古龍が去った後日談   作:貝細工

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人が紡ぎし唄

この遺跡を作った民族は、

いつからか、強大な相手に伏すだけでなく

対抗する術を身に付けていったのだ。

 

〜密林の手記より引用

 

「密林の大きな遺跡。まだ技術の発達していない時代にあれだけ大きな建物が造られた理由は、長い間考古学者たちの頭を悩ませてきました」

 

「現在では古龍の怒りを鎮める為の施設だったとする説が有力です」

 

 

誰かが言った。龍とは虚妄、言葉が龍なのだと。

古龍が人の脳が作り出す自然神の化身だというのなら、古龍の正体は顕現した世界そのものだ。

白紙の世界の上で犇めき合う世界の一つを破壊することは、生きる世界の選択である。

空は言葉を好まない。朝霧の山河は何も語らない。

それなら龍とは一体、誰が紡ぐ言葉だというのか。

 

 

私一人の命じゃなかった。

だから、死後も人の事を想えるように。

 

 

 

〜外れの小屋

 

普段はギルドの内部に篭っている幹部が、この日は珍しく街の外れの小屋に出た。

伝説の怪物と思われていた天廻龍が復活して、立ち向かう狩人達を次々と倒しながら移動しているという。詳細な情報がギルドの外に漏れることを防ぐため、天廻龍の情報は人気のない所に建てられた小さな小屋で伝えられていた。

 

「シャガルマガラは北東から高地を移動して南下。マガイマガドの活発化で東の国々とは連絡が取れない」

 

シャガルマガラという名称は、かつて天空山の頂に降臨したという伝説の神の名に由来する。

下風の文明と呼ばれていた冷淡な時代。

東に伝わる神話によれば、かつて禍つ神と風神雷神が勢力を二分した中、死者の軍勢を率いて全ての神に牙を向けた第三勢力の王と伝えられている。

 

「...天廻龍との戦いで彼女を失ったのは大きな誤算だったな」

 

「彼女が作ってくれた時間のおかげで周辺国家に犠牲は出なかったのだから、以て冥すべしだ。

残された人々の平和を守るのは、残された我々の責務だな」

 

古龍を倒す事が出来るハンターは一握りだが存在している。

かつて天廻龍が出現した際にも、キャラバン所属のハンターが討伐したと伝えられている。

しかし、強大な獲物を狩るならば、狩猟は時として戦闘の側面を持つ。

例え火竜を倒せるハンターでも、小型モンスターの麻痺毒に動きを奪われてドスゲネポスに殺されてしまうこともそう珍しい話ではない。

古龍に凄腕のハンターが返り討ちにされた事例は確かに存在する。

大陸に数人しか存在しない、古龍に対抗できるハンターを失うということは人類の大きな傷痕だ。

噂の流れるカリスマが潰える度に、世間は仄暗い絶望に覆われることになる。

だからこそ、ギルドは古龍の狩猟に厳しい制限を設けているのだ。

 

「そこに居たのか、新人くん。気の毒だったな」

 

雷狼竜が吼えるような月の下。

屋根に座って星を見上げる青年がいた。

 

「...なんで、あいつに限って...」

 

「狩猟に事故は付きものだ。彼女はやれることをした。そして多くの命を救ってくれたんだよ」

 

誰よりも君を守ろうとしていたと打ち明ける勇気は無かった。彼女が依頼を受けなければ、同じ境遇を持つ彼が狩猟に出向いていただろう。

彼女が最も恐れていたのは、古龍では無かった。

では、幸福の味を知らぬまま死に至ることか。

違う。古龍の手で街が壊されてしまうことか。

それも違う。

最も恐れているのは、敬愛する彼が古龍に殺されてしまうことだった。

かつて愛する者を失った身として、二度同じ苦しみを味わうこと、心打たれた彼に絶望を味わわせることが何より恐ろしかったのである。

それが、民の為に死力を尽くした英雄の最期の望みだった。そしてギルド関係者も口にはしなかったが、そのことをよく分かっていた。

しかし、天廻龍を止めなければ国々は滅びる。

心苦しいが、背に腹はかえられない。

 

