古龍が去った後日談   作:貝細工

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ストーリーは最終回です


古龍が去った後日談

〜道中

 

「やっと戦う時が来たんだな」

 

「待ち焦がれていました」

 

「あいつもそう言ってたよ」

 

「彼女は怖がってましたか?」

 

「.....そうだな」

 

「俺、あいつの夢を見たんです」

 

「会ってきたんだな」

 

「安心して眠れるようにしてやらなきゃ」

 

「あいつも――いや、なんでもない。帰ったら花でも手向けてやってくれ」

 

亡き者に捧ぐ復讐など、辛いばかりなのだから。

 

 

荒々しくも眩しい数世紀を振り返る。

 

禁忌の憧憬に毒されて、人は禁足地に足を踏み入れた。人が最も生きる力に満ち溢れていたあの時代に立ち、後世を大きく変える覚悟があるか。

 

自然の超越者、覇者の頂点。古龍種。

一頭で自然災害に匹敵する力を持つ未知の種族。

明日の糧を得る為か、己の力量を試す為か。

積み重なった冒険の記録は次第に厚みを増し、やがて古龍達の領域を侵すようになった。

人は純度の高い生態系へと導かれる。

竜大戦を乗り越えて、城下街だった灰の山から顔を出した。神が目の前に居る。

 

狩るか、狩られるか。

 

「謎の竜と鏖魔がまもなく接触します」

 

縄張り争い。それは生ける大地で繰り広げられるプライドと生存を賭けた戦い。

悲劇の伝説vs未知の凶星

龍脈が壊されたあの日、世界の均衡が崩れた。

それは外の世界との対決。

フォンロンの古塔の物語。

 

「好きにやれ。獣竜の王」

 

健啖の悪魔vs禁忌の邪毒。

樹林の決闘。喰うか喰われるか、スーパーヴィラン同士の力比べ。

 

「塔の番人達も古龍に匹敵するモンスターだ」

 

牙獣の王vs峡谷の絶対者。

天下分け目の大一番。種族を代表するエース同士の闘い。孤高と無双、捕食者同士の対決。

 

世界を賭けた縄張り争いの最終章。

生き残りを賭けた縄張り争いが、命ある者を新たな戦いへと誘う。

 

あれから、去った古龍を追いかけていた。

 

「私達の敵わない相手ではない」

 

モンスターハンターvsシャガルマガラ

 

遂に禁足地に到達した人類は天廻龍の裁きに抵抗することを決意する。

狩人は、古龍に追いつくことが出来たのか。

人の身では縋ることしか出来なかった。

古龍からバトンを受け継いだ狩人が、古龍との決戦に臨む。

 

〜ギルド

 

「天廻龍はシキ国を離れて大陸中央部に移動。鋼龍と交戦後、棘竜と膠着状態。この事態を君はどう見る?」

 

「新大陸の王がゼノ・ジーヴァなら、シャガルマガラは現大陸の王に成ろうとしている。

邪魔な鋼龍を潰したら、棘竜が狂竜化して誰も手がつけられなくなるだろう。

そうなる前に決着をつけたい」

 

狂竜化したモンスターは通常の個体より攻撃性を増し、予測が難しい変則的な動きをするため狩猟難易度も上がる。

中でも一部の強力なモンスターは狂竜化を克服して極限個体と呼ばれる存在になる。

極限個体のモンスターの危険性は狂竜化したモンスターの比ではない。かつて出現した極限個体のセルレギオスは狂竜化したイビルジョーを上回る脅威として恐れられた。所謂超古龍級生物だ。

モンスターが極限個体になる条件は分かっていないが、ただでさえ古龍種に匹敵する力を持つエスピナスが万が一極限個体になってしまったらその時は誰も対抗することが出来ないだろう。

 

「ドンドルマの防衛戦で使われた巨龍砲を使ってみてはどうだろうか。最悪の事態には棘竜ごと炭になってもらう」

 

