何をやらされても上手く出来ず、、村の人たちには馬鹿にされて育った。
「村の外にドスギアノスが出たってよ。恐ろしいけど、この村には狩人が居て良かったよ。親が火竜なのに子はイャンクックにもなれやしない」
雲の隙間から不穏な光が擦り抜ける昼、魚売りのおばさんが私を嫌味ったらしく叱りつけてきた。
最初のうちはおばさんの言葉で傷ついていたけど、悪口を言われる日々から抜け出せないから何を言われても気にしなくなっていた。
両親は村一番のハンターだったけど、私は何をやってもからきしだったので周囲の目が痛かった。
怯えながら涙を流す私を、両親は何も否定しないで抱きしめてくれたけど、村の人から愛されている両親には私の気持ちなどわかりっこない。
異変に気づいたのは、向かいの家に住むお兄さんだった。私が幼い頃はよく遊び相手になってくれたが、村の人たちが私に冷たくなってから、お兄さんも私と距離を置くようになっていた。
そんな彼の命が最初に奪われた。
「おい、あのドスギアノス様子がおかしいぞ」
それが最後の言葉だった。新鮮な血を植物の根が吸うのを見て、私は夢を見ていると思った。
村の大人達が絶句して、それが響めきに変わる。私は自分の心音で現実に引き戻された。
お兄さんが殺された。
生きたまま内臓を齧られて、冷たくなるまで少し時間がかかったと聞いている。
もう随分と暈けた記憶で、ひょっとしたら私の勘違いかも知れないが、記憶の中のドスギアノスは本で見るよりずっと恐ろしい顔つきをしていた。
黒い外套の幽霊に取り憑かれたような目で、それは決して生きる為の殺戮なんかじゃなかった。
凶暴なドスギアノスに不用意に近づいたお兄さんの行動は間違っていたけど、あれからハンターになってもあんなに早く人を殺すドスギアノスは見たことがない。
きっと私があの日出逢ったあのモンスターは、ドスギアノスじゃない何かに操られていた。
「誰か早く回復薬を!」
「いかん!あれじゃ手当ても間に合わん」
一人殺してから次の犠牲者が出るまでドスギアノスは死体に手をつけず、野生動物とは思えない攻撃性を見せた。モンスターが栄えた人間の村を襲撃することは珍しくないが、ドスギアノスは警戒心が強く、そんなことをする種ではなかった。
沈黙が響めきに、そして響めきが悲鳴に変わっていくというのに、私の体は恐怖で石のように固まってしまった。死んでもいいと思っていたのに、その日だけは身体中が生きろと警報を鳴らした。
気がついたら私は父の腕の中に抱えられて、村の育児施設に運ばれていた。
そこには飛竜の襲撃から身を隠す為の地下室がある。目の前で人が殺されるところを幼いうちに目にしてしまった私に、まともな人生は待っていないだろうと思った。
口に人の肉をつけたドスギアノスは爪で大人達を刺し殺し、唸り声をあげて死体の上を跳ねた。
私は生まれて初めて、人体が潰れる音を知った。
瞬きもしなかった。
「扉を閉めろ!子供達を地下室に隠すんだ!大人はボウガンを持て、さあ早く!」
保安官が武器を構えて他の大人を怒鳴りつけ、そのまますぐにティガレックスに噛みつかれて脛だけが残された。様子がおかしいのはドスギアノスではなかった。施設がティガレックスの咆哮を浴びれば私達は地下室の中で生き埋めになる。
地下室は安全なシェルターなんかじゃなかった。
それでも、人の一部が大量に寝転がる外よりはずっと安全だ。
村の人たちが戦っている間、両親と村長は遠くの空を見て険しい顔で話し込んでいた。
騒音の中で聞き耳を立てると、シャガルマガラという言葉を聞くことができた。
村の人たちが自然に対する敬意を忘れたから、山の神様が怒ってしまったらしい。
両親は神様を鎮めるために狩りをするという。
話している間も人が殺されている。両親には覚悟を決める時間すら与えられなかった。
不安そうに見つめる私に父がいう。
「絶対にここから出るなよ。モンスターを倒したら必ず戻ってくるから」
「勝てるの?」
父は黙って頷いて、部屋を出た。それを見ていた母は少しの間黙って俯いた後に、暖かく微笑んで私に言った。
「私達は天廻龍から皆を守らないといけないから」
言葉の意味を嚥下する前に、母は逃げるように家から出ていった。