「...君も、行くのかね」

 

 

 

「それは愚問です」

 

ペアで狩猟に赴いている二人だからこそ分かるものがあるはずだった。

古龍の狩猟を期待された彼女の実力は絶大だ。

天上に届くような彼女に及ばないことは、彼が一番よく分かっているはずだ。

その彼女を下した天廻龍の脅威も、彼は既に体験したことがある。

 

「何の為に、行くのかね」

 

「何って、それは――」

 

天廻龍を倒す為と答えるところが、ふと言葉に詰まった。

 

「君は亡き英雄の代わりに戦うのかね。それとも、たった一人の愛しい女のために戦うのかね」

 

丸い輪郭の月を見上げると、青白く揺れる光に包まれて、あの日の彼女が笑っていた気がした。

遠く離れていく背中に、とうとう追いつくことは出来ないまま全てが終わりを迎えた。

これは全て終わった後の話、謂わば後日談だ。

心の中で燃え盛る何かが頭を焼き尽くした後、青黒い夜空に背を向けて立ち上がった。

 

「そうか、それでも君は狩るんだな」

 

古龍は強大な生き物だ。ただ生きているだけで世界に多大な影響を齎す。

もし人の手によって古龍が死ぬことがあれば、生態系のバランスは大きく崩れてしまう。

古龍は罪を持たず、古龍を狩ることで人は神殺しの大罪を背負う。そこで罪が発生する。

自然の化身を制することは、科学の力を借りて、神域に踏み入り、神々を殺すことに他ならない。

遠方の空に赤い彗星が輝いた。

 

「君は自分の為に戦えよ」

 

ムッとした顔になったが、嚥下した。

生前の彼女は、強きが弱きを制する世界にこそ、弓引いていた。全ての戦いは自分の為ではなく、戦う力の無い人に代わる戦いだった。

そして、それは自分も同じだった。

狩りに溺れ、肉や殻を削ぎ落とす為に剣を振るうハンターにはなりたくなかった。

自分の為に戦う狩人とは違うのだ。

 

〜とある鉱山 頂上

 

吸い込まれるような漆黒の霧が中空に流れる。

滅びと嘆きの拗れ、その純白の龍鱗。

頭蓋を粉砕する程の力で草食竜を捩じ伏せる。

仇や怨念すら捻じ曲げ、地に伏す。

逞しい翼脚と、巨大な翼膜に覆い隠されているのは獣の様にしなやかな四肢。

卑屈に歪んだ両角は凝固したかつての触覚。

感じ取る力を失っても朽ちる事を知らない保続の象徴。黒の中の白。クリアブラックの空。

 

天廻龍シャガルマガラ。古の時代より表裏一体とされてきた光と闇の化身である。

まるで地球外生命体のような奇抜な出立ちだが、どこか伝説に語られる魔王のような気高さと力強さを感じさせる。

古龍種とは物物しく君臨する生き物だ。

口腔から紫黒色の怪光線を放ち、悪趣味な鱗粉を空に混ぜて一帯を魔界へと変える。

黒い風を吸った生き物は正気を失い、呻きながら昏倒して魔物の苗床へと変わる。

狂気が染みこんだ翼をローブのように引き摺り、余生の全てを殺戮と繁栄に捧ぐ。

 

天廻龍は、侵略的在来生物だ。

 

滝のように降る鱗粉が草食竜の体内に流れ込む。

雄大で虚無的な恐怖、その最も恐ろしいところは龍の生涯が解明されていることだ。

ウィルスを用いて他の生き物に宿り、攻撃性を高めて徘徊させる。そうして繁殖した幼体ゴア・マガラは天を廻り、禁足地へと還る。

現地の民族に深く刻まれた恐怖は決して迷信などではない。生態の解明は絶望の始まりだった。

 