巨龍砲。シャガルマガラ事件の後、ドンドルマ防衛戦で錆びたクシャルダオラとゴグマジオスの撃退に使われた対古龍用の大型兵器だ。

高密度滅龍炭というジンオウガ亜種の龍属性エネルギーを利用した特殊燃料を用いて発射される。

その威力は撃龍槍を上回り、かのゴグマジオスすら一撃でダウンさせて戦況を一変させたとされている。

直撃すればいくら天廻龍シャガルマガラと言えども一溜まりもない。

 

「それは出来ない。シャガルマガラが位置している大陸の中央部には巨戟龍が潜伏しているとの情報がある。古龍由来では無くても、強大な龍属性エネルギーは巨戟龍の出現を起こしかねない」

 

「巨戟龍捜索隊を結成して巨戟龍の動向を確認出来ないか?」

 

「天廻龍出現に伴い、天廻龍の周囲には狂竜化したモンスター達が出没している。付近の捜索は難しい」

 

〜ユクモ・カムラ文化圏

 

突如として起きた森林火災の元凶は、火山にしか生息していないことで知られる陸棲の海竜種アグナコトルだった。

 

「あのアグナコトル、様子がおかしいぞ!」

 

「今精鋭討伐隊が向かっている!」

 

炎戈竜アグナコトル。

かつて一国を壊滅に追い込んだことがあるという大型の海竜種。体内にマグマを溜め込んで口から吐き出す通称アグナレーザーは触れた物を一瞬で焼き焦がす威力だ。

現在出現している炎戈竜は顔に生気がなく、代わりに紫黒の殺気を纏って異常行動を繰り返している。落ち着きなく周囲を見回し、虚な目で一点を見つめながら嘴を打ち鳴らす様は異様だ。

 

由緒正しき精鋭討伐隊の面々に周囲を取り囲まれると即座に嘴で噛みついた。

ガンランサーが防御姿勢を取るとエンブレムの描かれた分厚い盾が嘴から身を守り、巧みな砲術が頭部のマグマを剥がした。

 

「異常な攻撃性...狂竜症か。

ガンナーは後衛でサポートに回れ。

これより目標の殲滅に入る。

攻撃の手を緩めるなよ」

 

体長二十メートルを超える巨大な竜が身を捩り、音を立てながら地中に潜り込もうとするところを剣斧と盾斧の斬撃が妨害する。

それでも冷え固まった溶岩を鎧のように身につけた竜の臓器には届かず、地中への潜行を許してしまう。

 

「平気かよ!?確かに斬った筈だぞ!」

 

「効いている。狂竜化したモンスターは多少の痛みでは怯まない。攻撃の姿勢を崩すな。勇気だけが狂竜物質をプラスに転換する」

 

ギリギリと歯を食いしばりながら地中を掘削する音に耳を傾けて、地中から繰り出されるグラウンドアッパーに警戒する。

地中からの奇襲こそ炎戈竜の得意とする戦法だ。

熱を帯びた嘴による急襲で、何度も火山の猛者達を沈めてきた。

 

「ガードを捲られるなよ。こいつは他のモンスターとはリズムが違う。いつでも攻撃を回避出来る間合いを保つんだ」

 

「間合いといっても...敵は土の中だぜ?

後手に回っても勝機は来ないから、先に手を出すに限るだろ」

 

男はそういいながらスラッシュアックスを地面に突き立て、音のする地中に向かって属性解放突きを放った。石が砕けて土が弾ける。

飛竜の甲殻すら打ち砕く強烈な一撃だ。

 

「まずい!敵の罠だ!」

 

地中を抉る音は属性解放突きに気付いて向きを変えると、男の後ろに回り込んで速度を上げた。

土の焦げる匂いが鼻に触れた時、男達は全てが遅かったことに気付いた。

 

〜大陸中央部 高地

 

風が止んだ静かな高地は、背の低い草木の中に焦げ跡を残すばかりとなった。

古代竜人が静かに見守る。

純白の魔王と禁忌の邪毒が向かい合って、会釈を交わすように頭を垂れる。

エスピナスにとって、頭部を低い位置に下げる動きは戦闘の合図だ。

猛毒の角で掬い上げる棘竜の突進は、容易く受け流すことを許さない威圧感で相手を縛りつける。

 

