最近、あんまり日本語やってないのに、こんなことを言うのはよくないが、
日本語に来ると何もかもの崩壊のスピードが速すぎて、びっくりする。
政治は、もとからダメで、日本の人自身、期待したことがないように見受けられるが、
政治に足を引っ張られて、(←例:東芝、日立、富士通、三菱重工のような御用会社の凋落)経済が、あれよあれよという間にダメになって、今度は経済の沈降を、なんと賃金を抑えて凌ごうとする、という日本の人のおとなしさにつけ込んだ、結果は市場の縮小に決まっている暴挙に出て、見事に、諸外国が予測したとおりに、「まだ大丈夫まだ大丈夫。わあー株価が騰がった。
円安誘導大成功!」と浮かれながら、夕餐のテーブルのおかずは一品減り、二品減り、到頭「ご飯と焼鮭」の家庭も出て来た。
若い人が、人知れず餓死に近い形でなくなって「引き籠もり孤独死」の形で処理された例もあるのが、見ていて簡単に想像がつきます。
経済をコントロールフリークぶりを発揮して食い潰すと、今度は返す刀で、文化に「政府が考えた経済」の理屈を持ち込んで、生産性を高めてしまって、初めは各国で新しい文化的なエネルギーの中心になっている映画を食い潰し、テレビを食い潰し、ついに日本の現代文化の「本丸」であるマンガまで毀ってしまいだしている。マンガが潰れてしまえば、日本には出版自体がなくなります。
見ていてハラハラする、と昔はよく書いたが、いまでは正視できないほど、「考え方自体」がおかしくなってしまっている。
日本語社会は、「あ、ここから良くなっていくんだなあ」と思うと、そこから、クレームがつき、
過去の成功体験をあらゆる層が持ち出し、例を挙げれば、ほんとうはテロの銃弾で始まった統一教会と政治の癒着の追及も、いつのまにか言論が果たしたことになっている。
言論が変えたつもりになれば気分はいいが、ほんとうは社会の問題を白日の下に曝きだしたのは銃弾で、言葉ではなかったので、テロ以前とおなじ無力な言葉が、ずらずらずらと並ぶだけです。
そうして案の定、日本の人が好きな「なにごともない日常」に戻ってゆくのは、ジャニーズ事務所事件をみれば明らかで、世界がぶっくらこいた性虐待スキャンダルは、事務所側の目論見どおり、
「もういまさら言っても」な過去の問題に姿を変えている。
汚染水を処理水と言い換え、あまつさえ、それ以前から「ダダ漏れ」のメルトダウン後の土壌を通じた放射性物質を含む水は「薄まっているから大丈夫」でアンダーコントロールなことにしてしまい。
なにもかもダイジョブダイジョブダイジョブの呪文で封印して、その魔法の封印が切れたら、どれほどの破滅が飛び出してくるのか。
なんだか見ていて、「こんな社会が現実にありうるのだろうか」という気持ちになってきます。
日本語人にとっては読みたくもないツイートなのは判ってるし、すぐに消してしまうでしょうけど、いつまでも同じ所をグルグル回っていても、日本にとっての「未来」は周回を繰り返しているサーキットの外側にあるので、
このへんで考え方を根本から変えなければ、新しい発想と観点を受け入れなければ、どんどん
「より抜け出すのが難しい破局」へ向かっていくのだと思って見てます。
「そんなこと起こるわけがない」と思うのでしょうけど、例えばね、
震災に対する対処が、いろいろ理屈はあるのは判りますが、過去にはないくらいへたくそになっているのは、遠くから見ていると、やっぱり社会として「現実」という常に容赦がないものに対応できなくなっているのですよ。
頑張って。
言われても嬉しくない言葉でしょうし、耳にするのも嫌な言葉かも知れないけど、
他に言葉がでない。
頑張って。
日本の人、ここからだとおもって、頑張って。
世界には日本の復活を願っている人間がたくさんいることを忘れないで
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