翼脚は原始の証。紫の巨大な爪は禍々しく靭い。

山に屍を築く大爪は凶器だが、それでも血に飢えるほど使われない。熾烈な戦いの中で真価を発揮する頃には既に外敵は平伏しているからである。

自らの鱗粉で凶暴化したモンスターに襲われても決してその力の全容を見せたことはなく、息つく間に現場には肉片が降る。

巨大な翼を広げて天から吼えれば、その姿は恒星の様に見える。大量の鱗粉が空を覆えば、まさに偽りの太陽と呼ぶべき威容。

神格に相応しい輝きを放つ。

 

神は自ら作り上げた凄惨な死の領域を闊歩する。

死骸を蹴り転がし、不気味に首をくねらせながら見る者を不安にさせる特有の動きで歩行する。

不安こそが、勇気ある人々を畏怖させる。

天廻龍は不穏の象徴。

その息はパンデミック、勇敢な狩人すら思わず身がすくむような不安を呼び起こす。

襲われた竜の子が親を守らんと吠えて注意を引くも、無惨に叩き潰された。

 

天廻は宿痾。その生態は完全故の無性生殖。

鱗粉に含まれる狂竜物質は黒蝕竜の脱皮不全を引き起こす。成体である天廻龍に至ることが出来るのは、禁足地に廻り着いたごく一部の個体のみ。

兄弟の大半は、血を分けた天廻龍の鱗粉を浴びて命を落とす。

故に天廻龍は天涯孤独の生物である。

伴侶はおろか、友や家族の味も知ることは無い。

少ない個体数は上位者たる古龍種の特徴だが、天廻龍の抱える孤独は常軌を逸する。

生態系の上位に君臨する種族ほど個体数は少ない。ごく僅かしか存在しない本種が絶滅せずに悠久の時を過ごしている事実は、生物としての完全性の証左ともいえる。神性である古龍種の中でも、限りなく神に近い存在だ。

天廻の歪んだ性質は、生き物としての完成形に近いからこそ際立って見えるものだ。

月の満ち欠けが、満月に近づくほど強く欠損を感じさせるように。

 

〜多層樹林 月夜

 

鳥の囀りと水面下の水竜。

大きな月が草木を青々と照らす。

盾蟹ダイミョウザザミが休む川のほとり。

背丈の高いリモセトスの群れが歩いていく。

首鳴の音、鋭い風が岩を刻んだ跡。

棘竜が去った後の森に、神が舞い戻る。

屍肉食の翼蛇竜ガブラスが先駆ける。

地中から飛び出した絞蛇竜が出迎えた。

 

翼蛇竜と絞蛇竜は近縁だが、不仲である。

体の小さなガブラス達は絞蛇竜に襲われることもあり、絞蛇竜はガブラスに獲物を横取りされることがあるのだ。

かつて棘竜がならず者に怒り昂った時、その邪毒を恐れてこの地を離れた尾槌竜と剛纏獣が帰還するまでに多くの肉食竜が中間の層に流れ込んだ。

草食生物の天国だった中間の層の生態系が変わり、尾槌竜と剛纏獣が戻っても肉食竜達を駆逐することは出来なかった。

 

中でも最も厄介なのが、東の水辺の支配者こと泥翁竜オロミドロである。

全長20メートルを超える長大な体躯の海竜種で、体格でも剛纏獣に引けを取らない難敵だ。

縄張り意識が強く、巧みな技術で泥を操る。

泥を隆起させればセキヘイヒザミの砲撃も防ぎ、硬い爪でドスファンゴをも軽く伸す。

毛穴から粘りのある溶解液を分泌して地面や相手を溶かすので、泥翁竜が住み着いた土地は地形が変えられてしまう。

溶けた地面を爪で掻いて泳ぐように潜行することも出来るため、潜行を邪魔された絞蛇竜と激突することも多い。

普段は仙境と呼ばれる人里離れた土地に生息しているとされる泥翁竜。

最深部は毒気で満ちているとはいえ、この地もまた不可侵の仙境である。

同じく泥を好むボルボロスやジュラトドスなどの幼体は泥翁竜の溶解液の混じった泥の中で生き残ることが出来ず、この森の泥の中は泥翁竜の独壇場と化している。

髭や毛ひれで振動を察知して、積極的に縄張りに侵入してきた生物を排除するのだ。

 