シャガルマガラは低い姿勢で相手の様子を窺う。

惨爪を提げる翼脚で地を掴み、敵の爪先の僅かな動きも見逃さない。

迂闊にも間合いに踏み込んだら最後。分厚い甲殻ごと血管を引き裂いて天廻龍が吠える。

 

死合。

 

必殺の武器を携える者同士。首に鎌を掛け合う二頭の死神が至近距離で見つめ合っている。

まさに刀光剣影。蝕んだ者勝ちの頂上決戦だ。

そんな二頭を遠くから視察する影が一つ。

天廻龍の討伐を志す一人の狩人だ。

お守り代わりにしていた鋼龍の鱗を握り締めて、勇敢な古龍の最期を見届けていた。

天廻龍の襲来に泣くことしか出来なかった少年は別れを経て大人となり強く成長した。

いまだに白水晶の唇の感触を淡く残したまま、駆け出しの頃に思いを馳せていた。

 

その先は修羅の道。天廻龍の悪夢に終わりを捧げても全てが解決することはないだろう。

殺された人間は戻って来ないし、いつの日か第二の天廻龍が降り立つ時が来る。

それでも今を生きるということに気の迷いはない。狩るだけだ。

その先に待ち受ける未来が巨戟龍の復活だったとしても、狩人としての使命を全うするだけだ。

優れた狩人だった彼女を追いかけるような半生だった。まずは彼女が果たせなかったクエストを終わらせることで半生を完成させる。

 

「結局俺は君の為にしか生きられないのさ」

 

天廻龍と棘竜を同時に相手にすることは不可能だ。まずは二頭を分断しなければいけない。

しかし、古龍級生物の中でも指折りの殺傷能力を持つ二頭を相手に攻撃をいなし続けて分断することは至難の業だ。

失敗すれば命の保証はない。

 

棘竜の体表に浮かぶ赤い紋様が一際恐ろしくみえた。強大な敵を目の前に足が竦む。

増援を呼べば犠牲が増えるだろう。

 

「怖いか?」

 

後方から聞いたことのない声が聞こえた。

 

「貴方は――」

 

有明の月を背後に佇んでいたのは猛爆砕竜を封じる為に火山に出向いて以来、何日も戻ってきていないというキャラバンの英雄だった。

かつて天廻龍を破り、錆鋼龍と極限個体の千刃竜にも勝利したという伝説のハンターだ。

 

「ココット村の村長から連絡があった。内容は一つ、君を救ってくれとのことだ。

ブラキディオスには悪いがクエストを離脱させて貰った」

 

「それじゃあ猛り爆ぜるブラキディオスは...」

 

キャラバンのハンターは首を横に振って答えた。

 

「俺の仲間達が戦っている。エスピナスが極限化すればそれどころではない。

エスピナスの相手は俺に任せろ。君はシャガルマガラと決着をつけるんだ」

 

怯えるような表情を見せた若い狩人を見て、キャラバンのハンターは微かに笑った。

 

「狩人達が夜明けの凱旋をする頃、明るくなった空の一角に有明の月が昇るだろう。

白水晶は砕けても美しい。その光こそが狩人を導くよすがだ」

 

「君の目はココットの英雄と良く似ている。君ならきっと彼の言葉の意味が分かるだろう」

 

ハンターはそう言い残すと、返事を待たずに二頭の睨み合う高地の中央部に走っていった。

赤い稲妻に胸を打たれたような気分だった。

胸を貫く寂しさを満たすように、体の底から勇気が湧き上がってきた。

 

危険な殺意を研ぎ澄ます天廻龍と棘竜。

先にキャラバンの英雄に気付いたのは棘竜だ。

黒蝕竜から天廻龍に羽化した時、廻龍は初めて視力を手に入れる。目が見えるようになったことで鱗粉に頼る必要が無くなるため、黒蝕竜の頃と比べると鱗粉で周囲を認識する力は下がるのだ。

