古龍が去った後日談   作:貝細工

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ギルドスタイル

〜ギルド 集会所

 

ギルドは東西から侵攻してくるモンスターの迎撃に士気を高め、狩人達は賑わっていた。

東の尾槌竜に西の重甲虫。外の国から危険な強敵が向かってくる。

古龍ではなくても一国の危機。

多額の報酬金が掛けられている。

ハンターが勝つことができれば奇跡だ。

周囲が熱気で包まれる中、ギルドマスターの前で黒狼鳥の装備を着ている狩人が頭を下げた。

 

「そうか。アトラル・カは倒せなかったのか」

 

「不甲斐ない。戦争は止められません」

 

「いいんだ。鋼龍と金獅子の出現は我々も予測出来なかった。これはギルドの失敗だ。

古龍に太刀打ちできるハンターは少ないが、うちのハンター達はよくやってくれている。

君の戦いに孤独はないんだよ」

 

「...ありがとうございます」

 

「君は怖くないのか?」

 

「既に誰かが成し遂げたことを、私は辿るだけですから」

 

そういって、狩人はその場を後にした。

彼自身も気づいていないが、彼は才能に恵まれていた。人間が古龍との力の差に悩み、苦しむことなど、既に常人の発想では無いのだ。

狗竜を倒せば功績、怪鳥を倒せば一人前。

火竜を倒したハンターは英雄として一生地域で語り継がれる。

狩人の人生とは本来そういった規格の中にある。

古龍と戦うのは狩人の役目では無い。国家とギルドが手を組み、死力を尽くして撃退する。

それが古龍という存在だ。単身古龍に挑んで武勲を立てるなど、神話の英雄の所業である。

天才とは脆く壊れやすいものだ。

古龍の威圧とは、対峙した相手の気勢を削ぐばかりのプレッシャーではない。

対峙する前から世間の目、死への恐怖として狩人を追い詰める呪いだ。

神殺しは狩人の仕事では無いのだ。

長い石造りの廊下を歩いて図書室に向かう。

 

「装備と戦略、全部見直した方が良さそうだ」

 

手に取った本の表紙にはシャガルマガラ事件と書かれている。

 

彼の目に入ったのは、黒蝕竜ゴア・マガラが天廻龍の幼体にあたるという記述だった。

天廻龍は狂竜化したモンスターを宿主にして繁殖する生物だ。時期さえ来れば黒蝕竜自体の個体数は多い。増えすぎた個体は天廻龍が散布する狂竜物質を浴びて脱皮不全となり死滅する。

そのため黒蝕竜は天廻龍より資料が多い。

天廻龍の対策にはうってつけの存在だ。

 

しかし幼体とはいえ油断はできない。

恐暴竜の討伐と炎妃龍の撃退という衝撃的な実績を持つギルドの精鋭部隊「筆頭ハンター」でさえ黒蝕竜との戦いに敗れている。

 

黒蝕竜ゴア・マガラ。

狂竜物質を利用した変則的なブレス攻撃と翼脚の腕力を武器とする分類不明の大型竜だ。

頭部には目が無いため、視力が発達していない代わりに鱗粉で相手の位置と姿形を認識する。

逞しく発達した翼脚は雪鬼獣や轟竜を抑え込むことができる程の力を発揮する。

しかし、黒蝕竜は古龍の幼体だ。超災害級モンスターである恐暴竜や炎妃龍より強い筈がない。

筆頭ハンターが黒蝕竜に敗れたということは、黒蝕竜が何かを隠し持っていたということだ。

 

資料のページを捲る。

狂竜物質を撒き散らしながら降り立つ黒蝕竜のスケッチが描かれていた。

紫黒の闇が霧のように広がっていくその様は天廻龍と瓜二つだが、その貌に眼球は無い。触覚と翼脚を折り畳み、翼膜を引き摺って歩いている。

黒い外套に身を包んだ老父のような、不気味で退廃的な佇まいだ。

 

瞬く間に広範囲に鱗粉を撒き散らすため、黒蝕竜を見つけることは難しくない。

作戦勝ちを狙う相手に情報の有利を取ったと錯覚させるこの鱗粉はかなりの脅威だ。

視力を持たない黒蝕竜は鱗粉によって周囲の状況を感知する。

鱗粉の範囲に入り込んだ生物の全ての動きを感知する性質上、不意打ちが通用しない。

否が応でも実力対決に持ち込む鱗粉の存在こそ、黒蝕竜が隠し持っていた秘密兵器だろう。

 

