引き換えに太く、本人が水着になるのを嫌がるほどだ。
「そうか、ミス・エリシアがカインズの
テレンスは、ソロモンでゼファーガンダムが最後に戦ったMSカタールの開発者だった人物だ。カインズのゼファーとテレンスのカタールが戦ったのは、数奇な運命としか言いようがない。
「ああ、名前はゼファーだ。もっともゼファーを搭載している機体は当時と違うぞ。一年戦争の時はいわゆるファーストガンダムだったが、今は連邦がアムロ・レイ専用に開発したガンダムタイプに搭載している。当のアムロ・レイもこのプロジェクトに参加しているがね」
ちなみにテレンスはガンダムがまだガンダーと呼ばれていた頃からV作戦に関与しており、テム・レイとの面識もある。
テレンスのチームが築き上げたロボットシステムの基礎データがあればこそ、ガンダムは半年という短期間で形になったとテム・レイも認めるところだ。
「ニュータイプか。俺のカタールもニュータイプが搭乗したが、こいつの乗ったガンダムには及ばなかった。ゼファーファントムシステム、よくも作り上げたものだ。ところでカインズ」
「なんだ?」
「カタールを含めソロモンでの戦闘について、ジオンからもプルート財閥からも戦闘のデータを見させてもらったが、このゼファーが“敵機のコックピットを撃たなかった”のは、お前達のオペレートに従ったからか?」
そればかりか、ゼファーはムサイの甲板に着陸するほど肉薄し、ブリッジにビームピストルの銃口を向けながらも、決して撃たなかった。
カインズは我が子の失態が見つかったような、あるいはそれを誇っているような小さな笑みを口元に浮かべて首を横に振るう。
「直接指示をしたわけじゃない。全システムが正常に作動した上で、ゼファーがそう判断した。これ以上、人を死なせるなとそう願ってはいたがな」
「付け加えて言えば、倫理プロテクトも外してはいませんでした」
エリシアもカインズと同じ心境なのか、笑顔を浮かべてそう口にした。倫理プロテクトは原則として人命を守る為の攻撃中止コマンドを指す。
人の命を奪う戦争では矛盾するものである為、自力で解除も出来たが、当時のゼファーはこれを外してはいなかった。
「そうか。お前はのほほんと夢ばかり見ていると思っていたが、夢を形にしたか」
「まだ形になったばかりだ。ゼファーも私の夢も」
「こいつ、嬉しそうな顔しやがって。まあいい、また昔みたいにロボットシステムの未来について研究するとするか。幸いここのお偉いさんは話が分かるようだしな」
「その点は保証するぞ。手広くやっている上に成果を上げているから色々と言われてはいるが、少なくとも予算を出し渋るようなことはないし、現場へ視察に来ても口出しはしない」
「そいつはいい! 今のジオンじゃ戦後の復興に追われて色々とカツカツなんだ」
「まあ、ヘイデス総帥は何を見ているのか分からないところもあるが、どんな理由であれ戦争を望むタイプでもない。それとこれから例の機体について、パイロット達を含めて説明をする。お前も来るだろう?」
「ああ、例の機体か。あの博士達が関わっていたとはいえ、あんなモノが一年戦争以前に完成していたとはな。技術開発の歴史に波紋を呼び起こす代物だぞ」
まったくだ、とカインズはテレンスの呆れ顔に全力で同意した。
カインズとテレンス、エリシアは連れ立って隣の格納庫へと向かい、歩き出した。予定ではもう十分もすれば、とある報告がなされる。
そしてその報告とは、このようなものであった。
「長期間、劣悪な保管状況に置かれていたようですわね。部品のことごとくが潮風の影響で著しく経年劣化しています。使い物になりません」
怒りを孕んだ声でヘイデスにそう告げたのは、誰あろうヘパイストスラボの誇る才媛、所長その人である。
体のラインも露なオーダーメイドの紫のスーツと白いドレスシャツ姿は、有能なキャリアウーマンのイメージそのものだ。白衣を纏っていなかったら、やり手の女社長かなにかと間違えられるだろう。
首の後ろで二つに纏めて分けたプラチナブロンドも真っ赤に染まりそうな怒り具合は、ヘイデスがコルシカ基地から持ち帰ってきたトールギスのチェック内容の結果が原因だ。
カインズの言っていた例の機体とは、トールギスのことであった。
プロメテウスプロジェクトの基地内部にある格納庫には、トレーラーの上にトールギスが寝かせられ、近くには無数の整備員と技術者達、それにトールギスの話を聞きつけたアムロやユウ、アーウィン達パイロット連中も集っている。
丸一日をかけたチェック結果は、ヘイデスをはじめとした各員に配られた専用端末内部に送信されており、その内容にパイロット達は顔を顰めている。
自分達が戦場で命を預ける相棒とも言えるMSがここまで杜撰な保管されていたらと考えれば、穏やかではいられない。
「これは、一から部品を新調する必要があるんじゃないか? 所長」
これは父親譲りなのか、MSの開発や設計にも才能を見せているアムロの発言だ。仮に今あるパーツでトールギスを組み立てたとしても、本来の性能を発揮できる状態ではない。
「ええ。アムロ中尉の言われる通り。一度、徹底的に分解して全てのパーツをチェックし、新しい機体を生産する方がいっそ手っ取り早いですわ。
それにしてもジオンがMSに目をつけるよりもずっと早くに、こんな機体が作られていたとは。開発者達の才能と発想の奇天烈さには脱帽します。人体をもう少し省みてはと思いますけれどね」
所長は怒りを一時期押し込めて、トールギスの性能とそれを作り上げた技術者達への称賛を吐露する。一年戦争以前に作られた人型機動兵器としては、信じがたい程の性能がトールギスにはある。
この場に居るカインズとテレンスばかりでなく、他のジオン系の技術者や連邦系の技術者もそろってオーバーテクノロジーに近い産物に、目を丸くするなり顔を険しくしている。
アムロに続いてライラも何度か目をぱちくりとさせて端末から顔を上げて、冗談だろうと言わんばかりに肩をすくめる。
「最大加速20G以上だって? パイロットの保護機構も装備もろくにない状態でそんな負荷がかかるようじゃあ、到底使い物にならないだろう」
ちなみにガンダム00でグラハム・エーカーが阿修羅をも凌駕する存在になりながら、スローネアインの腕を斬り落とした際の超絶技巧による戦闘時には、連続12Gという負荷がかかり吐血している。