 

棘竜は黒狼鳥を葬った時のように予備動作の無い突進を繰り出し、キャラバンの英雄を刺し殺そうとした。しかし英雄の動きは手堅い。

閃光玉で二頭の目を眩ませると、操虫棍を使った跳躍で棘竜の頭部に張り付いた。

振り下ろそうとした棘竜が何度も突進を繰り出したことで天廻龍と棘竜は呆気なく分断された。

突然の奇襲に混乱した天廻龍は上空に飛び上がり、翼膜を展開して全身から狂竜物質を放った。

しかし鋼龍のブレスで翼膜に穴を開けられていたので空中で姿勢を制御出来ずに墜落した。

 

英雄が魅せる人間の可能性に夢の終わりを感じていた。狩人には、古龍を討った後の世界のことを考える余裕があった。

 

土煙の中で立ちあがろうとする天廻龍の翼脚に熱気を帯びた火砕剣が振り下ろされる。

翼脚を引いて避けようとした天廻龍だが、咄嗟に狩人が引き斬ったことで翼脚の甲殻が切り裂かれて浄血を流しながら後退した。

 

「久しぶりだな。シャガルマガラ」

 

挨拶と同時に体をそり返らせて爪の刺突を回避。

地面を易々と引き裂いた惨爪が禍々しい艶めきをみせる。桁違いの怪力に冷や汗が出る。翼脚の腕力は金獅子を凌ぐかもしれない。

翼膜から射す光が狩人を照らす。眼が開いている限り、そこは繁栄と滅亡の岐路。

 

天廻龍は翼脚の前腕部で口元を隠してブレスで急襲したが、狩人はローリングで回避して火砕剣で刺突。身を捩って回避した天廻龍に斬り上げが炸裂する。強靭な甲殻が刃を通さなかったが、黒蝕竜対策の技術が通用したことが確かめられた。

 

突きからの斬り上げ。

それは太刀使いの基本の技の一つ。

天廻龍は体を回転させて後ろに下がり、低い姿勢で吠えて威嚇した。

距離を取ればリーチで勝る天廻龍が有利だ。

相手から離れる動きの中にブービートラップのようにカウンターの準備を忍ばせ、距離を詰めようと焦って追い討ちをかけた相手を打ち砕くという算段だった。

しかし狩人は冷静に流し、天廻龍には自由に距離を取らせつつガードを固めて距離を詰めた。

相手は自然界の頂点に立つ古龍だ。たった一つの選択で歴史が変わる。

世界に挑戦することへの高揚感と仇敵に対する負けん気は大剣の柄を握る力を強めた。

天廻龍の体から絶えず内側から外側に放たれる殺気を風で感じる。鋼龍との争いで至る所に傷をつけられた純白の古龍は見る者を圧倒する虹色の覇気を放っていた。

 

二度目の衝突は狩人から嗾けた。翼脚の怪力とブレスによる攻撃を得意とする天廻龍には得意な間合いがある。

そのため近接武器を扱うハンターは距離を詰めて攻撃の被弾を減らすのがセオリーだが、一度大きく距離を取られるとこの危険なエリアを通過しなければいけない。

狩人はそのことを逆手に取り、ガードを固めたまま危険な間合いに入ると、バックステップで逆に距離を取った。狩人が間合いに入ると同時に天廻龍は翼脚で広範囲を薙ぎ払った。距離さえ詰められなければ長いリーチで一方的に攻撃することが出来る。過去にハンターと対峙した時は隙の大きいブレスに合わせて接近された。

間合いに入ると同時に広範囲を薙ぎ払うルーチンがあると、相手は迂闊に接近出来なくなる。

天廻龍は狩人に近寄り難くなるような恐怖を植え付ける必要があった。

しかし、狩人は動揺することなく剣を振り回す。

狩人の狙いは翼脚だったのだ。

超常的なパワーを持つ天廻龍の惨爪が再び地面を抉り、翼脚に対して痛烈な一閃が横切る。

熱が生じて刀身から発火する。

天廻龍は冷静に狩人を見下しながら二度唸り、突き出した翼脚をゆっくりと戻した。

そして狂竜物質を小さな球状のブレスとして吐き出して反撃した。

 