けたたましい叫び声が地下の部屋の中に響いた。
置いて行かれた私は一人、部屋の隅で丸くなり、モンスターの毛皮を被って耳を塞いでいた。
それが両親を見た最後の記憶だ。あの時の母の言葉を、今も飲み込めないでいる。
神様だから仕方ないと村の人はいう。
私にとっては神様も飛竜も変わらない。唯一の心の支えだった家族を失った。奪われた。
神様を否定することは許されていない。
あの日の泣いている少女と対峙する度に、かけてやる言葉すら失う。
シャガルマガラ。それは、その日起きたこと。
シャガルマガラ。それは、そこで起きたこと。
神は悪人を裁かない。
村の人たちは不安に怯えながら私に尋ねた。
「どうして優秀な両親が死んで、お前なんかが残されたんだ。お前なんかが残っていても誰も守れないじゃないか」
私は何も答えられなかった。両親は、私を残す理由を私に伝えてくれなかった。
私は目を逸らして、黙ることしかできなかった。
嵐の夜の後。
天廻龍のエネルギーに寄せられた鋼龍が鱗を落としてくれたので、村の再興にそう時間は掛からなかった。しかし、鋼龍の鱗だけでは村の財産は再び底をつくので、私が狩人をやって村の人達を養うと言った。そう、言ったと思う。人には。
両親が居なければ、私は天廻龍に殺されていた。
私は二度生まれたようなものだ。優秀なハンターの両親に護られて、お金にも食料にも困ったことはない。モンスターに怯えずに暮らしてきた生涯を振り返ると、私は他の村の人達より恵まれているはずなのに心は満たされないままだった。
どうして両親は私を生かそうと思ったのか、そんなことも私には分からなかった。
皆はモンスターに家畜を襲われると、飢え死にしないように必死に守る。
モンスターに殺されたくないから、森や水辺には近寄らない。
私が森に入った時は、その日のうちに涙が枯れるまで両親に厳しく叱られた。
でも、両親は死んだ。天廻龍の攻撃を避けられず、お互いに庇いあって死んだ。即死だった。
人の命が軽い世界で、皆必死に自分の命を守って生きているけど、私にはどうしてそんなに命を守ろうとするのかはっきりとしなかった。
私は両親が何を考えているのか知りたかった。
だからその後追いをするようにハンターを目指した。試験の勉強をするために村の人から支援が必要だったので、村を豊かにするという名目でハンターになるために勉強を始めた。
ハンターだった両親は、私に狩りのことを全く教えてくれなかった。
両親からはハンターにはなるなと教えられていたし、私もそのつもりだったから一度も疑問に思うことはなかった。
しかし、いざ狩りのことを知ると私は飲み込みが早い。体技は生まれる前から体に染み込んでいたように上達した。
砂上船に乗って街へ出た時、私と歳の近い男の子と知り合った。彼も私と同じで、天廻龍の襲撃で故郷を失っていたけれど、彼の言葉はひどく真っ直ぐで、擦れていなかった。
私はそんな彼を愚鈍だと思って軽蔑していたが、一緒に狩りに出ると想像していたより強かった。
彼の境遇が甘かったとは言わないけれど、私に比べれば大した苦しみはなかったと思う。
なんとなく生きて日没を浪費している彼と、何か大きな使命に向かっている私は正反対の人間だ。
それでも彼は根気強く私に話しかけてくるから、面白がって狩りに同行させていた。
そう。私の方が強かったから、取り分を分けてやることも仕方ないし、彼の上達を見るのも悪くなかった。途中、私は彼を突き放したけど、彼はその度に強くなって私に着いてきた。
狩りを続けてどのくらい経っただろうか。私は本当に強かった。飛竜とすら戦えるようになっていた私は、彼の力がもう随分私と近くなっていることに気づいた。
普通は見下していた存在が近づいてくると、焦りや嫉妬を抱く筈だけれど、毎日彼の言葉を聞いて、その心の形に触れていたからか、不思議と悪い気はしなかった。
そればかりか、成長する彼が途中で折れてしまわないように密かに彼に贈り物をする決心をつけていた。私みたいなつまらない人間にしつこく付き纏ってくる彼はどこか興味深い人間だから、すぐに死なれてもらっては困る。
とにかく、私は繊細で、彼は鈍かった。だから私は彼の道を照らしてあげようと思った。
