分厚く暗い雲。吹き荒れる強風。
嵐の中に青い目が二つ輝いている。
それは災厄の使いが告げた災厄の正体。
風を纏う鋼の神だ。何物も近寄れやしない。
天に届く巨大な竜巻が二つ。その間を優雅に舞う突風の龍。
砦は一斉砲火で鋼龍を沈めようとしたが、全ての球と爆発は風によって遮られた。
一時間と持たずに軍隊は壊滅。風に煽られて転覆した兵器の数々が残っている。
龍の力を纏った爪は石壁を易々と断ち切り、鋼の体で繰り出す滑空突進は防護壁をちり紙のように突き破った。
人の体が風で高く浮き上がり、落下と同時にぐしゃりと潰れた。
勇気ある兵士が剣を抜き、嵐の隙間から鋼龍に斬りかかって絶望した。
その体は本当に鋼だったのだ。
傷のつけられる弱点などどこにも存在しない。
鉄の剣しか持たない兵士達には、始めから勝ち目など用意されていなかった。
傷一つつけられずに陥落した砦の主は後にこう語る。
「あの日剣を向けて戦ったのは、大凡生物とは思えない自然災害だった。
国を襲う台風に剣を向ける者はいない。
あれはまさに、そんな戦いだった」
〜平原
アプトノスのために慣らされた土の道。
道の脇に広がる草原には野生のモンスターも数多く居る質素な一本道だ。
赤い装束の男が、若いハンターに声をかけた。
「話は聞いた。君、天廻龍に挑むのか」
年季の入った翠色の瞳と、傷の入った頬はそれまで過ごしてきた人生の過酷さを想像させる。
反対に、若いハンターは筋肉質だが傷は少ない。
彼女が優秀なあまり目立ってはいなかったが、彼も天才肌の狩人だった。
一部のマニアからは、その身に秘めた潜在能力は彼女すら上回るという噂もあった程だ。
だからこそ、男は危惧した。
天才は挫折を経験していないからこそ、想定外の出来事に足元を崩されやすい。
経験も浅く、心の強さを持たない若者に古龍の相手をさせるのは残酷だと思ったからだ。
「あいつの仇なんです。行かせてください」
その目が真剣なだけに、男は危惧を強めた。
これからこの美しい世界を生きようとする将来有望な若き芽が摘まれるくらいなら、いっそのこと自分がやられてしまった方がいいと思う程に。
それにハンターの仕事は主に街や村の生活を守ることが目的だ。
古来、神殺しは英雄の所業である。
古龍との戦いに参加する主戦力はハンターだが、それはハンター達の超人的な力に頼らなければ古龍達に対抗することは出来ないからである。
古龍に対抗出来ると囁かれるハンター達も、普通は古龍と戦おうとはしない。
本来の仕事とはかけ離れているからである。
そして、常に自然と調和しながら生きている一流のハンターほど、人間が古龍に挑むということがどれだけ無謀なことか良く理解している。
「それを彼女が望むと思うか?」
冷たい、誑かすような言葉だった。
それでもハンターは優しい望みに甘んじない。
死者の理想を叶えるより、命ある者を救わなければならないという使命感が彼にはあった。
それは他のどんな人間より大切に思った彼女のことであっても、同じことだった。
「...挑戦はいい。だが、全てを救えると思うな。
本来古龍は狩人の敵ではない。
それでも行くというのなら、これを持っていけ」
男はポーチから二振りの爪を取り出して、それをハンターに手渡した。
不思議な爪を握ると、ハンターは鬼人のような力が体の内側から込み上げてくるのを感じた。
外から大量のエネルギーが体に流れ込んでくる。
爪の効能に驚いたハンターに男は言った。
