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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第百九十四章 逃亡

忘れてましたが今月末に四巻発売です

人間性を捧げすぎなければ、そこまでに連載も一区切りつく予定

 その日は、朝から何だか騒がしかった。


「……何やってるんだ、お前ら」


 屋敷の住人である人形たちや四つん這いの髪の長い女の人や赤い手形や青い髪の無表情な少女が、カタタタタキシキシバンバンスイーッと騒ぎながら、キラキラした物を取り合っている。


「って、ほんとに何やってるんだよ、リンゴ」


 よく見ると、というかよく見なくても一目瞭然だったのだが、屋敷の住人たちに混じってしれっとリンゴが争奪戦に加わっていた。

 俺が尋ねるとリンゴはピタリと動きを止め、こっちを見てから三秒ほど首をかしげ、


「……しゅぎょう?」

「いや、俺に訊かれてもな」


 今一つはっきりしない答えを返してきた。

 ただまあ、見ているとリンゴの言いたいこともなんとなく分かる。


 キラキラとした物を取り合う中で、リンゴはスキルやスキルキャンセルなどを駆使して縦横無尽に動き回っている。

 そのリンゴに関節を逆に動かしたりお互いをぶん投げたりしてついていく屋敷の奴らも大概だが、意外とこれで戦いの練習になっているのかもしれない。

 ……うん、でも今気付いたが、こいつらが取り合ってるの屋敷の鍵だ。


「いいけど、朝ご飯までには切り上げてもどってこいよ。

 あと、その鍵もちゃんと持ってくるんだぞ」

「…ん。がん、ばる」


 リンゴは小さくうなずくとやる気たっぷりに鍵争奪戦にもどっていった。


 やっぱり自力で入手しないと鍵は返してもらえないルールなんだろうか。

 鍵をなくされても困るが、最近沈みがちだったリンゴが楽しそうだから、まあいいだろう。


(ま、最悪の場合くま呼べば何とかなるだろうしな)


 ちなみにくまはレイラがあまりにも怖かったのか、俺の冒険者鞄の中に引っ込んで出てこなくなってしまった。

 引きこもる先が俺の鞄というのもどうかと思うのだが、きっと飽きたらケロッとした顔で出てくるだろう。


「じゃ、先に食堂に行ってるからな」


 俺はリンゴの健闘を祈りつつその場をあとにした。




「あれ、お前だけか?」


 食堂に行くと、映像記録の石板とノートをテーブルに置き、何やら真剣な顔で何か書き物をしているサザーンがいた。


「ほう。貴様か。レイラの奴がなぜかものすごく張り切っていてな。

 朝食まではもう少し時間がかかるそうだ」

「……そうなのか」


 レイラが張り切っている理由は、なんとなく想像がつくようなつかないような……。


「急ににやけてどうしたんだ? 気持ち悪いな」

「べ、別に何も思い出してないぞ」

「思い出す? いきなり何を言ってるんだ、お前は」


 仮面の奥からいぶかしげな視線を送るサザーンから目を逸らして、サザーンの前に開かれたノートを指さした。


「そ、それよりお前が書き物するなんてめずらしいな。

 何を書いてるんだ?」


 俺が話を振ると、サザーンはふん、と胸をそびやかして、ノートをこちらに向けてきた。


「仕方ないな。そこまで言うなら見ても構わないぞ」


 見たいとは一言も言っていないのだが、まあここでもめてもめんどくさいので、はいはいと言いながらノートを手に取る。

 ノートは普通に日本の学校などで使われる代物で、特に変わったものではない。

 いや、中世っぽい世界観に平然とノートがあることがすでに普通でもないのだが、とにかくそこには意外と丸っこい字で箇条書きにいくつもの項目が記されていた。


「邪神大戦の映像記録で分かった邪神の情報を、この僕が、分かりやすくまとめたのだ。

 本当は秘中の秘とも言える情報だが、これが書けたのは貴様の働きも大きいからな。

 特別に、お、お前だけに、見せてやるんだぞ」

「へー。そうなん……」


 見かけによらずまめなことをするなぁと、俺はノートを覗き込んで、固まった。


「いや、その……なんだ、これ?」


 微妙な表情を浮かべる俺に、サザーンは不満そうに鼻を鳴らした。


「うん? 何だ、貴様はあの映像記録をちゃんと見ていなかったのか?