そんな泥翁竜と最も上手く共生出来たモンスターこそが盾蟹ダイミョウザザミだった。

約4メートルもの巨大な爪による鉄壁の守りを持つ盾蟹は、泥翁竜の爪で叩かれても身を守ることができる。

弱点の腹部は飛竜の頭骨を背負ってカバーしているため、致命傷を負うことは滅多に無い。

盾蟹は小動物から植物、果ては昆虫まで幅広い物を食べる雑食性のモンスターだ。

そのため食物の種類に無頓着で泥翁竜や剛纏獣、尾槌竜といった強大な大型モンスターと餌を巡って争うことがない。

性格も穏やかで剛纏獣とは仲が良く、水資源が豊富な中間の層の環境によく馴染んでいる。

新天地の環境は、盾蟹にとって天国だった。

大社跡で襲い来る怨虎竜のような血に飢えた獣もいない。

穏やかな面持ちで水の流れを眺めて、動きの遅い魚を見つけてはハサミで掴んで口に運ぶ。

食後にはハサミで触覚を丁寧に手入れする。

稀に浅い層から降りてきた蛮顎竜に襲われることがあるが、そんな時は鋏を盾のようにして防御体制を取ってやり過ごしている。

 

足音に気づいた盾蟹が防御体制を取った。

 

振動は水紋と化して、泥底からゆっくりと大蛇のような影が泳いでくる。

黄金色の泥を撒き散らして、黒い甲殻が僅かな間浮かび上がる。

傾斜の上から空かさず飛び込んだのは蛮顎竜。

その足が泥に嵌ると、黒い海竜種が鱗の擦れる音を立てながら姿を表す。

 

蛮顎竜の胴に大蛇のように絡みついて締め上げている。

しかし蛮顎竜は一瞬の隙をついて鼻腔から火炎放射を放って泥を乾かすと、熱に慄いて離れようとした泥翁竜に咬みついて投げ倒した。

巨体が倒れた衝撃で泥が盛大に飛び散り、下敷きになった倒木が重みに耐えられず潰れた。

 

長らく泥で磨かれ続けた甲殻は恐ろしく頑丈で、蛮顎竜の牙もそう簡単には通さない。

しかし蛮顎竜の口内に蓄えられた熱は鱗を乾かすので、独特の滑りを持つ泥翁竜もいとも簡単に捕まえることが出来る。

撥水性に優れた鱗のおかけで水中や泥の中でも優れた機動力を持つ泥翁竜だが、熱には弱い。

高熱への対抗手段として泥を纏う生態を獲得したと考えられている。

しかし、泥すら乾かし消し飛ばす蛮顎竜が相手ではその守りも万全ではない。

特に、大技の火炎放射を直に受ければひとたまりもないだろう。

 

泥沼から引きずり出そうと再度咬みついた蛮顎竜。しかしその首を泥翁竜は爪で殴打した。

それでも咬みついたまま離さない蛮顎竜に対して、背中を尾で掴み強引に引き剥がした。

泥翁竜の尾は太く特殊な形状をしており、手のように相手を掴むことが出来る。

縄張りに侵入したビシュテンゴなどがこの手で掴まれて泥に引きずり込まれるところが目撃されているが、流石に蛮顎竜が相手では泥の中に引きずり込むことは出来ないようだ。

とはいえ、泥翁竜の尾の馬力は凄まじい。

蛮顎竜は飛雷竜を一方的に捩じ伏せる程の咬合力を持つのだが、泥翁竜はそんな蛮顎竜の顎に捉えられても尾で強引に引き剥がして戦況を覆すことができるのだ。

 

