古龍が去った後日談   作:貝細工

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手向けの花すら散るけれど

春。頬に当たる風が心地よい季節だ。

苔の生えた岩とふかふかした土。

小川のほとりを蝶が舞っている。

いつからここに居たのだろう。

 

「危ない!避けて!」

 

懐かしい声が耳に入ってきた。それはきっと長らく思い出さないようにしていた声だ。

掛け声に合わせて、黒狼鳥のサマーソルトをローリングで回避した。

尾から伸びた三又の棘が鎧を掠めて、先端から強力な毒液が滲み出る。

知能が高い黒狼鳥は、他のモンスターの攻撃を見様見真似で再現することができる。

攻撃を回避された黒狼鳥は怒りで甲殻を固めながら頭を冴え渡らせている。

 

「君が言ってくれなかったら当たっていた。

これは借りだな」

 

彼女はふふんと笑ってからすぐに表情を固めて飛竜刀を黒狼鳥の方に向けた。

 

「じゃあ、これは貸しね」

 

突き出た下顎と刺々しいフォルムは黒狼鳥の交戦的な性格の象徴だ。

鮮やかな紫色の耳を立てて翼を広げた黒狼鳥は、次の一手で何をしてくるか予想がつかない。

想像を超えたスピードから放たれる変則的な攻撃は黒狼鳥固有の武器で、どれも不用意に受けてしまうと1発で死んでしまうほどの殺傷能力を秘めている。

 

黒狼鳥が強靭な脚力で蹴りを繰り出す。

素早い脚取りをしっかり見ていた彼女は見惚れるような剣捌きで蹴りを弾いて軌道を逸らすと返す刀で黒狼鳥の片耳を切り落とした。

怒りで滾る黒狼鳥は巨大な翼で羽ばたいて風圧を起こし、追撃を防ぎながら連続で火炎ブレスを吐き出した。

彼女を守るように前に出て火砕剣で火炎を防ぎ、追い打ちをかけるように刺突で怯ませた。

 

「さっきの借りは無しってことでいいな」

 

口元を緩めた俺を見て、彼女は笑いながら大声で喋った。

 

「油断禁物!」

 

強烈な風を起こして飛び立った黒狼鳥は火炎ブレスの連射に意識を向けさせたが、本命の攻撃は急下降を伴うキックだった。

ゴア・マガラの対策で磨いた技術で負けじとカウンターの溜め斬りを解き放つ。

そういえば、昔彼女と二人で狩りに行ったときに油断して黒狼鳥の蹴りを受けたことがあった。

防具をつけていても衝撃が伝わる強烈な蹴りで、たった一度被弾しただけで体が動かなくなり、その日は彼女に助けて貰ったのだった。

 

そんなことを考えていると、彼女を中心に周りの風景が変わっていくのが見えた。

今でも日常の中に溶け込んだマイハウスの風景。

いつもなら安心する眺めだが、今だけは見たくないものだった。

その理由はすぐに分かった。

 

天廻龍に村を襲われたあの日からお守りとしてずっと飾っている鋼龍の鱗が星明かりで赤く輝いた。部屋の窓越しに見えたのは少し紅い月と、その手前を過ぎる赤い彗星。

夜空に光る星の中でも、これだけ不吉なものは無いのだと小さい頃から教わっていた。

呼吸のテンポが早くなっていた。

 

慌てた様子の職員が部屋の戸を叩く音を聞くのは今日が初めてじゃない。

街に鳴り響く警報の音は古龍出現の合図だ。

 

「東の禁足地にシャガルマガラが出現した。ギルドは君に討伐の依頼を出している」

 

彼女は静かに、強かな目付きで、クエストの概要が書かれた紙を受け取って部屋に戻ってきた。

 

今日は天廻龍再臨の日。

俺は今、過去の映像を追っている。

 

「君は待っててよ。私一人でやってくるから」

 