資料のページを捲る。

黒蝕竜の戦いの記録が記されていた。

轟竜、雪鬼獣との戦いでは上空からの急降下による不意打ちでマウントを取っている。

攻撃と防御を翼脚で行い、狂竜物質を浴びせながら絶命に至らせる。

精度の高い不意打ちを可能としているのはやはり鱗粉による高い感知能力だろう。

赤黒い鉤爪による打撃は地盤を抉る威力。反応速度と握力の高さも脅威だ。

鱗粉で不意打ちは潰されてしまうが、真正面から大剣の破壊力で激突する戦法も効果的ではない。

背後からバックマウントを取られた轟竜はそのまま首を圧し折られてしまったが、仰向けになってマウントを取られた雪鬼獣はパンチによる反撃に成功している。

 

千刃竜との戦いでは素早いサイドステップで攻撃を回避しながら翼脚で抑え込み、至近距離から狂竜物質のブレスを放って攻撃している。

狂竜物質が爆発する衝撃を緩和するためか、着弾と同時に後退。その隙に放たれた反撃の刃鱗が頭部に突き刺さったことで痛み分けとなったようだ。

飛竜種の中でも指折りの機動力を誇る千刃竜の動きすら見切る廻龍亜目にスピード勝負は無謀だ。

 

そんな凄まじい強さを誇る黒蝕竜に雪鬼獣と千刃竜が抵抗出来たのは素早い反撃の賜物だ。

轟竜と氷狼竜、千刃竜と桜火竜の戦いにおいても圧力に対する打開策はカウンターだった。

例え攻撃力と防御力を両立させたモンスターでも攻撃と防御を同時に行うことは出来ない。

そこが勝負の狙い目だ。

通常、大型モンスターの狩猟にはターン制と呼ばれるペースの掴み合いがある。

大振りの攻撃や疲労している時など、ペースを握れるタイミングはモンスターにより様々だ。

しかし古龍級にもなると、中々ペースを掴むことができないほど攻撃の間隔が狭いモンスターが台道を始める。

 

絶対的な防御力を誇る鋼龍に対して打撃の回転力で対抗した金獅子ラージャンはその代表と言えるだろう。しかしその金獅子ですら攻撃に意識が向いている時は守りが手薄になり、ハンターの溜め斬りを受けて撃退されてしまった。

 

攻撃に対して防御ではなく攻撃を合わせること。

それがギルドスタイルのハンターの真髄だ。

回避と攻撃の調和。それは由緒あるギルドスタイルの完成形そのものだ。

ページを捲ろうとする指が震えた。それはまさにギルドが誇ったあの女狩人の戦いだった。

これまでのハンター生活を彩ってきた美しい戦闘技術。これまでの狩りは無駄ではなかった。

勇気を出してページを捲ると、倒れ伏す天廻龍に大剣を突き立てる英雄の姿が描かれていた。

黒蝕竜と天廻龍を倒してシャガルマガラ事件に決着をつけたキャラバンの英雄。顔を覆う頭装備はどんな表情を隠しているのだろうか。 

 

「貴方は怖くなかったのか?」

 

伝説の英雄はハンター登録のためにバルバレに向かう途中、パンツ一丁で豪山龍と戦ったという。

見ず知らずの男を守るため、全長百メートルを超える巨大な古龍に挑んだのだ。

勇気を少しでも分けて貰えたら、どれだけ楽だったことか。祈るように目を瞑った先で見えたのは閃きだった。戦うからには万全を取りたい。

若きハンターは、発想を確かめるためにココット村を訪ねることにした。

 

〜ココット村

 

草の生えた泥道を進んだ先にある小さな村。

土の匂いが漂い、大きな木造建築が立ち並ぶ。

古びた茅葺き屋根が苔むしている。

この村ではハンター業の祖といわれる男が村長を務めている。

彼はすでに現役を退いているが、数知れぬ面接を持つ英雄の一人だ。誰もが彼を英雄と呼ぶが、彼は英雄ではなくただ一人の狩人であろうとした。

その想いは今も変わらず、狩猟を辞めた今でも引退した狩人として振る舞っている。

 

