古龍が去った後日談   作:貝細工

9 / 18
君が静かに眠るなら

そうか。ウカムルバスと勝負する覚悟を決めたんだね。私も、キミならきっとそうするだろうと思っていたよ。

 

〜元ハンターの男の発言より引用

 

むかしむかし、白い世界のまんなかに

五匹の竜と人々が暮らしていました

 

〜五匹の竜の話より引用

 

陽が極まれば陰に変ずる。

陰が極まれば陽に変ずる。

太極。

陰陽思想と結合して宇宙の根源とされる概念。

プラスエネルギーを司る黒き神。

マイナスエネルギーを司る白き神。

厄災を齎す者と破局を齎す者。

双璧を成す二頭の神々が出会った時、世界は崩壊するといわれている。

 

龍の力は全てのエネルギーの根源。

陽の調和を実現出来るのは龍の力だけだ。

 

かつてココット村に英雄と呼ばれた男が訪れた。

黒龍の大剣を振り回し覇竜を退けた大男だ。

世界の崩壊を防ぐため、龍の力を用いて崩竜に挑んだが、運悪く雪崩に巻き込まれて非業の死を遂げたという。

しかし、英雄は決して不幸ではないだろう。

 

 

〜塔の頂上

 

雷臨。

 

「――ベルキュロス!?」

 

幾ら捜しても見つけられなかった幻の飛竜種。

舞雷竜とも呼ばれる飛竜屈指の実力者だ。

黒い甲殻に黄色の立髪。翼から生えた巨大な触手には鋭い赤茶の鉤爪が生えている。

後方に伸びる大きな角は先端が華やかなオレンジ色に染まっている。

「峡谷の絶対者」の異名をとる、圧倒的な強さの飛竜種。

飛竜種の中でも異端な戦い方をする棘竜や爆鱗竜と異なり、飛行能力と身体能力を活かしたスタンダードな戦い方をする王道の飛竜種だという。

相手によって柔軟に戦い方を変える狡猾さを持ち合わせており、その実力は古龍種と並ぶ。

 

「安心しろ。塔の番人達も古龍に匹敵するモンスターだ。私達の敵わない相手ではない」

 

電流から立ち直った金の飛竜と銀の飛竜がのっそりと立ち直って、喉元に蒼い炎を宿した。

滞空して上を取る舞雷竜は咆哮によって同時に四つの敵意を圧する。

固く引き締まった肉体と常に均等に送られる視線が舞雷竜の隙の無さを物語る。

二人の狩人と共にこの曲者と対峙するのは金火竜リオレイア希少種と銀火竜リオレウス希少種。

単独でも鋼龍や爆鱗竜を相手に武勲を立てている飛竜種の最高峰だ。

二頭とも雷属性を苦手とするとはいえ、舞雷竜に勝るとも劣らない強力なモンスターである。

流石の舞雷竜も多勢に無勢の窮地だが、類を見ないほど冷静に隙を窺っている。

 

透明の緊迫感が喉を抑える。

舞雷竜は体内の繊細な機構により膨大な量の雷属性を制御している。その電撃は雷を司る古龍種である幻獣を上回る威力を誇る。

眩い電光を伴う攻撃は相手の視力を奪い、空中戦では一層危険性を増す。

あの銀火竜でも迂闊に飛び立つ事が出来ない。

更に双剣を扱うギルドナイトと、大剣を扱うハンターは二人とも近距離の戦いに持ち込まなければ実力を発揮出来ない。

常に滞空状態を維持して、いつ攻撃が放たれてもおかしくないという緊張感を生み出した舞雷竜が塔の空間を支配しているのだ。

 

アウェーの地であるはずの塔に降りて尚、舞雷竜は絶対的な存在として君臨している。

 

勇猛果敢に先手を打ったのは月の女王。

空中の舞雷竜に猛毒の尾を振るう。

轟々と雷を轟かせる絶対者を前にしても、女王たる者として気品と威信に満ち溢れた攻撃を放つ。

 

舞雷竜の反撃に備えて太陽の王が離陸。

追って前に出たハンターが掲げたのは輝剣リオレウス。銀火竜の素材で作られた大剣だ。

残されたギルドナイトはあまりにも無骨な舞雷竜の動きに勘づいて目を覆った。

斬り伏せるように翼を振り、ハンターと銀火竜の攻撃には何も防御をしなかったのだ。

黄金の尾と赤茶けた触手が激突すると、その瞬間電流と閃光が発生して見る者の視覚を奪い、行動不能にした。

触手の先端についた鉤爪が金火竜の尾の甲殻をざっくりと削り取り、舞雷竜は口腔からビーム状の電流を放って銀火竜に照射。

塔の頂上を明るく照らすほどの雷の奔流が拡散して、金火竜をも巻き込む大放電となった。

一瞬の攻防で優位に立った舞雷竜は再度触手を振ってハンターと金火竜を同時に薙ぎ払い、触手は地に触れた瞬間強い閃光を放った。

 