どこにも行かないで欲しいだけだったけれど、引き止めることで輝きを奪ってしまうと思った。

 

「分かった。俺は君を信じ――」

 

彼女がいつものように臆病の憑いた笑みを浮かべた時、俺はその後に起きたことを鮮明に思い出した。何を言っているんだ。

この言葉がきっかけで俺は大切な人を失ってしまったんだ。

誰かを信じても裏切られて、それが胸を裂く連日の痛みの正体だった。

 

「興味が...ないんだろ?」

 

違う。そうじゃない。

本当に言いたかったのはそんな事じゃない。

彼女はきょとんとした顔で少し固まった後、口に手を当てて笑い出した。

窓から紅い月明かりが差し込む。

あれから夜に月が昇る度に、人生で一番忌まわしい残酷な日を呪った。

悪趣味な夢だ。彼女は笑いながら目尻についた涙の雫を拭って可笑しそうに話した。

 

「アハハ...私が君に嘘をついたことがあった?

確かに天廻龍に復讐することには興味がないけど...でもこれは仕事だよ。

私がやらなきゃ、他の人がやることになる。

君も私も、天廻龍に故郷をやられてる。

2回も大切なものを奪われたりでもしたら、正気でなんて生きていけないよ」

 

きっとその涙は、いつもと違う調子で彼女のことを気にかけた俺に対して向けたものではない。

本当は怖いんだ。きっと怖いに決まっている。

天廻龍シャガルマガラは確かに一度討伐されたことのある古龍だ。

討伐例のない新種の古龍に比べたら少しは希望のある相手かもしれない。

しかし、俺たちはまだ覚悟も決められない幼い日にその恐怖に全てを奪われて絶望を経験している。俺は信頼という綺麗事に甘えて、彼女の不安と恐怖を見て見ぬふりをしていたんだ!

 

「もし天廻龍との戦いで君が死んだりでもしたら、俺は何のために生きていけばいい?

他の全てより大事な君を失って、正気でなんて生きていけるはずがない!」

 

俺は喉が枯れるほどの大声をだして、涙で視界がぼやけたまま、彼女の肩を両手で掴んで俯いた。

言い切った。ただそれだけのことで、俺はこれまで憎んでいたあの日の選択を少し許せたような気になっていた。夜の一室の、息を荒げたその音だけが何度も何度も繰り返される。

そして息の音は、少しずつ重なっていった。

 

白水晶のような綺麗な手が、震えながら俺の手を掴んだ。あまりに強く彼女の肩を握ったものだから、少し痛かったのかもしれない。

俺が恐る恐る顔をあげると、彼女は大粒の涙を流しながらニッコリと笑っていた。

 

「今日の君、なんだかおかしいよ」

 

「俺は...俺は縁起でもないことを――」

 

息の吐き方すら思い出せないまま、おかしな声の調子で不器用に謝ろうとした。

 

「謝らないで。私、嬉しいよ。君はそんな風に想ってくれてたんだね」

 

俺は泣き崩れて、少しでも長い間目に焼き付けていたい顔すら直視出来なかった。

俺がもっと早く強くなっていれば、天廻龍に挑むのは俺だったかもしれない。

彼女を愛する俺が世界から居なくなっても、彼女が生きてさえいれば良かった。

ただそれだけの後悔が昨日までの俺を突き動かしていたのだ。

 

「...ねぇ、私、これから死ぬんでしょ?」

 

 

 

「どうしてそれを...」

 

「今日の君、ずっとそんな目をしてる。ずっと一緒に居るから考えてることくらい分かるよ」

 

「それなら...それなら行かないで」

 

「残念だけど、それは出来ないよ。

私は天廻龍から皆を守らないといけないから。

本当はすごく怖いけど、後悔はないよ。最後にこうして君と話すことが出来るから。

皆は私のこと、可哀想だとか不幸者だって思ってるけど私は自分のことを不幸なんて思わない。

...それはね、君がいたからなんだよ!」

 

