サンセット・サンライズ   作:ゆーり

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逢魔時

「うん、いいよ」

 

 ……はは、勝った!

 

「ありがとう! 実績も何もない俺だけど、最後まで諦めないことだけは誓うよ」

 

 もうすぐ日が沈もうかというグラウンドの片隅で、俺は乾坤一擲のスカウトを行っていた。

 

 ここ、トレセン学園にトレーナーとして就任して早数年。名バを育てあげて、獲得賞金で預金額九桁到達を目指したはいいものの、GⅠウマ娘どころか重賞勝利すら達成できなかった。

 

 おかげで財布は風が吹けば飛びそうな軽さだし、無能トレーナーランキングがあればランクイン間違いなしの立ち位置を確立してしまった。

 

 この状況から抜け出そうにも、無能では才能あるウマ娘をスカウトできないという負のループで、前回の選抜レース後のスカウトも奮わない結果だった。

 

 そう、選抜レースはウマ娘が選ばれる場であると同時にトレーナーが選ばれる場でもあるのだ。選択権は常に優れている側が持っている。俺が以前コイツをスカウトした時も一顧だにせず断られたしな。

 全く、頭の軽そうなガキの割には見る目があると思ったものだ。

 

 ……だが、成功した。

 

 コイツの置かれた状況が俺に味方した。ならばその波に乗らない手はない。見える、見えるぞ。金色に輝く栄光の未来が!

 

 ふふ、コイツの望む菊花賞はどうせ出られないだろうが、その後のレースでいくらでも稼げる。

 

 この天才に、無敗の二冠ウマ娘にぶら下ってるだけで金も名誉も手に入るってんだから笑いが止まらねーぜ!

 

「"諦めない"か。いいねそれ。ボクも諦められそうにない。だから君に全てを賭ける」

 

 気が合うじゃねーか。俺もお前にこの先を全部ベットさせてもらうつもりだ。

 お互いにいい目が見られるよう、頑張っていこうじゃあないか。

 

「よし、じゃあ握手でもするか! これからよろしくな、トウカイテイオー!」

 

「うん、こちらこそよろしく。トレーナー」

 

 栄光に目が眩んで何も見えてない男と、絶望の暗闇に堕ちて周りが見えなくなっていたウマ娘。そんな、天と地ほどに乖離のある二人は、燃えるように真っ赤な夕日に照らされながら、手を取り合った。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 どこで間違ってしまったのだろうか。

 

 最初から? 

 

 いや、身の丈に合わない夢だったとは思わない。

 

 才能も努力も環境も揃っていた。ダービーだって獲ったのだから、運もあったはずだ。

 

 けれど、自分の夢は唐突に終わりを告げた。否、今まで積み上げてきた全てが崩れてしまった。

 

 菊花賞、もっとも強いウマ娘が勝つと言われるクラシック戦線の終着点。

 あるいは、それに挑むことすらできない自分はどうしようもなく弱かったということか。

 

『トウカイテイオー、左脚骨折! 菊花賞出走は絶望的か!』

『トレーナーとの関係悪化!? 契約解除の可能性が取り沙汰される』

『トウカイテイオー、再契約の続報なし。発覚した気性難と脚部不安が原因か』

 

 ここ最近、紙面とワイドショーを賑わせているのはボクの話題ばかりだ。もっとも、どれ一つとして良い話ではないけれど。

 

 骨折によって菊花賞への出走ができなくなるだけであれば、まだマシだったのだろう。いまのボクはレースへの出走権も、走りを支えてくれるパートナーも失っていた。

 

 互いに信頼し合えていたはずなのに、たった一事でその関係は脆くも崩れたんだ。

 

 菊花賞への出走を許してもらえず我儘を言うボク。そして、骨折の原因は過剰なトレーニングを強いた担当トレーナーにあるという世間からのバッシング。

 

 結果的にあのヒトは、ボクと一緒に夢を見ることを諦め別の道を行った。

 

 その事実を受け入れられず、癇癪を起して暴れたボクを引き取ろうなんて物好きは、この学園には居なかった。

 

 それで怪我も悪化させちゃうんだから、本当に救いようのない間抜けだ。

 

「一人でご飯を食べるのにも慣れちゃったな」

 

 以前なら考えられないことだった。

 級友かトレーナーと食事を共にすることが常であった自分が、今となってはおひとり様の常連だ。

 

 一応弁解しておくと、他のウマ娘たちから避けられている訳ではない。マヤノも他の皆も自分を心配してよくしてくれている。それを素直に受け取れず、勝手にボクが孤立していっているだけのことだ。

 

 食堂のテレビに目を向けると、週末に行われるレースの特集番組が流れていた。

 