両者距離をとって睨み合う。

泥翁竜といえば、なんといっても溶かした地面を掘り進む為に発達した前脚の爪が脅威だ。

刺突や斬撃に使うモンスターが多いなか、泥翁竜は雷竜のように爪を打撃に使う。

前脚のサイズが大きくないため、雷竜ほど破壊力はないが油断していると思いがけないタイミングでダウンさせられてしまう危険性がある。

 

水辺では泥を利用した老獪な攻撃に翻弄されることが多い蛮顎竜だが、この多層樹林では泥翁竜が唯一恐れている生き物でもある。

 

そのため中間の層では無類の強さを誇る泥翁竜も不用心に浅い層に這い出ることは出来ない。

執拗なる暴れん坊と攻撃的な一面が注目されがちな蛮顎竜だが、他の捕食者に圧力を与えることで生態系を守る守護者になることもある。

狡猾な絞蛇竜と老獪な泥翁竜は手の込んだ謀略で蛮顎竜を追い詰める。

蛮顎竜は持ち前のアグレッシブさで先手を取り、狐と狸の化かし合いに乗らない頑固な性格で対抗しているのだ。

 

蛮顎竜の火に炙られることを恐れた泥翁竜はそのまま泥に沈み、姿を消した。

執拗な性格で知られる蛮顎竜も、泥沼に潜った泥翁竜を深追いすることはない。

飲み水さえ確保出来れば、中間の層からは早々に立ち去る。

水資源に豊富な中間の層は蛮顎竜にとっても魅力的な狩場だが、蛮顎竜は尾槌竜や泥翁竜と縄張り争いをすることの危険性をよく理解していた。

 

〜大社跡

 

消えかけの月が空に灯る。

天廻龍の影響により棲家を移した千刃竜。

嵐龍の出現により霊峰を追い出された雷狼竜。

新大陸から流入した強大なモンスター達。

霹靂神に見放された大社跡には、多くの強力な外来種が集まった。

 

しかし、大社跡には逆風を跳ね返す不動の守護神が居た。

 

目撃者は口を揃えていった。

かの怪物は、さながら魂の欠けた亡霊のようだったと。

 

怨虎竜マガイマガド。現在確認されている牙竜種の頂点といわれている。

一帯を支配する頂点捕食者には被食者を間引く他に大切な仕事がある。

それは、強力な外来種の駆逐である。

 

時に来訪する強力な外来種は、生態系を壊滅させてしまうことがある。

生態系の破壊を担うのは単騎で生態系を破壊する力を持つ爆鱗竜や古龍種だけではない。

地形に大きな影響を与える泥翁竜や、複数個体で出現して土地に深刻な被害を与える毒怪鳥のようなタイプの侵略者も居る。

妃蜘蛛のように個体数を増やして地域を制圧するモンスターも脅威だ。

全ての脅威に同時に対抗出来る存在こそが、生態系を超越した存在である古龍種だ。

彼らは種ごとに異なる生態系を創り出して維持するバランサーだ。

テスカト種は生命を灼き焦がして砂漠地帯を創り、冰龍種は周辺に寒冷化を齎して氷雪地帯を創り出すことができる。

強大な古龍種の生体エネルギーは脱皮や排泄などの活動によって少しずつ土地に還元され、新たな生態系を形作る。

気に食わない環境を侵食する他の古龍種を牽制することも古龍種の役割だ。

古龍種はバイオームの化身だ。

環境を支配する古龍種が死ぬと、空席の領土に別の古龍種が現れて新しい生態系が生まれる。

古龍種が他の古龍種を威圧することで侵攻を阻み、縄張りを異にすることで世界の均衡を維持しているのだ。

 

大いなる意志の下、世界は均衡を保っている。

 

大社跡のマガイマガドは生態系を維持するバランサーである。牙竜種の身で古龍種のポジションに収まっている珍しいモンスターだ。

怨虎竜の雄は、複数の雌と子を匿うために生涯をかけて広大な縄張りを確保する生態を持つ。

鬼火の生成を促進するために食欲旺盛で肉食性が強い。

そしてより多くのエネルギーを求めて古龍種などの強大な相手を優先する傾向があるため、勢いに乗ると大量のエネルギーを溜め込んで手がつけられなくなってしまうモンスターである。