幻が唇にあたる感触を、俺はもう二度と味わうことは無いのだろう。

それは夢というにはあまりにもリアルで、存在したかもしれない過去の話。

そういえば、何処かの砂漠で異世界との繋がりを示唆する者がいたと、そんな突拍子のない噂を聞いたことがある。

にわかには信じ難い。きっと作り話だろう。

だが、もし時間を超えて過去に飛んで、故人に伝えることが出来るとしたら...そんな突拍子のないおとぎ話が現実にあってもいいんじゃないかと思うことがある。

 

「待って...待ってくれ。まだ話したいことがある。俺は君が...君のことが――」

 

夢の終わりに見えたのは、恐怖とは違う感情に照らし出された本当の笑顔だった。

漣が鳴り、蝶が羽ばたく。

 

「私も君が...君が好きだよ!」

 

ベッドから上体を起こして数分間。

俺は回想に耽っていた。

空にはあの日と同じ紅い月が浮かび、鋼龍の鱗を照らしている。

故人に言葉を伝えることは出来ない。

俺は現実に打ちひしがれながら、夢の赦免に少しでも気を緩めた自分を責めていた。

 

職員が戸を叩く音が聞こえる。

今度は落ち着いた様子で、ゆっくりと四回ノックする音が聞こえた。

戸を開けるとその先には背丈の低いアイルーが立っていた。

 

「ハンターさんハンターさん、先生がお呼びですニャ」

 

 

〜ギルド とある一室

 

「いきなり呼び出してすまない。

今日君を呼んだのは、他でもない私の教え子のことについて君に伝えるためだ」

 

「そう...ですか」

 

「君が天廻の災に立ち向かうというのなら、あの日の彼女にあったことを知っておかないといけない。辛いかもしれないが、聞いてほしい」

 

あれは、分厚い雲が早く流れる日のことだった。

忘れはしない。

シャガルマガラ事件の再来の日だ。

 

「やっと逢えた」

 

その日、悪しき風の王と邂逅したハンターは―

 

人々の期待を背負い―

 

――酷く打ちのめされて戦死した。

 

正面から接近、激突まで秒読み。

禁足地を紫黒に染める純白の魔王が、この日は危機を感じて縄張りを戦場に変えた。

足取りの中に緊張が映る黄金の決闘。

天廻龍という世界の拒絶。

悪風を切り裂く刃の名はダイトウ【狼】。

かつて親しい者に贈ったイャンガルルガの防具、その同一個体の素材から作られた猛毒の刃。

 

幾代も持ち主を代えて数え切れぬほどの脅威を断ち切ってきた正真正銘の名刀。

強さゆえに孤独となった剣士が用いたというが、真の孤独を知るは主を失って残された刀のみとも伝わる。

 

まさに彼女の孤独に対する並々ならぬ覚悟を知らしめるような武器だ。

しかし一頭のモンスターから作られた武具を武器と防具で別ち、その片割れを愛する者に贈ったのは不安と寂しさに対して人一倍臆病な彼女の心根は変わっていなかったのだろう。

 

刀身から毒が滲む。薙刀のような形状は刺突にも斬撃にも向いている。長いリーチはヒットアンドアウェイを基本とするギルドスタイルのハンターと相性が良い。

 

身に纏う鎧は絞蛇竜の甲殻で作られたものだ。

魔除けの効果を持つと呼ばれる鎧は、ある過酷な地方に伝わる伝統的な装束で、戦士の一族に代々受け継がれる。

歴代の戦士たちの魂が宿るこの防具は、装着者を孤独から守護する。

 

距離を支配する一騎当千の将。

剛と柔を兼ね備えた白い魔王。

果てしない標的を一望し、一匹の飢えた狼が吠える。狩りの始まりだ。

現大陸の命運を賭けた決闘は、磨き抜かれた狩人の技術によって決着がつけられる筈だった。

彼女は古龍を畏れていたが、古龍の討伐に自信があった。

だから誰も巻き込まないようにたった一人で決戦に臨んだのだ。

 