ハンター業が無かった頃。

質素な装備を纏い、七日間の激闘の末に一角竜モノブロスを倒した竜人の青年は英雄と呼ばれるようになった。この事件がきっかけでハンター業が誕生するなど彼の功績は歴史を大きく動かした。

そして英雄となった男は磨かれた白水晶の輝きのような美しさと聡明さを兼ね備えた女性と恋に落ちて、共に古龍討伐に向かった。

ココット山の飛竜討伐。脅威たる飛竜を倒した代償は他の誰でもない英雄の婚約者だった。

こうして、ハンターは5人以上で狩りをしてはならないというジンクスが生まれた。

深い悲しみを背負った英雄は剣を置いて、辺境に小さな村を開いたという。

極度の緊張の中、命を危険にさらしながら生活しているハンター達の心の拠りどころ。

それがこの村、ココット村だ。

彼が英雄と呼ばれることを嫌う理由は、愛する者を守れなかったからなのかもしれない。

 

白髪と白髭。子供のように小柄な老人。

彼こそがこの村の村長。

ココットの英雄その人だ。

家の前に立って若き狩人の話を聞いた。

ココット村には、目的を見失ったり、行き詰まったりしたハンターが数多く訪れる。

村長にとって、若き狩人はその中の一人に過ぎなかった。

 

「そうか。それでおぬしは天廻龍と戦うと決めたんじゃな。まだ若いのに、辛かったじゃろう」

 

目線を合わせないまま話す村長。その表情にはどこか懐かしさと寂しさが見えた。

 

「天廻龍を討伐したキャラバンの英雄は、このココット村に滞在していると聞きました。彼に助言を仰ぎたいのです」

 

キャラバンのハンターのことを聞くと、村長は眉を下げて悲しい顔つきで言った。

 

「すまんのう。彼は猛爆砕竜を封じるために火山に出向いて、もう何日も戻ってきておらん。

彼が帰ってくるのは当分先じゃが、おぬしがハンターとして厳しい道を行くのであらば、かつてココットの英雄と呼ばれた、このワシの全てを伝えよう」

 

ココットの英雄。ギルドスタイルの狩りを初めて確立させた男の技術があれば、きっと天廻龍と渡り合えるようになるだろう。

 

「お願いします。天廻龍に勝たないと、あいつに示しがつかないのです」

 

村長は空を仰ぎ、目つきを変えてポツリとつぶやいた。

 

「そんなことは」

 

 

 

「考えなくてよいわ。

すべてはおぬしの意志ひとつじゃ。ワシは、ハンターとしての人生に悔いは残しておらん。ゆえに、今は穏やかな日々を送っておる」

 

村長の背後にあるのは村長の家。

開かれた窓の向こう側。不意に家の棚に大切に飾られている白水晶の原石が目についた。

 

「まずは状況把握。常に周囲の状況が確認できるよう、周りを見回すクセをつけるのじゃ。」

 

若い狩人と語りながら、村長は命を燃やしていた頃のことを思い出した。

白く燃え尽きた胸の内に、透き通るような細い火種が灰を被りながら残っている。

風が吹いた。

 

〜とある平原

 

ココットの英雄の助言を聞いた狩人は、赤い岩石と紅葉が美しい平原に向かった。

黄金色の草の生えたこの広大な草原に、黒蝕竜が出現したからだ。

既に周辺地域に狂竜物質を撒き散らしているため、甚大な被害が出ている。

 

黒蝕竜には天敵がいないため、姿を隠す生態を持たない。そのため狩場に着けば一目で場所を確認することができる。痕跡をみて探す必要はない。

周囲を見渡して数秒。黒い影が目についた。

色形が違うとはいえ愛しき人の命を奪ったモンスターの同族と対峙したと思うと、感傷のやりどころが分からなくなった。

 

 

鱗粉に小さな敵が触れる。一触即発。

 

幼体とはいえ、体格は天廻龍とほぼ変わらない。

最大の武器である翼脚を折り畳み、黒い外套を引き摺るように歩いている。

前脚より後脚が発達していることから飛竜より古龍に近い骨格をしていることが分かる。

余裕のある足取りでこちらに近づいてくるが、寒気立つ陰々滅々たる殺気を放つ。

獲物を狩る獣のような静けさと鬼哭啾々たる激しさを持った悪霊のような存在感。

表情が読めない。

黄金色の草原を蠢く悪霊だ。

 