 

実は怨虎竜の縄張りには古龍種が生息する環境が最も適している。

大量の餌を必要とする怨虎竜にとっては、古龍種の出現によってモンスターが逃げ惑う状態は餌を確保する絶好のチャンスだからだ。

大型古龍の出現に冷静さを欠いた大型モンスター達は忍び寄る怨虎竜に気付かず、不意を突かれて貪り食われてしまう。

カムラの猛き炎がカムラ周辺の大型古龍種を駆逐したことで怨虎竜は食糧難に陥った。

そして討伐された古龍の死骸から生体エネルギーが大社跡に還元されたため、生態ピラミッドの頂点に君臨するマガイマガドには当然生物濃縮で古龍の生体エネルギーが蓄積していく。

いつしか怨虎竜は古龍が空けた穴すら窮屈な存在へと膨れ上がっていた。

 

古龍種の居ない環境において、怨虎竜の実力は他と一線を画する。

鋼龍や爆鱗竜すら撃墜する空戦能力は最早無敵。

地上の運動能力に長けた牙竜種の中でも最大級の体格を誇り、梔子色の腕刃の斬撃は大型竜を一撃で屠る。

飛雷竜や青熊獣を咥えたまま持ち運べる顎の力も脅威で、獲物を骨ごと齧り死骸を残さない。

怨虎竜はカムラの里を襲った讐敵だが、世界各地の頂点捕食者と渡り合っていける誇るべき守護神としての顔を持っている。

 

そこかしこに痕跡を残して、その存在を誇示する。

鬼火を激らせながら林を抜けてお気に入りの水飲み場に着くと、そこには盾蟹がいた。

大きな鋏を掲げて体を大きく見せたダイミョウザザミだが、体格差を顧みない餓竜の前では逆効果だ。

 

闇討ち、紫白一閃。

水面いっぱいに藤の花が咲き返るような幽玄の火。

 

十文字槍のような尾が殻の守りを貫通すると同時に標的の内側から熱が浸透して身を焼き焦がす。

苦痛を味わう時間も与えずに打ち捨てる。

徹底的に無駄を削ぎ落とした怨虎竜の狩りは、洗練された殺しの技術に侘び寂びを覗かせる。

獅子は兎を狩るにも全力を尽くすという。

怨虎竜は加減の美学。体力の消費を必要最小限に抑える全力の手加減をして狩りを行う。

 

古龍種やそれに匹敵するモンスターにも果敢に挑む怨虎竜は怪我のリスクが大きい生き物である。

格上の生物以外にも、雪鬼獣や泥翁竜などの一部地域に君臨する規格外の強者との戦いで怪我を負うことがある。

怨虎竜はいつ強敵と戦闘が起きても打ち勝てるように万全の状態を維持し続けている。

さらに火竜などの縄張り意識の強いモンスターは怨虎竜の持つ強大なエネルギーを警戒して遠くから撃退に赴くことがある。

時に強大な敵に挑む挑戦者であり、時に挑戦者を待つ強大な敵になる。

怨虎竜ほど多くの生物と戦い続ける生態を持つモンスターは非常に珍しい。

群雄が割拠する過酷な環境の中で根強く縄張りを固守し続ける怨虎竜はまさに戦国の覇者だ。

 

兜角を負傷した怨虎竜は気性が荒くなる。

特にこの個体は先日霞龍と遭遇したものの、毒霧に翻弄されて取り逃したばかりだ。

強大なエネルギーに飢えている。

虎は修羅道に堕ちている。

 

甲殻をバリバリと噛み砕き、白い肉を食らう。

発達した犬歯は獲物の急所に深々と突き刺さり、息の根を止めるための武器だ。

背中から鬼火を噴きながら身を震わせて林の奥の大きな影を威嚇する。

 