「力の爪と守りの爪だ。強力なモンスターの爪で護符の力を強化したものだ。古龍を倒せるのは龍の力を手にした者だけだ」
「護符って...巨万の富を使い果たしてやっと一つ買える高級品じゃないですか!」
「これは君が持っているべきだ」
それは、優秀な女狩人が天廻龍に挑む前に赤い装束の男に託した遺品だった。
〜ギルド 研究室
「何を見ているんだ?」
資料を読み漁っている男に、彼の上官らしき人物が声をかけた。
「過去に記録されたテスカトと恐暴竜の戦闘の記録です。陽炎で姿が歪んで観察は困難を極めたようですが...恐暴竜との戦いでは、テスカトの纏っている炎が弱まっていたという報告があります」
「それがどうかしたのか?」
男は少し困ったように、もう一つの本を広げて滅尽龍のページを指差した。
「同様の現象が滅尽龍との戦いでも報告されているんです」
指先が示す文章は書士隊員の考察だった。
滅尽龍が古龍種の力を抑制する力を持っているのではないかと書かれている。
「もしかすると、滅尽龍と恐暴竜は同じ力を使っているのではないでしょうか」
「同じ力だと?」
「古龍の力を抑制するような力です。まるで...目に見えない龍属性エネルギーのような...」
龍封力。竜を喰らう者に与えられる力。
龍属性の内に宿る力だが龍属性とは異なり、古の龍の力を抑え込む特殊な効果がある。
恐暴竜と滅尽龍は龍封の象徴。
二種とも強靭な肉体と底無しの食欲を特徴とする種であり、古龍を獲物と見做す捕食者だ。
エネルギーを求めて彷徨い絶えず戦いを繰り広げる生態こそが二種の古龍種に対する圧倒的な戦闘力を生み出した。
「書士隊の生物樹形図で調べてみたが、恐暴竜のルーツに纏わる記載は無い」
龍の力は世界中の全てのエネルギーの根源であり、龍を含む全ての属性に対する相剋である。
ありとあらゆる全ての生命に授けられているが、特に強大なエネルギーを持つ龍に近い存在ほど龍の力を弱点とする。
世界の化身である古龍種の力の源もまた、龍の力だ。古龍の生体エネルギーとは龍の力である。
古龍達は皆血液に龍の力を宿し、死して土に還る時に龍の力を返還する。古龍渡りだ。
古龍種に近い滅星竜の血液が属性に対して龍属性に近い反応を示したのは、その血液の中に龍の力が含まれていたからである。
土地が受け止めきれず、結晶化した龍の力を龍結晶という。龍の力は全ての生物に力を与える。
モンスターは力をつけ、植物は急成長を遂げる。
下位と上位、そしてマスターランクという区分は狩猟対象となる個体が体内に保有する龍の力の量によって決められている。
新大陸でギルドが発見した歴戦個体と呼ばれる特殊な個体達は長い時間の中で少しずつ龍の力を蓄積した強力な個体のことである。
新大陸に現大陸と比べて強力なモンスターが多い理由は、現大陸より多くの龍の力が返還されているからである。
古龍の生体エネルギーは無臭で目に見えないが、生き物達はそれを感じることができる。
龍結晶の地など、古龍の生体エネルギーが豊富な場所では力が湧いてくるのだ。
そのため古龍などの大型モンスター達はエネルギーを求めて龍の力が返還された場所に集まるようになる。特に古龍種は龍の力に対する執着が強く、仲間の亡骸を取り返そうとするという言い伝えが残されているほどだ。
三頭の大型古龍が集う龍結晶の地はその好例だ。
他にも熔山龍の亡骸が残っている寒冷群島では、熔山龍の持つ大量の生体エネルギーを求めて大型モンスターが集まってきたという記録がある。