咄嗟の出来事だった。

鈍重な歩き方からは想像もできない程の瞬発力で巨大な竜がいきなり迫ってきた。

肉食獣のような綺麗なフォームの跳躍。

咄嗟に火砕剣を突き出して牽制すると、黒蝕竜はこちらの僅かな動きに反応して距離を保ったまま着地した。

 

黒蝕竜に死角なし。

 

常に周囲に撒き散らしている鱗粉によって、行動中に相手の動きを察知して動きを変える。

行動のリズムが他のモンスターより細かい。

これでは距離を維持した状態でカウンターを当てることは難しい。

 

視覚が使えない幼体のうちから相手を正面に置くように立ち回るのは、主にブレスと翼脚を武器に戦うからだろう。背後を取って戦えば有利に戦える可能性がある。

しかし、常に足を動かして距離と角度を直してくるので背後を取るのは至難の業だ。

しかし狩人の胸中は波風立たず、静かだった。

納刀した状態で前脚の間を潜り、振り向きながら抜刀と同時に溜め斬り。

漆黒の頭殻に触れた途端、火砕剣から火が噴いて黒蝕竜の顔面を炙った。熱に苦しみながらなんとか首を曲げて衝撃を逃す黒蝕竜。

狩人は納刀せず、前足と前手を同時に動かして頭部に刀身を押し付ける。

火砕剣のマグマのような熱がジリジリと照りつけて黒蝕竜の頭を焼き焦がす。

 

自ら作った展開を無駄にする訳にはいかない。

翼脚が動いたのを目視で確認した狩人はローリングで腹の下に潜り込み、下から上に向かって火砕剣を突き刺した。

 

黒蝕竜は強敵だが、ここで苦戦していては天廻龍に勝つことはできない。

強気に攻めて打ち勝つ。圧倒する。

それが天廻龍に挑むためのチケットだ。

既に女王討伐に失敗した狩人には後がない。

 

黒蝕竜の胴体が硬いことはよく知られているが、狩人の腹を下から狙う攻撃には理由がある。

黒蝕竜の資料を見た時、狩人は飛竜と比べて黒蝕竜の翼膜が大きいことに気づいた。

幅広の翼膜は飛行の時に風を利用するモンスター達の特徴だ。

風を掴んで飛翔する黒蝕竜は翼脚が閉じている状態からいきなり飛行することは出来ない。

真下から腹部を狙った刺突は回避より先に突き刺さり、飛行と同時に刃が抜ける。

火砕剣の熱は滴る血液を蒸発させる。

更にローリングで前に進む。

 

黒蝕竜のブレスは軌道が見えにくいが、全て黒蝕竜の前に向かって進む。

腹の下から黒蝕竜の背後に進めば飛行直後の攻撃は当たらない。ブレスを避けられた黒蝕竜は向き直りながら着地したが、同時に大剣の斬り上げで顎が跳ね上げられた。

返す刀をバックステップで避けたが、狩人は刃を向けたまま追いかける。

火砕剣の熱で黒蝕竜の体力を奪っているのだ。

 

狩人は高熱を嫌がって後退する黒蝕竜に対して、脇を開ける構えで剣を構える。

誘い出しに釣られた黒蝕竜が翼脚で薙ぎ払った瞬間、リーチの内側に飛び込んで刺突のカウンターを頭部に炸裂させた。

回避の体重移動と攻撃の体重移動が一体となった反撃の剣。

段差のない平原でエリアルスタイルのようなジャンプ攻撃を放ったのだ。

狩人は転倒した黒蝕竜の首に乗り、剥ぎ取り用のナイフを甲殻の隙間に何度も突き立てる。

ダメージが蓄積した黒蝕竜がダウンした瞬間、傷付けられた側頸部に溜め斬りを叩き込む。

クラッチクローの発想だ。ボロボロの側頸部に高熱の刃が突き刺さる。

 