直進する球状のブレスを避けるなら、ガードか回避をするのが定石だ。それとも少しでもペースを奪う為に突飛な攻撃を仕掛けるか、道具で目眩しをしても良い。

無限に広がる選択肢の中から選択を続ける。

天廻龍は狩人を試している。

 

圧力が途切れる。

 

天廻龍の狩猟を志すハンターにとって、変幻自在のブレスは大きな脅威だ。

小さなブレスの連射で少しずつペースを握り、爆発するブレスで広範囲を消し飛ばす。

防御に徹すれば攻撃のチャンスを逃すことになる。被弾を恐れずに防御を捨ててペースを掴むか、ダメージを警戒して守りに徹するか。

紫黒の連射砲を潜り抜けた先には翼脚の攻撃が待っている。

 

狩人は嬉しかった。

ただ恐ろしいばかりだった畏敬の対象が自らを敵として認めている。

時間をかけて研鑽した殺意と技術に恐怖を抱き、命のやりとりを繰り広げている。

彼女から受け取った防具と、受け継いだ魂がこうして古龍を相手に力を証明している。

 

紫黒の球体を飛び越えて、渾身の飛び込み斬りが天廻龍の頭部に炸裂する。

しかし不朽の頭角が斬撃を受け止め、天廻龍は荒々しく火砕剣に齧り付いた。

 

噛みつき。それは生物の原始的な攻撃であり、古龍の主要な攻撃手段の一つだ。

ハンター達は摩訶不思議な能力を警戒するため、古龍が噛みつきを武器とすることはあまり知られていない。

 

剣が軋み、ヒビが入る。

どうやら溶岩竜の素材で出来た大剣では、古龍の牙には耐えられないようだ。

 

「こんな所で...!」

 

狩人は剣の柄を握ったまま神にも縋るような思いでポーチを漁った。ポーチの中には一つだけ、強い熱を放つ物があった。

天廻龍に襲われた幼い日の記憶、その後のこと。

ハンターになるまでの空白の時間。

自分たちの村が壊された後、山中にある小さな村に越した。

鋼龍の鱗を鱗を売って、その金で暮らしたのだ。

恐怖がこびりついた生活の中で、一頭のかけがえのない友達を見つけた。

恐怖から逃れる為に就職や人間関係のことだけを考えて勉強に明け暮れる日々が続いたが、最後に友達が命を燃やして戦う姿を見た。

あいつが居なければ、狩人にはなっていない。

感傷とノスタルジアで目が潤んだが、手の中の熱が覚悟の炎となって背中を押してくれた。

 

千刃竜の火炎玉。

狩人の持っていた綺麗な宝石。

長い間大切にされていたようだ。

友が残した宝物を怪物の目玉に投げつけた。

火に弱い天廻龍には紅蓮石の熱が通る。

気合を入れて火砕剣の熱に耐えていたが、それでも火炎玉を投げつけられたことで火砕剣を離してしまった。狩人はその隙を逃さず、頭部を切りつけて天廻龍に傷を負わせた。

 

天廻龍は大きく怯んで後退した。苦手な熱に耐えながら死に物狂いで剣に噛み付いたので、口内にも火傷が残っている。

 

「ありがとう、セルレギオス」

 

手に残った微かな温もりを握り締めた。

狼狽えている天廻龍をみて、チャンスの到来を確信した。力一杯火砕剣を振り回し、頭を狙って強烈な斬撃を浴びせながら後退りさせる。

頭部に重厚な大剣をぶつけられた天廻龍にはダメージが残っている。

斬撃から逃れる為にステップで距離を取ろうとした時、足に力が入っていないことがわかった。

 