現に大型モンスターを避ける為に古龍骨を使っているドンドルマに古龍の襲来が絶えないのは、龍の力を感知した古龍達がそのエネルギーを求めて襲来しているからだと推測する者もいる。
滅星竜の成長段階の姿と噂される星竜や天廻龍の幼体である黒蝕竜の血液に龍の力が少ないのは、エネルギーに目をつけた古龍に襲われないようにするためなのかもしれない。
龍の力とは、強さの源である。
古龍を捕食する金獅子と恐暴竜の下位個体が滅多に存在しないのは、体内に古龍の生体エネルギーを多く抱えているからだ。
古龍に牙を剥く怨虎竜もまた、牙竜種の頂点に君臨するほど強力なモンスターである。
神を食さない爆鱗竜は土地に返還された龍の力を糧とする。著書『新大陸生態論』では、爆鱗竜は元来竜結晶の地の奥地を生誕の地としているのではないかといわれている。
龍の力は龍属性のように生物濃縮によって被食者から捕食者に集積される。
殊更古龍を含む全ての生物を捕食対象と見做す恐暴竜と滅尽龍は体に取り込む龍の力が多い。
古龍との戦いで見せる龍封力も、数え切れない程の捕食によって蓄積された龍の力の賜物である。
奇妙だが、食欲に突き動かされて絶えず争いを繰り返す彼らの生態は食欲によって成り立っているのである。
恐暴竜と滅尽龍という二つの存在は破壊の役割を担う怪物だ。
恐暴竜は生態系の破壊者の異名で恐れられている。しかし同時に彼らは生態系の創造者だ。
恐暴竜が古龍などの生態系の頂点を担う種を捕食することで新たな生態系が芽吹き、繁栄する。
歪な形だが、彼らもまた世界規模の生態系の中には既に織り込まれた生物である。
古龍種を狙って出現しては破壊の限りを尽くしてその地を去る滅尽龍もまた、生態系の淀みを防ぐ為に不可欠の存在である。
滅尽龍が破壊と再生をくり返すように、世界もまた破壊と再生を繰り返している。
大いなる意志と大自然は一体であり、調和と均衡を望む。祖なる意志の孤独が紛れるように人々が空に青く輝く月を作った時、歪みが生じた。
それは、時空の歪みとは違う。
存在を許せぬ異常の力だ。
稀に霹靂神のように、大いなる意志に背く尊大な神々が現れる。黒龍達は神々を律する衛兵だ。
導きの青い月の一族は全ての黒龍に運命の戦争を仕掛けたのだ。
〜大社跡
白んだ空に、山の間から昇る明月を睨む虎。
青い満月に重ならない己の欠けた姿にやり場のない憤りを感じていた。
衝動のままに獲物を殺めては血肉から骨までを貪る度に、体の奥底に赤い怨嗟が溜め込まれていた。
ただ静かに色が混じり合う。
怒りの内側に潜む怨嗟が徐々に感情を支配するかのように、力強く広がっている。
漸く回ってきた大一番の舞台、逃す手は無い。
逞しく破壊的な殺意が徘徊する。
死の粉に覆われた大社跡、貴き魔王は神に見放されて荒れ果てた様子を嘲笑した。
今では神域の面影は残っていない。
毒蛾の翼が太陽を模り、偽りの夜が訪れた。
悪風が刀殻を逆撫でする。
再臨。とびきりの獲物に拵えた腕刃。
息を殺して茂みに潜むは、怨恨の鬼火。
百竜の覇者が涎を垂らす。
その尾は十字槍、体は剣。
その洗練された暗殺技術も通用しない。
優れた武人に闇討ちは不粋だ。
優秀な感覚器官だった触角が角へと変質したことを補う為に、天廻龍は視力を開花させた。
茂みに潜伏した刺客の形も、既に生体エネルギーと視覚を高度に組み合わせて見透かしている。