大剣の刃渡りは竜殺しを想定して作られたものだ。

それが今、天廻の子息に裁きを降す。

今が土俵際。命の危機を感じた黒蝕竜は頭部に収納していた紫色の触覚を展開。口内に粉塵を蓄えて粉塵爆発による自爆に巻き込む準備を始めた。

紫黒の光が徐々に強まり、差し違えてでも外敵を駆逐するという強い意思が剥き出しになる。

殺意が首を刎ねる寸前、黒蝕竜から大量の狂竜物質が放たれて爆発。

狩人はあと一歩のところで吹き飛ばされた。

体力が回復しない。

狂竜物質が人体に及ぼす影響だ。

 

天使か悪魔か、大気を掴んで震わす慟哭のような咆哮が耳を劈く。

黒狼鳥の装備は狩人の魂に武神を宿すことで集中力を高めることで咆哮の影響を無効化した。

溶岩竜と黒狼鳥、二頭のモンスターが生きて食い下がるような存在感を示す。

 

体の端々から紫の光を放つ漆黒の竜が、御伽話の魔王のように狩人を迎え撃つ。

黒蝕竜の持つ形態変化、狂竜化状態だ。

妖しい光を放つその姿は怨虎竜とは違う気品を感じさせる。

異妖。両の翼脚で地面を掴んで吠える姿はドラゴンというよりワームに近い。

先端に向かうほど色鮮やかな紫の光を放つその角は悪魔のように心を惑わせる。

これだけ早く全力の姿を解放するのは、黒蝕竜としては異例の事態である。

一瞬にして空間が青黒い色に変色するや否や、翼膜の先が勢いよく狂竜物質を放出して空気と同化したように見えた。

世界と黒蝕竜の境界線が暈けて混ざり、黒蝕竜の色に世界が染まる。

美しくも悍ましい光景の中で、眠っていた古龍の闘争本能が呻きながら顕れる。

古龍種ではないが、正真正銘の古龍だ。

 

これまで戦っていた目のない竜は卑しい芋虫のようなものだったのだろうか。

戦いの中で完全に開花した黒蝕竜の潜在能力は限りなく龍に近い。全身からひしひしと感じる魔力だけで心が折れそうになる。

 

真紅の翼爪による斬撃を紙一重で回避すると、爪は剃刀のような切れ味で地面を切り裂き、翼脚の膂力で地盤が大きく隆起した。

それだけではない。追撃のために放たれたブレスは大砲などもはや比べ物にならない威力で正面を消し飛ばす。

掠っただけで皮膚が切れて血が垂れている。

直撃を受ければ鎧を身につけていても即死だ。

 

振り向きながら翼脚を振り下ろして狩人を踏み潰そうと暴れ回る。

さっきとは比べ物にならないほどのパワーだ。

攻撃を掻い潜ってカウンターを使おうにも、圧倒的な攻撃力が生み出す殺傷能力の前では一つのミスが命取りになる。

黒蝕竜の圧力はこれまで以上に強まり、手をつけられないほどに膨れ上がっていた。

 

目の奥に恐怖が滲んだその時、天廻龍に殺された女狩人のことを思い出した。

廻龍種に対する怒りに黒狼鳥の甲殻が反応。

恐怖に歪んだ士気を持ち直してなんとか大剣を振るう。

 

水平斬り。それは斜めに振り下ろす翼脚を弾いて着地を失敗させるための攻撃。

叩きつける力を利用して足が挫けることを期待した。だが相手は殺意を持った絶望そのもの。

大剣は易々と弾かれて逆に狩人の方が体勢を崩し、無慈悲な惨爪が真っ直ぐに襲い来る。

大剣で受けながらバックステップで衝撃を受け流すと、既に蝕の悪魔は突進を繰り出していた。

まるで1人で2頭のモンスターを同時に相手しているようだ。

翼脚と四肢が同時に別々の動きをしている。

 

幸運なことに黒蝕竜は火属性を苦手とする。

鋭い爪による刺突は一撃で防具を貫いて臓器を抉るほどの威力だが、高熱を持つ火砕剣を貫こうとはしない。そのため、火砕剣で防げば貫かれることはない。

 

しかし黒蝕竜もそのことに気づいているため、大剣のガードを捲るように爪を振り回してくる。

強烈な一撃が腑を切り裂くのも時間の問題だ。

他のモンスターと違って六本足で歩行するため、足を攻撃して機動力を奪う作戦も通用しない。

全ての攻撃が地形を破壊するほどの威力を持つため、投石や蹴りなどの小技は通用しそうにない。

 

