インターネット講座2004 「宇宙から素粒子へ」
第2回 宇宙の構造
担当:神田展行
はじめに
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それらの結果は、各実験/観測グループを尊重して、なるたけオリジナルのwwwにリンクしています。
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目次
講義 第2回:宇宙の構造
宇宙の年齢 -最新観測のおどろくべき精度-
現在の科学的な宇宙象を論じるまえに、昔の人の宇宙観(像)を調べてみるのも一興かとおもいます。

(クリックで拡大します)
この図は古代バビロニアで考えられていた宇宙(世界)です。この描像で特徴的なのは、天空や山脈のむこうといった当時の知見のおよばない先はすっぱりと無くなっていることです。
そして、全体がジオラマ模型のように想像(創造?)されています。
このタイプは
類型があり、私は”箱庭型”と呼んでいます。
わからない部分を無理に想像しない、
という態度は、ある面では合理的かもしれません。(一部、天蓋やら、星が紐?で吊られたりやらはし
ていますが...)
つぎに典型的なのが、古代インドの宇宙像のような”超越者型”です。

(クリックで拡大します)
この図では省略されていますが、この手の世界像をもった文明が必ずしも不正確な地図しか
もたないというのではありません。その意味では箱庭型よりも技術的にはより高度な文明の所産なのですが、
一転して既知の事実の外側では巨大な亀とか神様とかの超越した存在に支えられています。
たぶん、世界が少しわかるようになった結果、”果て”を説明しなくては安心できなくなったのでしょう。しかしわからないことの解決を、超越的な存在にまかせてしまったわけです。
こういう宇宙像とは別に、宇宙の成り立ちの要素に着目した世界観もありました。ギリシア文明が4つの元素(火、空気、水、土)からなると考えたのはよく知られていますが、中国でも
朱子学では
このような
描象がありました。科学的に正しいかどうかはさておき、基本元素に大きな構造の原因を帰すという考え方は、現在の素粒子論的な宇宙像の出発点に一脈つうじるものがあります。
前述の箱庭型は、中世ヨーロッパでも時代を逆行したかのように復活します。しかし必ずしも
測量や地図が技術的に後退したというわけでもありません。
歴史のうえで、知識や技術が進んでも必ずしも科学になりえないというのは興味深いことです。
科学的なものの捉え方というのは、わかっていることとわからないことを区別できること、根拠のないことを確定した
ようにはあつかわないことが重要です。
またとくに宇宙論については、宗教的な問題が大きな比重を占めています。
しかし、観測的な事実の積み重ねは、いつか迷信を破る時が来ます。
古代の宇宙観はおおむね天動説です。西欧文明ではBC4世紀のアリストテレスが知られています。
おそらく天文観測がおこなわれはじめてからすぐに、
単純な天動説では十分に説明できないだけの観測事実(例えば、天球上での惑星の運行が時々逆行するようにみえる)がみつかるはずです。しかしAD2世紀に、プトレマイオスが周転円という
軌道補正を導入し、これを説明します。
以降、より精度の高い観測がなされてもこれをくりかえし、ついにはもともとシンプルで調和的であったモデルは
複雑怪奇な軌道補正を
つみあげて天動説が成り立つような説明が続きます。
これにたいして、コペルニクスが著書「天体の回転について」(1543年)で、地動説を出します。
この”コペルニクス的転換”が純粋に科学的であったかどうか疑問もありますが、これによって
地動説が科学的検証の場に上ることができるようになります。ガリレオは自ら望遠鏡を制作し、
木星の衛星の観測したのは有名な話です。
最終的に地動説を有力にするブレイクスルーは観測事実と理論の両方が揃うときです。
火星の軌道を精密に観測したのはティコ=ブラーエですが、円軌道ではどうしても観測事実を
説明できないことから、彼は地動説を捨てて、天動説との折衷案にもどってしまいます。
観測データをひきついだ弟子のケプラーが楕円軌道であることを提案し(ケプラーの三法則 1609年)、
それがニュートンの力学で
理論的に説明されたとき、ついに地動説は疑う余地のないものとして確立します。
いったん頑迷さから解き放たれた人類は、その後、ハーシェルによる銀河系の観測(「天界の構造について」1784年)や、
それ以上の構造について観測事実を受け入れてきました。
もうひとつ重要なのは、昔の人の宇宙観が、たいてい恒常的な宇宙像であったり、唯一の
世界像であったということです。
前者については、歴史の上ではごく最近まで定常宇宙か、膨張などの時間にそって変化を
する宇宙かの議論がありました。アインシュタインでさえ、彼の一般相対性理論の方程式が
進化する宇宙の解にならないように宇宙項を付け加えたことがあります。結局のところ、
観測事実はビッグバンがあったことを示しており、すくなくとも誕生から現在までは
宇宙は膨張してきたことは正しいようです。
後者については、我々の世界(地球、あるいは宇宙)が唯一のものか?という問いでもあります。
中世イタリアのジョルダノ=ブルーノは、「神が我々の宇宙をつくったのであれば、ほかに
もつくれないことがあろうか?」といって現在の言葉でいうところのメタ宇宙論を唱えています。
(1584年「無限、宇宙および諸世界について」)
宇宙の発生を考えるのであれば、いわゆる”外側”を想像するのは当然でしょう。
それについての理論物理もありますが、しかし以下ではわかっている事実を
中心に宇宙の構造を説明します。ブルーノーの説にたいして「神はそのような
ことを考える輩のために地獄をつくってある」そうです(!)ので、
ここは謙虚に観測的事実をもって人類の認識している範囲の宇宙を考えてみましょう。
現在の宇宙像
恒星と恒星系