戦いは既に始まっている。
その尾は十字槍、しかし刃だった。カムラの鍛えられた鋼を断ち切るには、尾の持つ重みだけで十分だ。翼膜の間に滑り込ませ、土手っ腹を破り六腑を溢そうと斬り込む。
跳躍した体を中心にした回転により、あらゆる方向とあらゆる角度からの斬撃を可能とする。
大型草食竜をも狩る一族の遺伝子に刻み込まれた技術の結晶だ。
大きな力によって生じる風の流れの変化を翼膜で感じ取り、サイドステップで回避すると同時に折り畳んでいた翼膜を展開。
純白の龍鱗に覆われた巨大な翼膜は盾であり、翼である。瞬時に風を掴んで体が浮かび上がる。
回避された槍刃尾は怨虎竜が空中で二度目の回転を行うことでより勢いを増した。空気を斬りながら加速を続け、空中に離脱する神体に鋭利な斬撃を向ける。
禍威の美学は短期決戦。全身に蓄えた鬼火は消耗品だ。そのため、ガス欠の前に獲物を仕留めてリンを補給しなければならない。
しかし、飛び立ちながら刺客の姿を見据えていた天廻龍は驚異的な反応スピードで見切った。
左の翼脚を用いた廻し受けで刃の内側を取り、十字に分岐した槍刃尾を絡めとって引き込む。
そして反対側の翼脚を突き出し、まるであの破棘滅尽旋・天のような体勢で強烈な滑空突進を繰り出した。
我武者に見える死相。それでも冷静な怨虎竜は早くも刀殻を展開して高濃度のガスを噴射。
炸裂の衝撃で体の位置をずらして直撃を避けようとしたが翼脚で尾を掴まれて思うように避け切れず首の根に滑空突進の強打を貰ってしまう。
マウントの形でブレスを繰り出そうとする天廻龍と、窮地の怨虎竜。
鬼火の炸裂と落下の衝撃で地形がクレーター状に抉れて、漂っていた鱗粉が吹き飛んだ。
空かさず前腕部から鬼火を噴射。その勢いで腕刃を天廻龍の胸に押し当て、傷を刻んで退かせた。
通常の生物であれば反撃不能のダメージを受けていても、怨虎竜はガスの噴射で無意識の内に反撃を行うことが出来る。
それは、縄張りに匿う雌や子を守る為、数え切れないほどの死闘を制してきた経験の賜物である。
体を覆う梔子色の外殻は攻防一体の武具、接近戦を繰り広げた相手に無数の傷を刻む棘の鎧だ。
白兵戦に応じた天廻龍の体には覚えのない切り傷と刺し傷が刻まれていた。
禍威の本能が警鐘を鳴らしている。
この古龍はここで仕留めなければ危ない、と。
それもその筈。古龍と禍威は敵対と共生という相反する腐れ縁で結ばれているが、天廻龍と禍威の相性は最悪だ。
古龍災害から逃げ出すモンスターを狩猟する禍威は、狂竜ウィルスに感染したモンスターを摂食してウィルスに感染する恐れがある。
それは天廻龍にとって子孫繁栄の為の傀儡を破壊されてしまうことを意味する。
大社跡の領主は民衆が偽りの夜を行くことを許さない。風を正さずには居られないのだ。
天廻龍の来訪は霞隠しの神仙、霞龍オオナズチによって抑えられていた。
霞龍の散布する濃霧には微量の神経毒が含まれている。これは吸い込んだ生き物の感覚を鈍らせて擬態の効果を強めるためだ。そしてこの神経毒が狂竜ウィルスを無力化して天廻龍をこの地から遠ざけていた。
しかし、温厚な性格の霞龍は激しく争うことを好まない。凶暴な怨虎竜の出現によって大社跡を見放して他の地へと旅立ってしまったのである。
姿を見せずに絶大な影響を齎していた霞龍が去った先に待ち受けているのは、天廻龍による屍の治世か、それとも怨虎竜による修羅の治世か。