「嘘...こいつを殺したら!」

 

躊躇。

絶えず風の続く禁足地は山の連なる高地にある。

慈悲深き鋼の神は隣接する山の頂から、今に散る花の激しさを静かに見守っていた。

果たせなかった約束を思い出したかのように。

一人で古龍に挑むなど、無謀だ。

鋼龍が目にしたのは、遥か昔密林で闘った狩人の姿だった。

群青色の瞳が懐かしさを見つめている。

風が吹いた。

 

〜ギルド 酒場

 

そして、現代。

顛末を話し終えた赤い装束の男が若き狩人に使命を託す。

 

「天廻龍を止められるのは君しかいない。

これは弔いだ。彼女の無念を晴らせ」

 

「弔いですか」

 

天廻龍は現大陸で一生を過ごすモンスターだ。

他の古龍と違って渡りをしない。

古龍達が古龍渡りによって新大陸に移動した時、大いなる均衡が崩されて世界は病魔に悩まされる。その異変に気付いていたのは人間だけではない。

 

「マスター!鋼龍が出現しました!」

 

「なんじゃと!被害状況はどうなっておる?」

 

「過去最大です!これまで見た事もないような興奮状態で嵐を纏って移動しています!

各地で古龍やそれに匹敵する生物が活発化して、大陸の中心部に進んでいます!」

 

〜高地付近

 

分厚い雲が空を覆い、降り止まない豪雨が地上にぬかるみを作る。

ガブラスの発生は古龍出現の前触れとされる。

 

「何だよあの馬鹿げた竜巻は...」

 

両腕に龍雷、普段の鋼龍とは明らかに違う全身に漲るエネルギー。鋼龍は激怒している。

番を殺された炎王龍のように、一際大きな災厄を纏いながら地上の全てを吹き飛ばしている。

竜巻の塊を突き抜けて真紅の稲妻のように空中を突き進み、何かを探して暴れ狂っている。

 

「息を止めろ!死ぬぞ!」

 

鋼龍に続いて現れたのは邪神、エスピナス。

恐暴竜との戦いで負った怪我は既に治り、鼻先から真紅の角が伸びている。

赤い紋様は殺戮の合図。かつて樹海から追い出した鋼の神との邂逅に興奮している。

棘竜が猛毒を含んだ火球を放ち、鋼龍がそれを風ブレスで打ち消す。怒れる風の神は鋼の弾丸のように急降下して地上の棘竜を弾き飛ばし、棘竜は小刻みにバウンドしながら撥ね飛ばされた。

並の飛竜なら即死するほどの威力だが、棘竜は気勢すら削がれない。

 

棘竜の毒を吸い込んだガブラス達が悲鳴すらあげずに死んでいく。

 

「もし棘竜が天廻龍の力を借りて狂竜化したら誰も倒せなくなる」

 

「だから鋼龍は、棘竜を許さない」

 

「違う。死に場所を探してるんだ」

 

邪毒は翼を広げて跳躍し、滑空で飛距離を伸ばすことで鋼龍にスタンプ攻撃を繰り出す。

背に飛びかかられた鋼龍は驚いて風圧を弱めたが、四足の強靭な筋力で勢いよく立ち上がる。

背中に乗っていた棘竜が転げ落ち、鋼龍は前足で踏み付けて口腔に風の力を溜め込む。

しかし今度は棘竜が真紅の角で捲り上げて鋼龍を投げ飛ばし、転倒した鋼龍に火球を命中させた。

火球は炸裂と同時に爆発、毒を苦手とする鋼龍に猛毒を叩き込む。

それでも鋼龍は毒に侵されず、毒煙の中から飛び立った。鋼龍の体は鋼鉄を上回る強度の甲殻で覆われている。死に切れない生命力と防御力こそ、鋼龍を宿命に縛り付ける鎖だ。

 