「いいなぁ……」

 

 失くしてしまった、当たり前だったもの。

 

 三冠、GⅠ、重賞。そんな格式はレースに出走できるという前提あってのものだと、気付くのが遅すぎたのだろうか。

 

 無敗の三冠ウマ娘になる以前の最低限の資格すら満たせない現状。憧れの存在とは似ても似つかない。

 今でもはっきりと脳裏に浮かぶ"皇帝"シンボリルドルフのレース。自分の原点であり、今も追い掛けている彼のウマ娘は、とんでもなく速くて強くてカッコよかった。

 

 なにより、彼女の走る姿には他に真似できない煌めきがあった。あのキラキラした輝きに自分もなりたいと思ったのだ。

 

 けれど、彼女の輝きはレースが強いだけで魅せられるものではない。これまで己を磨き上げてきた努力と成し遂げてきた功績。常日頃からの在り方全てが集約され、レースに臨んでいるからこそ発揮される輝きだ。

 

 それに比べれば、目指した存在の煌めきからどこまでも遠い自分。レースが速いだけでしかなかった傍迷惑な子供。

 

 それがボクだ。

 

「……今日のご飯、なんだかしょっぱいなぁ」

 

 無敗の三冠という目標が断たれた事実と同じくらい、己の矮小で情けない在り方が嫌になる。

 

「こんなの、見捨てられても仕方ないよね」

 

 必死で我慢していた零れ落ちる涙が抑えきれなくなった。誰も居なくなった食堂で一人机に突っ伏す自分が酷く惨めだった。

 

 それでも。いや、だからこそ菊花賞は……三冠だけは諦められない。

 

 信頼したあのヒトとの関係が断ち切られた以上、どれだけ今の己が目指すものから遠かろうと、もう残っているのは夢だけなのだ。

 

 獲れなければ、二冠で終わってしまえば、今までの全てが過ちだったと認めることになる。

 

「新しいトレーナーを探そう」

 

 きっとこのヒトとなら、自分の夢は叶う。そう信じた有能で優しかった者すら自分から離れた。

 同等以上の実力を持つトレーナーとの契約は望めないだろう。

 だが、菊花賞へ出ることに文句さえ言わなければ、才覚なんてどうでもいい。

 自身の力で勝ち取ってみせる。

 

 他の誰も賛同してくれないのだとしても、夢を諦めてなんて生きていけない。

 

「そうだ。離れていった奴のことなんてどうだっていい。ボクの夢を、ボク以外の誰にだって否定なんかさせるもんか」

 

 愛憎は表裏一体とはよく言ったものだ。

 

 あんなにも愛おしかった信頼できるパートナーは、今となっては憎悪の対象だった。

 

 あのヒトは、ボクの夢を断ち切った女は、今日も別のウマ娘にトレーニングを施すのだろう。

 

 そうしていつの日か、ボク以外のウマ娘で三冠を達成するのだろうか。

 

「……ははっ、バカにしやがって」

 

 顔を上げ、席から立ち上がり外へと向かう。

 

 ご飯がほとんど喉を通らないからだろうか。足取りがフラフラするがじっとはしていられない。

 

 はやく、ボクの夢を受け入れてくれるヒトを探そう。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……どうしてっ!」

 

 そうして始めたトレーナー探しは、全くうまくいかなかった。

 

 気性難を理由に断られないよう、愛想よく相手の顔色を伺いながら話したのに。

 

 誰も彼も目を逸らして否定の言葉を吐く。

 

 なんでなの?

 

 そんなにいけないことなの?

 

 人生でたった一度しか挑めない、歴代でも数えるほどしかいない三冠ウマ娘になる夢なんだよ?

 

 君たちもトレーナーなら、その栄光を掴みたいと思うものじゃないのか。

 

「なんでそんな現実的なことばっかり言うんだよぉ……」

 

 完治が間に合わない。

 

 万全でない脚で出ても勝てない。また脚を悪くするかもしれない。

 

 三冠になれずとも、その先がある。

 

「先ってなんだよ。ボクにとって、菊花賞に出ない先なんて意味ないんだ」

 

 どいつもこいつも量産品のロボットかと思うほどに同じことばかり。

 

 なにがトレセン学園のトレーナーだ。

 

 なんの意外性も特別性もない、似たり寄ったりの理屈屋ども。

 

「くそぅ。トレーナーが居ないと出走できないなんて条件さえなければ、誰が頼ったりなんてするもんか」

 

 悪態をつくも、打つ手がない。

 

 本当にこのまま、諦めるしかないのか。

 

 ボクを見捨てたやつに、ボクのことを見もしない連中に言われるまま、走りもせず負けるのか。

 

「うっ……うぅ……くそ、ちくしょう……」

 

 もう嫌だ。ヒトなんて、みんな大っ嫌いだ。

 

「はぁ……はぁ……、やっと見つけたぞトウカイテイオー!」

 

 ……っ、誰?