戦闘態勢に入り、大量の鬼火を纏った怨虎竜の噴出孔は紫白の妖しい光を放つ。
猛々しい虎の威光と深遠な武人の風格が融合して武神のような重圧を感じさせる。
止むことなく戦いは続く。
禍威が鬼火を飛ばして牽制すると、天廻龍は爆発のする狂竜のブレスを息を吐き出す。
横方向に連なり連鎖する紫黒の爆発は怨虎竜と天廻龍の間を仕切る壁のように立ち塞がる。
爆発の終わりに懐目がけて飛び込んでくることを予測した天廻龍はバックステップで離れた。
予想に反してその距離を埋めたのは、尾から放出された帯状の鬼火炸裂だった。
天廻龍は後退しながら大砲のようにブレスを撃ち続け、そのどれもが怨虎竜の後方に向けられた。
横と縦に連なる爆発は怨虎竜を接近戦に誘導するように打ち立てられ、挑発的な爆撃波を放つ。
追い立てられた怨虎竜は半ば爆発に巻き込まれて刀殻を酷く損傷しながらも、退却せず、唸り声をあげて詰め寄る。
細かい弾から大きな弾まで軌道も威力も変幻自在な遠距離攻撃を放つ天廻龍に対して、小さな鬼火を打ち返しながら詰め寄る怨虎竜。
両者の武器の違いによって生まれたペースを壊したのは、怨虎竜の鬼火炸裂による加速突進だ。
ディレイを含めるとそのタイミングは予測不能。
高い突進力でブレスを掻き消して強引に距離を詰め、遠距離戦を阻止する。
苦手な遠距離戦を避けて運動能力と刀殻を生かした近接戦闘に持ち込むかと思いきや、不意をついて中間距離から帯状の鬼火炸裂で爆撃。
小気味良く仰け反った天廻龍に至近距離から突進を叩き込み、転倒させた。
そして立ちあがろうと体勢を変えた隙に背部の噴出口から高濃度の鬼火を排出して再度突撃。
鎧兜の禍威が持つ鬼神のような爆発力さえあれば、突進は二段攻撃へと変じる。
勢いに乗った怨虎竜は転倒している天廻龍に乗り上げ、首を落とす勢いで腕刃を振り下ろした。
天廻龍は翼脚で腕を抑えたが受け止め切れず、腕刃は龍鱗の奥の皮まで届いた。
浄血を流しながら怯まず前脚で蹴り付けたが、甲冑のような甲殻に覆われた頑健な肉体はびくともしない。そうしているうちに翼脚の拘束を振り解いて二の太刀が襲い来る。
すると、微かに天廻龍の口角が上がり、そこから紫黒の光の筋が差し込んだ。
あまりの不気味さに思わず怨虎竜はマウントポジションを放棄して距離を取り、肉食獣のような低い姿勢で天廻龍の出方を窺った。
――それは、災厄たる龍の忌み嫌われた本領。
禍々しい彩光が天を貫いて、紫黒の光が雲を染め上げたと思うと、着弾地点に爆発の渦を巻き起こす極太の怪光線が解き放たれた。
強靭な二本の翼脚が体を大地に括り付け、ようやくその場に留まることが出来る大技である。
『狂竜圧縮砲』
天廻の末に完成した狂竜の力の奔流。
それは疫病を司る神の権能の一つ。
紫黒のビームが岩石に大地を撃ち抜いて岩盤に風穴を開け、一筋の膨大なエネルギーとして地形すら狂わせる。
天廻龍が首を曲げれば怪光線の方向も変わり、目に映る全てを消し炭に変えながら薙ぎ払う。
無敵と畏れられたあのマガイマガドが、大切な縄張りを跡形もなく破壊されていく光景を見ていることしかできない。
内に秘められていた古龍エネルギーの暴走だ。
着弾地点には夥しい量の狂竜ウィルスが撒き散らされ、天廻龍の周囲の空気は濃紫色まで変色して見たこともないような魔風が吹き荒れている。
さらに理性を奪うほど禍々しくも澄み切った狂竜結晶が彼方此方から突き出して、とうとう周囲の環境そのものが書き換えられてしまった。