スペースシミュレーター Cerestia による太陽系俯瞰図
太陽のように自ら熱核反応で輝いている星を恒星とよびます。恒星の周りに、地球や木星のような惑星とよばれる
核反応を行っていない星が公転している場合があります。これが恒星系(我々の場合は太陽系)です。
恒星は、別な恒星とお互いに重心周りを回る連星系を作る場合もあります。
星団、星雲

オリオン座の星雲(NASA ハッブル望遠鏡の画像より引用。オリジナルのwwwはここ。)
恒星や、恒星の元となる(あるいは残骸の)星間物質が集まり、星雲あるいは星団を形成します。オリオン座の星雲とか、スバル星団などが有名です。
ただし、これらには、1000億個以上の恒星を含む銀河系のような大きなものと、銀河系に
内包されるようなものとが、同じく星雲と呼称されたりしています。
銀河系をGalaxy, 銀河系内の小さな星雲・星団はNebula とします。
銀河系
18世紀にハーシェルが望遠鏡をのぞいて地道につくりあげた星の分布図(距離と方向による)は、
このようなものでした。
多くの恒星があつまって、銀河系(Galaxy)とよばれる集団をつくります。

M63銀河(すばる望遠鏡の画像より引用。オリジナルのギャラリー画像はここ。)
我々の銀河系は円盤状に渦を巻いた分布をしており、夜空に見上げる銀河(Milky Way)は
円盤の面の方向です。我々の銀河系は 1011(1000億)個程度の恒星があつまってできています。
太陽のようによく輝いている恒星が円盤の様に分布していますが、過状腕と呼ばれる束が渦を巻いたような
構造も見られます。またハローと呼ばれる球状に分布するより暗い部分もあります。
銀河の元となるガスの初期条件や進化して行く過程(どのくらいの量があつまったか、最初にどれだけの角運動量を
もっていたか、どのくらいの重力で引き合い、回転し、星ができ、年月が経過し、等々)
で形状・構造ができてくると考えられています。(ディスカッション)
銀河団、超銀河団