「ライラ中尉の言う通りでそこが問題になったのに加えて、開発チームが別の機体の開発に進んだことと行方を晦ましたのもあって、トールギスは放置され、それを目聡くウチの総帥が見つけて引き取ってきたというわけです」
所長から視線を向けられたヘイデスは、他の皆からの視線の矢に刺されながら軽い調子で答える。
「アクシオの次のMSを開発したいウチとしては、ありがたい拾いものが出来たと思っているよ。
けれど、トールギスを放置しないで生産性と安全性を優先した機体を開発出来ていたなら、ジオンもMSを頼みに戦争は起こさなかったかもしれないね。そういう意味ではこれを放置した人々の見る目の無さを恨みたいよ」
この時、ヘイデスの頭の中に浮かんでいたのは、ガンダムWの作中で最初から最後まで登場していたMSリーオーだ。確かあれがトールギスを元にしていたんだよなあ、とぼんやり覚えている。
リーオーは原作に於いて数十年に渡り、戦場で活躍し続けた寿命の長い機体であるが、この宇宙世紀をベースにしたらしいスパロボ時空においては、いまだに開発もされていない機体だ。
一方でOZの存在は確認できているから、数年内に最新鋭MSとしてロールアウトするのではないか、とヘイデスは睨んでいる。まあ、最新鋭相応の性能にはなるだろう。
「それはそうですけれど。はあ、いずれにせよこのトールギスですが、近い内に何機か再生産してパイロットの皆さんにも試していただきますので、覚悟しておいてくださいな」
「え~、こんな機体に乗ったら体がぺっちゃんこになっちゃいますぅ」
「いや、【根性】と【不屈】の精神があれば耐えられなくもないかもしれない」
グレースが至極まっとうに抗議するのに対し、レナンジェスはなにやら精神コマンドを思わせる単語を呟いて、トールギスの加速に耐えられる可能性を真面目に考えている様子だ。
そんなレナンジェスにアーウィンは呆れ顔を隠さず、つい皮肉の一つも口にしてしまう。
「馬鹿かお前は。精神論に頼った国や軍の末路は、決まって悲惨なものだと古今、決まり切っている。トールギスに乗るパイロット全員にそれを押し付けるつもりか?」
「そこまでの事は言わない。ただ、アムロやブランさん、それに俺達ならそれで行けそうだとは思わないか?」
至極真面目な顔でレナンジェスがこういうものだから、名指しされたブランも太い眉毛を八の字に寄せた。
レナンジェスという若者は正義感のある熱血漢で好もしい人物なのだが、ブラン自身は自分をあくまで常識の範疇に収まる一軍人であると律している。
「レナンジェス、俺を巻き込まないでくれ。これでも真っ当な軍人なんだ。オカルトや精神論には縁がない」
「ジェス君の言うことですから~。それに軍なら代わりの利く誰でも使える兵器じゃないと~、意味がありません~。私達でも乗れそうにない機体では~無理ですよぅ」
と常識的な抗議をするグレースに、所長は何を言うやらと呆れた様子。
「グレース、貴女はアムロ中尉とヤザン中尉とユウ少佐に次いでG耐性の高い元気印でしょう。きちんと専用の耐G装置やスーツも作りますから、グレースやジェス、それにブラン大尉なら四、五回も乗れば慣れます、たぶん。
それからカインズ博士、ミス・エリシア、ゼファーにもトールギスを試してもらおうと考えているのですが、いかがかしら?」
「確かにゼファーなら加速の負荷を気にしないで済むが、ガンダム、アレックスと来て次はトールギスか。ゼファーは色々な機体を渡り歩くな」
我が子の流転にしみじみとするカインズに対して、エリシアは至極真面目に意見を口にした。
「加速性能にどうしても目が行きがちですが、これだけの速度となるとゼファーにしても初体験になります。
突撃艇に乗せてジオンの小衛星基地に突撃させたことがありますが、その時よりも速い。この速度を維持しながらの戦闘行動となると、情報処理にも相当の負荷がかかりますね」
「ゼファーに関しては兵器としてより、無人機としての運用データが欲しいのが理由ですし、戦闘行動は満足に取れなくても構いませんでしょ。ね、総帥?」
「うん。別にいいんじゃないかな。ゼファーの場合はトールギスの最大加速に長時間耐えられることが分かれば、そっちの方がプルート財閥としては収穫になるよ」
最大加速での戦闘データをそう重要視していないと取れるヘイデスの発言には、カインズばかりか他の技術者やパイロット達も不思議に思いながら続く言葉に耳を傾ける。
「例えば海難事故や宇宙での事故の際に、トールギスばりの速度で現場に駆けつけられたら、これまでは助けられなかった命を助けられるようになる。
人型を模したMSなら通常の作業ポッドよりも細かい作業が出来るし、ゼファーの判断能力ならオペレーターの指示なしでも臨機応変に事故現場の状況に対応できるように成長する見込みが高い。
一刻一秒を争う事故現場において、トールギスの速度とそれが苦にならないゼファーのような存在はとても有用だと思うよ。
それにこれからはまた開拓の時代だ。一年戦争で壊滅したサイド1、2、4、それにサイド7の復興、これまで軽視されていた火星や木星の開発がある。
残念だけれどそういう現場では事故がどうしてもつきものだ。その時に、救命を目的としたトールギスの速度持ちの無人機はあるに越したことはない。そうだなあ、ゼファーレスキュー、あるいはレスキューファントムシステムってところかな?」
兵器として運用されてきたからといって、これからもそのように使い続けなければならない道理はないと、そう断言するヘイデスに、カインズは眼鏡の奥の目を丸く見開いた。
それはカインズの、いずれ人類が太陽系の外にまで進出した時、あらゆる環境下で人の思いつくすべての作業が出来る人型のロボットシステムが必要だという考えに共通するものを含んでいたからだ。
人間の発想を受け入れられるロボット、それがカインズの理想であり、ゼファーはその可能性だ。そしてヘイデスはゼファーを兵器としてだけではなく、人を救う可能性としても考えている。
例えこの場を取り繕うためのお為ごかしであったとしても、カインズが思わず喜びの感情を覚えるのには十分だった。ただ、少しだけヘイデスの発言には不足があった。
(これからはとは言ったけど、バーム星人にキャンベル星人にと宇宙からの侵略者問題を片付けてからだけどね!