スタンしないために突進して強引に流れを変えようとしたところを狙い澄ます。

鋒を向けた刺突に見せかけて素早く剣を降ろし、視界の外側から斬り上げを炸裂させる。

あらゆる状況に対応出来る柔軟性と安定感。

ギルドスタイルの完成である。

灼熱の大剣が顎を撫でた直後、天廻龍の巨体は力の向く方向に潰れるように倒れていた。

 

一瞬だけ意識を失った天廻龍は慌てて起き上がり、視線を狩人に向けたまま遠ざかっていく。

トドメを刺すために距離を詰めた時、違和感の正体に気づいた。

 

「翼脚は?」

 

死角から一撃。大きく振り翳した翼脚は視界を外れ、決着のチャンスに引き付けられた狩人に強烈な一撃を見舞った。たった一発で防具の右半分がボロボロだ。

二重に歪んだ宿敵が吠える。

噂に違わぬ実力を見せつけた古の龍は、夢を目前に浮かれた狩人に現実を突きつけた。

注意深く見つめる両目を怪しく光らせ、荒く呼吸しながら闊歩する。

 

「何が起きた...?」

 

立ち上がろうと地面に手をついたが、うまく足に力が入らない。ポーチの回復薬のことも思い出せないまま転んでしまう。

ダメージの回復が遅い。どうやら狂竜ウィルスに感染してしまったようだ。

ずっと目を背けていた死が手の届く所にある。

怪物の体を覆う白い鱗が美しく輝く。

人の命など儚いものだ。

古龍は残酷で綺麗だ。この美しい龍を倒した先に本当に安堵が待っているのだろうか。

古龍災害から人を守ることが本当に正しいことなのだろうか。

 

天廻龍は決着を急がない。

肉食獣のようにしなやかな動きで狩人の周囲を歩き回り、口元から紫黒の息を燻らせている。

少しずつ息の音が重なっていた。

世界はどこに向かうのか、存在が目的のピースに変わる。生死の繰り返しである輪廻からの解放と終了。それは、人類の究極目的たり得るか。

人類より遥かに優れた古龍に抗い、倒してしまうことがギルドの目的というなら、その後は何をすればいいのだろうか。

ハンターの目的がわからない。彼女が居ない世界を生きる理由が分からない。そんな時、ココット村の村長の言葉が頭に浮かんだ。

 

「すべてはおぬしの意志ひとつじゃ」

 

純白の龍鱗よりもっと白く、もっと美しいものを見たことがある。

不意に村長の家の棚に大切に飾られていた白水晶の原石を思い出した。

 

「黙れ!お前に何が分かる!婚約者が死んでも悔いなんか無いだと?自分に嘘をついてまで生きたお前に何が!俺の何が分かるっていうんだよ!」

 

あれから夜に月が昇る度に、人生で一番忌まわしい残酷な日を呪った。

それは彼女が死んだ日のことじゃなかった。

彼女が戻ってこないのに、価値を他に求めて冷静を取り戻した日のことだ。

 

「俺は俺に嘘をつきたくない!あいつが居ない世界で正気で生きていられる自信がない!でも、俺がここで死んだら.....あいつの生きた跡が!あいつが悩んだことが!俺の見た夢が!まるで嘘みたいじゃないか!」

 

白水晶のような綺麗な手が、震えながら自分の肩に縋る夢を見た。その顔を少しでも長い間、目に焼き付けていたかった。

 

「古龍だとか目的だとか知ったことか!俺にとってはあいつが全てだったんだ!!それだけが俺の価値だった!そうだろ!」

 

霞んだ意識がようやく晴れた。

黒狼鳥の防具は感情の分だけ強くなる。

古龍の力がその限界を超えていたとしても、彼女から託された装備の力を信じたい。

狩人の瞳に怒りが宿った時、天廻龍は口腔に狂竜物質をチャージし始めた。

紫黒の光に黒狼の装備が照らされる。

一歩ずつ、それでも強い意思を持って壮絶な発光体へと向かっていく。一方の人生が終わる、その暖かな熱を感じながら、凶器を運ぶ。

天廻龍シャガルマガラ。その偉大なる権能に敬意を持って狩人は進む。

それは意志を持つことだった。戦いの中で人体に入り込んだ狂竜ウィルスは、決意によって会心の一撃を生み出す。

 