銀河団CI0939+47(すばる望遠鏡の画像より引用。オリジナルのギャラリー画像はここ。)
この図の小さな光点はそれぞれがひとつひとつの銀河系です。
実は銀河系は一様にばらまかれているのではなく、銀河系があつまって銀河団というものを形成しています。
我々の銀河系は、大小マゼラン雲やアンドロメダ銀河など20あまりの銀河で局所銀河団を形成しています。
しかしこれは小さい方で、千以上の銀河系があつまる銀河団があります。我々から15Mpc程度に、2千個ほどから
なる乙女座銀河団などが知られています。
さらに10程度の銀河団があつまり、超銀河団を形成しています。ただし、定義はやや曖昧で、どこからがある
超銀河団かという境界はきっちりしていません。
ボイド構造、グレートウォール

我々の銀河のまわりの銀河分布
(クリックで拡大します)
M.Geller & J.Huchura, 1989
これはGellerとHuchuraによる我々の銀河のまわりの銀河分布(1989年)です。円の半径は、おおよそ150Mpcに相当しています。
(実際には銀河の赤方変移で測定した速度です)。黒点のひとつひとつが銀河に相当していますが、あきらかに一様には分布していません。壁のようにつらなった部分(グレートウォールと呼ばれています)があり、泡のように存在しない部分(ボイド構造)があります。
これはとても興味深い事実で、より遠くの銀河や、それらの分布を調べるために、いくつかの観測が現在なされています。
例えば2dF 銀河赤方偏移掃天観測や
SDSS スローンデジタルスカイサーベイなどです。
こうした銀河の分布は、銀河系を形成する物質の分布に、泡だかなんだかの非一様性があったことを示しています。
すなわち、宇宙初期での物質密度にムラ(揺らぎ)があることになります。
これはなかなかたいへんなことです。人類は天動説が間違えていると知ったときに、宇宙は中心などないと悟りました。
一般相対性理論以降の多くのモデルでは、宇宙は一様等方的であると考えてきました。
さらに後述するように宇宙はビッグバンと呼ばれる
”爆発”でごく狭い領域から始まったと考えられていますが、だとすればムラはいったいいつ、どうやってできたのでしょうか?
そして、宇宙モデルを考え直さねばならないほどの非一様性なのでしょうか、それとも許される程度の揺らぎで大域的には
一様と考えてもよいのでしょうか?
宇宙は膨張している!
ビッグバン対定常宇宙論
宇宙の初期は小さな高温の火の玉であり、そこから爆発して膨張し(=ビッグバン)、しだいに冷えて現在の状態になった、というモデルを
1946年にガモフ(G.Gamov)らが提唱します。これがビッグバン モデルと呼ばれるものです。
ガモフは、ビッグバンが正しければ、現在の宇宙は5K(絶対温度5度)くらいの"ぬくもり"がのこっているはずだという
予言をしました。
こうした進化していく宇宙論と、それと対抗して宇宙は今も昔も現在とかわらないという”定常宇宙論”が
提唱されました。定常宇宙論は手をかえ品を変え、なんとか説明しようとしましたが、結局のところ宇宙の説明
としては不適であることがわかっています。決定的な証拠となったのが、次に述べる宇宙背景輻射の発見です。
背景輻射の発見
1964年のことです。米・ベル研究所のペンジアス(Penzias)とウイルソン(Wilson)は通信衛星の電波を受ける高感度のマイクロ波アンテナを
チェックしていました。しかしどうしてもとれない雑音がありました。原因は不明、そしてアンテナを
どの方向に向けてもその雑音は受かります。極限まで雑音原因を追求した結果、彼らの結論は、これは宇宙の
全方位からやってくるマイクロ波(ペンジアスとウィルソンが調べたのは波長7.35cm以下での雑音でした。
ただし宇宙背景輻射の主成分はもっと短く、6μm付近が最大となるような分布をしています。)である、というものでした。