特にスパロボだと大抵バーム星人とは、火星を共同開拓するパターンが多かったと思うから、これまた利権やら何やらで揉めるよなあ。とほほほ。それに木星も……はああああああ~。もうやる事と調べる事が多すぎて、体が足りないよ! 物騒過ぎるわ、この世界!)
■新代歴183年
『それでアムロ、そっちの調子はどうだ?』
アムロは通信機のモニター越しに見る父テム・レイに、苦笑しながら答えた。たまに連絡を取り合うと、必ずこう聞いてくるのがおかしく感じられたからだ。
アムロとてもう十九歳だ。まだ十代とは言え、こうも健康を心配される年齢ではないと自分では思う。もっとも子供の心と親心とは別物なのだが、それをまだ実感できるアムロではなかった。
「大丈夫さ。MSの実機訓練をした後には必ずメディカルチェックとメンタルチェックをしているんだ。プルート財閥のアスクレピオスグループのドクターが、入念に診てくれている」
これは前例のないプロジェクトに参加しているパイロット達の訓練後のデータが、今後の機動兵器パイロット達への心身のケアに役立つから、と入念に行われている。
またアムロに関しては多感な時期に一年戦争を経験し、ララァ・スンを殺めた事へのケア効果もあればいいなあ、とヘイデスが考えた為でもある。
気の置けない同僚達と趣味と実益を兼ねた仕事内容、充実した福利厚生と、原作の同時期に比べればアムロの置かれた環境はマシな筈だとヘイデスは自己評価している。
「父さんこそまた仕事に夢中になって、食事や睡眠を疎かにしたりしていないか? V作戦の時みたいに戦時中ってわけじゃないんだ。自分の体には気を遣ってくれよ」
『ああ、分かっているよ。まあ、確かに今の連邦軍は緊急性のある事態に置かれてはいないが、技術は常に進み続けなければいけないんだ。そうした積み重ねがいつの日か、役に立って誰かの命を救ったり、未来への扉を開く鍵になる』
「ふふ、今の父さんのようなセリフをヘイデス総帥やカインズ博士も口にしていたよ」
『カインズ博士か。V作戦では随分と世話になったものだ。博士が積み上げてきた基礎がなかったら、ガンダムもジムもあそこまで短期間で開発は出来なかった。カインズ博士の積み上げてきたものが、あの戦争を一年で終わらせた一助になったのは間違いない。
もちろんお前の活躍もな。
ただ、あの頃も、いや今でもそうだが、お前のような年の兵士が前線に立たずに済むようにと願ってガンダムを作ったのに、そのお前がガンダムに乗って戦い続けたのは、ひどくショックだったのを今も覚えているよ。
息子を乗せる為にガンダムを作ったんじゃないと、何度も後悔した』
「そう言ってくれるなら、僕も救われる。それにあの時はガンダムが無かったら、あのままザクの襲撃でフラウ・ボウと一緒に死んでいたかもしれない。
ガンダムに乗ったからこそ戦争に関わったけれど、ガンダムに乗ったからこそこうして生きていられると、今になってようやくそう思える。だから、父さんもそう気に病まないでくれ」
『そうか、お前がそう言ってくれると私も救われるよ』
そう言うと、テムは眼鏡を外して浮かんだ涙を指で掬い取った。
この通信も連邦軍が傍受しているだろうが、それはアムロもテムも理解した上だ。良くも悪くも一年戦争の鍵を握ったレイ親子に、一連邦市民としての自由は許されていない。
それを分かった上でも、テムにとってアムロの言葉は目頭を熱くさせるのに十分だったし、アムロもまた父親のそんな姿を見て盗聴や盗撮のことなど些末だと頭の片隅に追いやった。
『恥ずかしいところを見せたな。そうそう、アレックスとネティクスだが凄まじいデータが届いたと評判だったぞ』
“良いデータ”ではなく“凄まじいデータ”という表現が使われるあたり、連邦軍の技術者達の受けた衝撃が如何ほどのものであったか、暗に分かろうというもの。
ネティクスとは、アレックスをベースに地球連邦軍が開発したニュータイプ用の試作機だ。ジオンのサイコミュ技術の検証と実験の為に、まずはオーガスタ研究所、次いでムラサメ研究所に引き渡されて完成した。
背中に小型化が出来なかった為に、止むを得ず大型化した有線ビットを搭載しており、これのテストパイロットとして、アムロに白羽の矢が立ったのである。
これにはアレックスのパイロットを務めていたのと、テレンス博士がカタールにおいてオールレンジ攻撃が可能な攻撃システムを実装していたこともあり、プロメテウスプロジェクトにネティクスが持ち込まれ、テストされたのだ。
もちろん、プルート財閥はネティクスに使われた有線ビットの技術を、美味しくいただいている。
「役に立ったならいいが、ネティクスのビットは一般のパイロットでは扱えないだろう。誰でも使えるようでなければ、MSに持たせるには不適当だよ。ましてや連邦軍ではなおさらだ」
『ふふ、なまじお前が使いこなしたものだから、ムラサメ研究所の所員達も渋面を拵えていたぞ。あまりいい噂を聞かないところだが、妙な事をしなければいいのだがな。……そうだ、一つ、お前に聞きたいことがあったんだ』