天廻龍討伐の依頼が来た日には、あの日のようにポロポロと泣いた。
出発のタイミングは彼に知らせず、万が一のことがあっても少しでも彼の心が傷まないようにと彼のことばかりを考えていた。
彼はよく出来た青年だった。私とは違う。
私は私のことを認めてあげられなかったけど、彼のことは認めていた。だから、私は一人で戦うことを選んだ。もし私がこの世から居なくなったとしても、彼が残るならそれで十分だからだ。
彼には私が居なくなった後もこの世界で生きてほしい。この世界は人の苦しみに鈍感で、力のない少女を傷つけることすら躊躇しない。
それでも、彼は凄腕のハンターではなく、私のことを真っ直ぐに受け止めてくれた。彼は本当の私を知らないかもしれないが、それでもそれだけで愛するに事足りる。
「君の特別になれるんだったら、これも良いよね」
彼には何も言わずにマイハウスを出た私は、草の広がる星空の下で眠った。
土は少し暖かく、彼と狩りに行った初々しい春先のことを思い出す。
私は今も夢の中で溺れている。
覚えているかな。まだぎこちなかった私達は、ギクシャクしたままで戦った。
華奢な体に危険が詰め込まれたイャンガルルガを見て、貴方は私みたいだと言った。それを聞いた私が少し怒って、貴方に指示を出すのをやめたら狩りの最中に私を見ていた貴方が黒狼鳥の攻撃を受けそうになって――
――それを見た私が叫んで、貴方が避けた直後に黒狼鳥の尾の先から毒液が滲み出た。
大切なものを失わなくてよかった。あの日の事件が未だに私を追い続けている。一先ずは逃げ切ったと安堵した。
明晰夢というやつだろうか。寝ていると分かっているのに夢が覚めない。
「君は待っててよ。私一人でやってくるから」
夢の中の彼に告げるように自分に言い聞かせた。
これは私が見ている夢だから、夢の中の彼は私の知っている彼だ。今に彼の真っ直ぐで無垢な言葉が返ってくる。
「分かった」
その一言を聞いただけで、もう何が起きても悔いなんて残らないと思った。私の中の彼がそういうのだから、きっと彼は許してくれると思った。
それと同時に、もうすっかり私の世界に彼が入り込んでいることを感じた。
しかし、彼の言葉には続きがあった。
「俺は君を信じ――」
彼はそこで、何かがつっかえたように喋るのをやめて、浅く細い呼吸をしながら私の顔を見た。
ああ、これはきっと私の知らない彼だ。
涙の膜で瞳が歪んで、絞り出すように声を出している。こんな彼は見たことがない。
「興味が...ないんだろ?」
呆然とした。彼はらしくもない回りくどい言い回しで私に何かを伝えようとしている。
今になって気付く。彼が私に反抗するような物言いをしたのは初めてのことだった。
私は少し傷ついた。彼にも私の意思より優先したい何かがあるなんて、当たり前のことだけど。
微かな赤い光が差し込む窓辺で、彼は言いにくそうに空を見て、彗星を目で追っていた。
私から逃げるように目を合わせてくれない。
彼の呼吸が早まっている。
質問.....されたんだっけ。私の記憶も朧げだ。
何から逃げていたんだろう。狭い明日だろうか。
彼の顔を見て、質問を思い出すと私の頭の中に光速で考えが巡った。バルファルクよりも速く。
それから、彼を責め立てるように口が動いた。
私を一番に想ってくれていると信じていたのに、今更口答えするなんてひどいと思った。
「アハハ...私が君に嘘をついたことがあった?」
嘘の笑いをして、彼の顔色を窺う。今日の彼は私に流されないで、真剣な顔で私のことを見ていた。私の知らない彼を怖いとすら思った。
それでも私の口は止まらなかった。私のことを嫌う村の人を騙してハンターになったんだ。綺麗な嘘をついて納得してもらうことは得意だ。
「確かに天廻龍に復讐することには興味がないけど...でもこれは仕事だよ。
私がやらなきゃ、他の人がやることになる。
君も私も、天廻龍に故郷をやられてる。
2回も大切なものを奪われたりでもしたら、正気でなんて生きていけないよ」
喋りながら新しい嘘を考えているうちに、つい本当のことを言ってしまった。熱い感情が私の心の底を漂う。これは夢だ。
必死に取り繕わなくてもいいはずだ。
それなのに、まるで本当の彼みたいだ。