まずは筋力に勝る棘竜が接近戦を有利に進めた。

鋼龍は断末魔のような壮絶な叫び声をあげて巨大な翼をはためかせ、圧倒的なスケールの黒い竜巻を展開して棘竜を吸い寄せた。

雲と地上を繋ぐような巨大な風の柱が巻き起こり、周囲のもの全てを吸い寄せる勢いで強烈な風が発生している。

鋼龍は震えながら鋼の顎を大きく開き、背を反り返らせて力を溜めている。

 

「仲間の死骸が天上の鋼龍の元に昇っている。

神々しい。本当に神じゃないか」

 

白く目視できる強風。

 

鋼龍の超低音の頭角によって空気が冷やされてガストフロントが発生。吸引によって圧縮された空気を通過することで、気圧の上昇と下降を引き起こす。それに伴い等圧と等密度面が交差する傾圧という状態になる。傾圧はガストフロントに対して平行な気流の渦管となり、その端が上昇気流によって持ち上げられることで鉛直方向に長い渦管となる。

これを中心に鋼龍が風を送り込むことで、極小規模の気圧性の循環構造が生み出される。

風を司る古龍クシャルダオラ。その正体は鋼の肉体を持つ生きた自然現象である。

 

 

鋼龍 クシャルダオラ

『スーパーセル』

 

主いい給う。復讐するは我にあり、我これを報いん

〜新約聖書より引用

 

 

亡き者に捧ぐ復讐など、辛いばかりなのだから。

 

 

観測史上最大級の古龍災害。

鋼の肉体から放たれた衝動が大気を歪める。

戦場から遠く離れたギルドでも、災害の様子を目撃することができた。

かつて煌黒龍が出現した時のように、雲の隙間から赤黒く輝く龍雷が轟いている。

 

邪神にはまだ見せていない鋼龍の切り札の一つ。

鋼龍の持つ攻撃の中でも最大の威力を誇る。

戦場に風が吹く限り、この絶大な破壊力から逃れられない。極寒の突風が軟化した棘竜の甲殻を切り付け、猛毒の血液が飛び散る。

飛竜種屈指の重量を持つ棘竜すら常に吹き飛ばされ続けるため、反撃のために体勢を立て直すことすら出来ない。

地上の生物を根刮ぎ殺戮する死の嵐だ。

 

極低音の嵐は鋼龍を火炎の熱から守り、冷気を苦手とする棘竜の体力を奪う。

棘竜がブレスを多用すると、竜巻が火と毒を巻き上げて危険だ。鋼龍はスーパーセルを発生させて有利な状況を作り出すまで棘竜のブレスを封じる必要がある。

鋼龍は自ら不利な近距離戦に誘い込むことで棘竜の意識を肉弾戦に誘導した。

鋼龍が仕掛けた肉弾戦は気温の支配権を奪うために仕掛けた巧妙な布石だったのだ。

 

鋼龍に油断は無い。スーパーセルの内側から、棘竜に風ブレスの照準を定めている。

風ブレスを得意とする鋼龍の口内に大きな牙は無い。小さな牙が二重に並び、風ブレスの射出に特化した構造になっている。

頭角から特殊な電磁波を発生させることで強風を身に纏い、纏う風が強くなるにつれて風ブレスの威力も増大する。まるで風の大砲だ。

 

既に死に物狂い。もう止められない。吹き荒れる強風に溶け込んで、鋼龍は世界と同化した。

棘竜は微量の猛毒を含んだ黒い吐息を風に流しながら、紫の舌で舌舐めずりしている。

鋼の神は風に乗って棘竜の周りを旋回しながら隙を窺い、棘竜のブレスに合わせて突進。

鋼龍の甲殻は火炎と猛毒のブレスで傷つき、棘竜は突き飛ばされながらローリングで起き上がって即座に突進を繰り出した。

口腔から殺意が黒煙となって溢れ出る。

上体を起こして角の刺突を避けた鋼龍だったが、棘竜は角を鋼龍の下に滑り込ませて一息に鋼龍を投げ飛ばした。

 