天廻龍と戦っていたのは一人の狩人じゃなかった。白水晶の狩人に始まり、怨虎竜や鋼龍との戦いを経て、そのダメージは確かに蓄積していた。

限界が迫っていることを知った天廻龍は、全てのエネルギーを込めた必殺の一撃に命運を託した。

 

放たれるのは、破壊の奔流。

 

『狂竜圧縮砲』

 

怨虎竜と鋼龍を破った最大最強の攻撃。

とても人間が耐えられる威力ではない。

人の身で古龍に抗った狩人の魂は惜しいが、神と同じように葬ることがせめてもの祝福だ。

愛憎を込めて、天廻より名誉ある死を贈る。

 

「駄目だ...間に合わない!このままじゃ殺される!」

 

月が紅く光る。

 

「危ない!避けて!」

 

非情にも放たれた紫黒の破壊光線は土を吹き飛ばして地上に風穴を開けた。

過去最大級の出力で地上に光の墓標が聳え立つ。

光線から枝分かれした強い光は、生ける者の目には十字架のように映ったという。

 

その時、交戦中だった棘竜と英雄も戦いを辞めて光の立つ方角を見た。

 

「どうやら俺達の勝負はお預けのようだ」

 

キャラバンの英雄の言葉に、棘竜は咆哮を返して飛び去った。

 

結晶化した狂竜物質が紫の雪のように降りそそいでいる。それは長い神話の終わりだった。

月が沈み、朝日が昇る頃、街では狩猟を終えたハンターたちが夜明けの凱旋を行う頃。

 

天廻龍の喉を火砕剣が貫き、遂に人間が古龍の命を断ち切ろうとしていた。

発射の寸前に懐に潜り込み、狂竜圧縮砲の直撃を免れたのだ。

 

「見てるか?俺、勝ったよ」

 

返事はない。当然だ。死者は言葉を話さない。

天廻龍の巨体が陸に沈み、初めて龍を倒した感触が手に残る。

忘れられないのは、それより唇だった。

 

「そっか。お前、生きてないんだな」

 

彼女が残した物語は古龍に挑んだ所で途絶えた。彼女は天廻龍に敗れて死んだのだから、古龍が去った後のことは何も記されていなかった。

今まではまだ生きているかのような、背中を追う感覚があった。

しかし彼女の道を辿り終えた時、その先の空白を知ることでようやく死んだことを実感した。

 

「お前、もう居ないんだもんな」

 

非情になって堪えていた涙が溢れる。

古龍災害に対する怒りで自分が悲しんでいることを忘れていたようだ。

キャラバンの英雄が狩人の元へ歩み寄った。

 

「よく成し遂げた。これでお前も一人前のモンスターハンターだ」

 

「俺は何を成し遂げられたんですか...こんなことしても殺されたあいつは戻ってこない」

 

「彼女は最期まで人間の可能性を信じていた。君は古龍に勝ったことで彼女の正しさを証明した。

あとは君の人生を生きろ。きっと彼女もそれを望んでいるだろう」

 

キャラバンの英雄はそういって空を見上げた。

まだ沈みきらない月が白かった。

 

「狩人達が夜明けの凱旋をする頃、明るくなった空の一角に有明の月が昇るだろう...村長の言葉通りだな。まるで白水晶だ」

 

キャラバンの英雄と一緒になって空をみると、昇ったままの月に彼女の記憶が重なるようだった。

彼女との月光のような優しい思い出には、もうこの先いくら探しても出逢えないだろう。

ならせめて、彼女が生き抜いた人生に、孤独を紛らわすこの先の余生を添えたい。

 

そしていつか、昔のように語れる日が来ると信じている。

古龍が去ったその先の人生を。

たったひとつ、空に浮かぶ月の孤独が紛れる為の、導きの星の物語を。

 

 

「灯りさす火を求れど射干玉の――」

 

「――夜渡る月に星の紛れを」


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