ガードを捲るために角度をつけた大ぶりの攻撃が増えたことに気づいた狩人はローリングで前に出て刺突を繰り出した。

リーチで勝る相手に中距離戦は無謀だ。

至近距離で大剣を振り回して熱と共に仕留める。

正面に向かって真っ直ぐ突き出る攻撃は角度のついたフック系の攻撃より先に届く。

正面に対する攻撃はガードとバックステップで耐え凌ぎ、薙ぎ払いとブレスは刺突で潰す。

火砕剣の熱が黒蝕竜の甲殻を焦がしているが、黒蝕竜も呻きながら接近戦に応じた。

作戦通りの動きだけではなく、時に本能に身を委ねて追撃と反撃を混ぜる。

刺突は黒蝕竜が前進すると衝突となって威力を増すため、次第に黒蝕竜が後ろに下がっている。

ブレスと突進を封じられた黒蝕竜は頭突きや前脚のパンチで対抗しているが、腹を括った狩人は相打ちも辞さない。

激しい攻めの姿勢により狂竜症を克服した狩人は狂撃化状態へと移行。狂竜ウィルスが齎した闘争本能を直感でコントロールすることで精密な武器のコントロールを可能とする。

狂竜と狂撃の死闘。

攻撃と攻撃が交錯してノンストップの撃ち合いが繰り広げられている。

 

見切り。ガルルガ装備を装着したハンターに発動するスキル。攻撃の会心率をあげる効果を持つ。

立ち回りの中で会心の技を見舞うギルドスタイルの狩人にはうってつけのスキルである。

反撃が鍵となる黒蝕竜との戦闘を予期していたかのような防具のチョイスには、贈り主の思惑を感じずにはいられない。

 

戦闘技術を全て注ぎ込んだ命のやりとりだ。

これまでに感じたことがないほどの恐怖と、理解が追いつかないほどの危険の中で感覚が研ぎ澄まされている。

両者の攻撃が加速していく。

バックステップで強引に距離を作ってから行う翼脚の薙ぎ払いは一撃必殺の破壊力を持つ。

それでもとにかく前進を続ける狩人はブレイブスタイルのような去なしとカウンターを組み合わせて攻撃を捌き続けている。

フットワークは無駄が削ぎ落とされて最小限の動きとなり、そして膝関節と上半身を使ったダッキングとなる。

両足の距離が縮んでステップが細かくなり、前脚と後脚を入れ替えることで体の角度を変えて攻撃を受け流すようになっていた。

脚を入れ替える動きを歩行とすることで距離を縮めて近距離に持ち込み、回避は追撃と足掛かりの役割を持つ。

お互いの体力が削れているのがわかる。

黒蝕竜の紅い爪が防具の装甲を削り、その上から大剣の重い一撃が頭部に強打を当てる。

 

そして運命は、突然に訪れた。

飛び込み斬りのフェイントで相手の頭を下げた所に渾身の切り上げが直撃。

全力を解放した黒蝕竜が近距離戦で遅れを取って二度目のダウンを喫した。

パワーで勝る筈の黒蝕竜が地響きと共に倒れる。

至近距離で苦手な火属性の武器を振り回されたことで追い払うことに躍起になってしまったため、守りが手薄になっていたのだ。

黒蝕竜は慌てて翼脚を振り回し、なんとか生にしがみつこうとする。

廻龍は罪がないからこそ恐ろしい。

心を鬼にして振るったトドメの一撃は、確実に黒蝕竜の喉を穿った。

 

生態系の頂点すら屠る竜とは思えないほど呆気ない結末。正面から頭部を狙った高火力武器による激闘。全ての敵に通用するギルドスタイルの基本的な戦い方だ。

死闘を制した狩人が膝をつくと、それは音もなく立ち上がった。

 

ゾッとするような憎悪と執念だ。

怪物は首から大量の血を流し、頭部を抑えながら起き上がっている。

無傷の外敵を目の前に、生きることを諦めていないのだ。生き物とはこうも美しいものなのか。

 

「眠ってくれ...お前は何も悪くないんだから」

 

