『「性」は選ぶものではない』全文を読むため、文藝春秋3月特別号を購入し読了。進化生物学者・長谷川眞理子先生の見識に触れ、私は改めて、冒頭で語られた「性別変更のハードルを高くし、個人の自由を制限する障壁はなるべくなくした方がよい」という見解に強く同意します。
bunshun.jp/bungeishunju/arti…
2
14
17
戸籍上の性別変更のハードルは低くしてはならないと長谷川先生は明確に述べておられると私は読みました。また、私の読解では、「そもそも選択(チョイス)するものではない、選べない性について、戸籍上の性別変更が許される例外は、”体と心の性の不一致”という”自分が選んだわけではない与えられた苦しい状態”に苛まれるGIDだけ。ただし、同時に大切となる生物学的な認識は、性別の2極に当て嵌まらない多様な性現象が存在し、それらを生きる個人(LGBTQ)は、異常ではない少数派として存在するということである。それら性的マイノリティ個人の自由を制限する障壁はなるべくなくした方がいい」と述べておられると思います。長谷川先生は、人権擁護思想を兼ね備えた真正なる科学者の一人であられるから、不安になる必要はないと私は思います。
ちなみにここで、「性は多様だが性別は2つ」と我々が言うときの多様性には、①性的マジョリティ、②異常ではない性的マイノリティ(LGBTQ)、③疾患としての性的マイノリティ(GIDとDSDs)、④異常な性的マイノリティ(オートガイネフィリアやペドフィリア等の性嗜好症)が含まれると考えてみます。この場合、③は医療モデルで救われるべきです。さらには④にも、その性的人生を生きる人権があると私は考えます(人権モデルですね。ただし、他者の人権を決して侵害しない限りにおいてであることは言うまでもありません)。おそらく長谷川先生もそのように考えておられると私には思われます。
最後に、長谷川先生のご見解の基盤には、「sexとgenderはそもそも分割しがたいが、人間の性現象を理解するために、便宜的に分けて扱っている」という認識があると思われます。この点を敷衍すれば、性現象理解の議論のために我々は、便宜的に「性自認」と「性指向」を分けて語り合いますが、この二つの概念もまた、元来分割しがたいものですよね。個人によって生きられる性とは、そもそも分割できぬ唯一無二の形で生きられているのだなぁと改めて思う次第です。実存ですね☺️
Feb 15, 2024 · 8:41 AM UTC