「なんだい?」
『あのトールギスなんだが、本当にあの重量で間違っていないのか? 桁が一つ間違っていないか? いや、私も何度も調べたが、にわかには信じ難くてな』
トールギスの重量は8.8トン、アムロの乗ったガンダムは本体重量43.4トン、ザクⅡF型は本体重量56.2トン。ガンダムのおおよそ四分の一の重量、ザクに至ってはおおよそ六分の一となる。いかにトールギスが軽いか、お分かりいただけるだろう。
「間違っていないよ。トールギスは本当にそれだけの重量しかない」
『そうか。そうか……うーむ、それにしても軽い。軽いなあ』
アムロに事実だと告げられてもまだ納得できない様子のテムに、アムロはプロジェクトの皆もそうだったな、と苦笑した。
『とはいえ私がいくら納得しなくても事実は変わらないか。それにしてもアムロ、プロメテウスプロジェクトに出向してから、顔色が良くなったんじゃないか。声も表情も前よりも柔らかい』
「そうかい? そうなのかもしれないな。ここにいるとテストパイロットか、技術者としてメカと付き合って生きてゆくのが楽しく感じられるよ」
そういえば、もうずいぶんとララァの夢を見ていないと、アムロはふと気付いた。
*
テムと親子の会話をしていたアムロだが、彼は新代歴183年のある時期、宇宙に上がっていた。先程の通信も宇宙から地球の父親と交わしていたものである。
プルート財閥の保有する工業コロニーを拠点として、ついに陽の目を見たムーバブル・フレーム型MSの宇宙でのテストを行うのが目的だ。
プルート財閥の調達したコロンブスとジャンクからリペアしたサラミスとムサイ、更には戦艦のマゼランまでもが護衛についている。
宇宙にはヘイデスや所長、テレンスらも上がっており、今はコロンブスに搭乗してテストの様子をブリッジで確かめているのだが、この時、可愛らしい珍客が二人、ブリッジに居た。
太陽の光を思わせる煌びやかな金髪に、夕陽を思わせる鮮やかな瞳を持った天使のように愛らしい七、八歳の双子の子供達だ。
男の子がシュメシ、女の子がヘマーという名をヘイデスと所長から付けられている。ヘブライ語でシュメシとは太陽の光、ヘマーとは太陽の熱を意味する。
ギリシャ神話になぞらえた名前にしようとしたヘイデスだったが、双子の英雄などが居ないではなかったのだが、どうにもその逸話から養子とはいえ我が子につけるのは如何なものかと考え、こちらの名前に落ち着いている。
子供用サイズのノーマルスーツを着た二人は、同じくノーマルスーツを着用したヘイデスを左右から挟んでいる。あのギフトことヘリオースもどきから出産された二人は、今年で三歳、しかし外見はその倍以上に成長していた。
ヘイデスと共に暮らしているが、ヘリオースもどきの傍に居たがる為、多くの時間をヘリオースもどきを移送したプロメテウスプロジェクト試験基地で過ごしている。
公式の基地祭などならばともかく、試験段階の軍事兵器が動く場に子供を連れてくるのはモラルを疑われるが、二人のたっての頼みをヘイデスは断れず、シュメシとヘマー兄妹はよくテストの光景を目にしている。
「二人とも、初めての宇宙だが怖かったりはしないかい?」
二人を引き取ってから三年、多忙なヘイデスはそう構ってあげられる時間もなく、いい父親ではないと自嘲している。
三割ほど混じっている前世の一般人の部分は、主人公疑惑のある二人にもすっかりと情が移っており、ちょっとした親バカになっていた。
まだ二人が赤ん坊のころには、この世界におけるウルトラマン相当の人形を見せて、ユの字かどうか、そしてスーパーヒーロー作戦やαシリーズの参戦を確かめようともしたが、今となっては笑い話だ。
コロンブスのブリッジでふわふわと浮いているシュメシとヘマーは、感情表現の乏しい子達ではあったが、まるっきり無感情というわけでもなくプロジェクトのマスコットのように可愛がられている。
シュメシとヘマーはぎこちない感じの微笑みを浮かべて、義理の父を振り返った。
「うん、大丈夫、だよ、お父さん。僕達は怖くない、よ」
シュメシが父を安心させるようにそう告げれば、ヘマーは
「ふわふわしていて、おもしろい、ね。雲の上で泳いだら、こう、なのかな?」
ぱた、ぱた、とゆっくりとした動作で手を羽搏かせて、宇宙の無重力を楽しんでいる。その様子にヘイデスは大仰なくらいに安堵し、その様子を見ていた所長もまたにっこりと笑みを浮かべる。
邪魔にならないようプラチナブロンドをまとめた所長は、柔らかな笑みを浮かべたまま双子に話しかけた。
「シュメシ、ヘマー、そろそろテストが始まりますから、席に着きなさいな。二人の好きなゼファーも動き出しますわよ」
ゼファーの名前が出ると、二人はにかっと誰の目にも明らかな笑顔になる。この二人を見て天使の笑顔と称し、父性と母性を刺激されたプロジェクトスタッフはこれまで数知れない。