 どれも全て、あの邪神が使ってくるという特殊能力に決まってるだろ!」


 言われて、俺はもう一度ノートを、そこに書かれた特殊能力名を見た。



 虐殺の(キル)閃光ビーム


 殲滅者の(ジェノサイド)咆哮ウェーブ


 次元(ディメンション)破壊者ブレイカー


 残されし(デッドリー)死の記憶(メモリー)


 災厄の(ディザスター)兆し(サイン)


 断絶する(シャッター)濃霧ミスト




 和製英語丸出しの適当極まりない特殊能力名もツッコミどころではあるんだが、それよりも……。


「何で片仮名だけだったはずのスキル名に中二っぽい漢字名がついてるんだよ!」


 映像記録の邪神はそういえば技名を口にしていた気がするが、当然映像記録には副音声なんてついていなかったので、技名に漢字名がついていたりルビが振られていたりなんてことはなかった。


 というか、虐殺の閃光(キルビーム)ってなんだよ。

 普通に殺人光線じゃ駄目だったのか。

 いや、まあ……………かっこいいけど。


「まったく。貴様も分からない奴だな」


 俺は至極当然の疑問をぶつけたはずなのだが、サザーンはお前は馬鹿か、みたいな調子で平然と言葉を返した。


「そんなの、イメージに決まってるだろ。

 というか、映像記録を見ていた時、お前には見えなかったのか?

 邪神が特殊能力を使った時に頭の中に閃く漢字名が」

「やめろよ! 次見たら思い浮かんじゃいそうだからやめろよ!」


 今日の最終話を見た時に『殲滅者の咆哮』とか浮かんできちゃったらどうするんだ!

 真剣な場面が一瞬でギャグになってしまう。


「もちろん、この漢字名は僕のオリジナルだ。

 本当なら使用料を払ってもらいたいところだが、お前なら無料で使っても……」

「だからそんなもん使わねえよ! 使うとしても脳内でちょっとだけだよ!」


 ひとしきり叫んで、ふぅと息をつく。

 こいつと話していると、どうにも変な方向に話が進んでいけない。

 俺は一度気持ちを落ち着けると、ノートを返した。


「それにしてもお前、あれを見てもやっぱりまだ邪神と戦う気でいるんだな」


 死亡者も出たあの映像の戦いを見て、いまだ戦意を失ってないというのは素直にほめるべき事柄なのだろう。

 ……どう考えても、サザーンの力で勝てるとは思えないが。


「当たり前だ。邪神の欠片を討つことは、昔からの僕の目標だからな。

 それに、僕にはおぼろげながら邪神との戦いの記憶があると言っただろ?」

「ああ。腕輪に残された、ネームレスの記憶、だったっけ?」


 俺の言葉に、サザーンは自分の腕輪に目を落とした。


「うん。ただ、彼がネームレスと名乗っていた時の記憶はほとんど残っていない。

 ネームレスというのは名を棄てて王家に仕える魔法使いの役職名で、邪神大戦のあとは自分の役目にふさわしい新しい名前を勇者にもらったんだ。

 腕輪に残っているのは大体がそのあとの物で、邪神関連の記憶は意図的かと思われるほどに大半が腕輪からは失われている」


 記憶から消したい戦いだったのか。

 それともほかに理由があったのか。


「ただ、一言だけ。彼は僕ら子孫に向けて、邪神について言い残したそうだ」

「へえ、なんて?」


 俺が訊くと、サザーンは柄にもない真剣な声で告げた。



 ――邪神とは、決して戦ってはならない。



 ごくり、とつばを呑み込んだ。


 ネームレスは映像記録を見る限りでは猫耳猫世界で一番の魔法使いだ。

 光と火に属性が特化しているものの、使っている魔法の威力から類推するに、サザーン以上の魔法の能力を持っているだろう。

 そんな彼が決して戦うな、と言い残すのだから、邪神はやはりとんでもない相手なのだろう。


「今も邪神の能力を書き出してみたが、実はまだ隠された能力があるんじゃないかと僕はにらんでる」

「……いいのか? 先祖が戦うなって言ってる相手と戦って」


 俺が言うと、サザーンは軽く笑い飛ばしてみせた。


「ふん! 僕は偉大なる一族の裔にして、世界最高の闇魔術の繰り手、大魔術師サザーン様だぞ!

 ……それに、調べてみて絶対勝てそうになかったらやめればいいだけだし」

「お前って奴は……」


 情けない限りだが、あいかわらずの態度に俺は逆に安心した。


「だったら、やっぱり今日の最終話だな。

 それで隠された能力とやらも明らかになるかもしれないし、お前の先祖の知られざる過去も見られるかもしれない。

 お前からすれば、絶対に見逃せない話ってことだ」

「……そう、だな」


 しかし、そこでサザーンの勢いが急に弱くなる。

 何かが引っかかったような煮え切らない態度で、下を向いてしまう。


「何だよ、嬉しくないのか?