明らかに一撃必殺の威力を持っていながら、光線は怨虎竜を狙っていなかった。
一通り退社跡を壊し終えた天廻龍は選択肢を与えるかのように巨大な翼膜を広げて浮かび上がり、ただ一点恒星のように宙に漂っていた。
立ち向かうのか、大社跡を諦めて新たな縄張りを探し求めるのか。
全身から鱗粉をばら撒きながら空中に留まり、黄金にさえみえる純白の龍鱗を艶めかした。
そこら中に撒かれた狂竜物質が白い光を放ちながら紫黒の爆発を繰り返して、辺りはまるで地面が沸騰しているかのような神々しい光景に包まれている。神が天から降りてきたかのようだ。
暗闇の中、鱗に光が反射して後光に見える。
それでも修羅の妄執は途切れない。迷うことなく偽りの天体目掛けて飛びかかった。
その体はロケット、炸裂する鬼火の加速は獣を天の神の元へと送り届けた。
二度目の回転攻撃は槍刃尾に頼りきらず、腕刃の斬撃を加えた三点による刺突と斬撃。
尾を絡め取ろうとした腕に二振りの刃が触れ、快刀の切れ味で肉を引き裂いた。
禍威が天廻龍の背後に着地して向き直らずに遠吠えをあげると、その背中に鮮やかな炎が揺らめいた。
ただ暗らかった戦場に似つかわしくない華やかな光が天廻龍の顔を照らす。
浄血を浴びて荒々しく息を吹く。
噴出孔から噴き出るガスが赤みを帯びて華々しいマゼンタの火花が舞い散る時、研ぎ澄まされた意識の中で禍威はその使命を悟る。
その顔付きは渇望に溢れ、しかしどこか全てが満ち足りていたようだった。
龍気が弾ける音が舌打ちの音のように鳴った。
禍威、これより鬼火臨界状態。
言い渡された罪の名は嫉妬。
天翔ける虎の神速はその全てが情け容赦無い殺傷の嵐。怨虎の餌食は古龍に虐げられ逃げ惑う百竜。その力が禍威の血となり肉となり、遂に古龍種すら脅かす刀と成り果てた。
修羅の如き力を手に入れた禍威は闇の中にマゼンタの火花を散らしながら動き回って撹乱。そして狙い澄ました突撃で天廻龍を突き飛ばした。
体を廻して受け身を取った天廻龍は向かってくる怨虎竜に翼脚で殴りかかりながら掴み上げ、片腕で引き摺り回した挙句宙に放り投げる。
刀殻に擦れた掌から浄血が滴り、それでも天廻龍は臆することなくブレスを炸裂させて怨虎竜を爆発に巻き込んだ。
しかし怨虎竜も引き下がらず、空中で鬼火を炸裂させて方向転換すると同時に天廻龍に突進。
爆風の中から飛び出して天廻龍に掴みかかり、頬の甲殻に収納されていた牙を剥き出しにして首筋に齧り付いた。
すると同時に禍威の腹部目掛けて、天廻龍の神々しい浄爪が撫でるように鱗を切り裂く。
禍威は鬼火を激しく散らしながら飛び退き、弧を描く自らの跳躍に合わせて槍刃尾を振り上げる。
天廻龍は四本の脚で力強く詰め寄りながら右の翼脚で槍刃尾を受け止め、両足を浮かせて飛び込みながら左の翼脚を振り下ろして殴りつけた。
刀殻と肉を打つ鈍い音が低く響き、岩盤が隆起する程の叩きつけを受けた禍威は目眩を起こしながら鬼火の炸裂によって強引に前進。
逆に前脚で天廻龍の頭部を叩きつけた。
地面にぶつかって跳ね返った頭を腕刃で斬りつけたが、不朽の剛角によって頭部を叩き斬ることは叶わなかった。
弱点の頭部に打撃を受けた天廻龍は即座に翼膜を展開して空中に浮かび上がり、一度体勢を立て直そうとした。しかし禍威の妄執がそれを阻んだ。
天廻龍の飛行に合わせて炸裂した鬼火の爆風を利用して追尾。翼脚を打ちつけられながらも執拗に滑空突進を繰り出して天廻龍に掴みかかった。