「うん、ゼファーの、動くところ、みたいな。ね、僕?」
「うん。見たい、ね。ゼファーも久しぶりの宇宙で、きっと楽しいと思ってるよ。ね、私」
ね、とお互いの顔を見つめて笑いあう二人を見て、ゼファー専属のオペレーターであるエリシアはつられて笑顔になりながら二人に話しかけた。
「二人は本当にゼファーが好きなのね」
「うん。あのね、ゼファーは僕達と似ているから……」
「うん。違うところもあるけど、でも、とっても似ているの」
エリシアは彼らが特殊な体質の出自だと聞かされていたから、万が一、シュメシらを傷つけないようにと深くは追及しなかった。
二人が成長の早い特殊な体質であるというのは周知されているが、ヘリオース擬きから取り上げられたという点については、プロジェクトスタッフにも内密にされている。
「あ、お父さん、お母さん、動いた、よ。亡霊さんに乗って、黒いお星様がピカピカ」
「うん、動いた、ね。お星様達が亀さん達と遊び始めたよ。狼さんに雷さんも、ね。白いのと赤いのは、どっちが勝つかな、私」
「分かんないなあ。でもどっちもすごいね、僕」
*
テスト宙域に黒をベースに紫の塗装が胴体や関節の一部に施されたMSが三機、衝突を心配しそうになる近距離で縦一列のフォーメーションを組み、高速で飛翔している。
後方へと伸びたウサギの耳めいた部位とツインアイをバイザーで覆った頭部、大きく広がるスカートアーマーに太い足を持ったソレはヘパイストスラボ謹製、ムーバブル・フレーム型MS――ゲシュペンスト。
ヘイデスが、エイクロスが出来上がるのなら分かるけど、なんでゲシュペンスト? と大いに首を捻ったのは、彼しか知らない。
これまでギリシャ関連の命名だったのに、この機体に関してはドイツ語から採用されたのには、所長を始めとした多くの人間に訝しまれたが、バーグラーの時同様、原作への敬意としてヘイデスは譲らなかった。
「マッシュ、オルテガ、ジェットストリームアタックを仕掛けるぞ!」
“黒い三連星”の異名で知られるジオンのエース、ガイア、オルテガ、マッシュらの必殺の連携攻撃を前に、胸部に亀のペイントがされたノーマルカラーのゲシュペンストと二機の僚機が同じようなフォーメーションで迎え撃つ。
「そっちがそうなら、こっちはトリプラーってなあ! ジェス、ミーナ、対応して見せろよ!」
気炎を吐くのはヤザンだ。お互いのゲシュペンストには、模擬戦仕様ではあるが、ニュートロンビームライフルと、原作には無かったシールドが持たされている。
「了解! この人達とやり合うのはオデッサの時以来か!」
「あっちは三機、こっちも三機! 連携でも負けないんだから」
一方でジェスとミーナの搭乗するゲシュペンストはライフルもシールドもなく、徒手空拳。
これにはヤザン達のゲシュペンストが言ってしまえばリアル系仕様であるのに対して、ジェスとミーナは【MAを素手で解体できる】をコンセプトに開発されたスーパー系仕様であるからだ。
当然、MAを相手に懐まで接近する為に、馬鹿げた推力と冗談じみた馬力が持たされ、メガ粒子砲の直撃に耐えられるシールド要らずの重装甲化が施されている。
その代わり、これは大量生産するのはちょっと無理だな、とヘイデスと所長も認める高コスト化している。人間が重機を解体するようなものだから、ま、仕方ない。
「小僧に小娘め、腕を上げたか!」
ガイアはこちらのフォーメーションに同じくフォーメーションで対抗してくるミーナ達に、驚きと奇妙な喜びを覚えていた。後者の感情についてはここが戦場ではなく、今や同じプロジェクトの同僚というのも大きいだろう。
「俺達が連邦の戦術教本に載っているってのも大きいだろうぜ」
これは右目に傷が走り、隻眼というハンディキャップを持ちながら、エースとして君臨し続けるマッシュの発言だ。少し照れ臭そうでもあり、誇らしげでもある。
「はははは、今じゃジオンだけじゃなく連邦の教本にも俺達が載るとはな! ジェットストリームアタックもバリエーションを増やさんといかんな、ガイア、マッシュよ」
黒い三連星最後の一人オルテガも自分達の名が知れている事に喜んで大笑いだ。ただそれを甘んじて見逃すジェスとミーナではない。二人のゲシュペンストが肩を並べて、胸部の装甲がスライドする。
スーパー系仕様――通称ゲシュペンストS型固有の武器、ブラスターキャノンの砲口が露となる。
「二人合わせて!」
「ダブルブラスターキャノン!」
それこそかのビグザムを思わせる強大なビームの奔流が、黒い三連星へと放たれた。ただし、例によってコックピット内に映し出されるCG合成だが。
これを三方向へと散って避けるガイア達に、ヤザンがスプリットミサイルとニュートロンビームを乱射しながら襲い掛かる。
「フォーメーションを組み直す隙は与えん!」
「連邦のパイロットもやるな! だがな、真に宇宙の戦士たるはジオンのパイロットだと知れえ!」
野獣の如く迫るヤザンを、ガイアが戦士の咆哮と共に迎え撃つ!