PenziasとWilsonが宇宙背景輻射を発見したマイクロ波アンテナ
この波長は、黒体が熱をもつことにより放射するマイクロ波であるとすると、約3Kに相当します。(ディスカッション)
COBEの観測で、2.725±0.002Kという値が得られています。
これはおおむねガモフの予言した値です(のちにより詳しい観測結果をとりこんだ計算をやりなおし、ガモフの予言は
正しい値になります)。すなわち、宇宙の残っているビッグバンの名残の”ぬくもり”であると考えられます。
この宇宙の全方位からやってくるマイクロ波のことを、宇宙背景輻射といいます。
宇宙背景輻射の発見は、ビッグバンが正しいことを裏付ける非常に強力な証拠です。
ビッグバンと宇宙と物質生成のシナリオ
ビッグバンによる宇宙と物質生成のシナリオを時間をおって記します。熱々で高密度のエネルギーが、広がってゆくにつれて冷えて物質としての形になって行く、そのようなイメージです。宇宙発生の時刻を0秒とします。
0秒
真空のゆらぎから宇宙発生(実はまだよくわからない)
10-44秒後
宇宙の温度 >10
32 K
統一された力から、重力が分離(参考:
第1回講義)
10-36秒後
宇宙の温度 >1027 K
統一された力から、さらに強い相互作用が分離
10-35〜10-33秒後
インフレーション(急速な膨張)
10-11〜10-10秒後
ビッグバン
宇宙の温度 >1015 K
電磁相互作用と弱い相互作用が分離。(=4つの相互作用に)
クォークと電子の”スープ状態”。
10-8秒後
宇宙の温度 >1014 K
エネルギー密度において、光子がおおくを担っている”光の時代”(物質は生成と消滅を繁く繰り返し、安定して存在できない)
1分後
陽子、中性子、He, Dなどの軽い元素の核が形成。ただしまだ
エネルギー密度において、光子がおおくを担っている”光の時代”(物質は生成と消滅を繁く繰り返し、安定して存在できない)
千年〜1万年後
エネルギー密度のおおくが(非相対論的な)物質に=”物質の時代”。これ以降、物質の密度が宇宙の進化を決めてゆく。
105年後
宇宙の温度 < 4000K
水素原子核が形成。光の進行にじゃまな自由電子がなくなる”宇宙の晴れ上がり”
109年後
物質の偏在(重力で引き合って固まりができてくる)。原始銀河の形成。
109〜1010年後
重力による銀河の集団か→銀河団や超銀河団の元
ビッグバンの痕跡を追う
ビッグバンの痕跡である宇宙背景輻射は宇宙の全方位から観測されます。しかしこれの強度にムラはないのでしょうか?
現在の宇宙背景輻射のムラを精密に観測すれば、宇宙初期の状態がどの程度一様であったか、宇宙初期を決める重要な要素の
大きさがどのくらいであるのか、宇宙が生成してからどのくらいの時間が経ったのか、などを決めることが可能です。
このような観測のために、背景放射を測定するCOBE衛星がうちあげられました。COBE衛星は確かに背景輻射にムラがあることを
観測します。そして、マイクロ波の方向を決める角度分解能がよりよくなれば、精密な宇宙論パラメータが決められることを期待して、WMAP(Wilkinson Microwave Anisotropy Probe)が打ち上げられました。

WMAPのWWWより引用。オリジナルは画像はここ。 青→赤の順で背景放射の強弱を表し、全天を投影した図。
COBEに比べてWMAPは格段の分解能で結果を出しました。
これによって、最初に述べたように重要な宇宙論パラメーターがすばらしい精度で求まりました。
今後により精密な宇宙論を生み出すブレイクスルーとなるでしょう。
宇宙の構造についての研究は、観測が格段に進歩する度に進歩してきました。しかしいつの場合でも、
信頼性の高くなった観測を解釈し、裏付けとなる理論と相補・相乗しながら発展してきたのです。
参考文献/参考ホームページ
ディスカッション
以下に今回も議論の材料をいくつかあげてみます。
(やはり提出を要求するレポートではありませんが、興味があれば調べてみてください。)
- 銀河系(Galaxy)の形状分類(どのようなものがあるのか調べてみる)
- 温度とマイクロ波の波長にはどのような関係があるのでしょうか?
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