雷狼竜ジンオウガだ。

木々の間で姿勢を低くして狡賢く忍んでいるが、今の怨虎竜の狂気を見誤っていた。

怨虎竜は雷狼竜を追い払うつもりなど無い。

食指が動く。怨虎竜の前脚の爪が雷狼竜に向けられ、同時に鬼火が炸裂。

怨虎竜はジェット機のような推進力で突進して雷狼竜を抑え込んだ。

無双の狩人にも反撃を恐れず掴みかかる胆力。

牙竜種の中でも十分大型の部類に入る雷狼竜だが、いざ組み合うと二頭の体格差は歴然。

突進力と体重を生かして強引に張り倒して上を取ったのは怨虎竜。

実は近距離の組み合いを得意としているのは腕力に秀でた雷狼竜だが、中間距離からのぶつかりあいでは筋力と体格で勝る怨虎竜に分がある。

 

森の王者と大社跡の覇者の対決。

 

しかし雷狼竜には、怪我を負うリスクを冒してまで怨虎竜の妄執に付き合うつもりはない。

体格で勝る捕食者。それも爆鱗竜すら一蹴してしまう怨虎竜の放つ絶望感は相手の闘争心の火を吹き消してしまうほど強力なのだ。

面食らった雷狼竜は雷光虫で怨虎竜の視界を防ぐと、力づくで拘束を抜け出して山の奥へと走っていった。

敵が多く争いの絶えない怨虎竜だが、大型の捕食者同士の戦いでは、先に仕掛けた側が相手を撃退することが多い。

場所が縄張りでもなければそそくさと逃げ帰って次の獲物を探した方が利口だ。

背中を向けて走り去る雷狼竜に向かって吠えて、怨虎竜は縄張りをアピールした。

 

開けた空の下を我が物顔で歩く怨虎竜は、乱世の天下を掴んでいた。

済ました顔で誇らしげに風を浴びる。

盾蟹の身を齧る。

現大陸の東には起伏の激しい山岳地帯が多い。

飛竜種や牙竜種など起伏に対応したモンスターが増えていけば、空戦能力に秀でたモンスターが有利になるのは当然。

鬼火を利用した怨虎竜の飛行は移動に使える程燃費の良い代物ではないが、爆発力に優れた戦闘特化型の飛行能力だ。

空戦能力において怨虎竜の右に出る者はいない。怨虎竜は飛竜の王といわれる火竜リオレウスを空中戦で圧倒する。

山岳地帯に徹底的に適応した珠玉の肉体を持つ怨虎竜だが、力を揮う機会に恵まれていなかった。

 

空を薄く濁らせて、黒い風が吹くまでは。

 

〜ギルド

 

薄暗い研究室の中で、赤い装束の男と研究者が話をしていた。

紙にスケッチされているのは古風な絵柄の絵だ。

どうやら密林の遺跡で見つかった壁画を紙に書き写したものらしい。

壁画に描かれているのは蒼玉の眼を持つ鋼の龍と、それに平伏す人々だ。

 

「かつて密林で栄えた文明には過去に人身供養の習慣があったということか」

 

「密林の壁画には鋼色の翼をはためかせながら宙を舞う大きな龍が描かれていました。四本の脚と背中に生えた翼。これらの特徴は鋼龍のものと一致しています。

そして――」

 

赤い装束の男は、研究者の話を咳払いで遮った。

 

「――分かっている。壁画の続きに描かれていたのは槍を持った人々だった」

 

「これは歴史的な発見です。

ココットの英雄が誕生する前から、モンスターと戦う人が居たんですよ!」

 

研究者の大きな声が静かな研究室に響いた。

話の途中で熱がこもる研究者に対して、赤い装束の男は冷静だった。

男は、龍に平伏す人々を指差して言った。

 

「私が気になったのは人身供養だ。

この風習、火の国に伝わるものと同じだ。

膝を着き、頭を垂れてモンスターに食われる。

そんな風習が遠く離れた別々の地に存在しているということは、何か意味があるんじゃないか?」


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