更に地上に向けた鬼火の炸裂で天廻龍諸共地面に激突。その間際、天廻龍はブレスで自らを巻き込む爆発を起こした。
爆発は禍威が全身の噴出孔から解き放った高濃度のガスと合わさって大爆発となり、紫黒とマゼンタの入り混じった爆風が発生した。
魂魄結晶と狂竜結晶が細かく砕けて舞い散り、散る花の花弁のように暗闇を漂った。
紫黒の狂竜物質が晴れた先に見えたのは、決着を狙う二頭の姿。
爆発によって宙に投げ出された禍威と、地に叩きつけられて脚を負傷した天廻龍の姿だった。
それは、鎧兜の禍威が神々と対等の立場まで上り詰めたことを示す光景そのものだ。
翼脚を地につけて、攻撃に備える天廻龍。
そして空中で向き直る怨虎竜。鬼火の炸裂を利用して垂直に落下し、突進を繰り出すがサイドステップで回避されてしまう。
だが流石の禍威、突進を回避された瞬間に体を翻しながら大量の鬼火を噴出。明るい赤紫色の爆風を利用して宙に跳び上がった。
見上げる天廻龍に見下ろす怨虎竜。
天廻龍の周りには何重もの漆黒の波動が突風のように吹き荒れ、口腔から飛瀑のように狂竜物質が飛び散り出した。
そして紫黒の光の筋が空中の禍威に向けられ、地響きを立てながら体の底から莫大なエネルギーが込み上げる。
錐揉み回転しながら螺旋状に鬼火を散らして舞い上がっていく怨虎竜。機は熟した。
今こそ力の全てを解放して傲慢なる超越者に餓竜の鬼気を知らしめる時である。
マゼンタの輝きが最高潮に達して、神話の怪物に風穴を開ける修羅の大技が繰り出された。
ブレス対突進。
『狂竜圧縮砲』
『大鬼火怨み返し』
天廻龍から放たれた極太の破壊光線と、怨虎竜の突進が激突した。
紫黒のエネルギーの奔流に捉えられた怨虎竜は刀殻がボロボロと崩れ出し、兜角すら酷く損傷しながら体躯で四散させて強引に突進を続ける。
鬼火は空気中を燃え広がり、妖美な光が禍威を照らす。
狂竜圧縮砲の反動で天廻龍の体を支えている両の翼脚が地中に沈み、その威力の壮絶さを物語る。
怨虎竜の鬼火の中を僅かに龍の力が走り、突進が狂竜圧縮砲を押し切って天廻龍に迫る。
だが天廻龍も負けじと出力を上げて、散らされた狂竜物質が震える空気の中で結晶化して岩石のように積み上げられていく。
本来交わることのない二つの大きな力は、禍威が天廻龍に到達する間際で大爆発を起こし、二頭の怪物は忽ち反対方向へと吹き飛ばされた。
残留したガスとウィルスが点々と爆発する。
細かく散らばった結晶とクレーター。
浄血を被りながら翼膜を翻す天廻龍。
鬼火のように揺らぎながら立ち上がる怨虎竜。
激しい戦いでガスを使い果たし、酷く消耗している。恨めしそうに天廻龍を睨み、口元から涎を垂らしている。
一歩届かず。それは、かつて獄炎の王を襲った時と同じ結末だった。
勝利した天廻龍は動けない怨虎竜に向かって勝鬨をあげて、大量の狂竜物質を撒き散らしながら大空へ飛び立った。
深い傷を負ったが、怨虎竜の命に別状はない。怨虎竜は喰らい続ける限り死なないと囁かれる程の生命力を持つ。
一度や二度敗れても獲物を狩って骨を喰らい、力を蓄えて次の戦いに備える。
兜をいからせ、獲物を求めて草木の中に消えていった。
一部、設定公開
時系列
本編の4の終わり頃からWorldのストーリー開始前の出来事。
4話と5話の間に4のストーリーが終わっている。
5話は4Gの間の出来事で、6話の開始時は4G終了後である。