彼は私の言葉を聴いてから、いきなりヒートアップして大きな声を出した。人と話すときに大声を出さないのが彼の好きなところだ。そんな彼が、私が肩をすくめるくらいに、何かを私に伝えようとしている。私は彼に対する反感よりも、そこまでして何かを伝えようとする彼の気持ちに応えないといけないと思った。
だから真剣に耳を傾けた。散々罵倒で汚された耳を、彼の言葉で満たしたかった。
「もし天廻龍との戦いで君が死んだりでもしたら、俺は何のために生きていけばいい?」
言っていることの意味を理解する前に、私の目から涙が溢れた。
「他の全てより大事な君を失って、正気でなんて生きていけるはずがない!」
声にならない声とは、こういう声のことを言うんだろう。叫ぶことに慣れていない彼は、おかしな声で吠えて、乱れた呼吸を元に戻すことすら忘れて私の目を見た。その瞬間、私は彼がずっと逃げていたものと向き合ったんだと心で感じた。
そして、彼が何から逃げていたのか、彼の口から直接言われなくても分かった。
私も向き合わないといけないな。
「今日の君、なんだかおかしいよ」
笑顔を作る必要はなかった。私は空っぽだけど、空白がないくらい満たされていた。
虚ろな人生に終わりが近づいて、無意味になろうとしていた時に最後に神様が意味をプレゼントしてくれたと思った。
「俺は...俺は縁起でもないことを――」
彼は本当に私のことを愛してくれていた。
ああきっと、彼が私の意志を曲げてでも守りたかったもの、それは私自身だったんだ。
彼の愛に応えたいという欲望が膨れ上がる一方で、私の理性は彼を生かせと言っている。
明日自分が死んで添い遂げられないとしても、これからの幸せが保証されないとしても、それでも生きていてほしいと思う気持ちが今なら分かる。
まずは純粋を伝えるために、不器用に時間を這って逢いにきてくれた彼に気持ちを返したい。
「謝らないで。私、嬉しいよ。君はそんな風に想ってくれてたんだね」
彼は泣き崩れながら頷いて、私への想いに溺れるように縋りついてきた。当然だ。
私の世界の中に彼がいるように、彼の世界の中にも私がいる。それを失った者の深い悲しみは人の心では受け止められない。
私は答え合わせをするように彼に明日のことを訊ねる。
「...ねぇ、私、これから死ぬんでしょ?」
「どうしてそれを...」
そっか。死ぬんだ。
「今日の君、ずっとそんな目をしてる。ずっと一緒に居るから考えてることくらい分かるよ」
死ぬことなんて大したことじゃない。
明日が約束されていた頃より私は幸せだ。
「それなら...それなら行かないで」
彼が私に向かって手を伸ばす。彼の存在が透けて消えていく。死ぬことを受け入れたつもりなのに別れを意識すると感情が爆発した。
どうしても今の気持ちを伝え切りたい。
この気持ちを伝えられないなら、全部無駄だ。
「残念だけど、それは出来ないよ。
私は天廻龍から皆を守らないといけないから。
本当はすごく怖いけど、後悔はないよ。最後にこうして君と話すことが出来るから。
皆は私のこと、可哀想だとか不幸者だって思ってるけど私は自分のことを不幸なんて思わない。
...それはね、君がいたからなんだよ!」
去り際の彼に、詰め込むように話す。
この夢はもうじき冷める。彼も私に何かを伝えたくて必死だ。鼓動が重なる。もう想いを音に変えなくてもいい、それでも彼が伝えようとするなら、私は全てを聞かないといけない。
「待って...待ってくれ。まだ話したいことがある。俺は君が...君のことが――」
もう瞼が開く。その隙間から初陽が差し込む。
でも、その私は確かに聞いた。
彼が私に贈る、時間切れの意思表示を。
「好きだ!」
目を覚ますと、広大な草原が広がっていた。
草の輪郭が光で包まれて、強く伸び切った生命力が輝いていた。
紫の空と白い月。寝癖を朝が包み込む。
絞蛇竜の防具に感情を詰め込む。敵は古龍、この自然を司る神様で私から全てを奪った怪物だ。
そしてシャガルマガラに殺されて、今日、私は消えてなくなる。
こんなどうしようもない私も、人生を走り切ることができた。そう言い切るには、最後の仕上げが足りなかった。朝食のこんがり肉にマンシェットを乗せる。
「私も君が...君が好きだよ!」