黒蝕竜は頭を左右に振って気を奮い立たせながら歩み寄ってくる。

せめて一矢報いるという古龍のプライドなのだろうか。ハンターは、人と共存できない生き物を殺す残酷な職業だ。

狩人の道を行く者は、命を奪う責任から逃げることはできない。

躓いて体勢を崩した黒蝕竜の頭に触れて、弱くなっていく息の音を聞いた。

 

 

〜砂漠の大穴

 

毒気の漂う大穴の内側。その最下層。

足を踏み入れたが最後、竜すら死相を浮かべる。

禁忌の邪毒が眠る死の巣窟である。

かつてギルドに居住地としての利用を検討された大穴は今では禁足地に指定されている。

深層では白一角竜が角を突き合わせ、夜間は骸蜘蛛が徘徊している。

 

砂漠と洞窟の生態系が衝突した結果、地下洞窟の主である影蜘蛛が骸蜘蛛との縄張り争いに敗れて洞窟を去ることとなった。

東西のモンスターが大陸の中央に向かって進行している中、砂漠の大穴のモンスター達は移動していない。

 

古龍渡りによって現大陸から古龍が減った結果、新たな砂漠が生まれず砂漠のモンスター達の向かうところが無くなってしまったのだ。

大穴の主となった棘竜は偶に起きてはガスガエルやカンタロスを食べるが生態系を壊すことはなかった。

 

しかしこの日、棘竜は穴から飛び立った。

 

〜古龍観測隊

 

「棘竜が消えた?」

 

「マークしていた個体が大穴から飛び立ったと報告がありました。地域管轄のギルドに掛け合って調査隊を派遣します」

 

「他の古龍の活動は?」

 

「活性化している古龍は天廻龍と鋼龍の二種。

渡りの炎妃龍は現在捜索中、炎王龍は休眠中です」

 

「天廻龍のルートはどうだ?」

 

「天廻龍の進行先では脈動が観測されています。

巨戟龍が姿を消した地域です」

 

「天廻龍と巨戟龍に関係はあるのか?」

 

「不明です。巨戟龍と天廻龍は見つかったばかりの新種です。資料はほとんど残っていません。

しかし――」

 

「――シナト村の古い文書にはこう綴られていました」

 

「天を廻りて戻り来よ」

 

 

〜高地

 

 

 

廻り集いて回帰せん。

 

常世に廻る光と影。渾沌の唄。

御魂の目。いざ眷属で以って天地を収めん。

悪しき風が竜を狂わせ、百竜夜行が始まる。

風を汚す者の産声が聞こえる。

天廻龍の復権はかつて炎王龍が喰い殺された時に決まった。更に冥灯龍ゼノ・ジーヴァの誕生が古龍達を新大陸に惹きつけた。

狂竜物質が拡散しても、煌黒龍の意思は赤龍の繁殖に向けられている。

現大陸の均衡を守ることができるのは、鋼龍しかいなかった。

 

敢闘も虚しく風と廻龍は表裏一体である。

風が吹く限り、廻龍が滅ぶことはない。

単純な事実が鋼龍を絶望させた。

狂竜物質は既に、世界中に広がっている。

天廻龍を絶滅させることは不可能だった。

天廻龍が放つ狂竜物質には黒蝕竜の成長を阻害する力がある。つまり天廻龍を倒せば、別の黒蝕竜が新たな天廻龍となるということだ。

 

旧き時代、生贄を求める風の神が居た。

一族の戦士は神に刃向い、敗れた。

勝利した神は戦士の誇り高さに敬意を払い、それ以上一族に生贄を求めることはなかった。

ある時、廻龍が風を汚すことを知った戦士は絆のために天廻龍に挑んだ。

しかし、人が神に勝つことはなかった。

天廻龍の放つ狂竜物質は竜を狂わせて苗床にする。戦士は自ら風の神の生贄となる代わりに、天廻龍を滅ぼすという願いを託した。

魂が穢されないように。

 

新たな時代の神が闇の中で翼を開く。

神々しく輝く純白の龍鱗は穢れの象徴となった。

その古龍天候の名は病災。

紫黒の鱗粉が漂い、黄金の瞳が冷静に西を睨む。

頬の外側に鰓のような甲殻が発達したその風貌は中国の竜のように荘厳だ。

 

そして純白の魔王が目撃したのは、赤い尾を引く彗星だった。


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