金属質の甲殻を持つ鋼龍は、体重を支えるために脚が太く発達するほど体が重い。

その鋼龍が宙を舞い、地面に打ち付けられた。

古龍屈指の防御力を誇るクシャルダオラが一頭の飛竜に投げ飛ばされたのだ。

 

邪神は堂々と佇み、呆気に取られている鋼龍を見下ろした。絶望の瞬間に火粉が踊る。

二頭は同時にブレスを放ち、二つのブレスは交錯することなく標的に命中した。

猛毒の火球が炸裂すると同時に天から柔らかな光が降りて、棘竜の横顔を照らす。

時間切れだ。

 

天使のような翼が開き、聖なる龍が吠える。

地上には紫黒に煌めく狂竜物質の柱が立ち、神の鉄槌は空から降った。

大いなる悪風。

 

天廻龍シャガルマガラ、降臨。

 

鋼龍は一瞬の隙を突いて棘竜の頭部を蹴り上げ空高く飛び上がった。

鋼鉄の体に風の鎧を纏い、天廻龍を威嚇する。

死を感じさせる顔付きで吼えた。

棘竜の猛毒は鋼龍の体を蝕み、肉体は既に限界を迎えている。

それでも生を諦めず戦いに挑むのは、古龍としての矜持なのだろうか。それとも――

群青色の瞳が、懐かしさを見つめている。

自然の超越者である古龍種として生を受けたが、何度も敗北を経験して生きてきた。

毒に蝕まれた状態では、龍風圧を発生させることが出来ない。

風の鎧を解除して前脚に龍属性エネルギーを集中させることで強大な龍封力を纏い、古龍の血に眠る龍属性の力を解き放つ。

 

天廻龍にとって鋼龍は天敵だ。

天廻龍が死んでも世界中に生息する黒蝕竜が脱皮すれば廻龍の悪夢は復活を遂げる。

そのため、ハンター達は天廻龍を倒しても問題を先送りすることしか出来ない。

しかし炎王龍や鋼龍などの広範囲に影響を与える古龍種は狂竜物質を破壊して繁殖を失敗させることが出来る。

廻龍種の中でも最強の戦闘力を持つ天廻龍にとって超災害級古龍の根絶は天命だ。

 

強風が吹き荒れる空中で紫黒の波動と赤黒い稲妻が走る。二頭の古龍は高度を上げながら衝突を繰り返して傷を負い、青い光を放ちながら熾烈な空中戦を繰り広げた。

二頭の感情が凄まじく荒ぶり、古龍の生体エネルギーが可視化している。

純白の剛腕が薙ぎ払い、風の矢が刺し貫く。

強力な翼脚を持つシャガルマガラは空中戦でも正確な動きで相手を鷲掴みにする。

紫の惨爪に掴まれたら最後、凄まじい力のプレス攻撃で叩き潰されてしまうのだ。

翼脚のリーチの外側から戦わなければ一撃でペシャンコだ。

 

鋼龍は無数のブレスを吐き出してシャガルマガラを寄せ付けず、天廻龍が突進で強行突破しようとすれば鋼の肉体で体当たりを繰り出して突き飛ばした。

比較的目撃例の多い鋼龍は人類にとって最も馴染み深い古龍だが、超災害級古龍に分類される特級の危険生物であることを忘れてはいけない。

天上最大の実力者といわれる千刃竜すら一蹴するというあの天廻龍を相手に、空中戦で互角以上の戦いを繰り広げている。

 