 

「え、なに泣いてたの? 脚が痛むのか? 保健室行くか? おんぶするぞ」

 

 いきなり話しかけてきたと思ったら、オロオロして心配し始めた。

 

 何の用だろうか。いまは誰にも会いたくないからどっか行ってほしい。

 そう思って睨みながらなんでもないと伝えると、こちらに向き直って口を開いた。

 

「あー、そのスマン。お前が新しいトレーナーを募集してると聞いてな。他の連中に先を越されないよう探し回ってやっと見つけたんだ」

 

 トレーナーを探しているボクを、先を越されないように探してた?

 

「……それって、ボクのトレーナーになってくれるってこと?」

 

 実績のあるトレーナーを優先したとはいえ、かなりの数に声を掛けたはずだ。探し始めてそれなりに日数も経っているのに、今まで会うタイミングがなかったのだろうか。

 

「ああ、もちろんそのつもりだ! その反応ってことはまだ未契約か? おいおい、俺にもツキが回って来たんじゃねーかこれ!?」

 

 オロオロしてたくせに今度は子供みたいにはしゃぎだした。忙しいヒトだな。

 

「ちょっと待ってよ。ボクが探していたのは、菊花賞に出ることを認めてくれるトレーナーだよ。そうでないならお断り」

 

 この条件を誰も呑まなかった。

 

 断ってきたトレーナーたちも口では勝てないとかなんとか理由をごねていたが、結局のところはあの女と同じで面倒事なんか引き受けたくないのだ。

 

 骨折によって受けた世間からのバッシング。学園はトレーナーの過失を否定する見解を発表したし、ボクもそんな事実はないと世間に伝えた。だが、一度ヒートアップして思い込んだ大勢というのは厄介極まりない。その後、実際に契約解除されてしまったことも含めて、この話は真実だというのが世の中の風潮だ。

 

 それゆえに、ウマ娘に負担の大きいトレーニングや出走ローテーションを批判する空気が出来上がってしまっている。当事者であるボクを完治の見込みもないまま長距離レースに出すなんて言えば、どれだけ非難されるか。

 

 ギリギリまで出走有無を公表しないという手はあるが、ボクとしては約束を反故にされないためにも、出走の意志表明をしたい。その交渉の余地はあるだろうか。

 

「菊花賞? 出ればいいじゃねーか! たった一度のクラシックだもんな! 簡単には諦めつかねーよ」

 

 ……え?

 

「ほんとうに、いいの?」

 

 ボクが言うのもなんだけど、出走の意思表明をしただけで世間からめった刺しにされるよ?

 

「流石に骨がくっついてないとか歩くのもままならん状態で出すとは言えないけどさ。走れるとこまで持っていく気なんだろ? だったら俺が言うことはねーよ。精々お前が無事に帰ってこられるように入念なリハビリとお祈りをするだけだ」

 

 そう言って笑顔を浮かべるこのヒトからは、欠片も今後への憂いを感じ取れなかった。

 

「……あっ」

 

 その笑顔を照らす赤い光に、今になって気付いた。どうやらここはグラウンドの片隅で、いまは日が沈もうとしている夕方だったらしい。

 

「だから頼む! 俺にお前をスカウトさせてくれ! 一緒に三冠を、その先の夢を叶えよう!」 

 

 血のように、炎のように真っ赤な夕日に照らされるなかで浮かべていた笑顔は、妙に印象的だった。

 

「……うん、いいよ」

 

 急な展開に思考は追い付いてなかったが、自然と口から出たその答えが、正解な気がした。




○トレーナー(クズ):
金欲しさに中央のトレーナーライセンスを取得した俗物。
ガキ(ウマ娘)なんて適当に丸め込んで都合の良い金蔓にすればいいだろとか思ってる。
まあまあアホ。

○元トレーナー(女):
優しく聡明で真面目な黒髪ロング美人。
世間のバッシングとか気にするような性格ではない。

○トウカイテイオー:
ダービーを勝利したあとで世界の予定調和的に骨折。
菊花賞を諦めるだけの度量も強さも持ち合わせていたが、信頼していたトレーナーがバッシングに屈して自分を見捨てた(と思っている)ことで心が砕けた。
表面的な態度は変わらないように見えるが、暗い濁った色の目をしている。
三冠の夢に憑りつかれた状態。
誰ともトレーナー契約を結べずやつれていっていた。

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