*
黒い三連星対ヤザン・ジェス・ミーナの六名がテストを行っているのとは反対側の宙域では、こちらもまたバーニィ、テレンスに続き合流したジオン共和国の名だたるエース達と連邦のエース達とが、観客の少なさが勿体なく感じられる人類トップクラスのMS戦を実演中だ。
胴を蒼く塗ったゲシュペンストにはユウ・カジマ、ガルバルディβと同じ塗装のゲシュペンストにはライラ・ミラ・ライラ、アッシマーと同じ塗装のゲシュペンストにはブラン・ブルターク。
対するは青一色に塗装されたゲシュペンストを駆る“青い巨星”ランバ・ラル、白いゲシュペンストには“白狼”シン・マツナガ、そして真紅に塗られたゲシュペンストには“真紅の稲妻”ジョニー・ライデン。
アクシズや潜伏を選んだジオンパイロットも少なくない中、黒い三連星と上記の三人はジオン共和国に籍を置いていた。
「ちい、流石に異名持ちのパイロットは動きがダンチだね」
ライラはヘルメットのバイザーに浮かび上がる各種情報を一瞬で把握しながら、目まぐるしく位置を変える敵機の捕捉に神経を尖らせる。
全天周囲モニターとリニアシート、更にヘルメットのバイザーへの情報投影と新しい技術が山盛りのゲシュペンストへの不慣れがあるが、それは相手も同じこと。文句は言えない。
「軍人なら宇宙だからといって、スペースノイドに後れを取るのが許されるわけではない!」
ブランは奮起していた。
彼はスペースノイドへの偏見を持っていたが、それもプロメテウスプロジェクトで数年を過ごせば、アースノイド、スペースノイド、ジオン、非ジオン、オールドタイプにニュータイプ、転生者がごちゃ混ぜの職場であったから、自然と偏見も吹き飛ぶ。
それでもこのような発言が出たのは、やはり相手がジオンのパイロットであるからだろう。地球連邦の仮想敵の最たるものがジオンなのは事実だ。
「……!」
一人、ユウは無言のまま蒼いゲシュペンストで宇宙を駆ける。彼の目に宇宙が蒼く見えていたのか、そうではないのか。
相手の技量に闘志を燃やしていたのはライラ達ばかりではない。
ガルマのジオン共和国に籍を置いてから、こうまで手強い相手と戦い、最新鋭のMSを駆る機会に恵まれたラルやマツナガ、ライデンは年甲斐もなく浮足立っていた。
「いい加減、ガルバルディαやゲルググも旧式だからな。こいつを輸出してもらえるんなら、ジオンもしばらくは安泰だ」
上機嫌な様子を隠さないのはライデンだ。地球連邦がジム・カスタムやジムキャノンⅡ、ジム改と新型機を順調に配備して行っているのに対し、ジオンは戦争中に計画された機体や開発された機体を騙し騙し使っているのが実情だ。
そこにこのゲシュペンストが回ってくれば、大いなる戦力増強となる。ただ、亡霊を意味するゲシュペンストという名前は、縁起が悪いけれども。
「ライデン少佐の言うことは分かるが、今はテスト中だ。私語は慎まれた方がよいのではないかな」
「はは! 相変わらず真面目だな、白狼は。だが動きで分かるぜ。あんたもウキウキとしてんだろ?」
「ふ、操縦に感情が出るとは、私もまだ青いな」
他愛のない会話の間にも、エース達はこちらに向かって迫るスプリットミサイルの弾幕を回避し、反撃として正確な狙いでニュートロンビームライフルを連射する。
エースがゲシュペンストの性能を引き出し、宝石よりも貴重なデータが洪水のような勢いで蓄積されてゆく。
射撃戦が繰り広げられる中、一機が飛び出した。空の青、海の青を思わせるゲシュペンスト――ラルだ。左腕に三本ストックされているプラズマカッターの一本を抜き、プラズマの刃を形成する。
「そろそろ格闘戦のデータもとっておかねばな! 私の相手はお前か、カジマ少佐!」
「……ッ!」
まるで予め打ち合わせていたかのように、ユウのゲシュペンストも飛び出して、青と蒼のゲシュペンストがプラズマカッターで斬り結ぶ。
MSとは――ゲシュペンストはパーソナルトルーパーと呼ぶべきだが――おおよそ人体を模した動きをどこまで再現できるかが、性能の指標の一つに挙げられる。
人体の骨格に相当するムーバブル・フレームによって、ゲシュペンストの動きの細やかさはより人体に近くなった。だが、同時にMSだからこそ人間には出来ない動きをしてこそ、でもある。
とてつもない速さで敵味方の入り乱れる宇宙で、一瞬でさえ長く感じられる刹那にミスを許さぬ操縦を行う難易度は、筆舌に尽くしがたい。
しかし、それが出来るからこそ彼らはエースなのだ。
「機体の性能に頼っているのではない。引き出して戦っている。恐ろしいのはあの坊やばかりではないな、カジマ少佐!」
「ッ!!」
反発しあうプラズマを火花の如く散らしながら、異なるブルーを持つゲシュペンストが時代錯誤な剣戟を重ねていった。
*
そして第三の宙域では、ゼファーが搭載されたトールギスが、アーウィンとグレースのリアル系仕様のゲシュペンストR型を伴い、プロメテウスプロジェクトのトップ達のテストの様子を監督していた。