 お前、あんなに映像記録を見るのに夢中だったじゃないか。

 それがいよいよクライマックスだっていうのに……」

「別に、最終話が楽しみじゃない訳じゃない。

 見たい、とは思ってるさ」


 どこかすねたような顔のサザーンに、俺は首をかしげる。


「じゃあ何でそんな微妙な反応なんだよ。

 お前にこれを見せるために俺も色々……」


 そう言葉を続けようとしたところで、唐突にサザーンが席を立った。

 苛立ったように乱暴に口を開く。


「お前は本当に、鈍い奴だな!

 素直に喜べるはずなんてないだろ!!」

「サ、ザーン?」


 いきなりの剣幕に呆気に取られる俺に、サザーンは一気にまくしたてた。


「これを、今日の最終話を見たら、お前との約束は終わる。

 そうしたら、お前たちが……お前が、元の世界に帰ってしまうじゃないか。

 だから、僕は……ぁ」


 だが、そこで……。

 激していたサザーンの言葉が、突如途切れる。

 サザーンは俺以上に呆然とした顔をして、横を見ていた。

 自然と俺の視線もそちらに向く。


「リンゴ……」


 そこには、屋敷の鍵を手に、呆然と立ち尽くすリンゴがいた。


「あ、い、いや、今のは……」


 サザーンが何か弁解めいたことを口にしようとするが、結局それは意味のある言葉にならない。


「…かぎ。かえそう、と、おもっ、て」


 蒼白になった顔で、切れ切れの言葉を吐きながら、ふらふらとこちらに歩み寄るリンゴ。

 この態度は、間違いない。

 先ほどのサザーンの言葉を、俺が元の世界に帰るという話を、リンゴが聞いてしまったことは明らかだった。


 これはもう、隠し通すことは出来ないだろう。

 息を吸って、リンゴをまっすぐに見た。

 俺と視線の合ったリンゴが、なぜか怯えたようにビクンと震えた。


「ずっと黙ってて悪かった。その、俺は……」


 リンゴに、全てを伝えようとする。

 だが、それは叶わなかった。


「リンゴ!?」


 リンゴは、俺が思いもしなかった行動に出た。

 俺が話し出した瞬間、リンゴは聞きたくないとばかりにきつく目を閉じ首を振ると、素早くテーブルの上にあった石板をつかみ、それを抱えて逃げ出したのだ。


「ま、待ってくれ!」


 俺が叫ぶとその肩がビクッと一瞬だけ震えたが、リンゴはそのまま部屋の外に飛び出していってしまった。


「くそっ!」


 あわてて後を追う。

 敏捷のパラメーターは俺の方が上。

 今から追いかければ追いつけるはずだ。


「り、リンゴさん!? ソーマさんも?!」

「悪いイーナ! 後でな!」


 廊下で目を丸くしたイーナの横を通り過ぎ、一心不乱にリンゴを追う。

 リンゴは俺の追跡に気付いて振り向いたものの、それでも止まらずに二階に駆けあがり、


「待った! 俺の話を……」


 扉が開いていたとある部屋に飛び込んで、扉を閉めてしまった。

 俺も必死に追いすがったものの、一歩届かなかった。


「……参ったな」


 扉の前で頭をかく。

 すると、下の階からサザーンとイーナの二人が追いついてきた。


「ソーマ!」

「ソーマさん!」


 叫ぶ二人に軽く手を振り、もう一度正面の扉に向き直る。


「ここって……」

「ああ」


 リンゴが逃げ込んだのは、以前にサザーンと入ったこともある、泥棒ホイホイの部屋。


 侵入者避けの仕掛けのため、リンゴが持っている屋敷の鍵がなければ中からも外からも扉を開けられない、トラップ部屋だった。

突然の昼ドラ展開!




夢みたい… つまり この先、奇跡があるぞ


という訳で、まさかの連続更新

次回更新は明日(予約投稿済み)!

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この時のためだけにわざわざ一年前に連載を始め、この一週間で何とか二十三話まででっちあげた渾身作です!
二重勇者はすごいです! ~魔王を倒して現代日本に戻ってからたくさんのスキルを覚えたけど、それ全部異世界で習得済みだからもう遅い~
ネタで始めたのになぜかその後も連載継続してもう六十話超えました

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