峡谷という飛竜の多い環境に君臨する舞雷竜は言わば飛竜殺しの飛竜。

粒揃いの大型飛竜を蹂躙してその上に君臨するというだけあり、飛竜種との戦いに慣れている。

閃光による眩みから立ち直ったハンターは大剣をギロチンのように振り下ろして触手を断ち切ろうとしたが、キックが来ると分かって攻撃を切り上げに変更。

刀身と脚がぶつかって火花を散らし、両者ともに大きく後退した。

空中で怯まされたというのに舞雷竜は落下することなく空中に留まり、今度はギルドナイトに向けて電流のブレスを放った。

ギルドナイトはブレスを引き付けてから躱して舞雷竜に眠り投げナイフを投げつけたが、硬い甲殻に刃が通らず弾き返された。

回避された電流は塔の表面を駆け抜けて樹海に降り注ぎ、新たな災害を呼んだ。

 

「塔と舞雷竜の電撃が反応して...このままだと手に負えないことになるぞ!」

 

再び塔の上空に特異点のような黒い球体が発生。

今度は内側から凄まじい冷気が溢れ返り、全方位に向けて尖った氷の塊が射出された。

歪んだ空間をベルキュロスが睨み、その周囲を旋回しながら何度も吠えた。

すると今度は時空の歪みの向こう側から、イビルジョーのような飢餓と殺気を放つ強大なモンスターの気配がした。

すんでの所で銀火竜が青い火球を放ち、塔を流れる電流を遮断したことで歪みは消失した。

しかし新たな脅威を併せて相手取ることに分の悪さを感じた舞雷竜は両翼をはためかせて塔から飛び去り、それを銀火竜が追っていった。

 

「舞雷竜のことは銀火竜に任せて、こっちは塔の起動を食い止めよう」

 

ハンターはそういってギルドナイトと二人で塔を駆け降りていった。

 

「幻獣の素材を除去すれば、もうこれ以上起動しないはずだ。事態の収束までにまた機動させられては困る。ここを守ろう」

 

空中で激突した銀火竜と舞雷竜。

双方の硬い甲殻がぶつかり合う近距離で、ガチガチと音を立てて齧り合う。

舞雷竜の蹴りと銀火竜の鉤爪が激突し、爪を掴んだ舞雷竜は上をとって投げ飛ばした。

投げられながら体を回転させて尾で舞雷竜を打ちつけ、距離を取りながら火球を放つ。

舞雷竜は自分の体を中心に空気中に急速に電流を拡散させて全ての火球を撃ち落とした。

両者の攻防は滑らかに繰り返されて決して滞らず、まるで流水のようだった。

大気中を亀裂のように広がる電撃の網目を華麗な空中軌道で掻い潜り、火球を目眩しに隠していた毒爪を露わにして急襲する銀火竜。

しかし舞雷竜はレーザービームのような電流を吐いて全ての火球を撃墜した上に容赦なく触手を振るって迎え撃つ。

これに気づいた銀火竜は急襲を中止して真下に飛び降り、樹海の地上に降り立って喉に蒼い熱気を溜め込んだ。

興奮状態のベルキュロスは滾る怒りで立髪を赤く染めあげ、両脚を揃えて雷を纏い、雷を纏う一本の槍のように真っ直ぐ降下した。

 

『急降下放電キック』

 

着陸に先立って地上に突風が吹き荒れ、小惑星の衝突のような絶望感を纏う。

絶対者と畏れられた竜の持つ最強最大の大技だ。

地上から放たれた青白い火炎放射を肉体で掻き分けて落下する姿はまさに神話の怪物。

上鱗と立髪には炎熱に対する強い耐性があるとはいえ、あの銀火竜の火炎放射の直撃だ。

空に向けて放たれたのにも関わらず、溢れた熱で木々が自然発火を起こして樹海が焼き焦がされている。

 

青白い火炎と眩い電光を纏い今雷臨する。

放電が発生して大気中の塵が帯電し、頭上から突き飛ばされた銀火竜に触れると同時にスパークして追撃を与える。

立ちあがろうとした銀火竜の背後から、鉤爪に備え付けられた鉤爪が背甲を掻いて破壊した。

属性相性の齎した結末と言ったところか。

舞雷竜が銀火竜にトドメを刺そうと躙り寄ると、異常な怪力が触手を掴み、舞雷竜を振り回して地面に叩きつけた。

 