これはトールギスを解析し、新造したパーツから組み上げた新造機であり、本来の一号機はいずれ相応しいパイロットの手に渡る日を待って、地上で眠りに就いている。
ゼファートールギスは、ゼファーガンダム、ゼファーアレックスのデータから、腰の両サイドにビームガンを二つ追加し、前面スカートアーマーの増設、また頭部を稼働できるように付け根から挿げ替えている。
元々のトールギスは、あのガンダムに似たフェイスガードを外すと、四角いカメラアイを備えた頭部が露となるデザインで、首の可動域のないリーオー顔なのだ。
赤い鶏冠めいたパーツは外されて、代わりにガンダムと同じ頭頂部のパーツがあり、カメラを内蔵したV字型アンテナが額に設置され、よりガンダムに近い顔となっている。
頭部の挿げ替えと前面スカートアーマーの追加は、アムロ専用トールギス、更にもう一機の現在テスト中のトールギスとも共通する。
ゼファーとグレース達が監督を行っているのは、合流したジオンパイロットの一人とアムロが模擬戦を行うとかなりの頻度でヒートアップして、止める者がいないと本人か機体に限界が来るまで無茶をしてしまう為だ。
その分、有用なデータは取れるのだが、最近は二人の関係が幾分か丸くなった影響もあり、模擬戦中のやり取りがどんどん聞くに堪えない大人げないものになってきている。
その為、二人の動きに追従できるゼファーと同じく高レベルのニュータイプであるアーウィンとグレースが駆り出されているのだ。
「今日でえっとぉ、通算百回目ですねえ~。戦績はどうでしたっけ~?」
「五十勝四十九敗でアムロ中尉が一つ、勝ち星をリードしている。あちらは合流してからまだ数カ月だが、アムロ中尉を超えるべく鬼気迫る勢いで腕を磨いている」
「それじゃあ、なおさら今日はヒートアップしそうですね~。ゼファー君、ゼファー君はあんな大人になっては駄目ですよ~。あれ、ゼファー君でよかったんでしたっけ? それともゼファーちゃん~?」
「……どちらでも間違いではあるまい。それにあの二人がパイロットとして尊敬に値するのは間違いないが、人間的には長所も短所もあるのも確かだ。ゼファーは、短所は反面教師にして、長所は素直に見習えばいい」
恋人同士の気の抜けるやり取りの中も、ゼファーは機体のセンサーをフル稼働して、隕石やMS、戦艦の残骸といったデブリの中を飛翔する白と赤の輝きを映していた。
まるで氷上のスケーターのように滑らかな曲線と機動兵器が行っているとは信じがたい鋭角の入り混じる動きは、それを行っている者達が“トップクラス”のパイロットなのではなく、“トップ”パイロットである証明だった。
徹頭徹尾アムロ専用に調整が施された専用のトールギスは、大部分はゼファー機と共通ながらも額からはユニコーンを思わせる黄色い一本角が伸び、左胸には赤いユニコーンと「A」を組み合わせたエンブレム、腰にはサブウェポンとしてビームライフルと特殊な格闘武器がマウントされている。
アムロ専用トールギス――トールギス・シューティングスター。
両肩のスーパーバーニアと、脚部やリアアーマーに増設されたスラスターから噴射炎を噴きながら、一瞬の停滞もない機動で宇宙の漆黒に光の軌跡を描く。
「そこ!」
シューティングスターのドーバーガンが盛大にビームを放ち、正面にロックオンしていた赤いトールギスに迫る。
赤いトールギスはひらりと軽やかにその一撃を回避し、更にはデブリを避けながら同じく右肩に接続されたドーバーガンをシューティングスターへと撃ち返す。
「ちぃ、流石に反応が速い。また腕を上げたか、シャア!」
ジオン共和国から派遣されてきたパイロット最後の一人、“赤い彗星”シャア・アズナブルは、専用に開発されたトールギス・コメットのコックピットに、専用パイロットスーツを着込み、座していた。
シャアは、数カ月前に直に再会して以来の付き合いとなったライバルへ更に反撃を叩き込む。
「宇宙に出て鋭さを増したのがお前だけだと思うな、アムロ!」
シャアのコメットに装備されたドーバーガンには二つの銃身があり、それぞれビームと実体弾を撃ち分けられる仕様となっており、名称はドーバーランチャーとされている。
まずはシューティングスターの軌道を読み切った上で実弾が射出され、それをシャアがトリガーを引く前に察知したアムロが機体を急旋回して回避する。
だがそれもシャアは織り込み済みだ。アムロの回避した先へと、今度はビームが放たれる。
「二段構えか、小賢しい」
咄嗟に構えたシールドが胴体への直撃コースにあったビームを受け止めて、シールドの曲線に沿ってビームが分散し、後方へと流れてゆく。
機体に走る振動に揺れながらも、アムロは【直感】に従ってドーバーガンを手放して、右手で右腰にマウントしている特殊武器を取る。
「違うな、アムロ、三段構えだ!」
ビームを受け止め切ったシューティングスターへ、シールド裏のビームサーベルを抜き放ったコメットが迫る。実弾を避ければビームが、ビームを避ければビームサーベルが襲い掛かる三段攻撃!