錆びつかない魂の鼓動を感じていた。

遠い日の記憶に漣が鳴る。再開した二頭の古龍は、風の波を立てながら空中を漂っている。

竜巻が狂竜物質を巻き上げて紫色に光る。

悲劇の記憶を浄血で洗い流すように白い浄爪が斬りつける。鋼龍は冷気と龍属性を帯びた鋼爪で天廻龍の左肩を突き刺し、胸元を切り裂かれながら天廻龍をブレスで突き放した。

 

僅か一瞬の攻防だったが、鋼龍は気付いた。

棘竜のブレスを貰った後から神経毒で風が弱まり、麻痺毒で動きが鈍っている。

毒が回る前に倒し切らなければ勝てない。

 

悲鳴と共に浄血が飛び散る。

天廻龍が墜落して土砂が巻き上がり、棘竜が頭突きを繰り出す。

天廻龍は棘竜の頭部を翼脚で抑えて防いだが、棘竜の突進力を受け止めきれず体勢を崩した。

鋼龍はブレスで二頭を一斉に吹き飛ばすと同時に着弾地点に竜巻を発生させて反撃を阻んだ。

大きな翼膜で風を掴んで飛行する天廻龍は、鋼龍の起こす突風に姿勢の維持を妨げられて思うように離陸することができない。

 

鋼龍は天廻龍の頭上を旋回して背中の上に乗り上げ、風の力を口腔に集中させた。

天廻龍の翼脚は背中の上を狙うことに不慣れだ。

棘竜の妨害すら掻き消す烈風と共に鋼龍を中心に黒く澱んだ巨大竜巻が巻き起こる。

龍の力を帯びた巨大な風の壁が棘竜を竜巻の外側に追いやり、風の内側ではブレスを受けた天廻龍がうつ伏せになって倒れている。

鋼龍は空中から天廻龍を睨みつけながら、砲身と化した口で風を圧縮していた。

体に風を纏った鋼龍のブレスはコンバットナイフのように鋭く速い。穢れた龍鱗が砕ける。

地上に降りた鋼龍は四肢を四方に伸ばして低い姿勢を取り、唸るように吠えた。

既に麻痺毒が回り、鋼龍は鈍化して銅像のように動かなかった。

頭部に傷を負った天廻龍は横転と同時に体を回転させて翼脚で立ち直り、鋼龍を両眼で睨む。

 

二頭の古龍が相手の側面を取るように回り込み、相手の出方を窺った。

鉄球のように太い後脚の大腿部が途轍もない力を生み出し、決死の突進が悪しき風を刺す。

翼脚で翼を抑えた時には既に懐の中。

突進の衝撃が竜巻を突き破り、突き飛ばされた天廻龍が棘竜の正面に投げ出された。

竜巻は不協和音を掻き鳴らしながら勢いを増す。

禍々しい彩光が厚い雲を照らして、地響きと共に地上を照らす。

天廻龍の翼膜が風を受けて激しく震える。

嵐の内側から風の弾丸が飛び出して天廻龍の体を激しく傷つけたが、致命傷にはならなかった。

 

紫黒の彩光は雲を照らし、天地が紫に変わる。

そして結末は残酷な時間に訪れた。

 

『狂竜圧縮砲』

 

狂竜物質の奔流が風の防護壁を容易く破り、竜巻に身を潜めていた鋼龍の肉体を撃ち抜いた。

鋼龍は風の鎧を纏おうとしたが、棘竜の神経毒のせいで頭角から発する電磁波をコントロールすることが出来なかった。

鋼を上回る強度の甲殻を狂竜圧縮砲が貫き、遂に風を司る鋼の神が倒れる。

 

鋼龍クシャルダオラは戦死した。

 

残る魔物は二頭。最悪の結末だ。

時と共に流れる風が止んで、腐敗が始まる。

人類にはもう祈りを捧げる神も残されていない。

 

「.....いにしへの竜が 死んだ

狩り人の誇りと 無限の勇気を信じて

ふーむ 君には資格があるよ」

 

「大丈夫だよ 君なら出来る」


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