どの攻撃でも敵機を撃墜できるシャアの技量は凄まじいが、それをすべて引き出すアムロもまたニュータイプどうこう以前に隔絶した技量であった。
「ふ、それならこれは避けられるか!」
「なに!?」
赤い彗星が白い流星を斬り捨てるまでの刹那に、流星から棘の生えた鉄球という原始的極まりない武器が投げつけられた。ブースター搭載の鎖付き棘鉄球――ハイパーハンマーである。
ビームも弾く新素材で作られたハイパーハンマーは、その存在を知っていたシャアでさえ実物を前に度肝を抜かれたが、ビームサーベルが弾かれるのを理解して咄嗟に回避行動へ切り替えたのは流石の判断と反応の速さだ。
そこへシューティングスターの頭部にだけ装備された、外付けのビームバルカンポッドが発射され、小さなビームの弾丸がコメットに着弾するも、すぐさま左腕のシールドがそれを遮る。
「牽制とはいえこの程度で、私は止められん」
「分かっているさ、だから次で仕留める!」
奇しくもこの時、両方の機体の背中にマウントされていた特殊武装が同時に起動する。
「行け、リッパービット!」
それは無線操作による回転する刃だった。シューティングスターから四基の回転刃が放たれれば、コメットもまた同じ武装を同じ数だけ撃ち返す。
「サイコミュの扱いならば、私に一日の長があるぞ!」
ネティクス、そしてジオン系技術者から得られたノウハウで形となった、回転する刃状のビットだ。T-LINKリッパーあるいはスラッシュ・リッパーのビット版と言えるだろう。
ビットの操作ばかりでなく機体の操縦も同様に行う二人の動きは、時間を経るごとに鈍くなるどころかますます鋭さを増して行き、かつてZシリーズの重要キャラクターガイオウが、アムロを銀河有数の戦士と評したのが間違いではなく、そのライバルたるシャアもまた同等の強者である事を証明するものだった。
二人の戦いは、テスト終了が告げられてコロンブスに帰還した後も続き、コックピットから下りた二人がやいのやいのと周囲の目も憚らず口論した挙句、所長に怒鳴りつけられるまで続くのだった。それでも収まらない時には所長の鉄拳が火を噴く。
このシャア、一度はアクシズへ赴いた後に調査目的の名目で一部の艦隊と人員と共にジオン共和国へ帰還し、ガルマと旧交を温めた上でこのプロジェクトに参加しているのだが、何があってどう過ごしたものか。今のシャアは良くも悪くも素をさらけ出していた。
*
宇宙に上がったプロメテウスプロジェクトの愉快な皆の拠点となったコロニー“ヒッポクレーネー”内部には、当然ながらプルート財閥のオフィスがある。というか、内部の建物や人員全てが財閥の関係者だ。ほとんど財閥の私物と化したコロニーなのである。
テストを終えたパイロットやメカニック、クルー達がコロニー内部の観光施設で休息を満喫している中、ヘイデスは港湾部に隣接するヘパイストスラボ、ヒッポクレーネー支所で、今後の予定について所長と話していた。
「今度は月に行かれるのですか?」
「うん。大規模なスカウトをしに行くんだ。一応、護衛として何人かは連れて行くけれど、残りのメンバーでテストは続けていてくれるかい? 所長も今は大事な時期なんだから、ここで待っていてね」
「あら、もう宇宙に上がっておりますのよ? 大事な時期というには遅いのでは?」
所長は藍色のマタニティドレスを押し上げるふっくらとしたお腹を撫でながら、からかうように夫へ告げた。新代歴180年、終戦直後に所長からヘイデスへプロポーズをして早三年。所長は実子としては二人目となる新たな命を宿していた。
「だからせめてここで待っていておくれよ。シュメシとヘマーの傍には、僕か君がいないと不安だしね」
「ふうん? 私とシュメシ達を置いて行くとなると、それなりに危険なスカウト相手なので?」
「軍人の中でもかなり荒っぽいことを生業にしている人達だね。フォン・ブラウンの良いレストランを予約しておいたから、そうそう乱暴は出来ないさ」
「まったく、あまり危険な真似はしないでくださいな。貴方が倒れたら財閥はもちろん、私と子供たちの将来も真っ暗闇に落ちてしまうのですから」
「うん、十分に気を付けるよ。マハルを追われた軍人さん達を、なんとかスカウトして見せるとも」
この時期、ヘイデスはデラーズ・フリートによる星の屑作戦が発動しないと判断している。というのも連邦軍のジョン・コーウェン中将によるガンダム開発計画がまだ始動していないのだ。
こうなると星の屑の要であるガンダム試作二号機がそもそも存在していないのだから、星の屑が起きようはずもない。それに伴い、ティターンズの発足も遅れるかもしれないが……
(これはあれかな。グリプス戦役中に星の屑が起きるパターンか? もしそうならαシリーズの流れを汲んでいるな。このスパロボ時空で観艦式の戦力と人員が失われるのは、あまりに惜しい。この世界で実戦を知っている軍人は、宝石よりも貴重だ。
星の屑を防ぐ為にもシーマ艦隊を引き入れておくに越したことはない。俺がやらなくてもグリーン・ワイアットが取引を済ませるだろうが、アルビオン隊が大ポカをやらかしてシーマとの取引をオジャンにする流れは阻止しなければ!
これからどんだけ宇宙から厄介な敵が来ると思ってんだ、コンチクショウ!)
<続>
〇新代歴180年 所長、ヘイデスへプロポーズ。ヘイデス、これを快諾して両者は結婚。
〇新代歴180年 ヘイデス、シュメシとヘマーを養子として引き取る。ウルトラマン擬き
の人形を見せるも、これといってとくに反応なし。ユーゼスではない?
〇新代歴181年 ヘイデス・所長夫妻に第一子誕生
〇新代歴183年 ヘイデス・所長夫妻に第二子誕生(予定)
■ムーバブル・フレーム型MSゲシュペンストR型・S型が開発されました。
■アムロ専用トールギス・シューティングスターが開発されました。
■シャア専用トールギス・コメットが開発されました。
■ゼファートールギスが開発されました。
■ワルハマー・T・カインズが入社しました。
■エリシア=ストックウェルが入社しました。
■テレンス・リッツマンが出向してきました。
■ガイアが出向してきました。
■オルテガが出向してきました。
■マッシュが出向してきました。
■ランバ・ラルが出向してきました。
■ジョニー・ライデンが出向してきました。
■シン・マツナガが出向してきました。
■シャア・アズナブルが出向してきました。
☆頑張ってシーマ艦隊をスカウトしよう!
すみません、本編開始直前まで行きませんでした。何とか次回で終わらせます。
所長とヘイデスですが、最初は最終回まで内緒にしておくつもりだったのですが、まあいいや! と考え直して今回の暴露となりました。なお所長の名前は未公開です。最後まで所長で通す予定です。
次回はトレーズ閣下との遭遇、スパロボ系科学者達との懇親会、30バンチへの毒ガス事件などを取りそろえております。
追記
ジェスのアムロへのさん付けを修正
トールギス・メテオ→トールギス・コメット