鏖魔と滅星竜が闘った。恐暴竜と棘竜が闘った。

ならば舞雷竜に対抗する現世の代表は銀火竜ではないだろう。

かつて、何者も伍する者の居ない孤高の獣と呼ばれた牙獣の王。

現時点の古龍を除いた生態系において限りなく頂点に近いといわれる怪物の登場だ。

憤怒と破壊の権化、金獅子ラージャン。

幻獣の気配に誘われてきてみれば、樹海はまさに酒池肉林。金獅子の食性は肉食だが、特に電気力を含む肉を好む。

つまり幻獣を凌ぐ威力の電撃を放つ舞雷竜は金獅子にとっては究極の獲物ということだ。

 

融け合う咆哮と咆哮。絶対的な強さを誇る二頭の怪物が遭遇してしまった。

 

周囲に強力な衝撃波を放ち、ドラミングと共に上半身がバンプアップ。

電気刺激により闘気硬化を起こした前腕部は血管が浮かび上がり、赤黒く染まる。

体から解き放たれた稲妻が筒状の体毛の内部を満たせば、逆立つ立髪は金色の翼の如し。

舞雷竜の強さを本能で察知したのか、対峙した瞬間から内に秘めたエネルギーを爆発させて全開の状態で昂っている。

 

電光を纏い光り輝く二頭の怪物の闘争心に、樹海全体が震えた。

舞雷竜の持つ最も恐ろしい攻撃が、銀火竜に見せた急降下放電キックである。

例え銀火竜のような強大な相手でも、直撃を受ければひとたまりもない必殺技だ。

舞雷竜と銀火竜の力関係は拮抗していた。

もし銀火竜が火炎放射を中止してキックを回避してから反撃に出ていれば勝負は分からなかったが、勝負を急いでしまったのが凶と出た。

得体の知れない不安を煽り、相手に冷静な対処をさせないのは異界のモンスターの特権である。

 

奇しくも恐暴竜と棘竜の決闘のように、赤い怒りを纏う者同士の戦いとなった。

活き活きと輝く赤い肉体は、闘争を極めし者達の勲章なのだろうか。

絶対や孤高の肩書きを持つ舞雷竜と金獅子には敗北は疎か痛み分けも許されない。

 

金獅子を目の前にした舞雷竜は、敵前で堂々と空高く飛び立った。

これは最強を決める戦いだ。

最強に相応しい幕開けが必要だ。

強敵との連戦につき、脅威の大盤振る舞い。

悪鬼羅刹をも標的とした絶技。

 

『急降下放電キック』

 

愚かしくも両腕から蒸気をあげてその場を一歩も動こうとしないラージャン。

全身を地面に叩きつけるかのような猛烈な突進は隕石の落下に比肩する程の破壊力で差し迫る。

古龍の放つ大技にも等しい威力を持つこの蹴技は、本来ベルキュロスが獲物を狩る時に行うものだという。

この戦いは絶対者同士の衝突であり、捕食者同士の食うか食われるかの戦いでもあるのだ。

 

合切を屠る勢いの必殺の一撃を、金獅子は闘気硬化した前腕部で受け止めた。

ラージャンの後脚が地面にめり込み、地盤が大きく隆起すると共に暴発した雷属性エネルギーが金獅子を大きく吹き飛ばす。

横転しながら即座に立ち上がって体勢を立て直した金獅子が舞雷竜を鋭く睨む。

激怒して立髪を赤く染めた舞雷竜は地上で戦うようになる。地上を主戦場とするラージャンが相手では激闘必至だ。

決闘の風が吹く。

 

拳と鉤爪が激突して開戦のゴングとなる。

神速で行われる打撃と電撃の交錯。

金獅子の殴打を躱した舞雷竜は回転しながら触腕で薙ぎ払い、金獅子は跳躍で鉤爪を回避。

両雄が同時にバックステップで距離を取り、無傷で睨み合う。

静寂の攻防。

まるで同じ力動的空間の中にいるかのように。

 

先に動いたのは舞雷竜。僅かに右の翼を引き、目にも止まらぬ速さで振り下ろした。

連動して触手の先端の爪が飛ぶ。

狙い澄ました一撃は角の間の頭頂部を正確に捉えて、未曾有の衝撃が金獅子を襲う。

スタンさせるかと思いきや金獅子は触手を掴み、舞雷竜を投げ飛ばそうとした。

だがしかし、これは狡猾な舞雷竜の撒き餌。

舞雷竜が触手を振り上げると同時に触手を掴んだ金獅子は空中に釣り上げられ、ビーム状の電撃を撃ち込まれた。

古龍に匹敵するモンスターの中では比較的小柄なラージャンはその分体重が軽い。舞雷竜は睨み合いの間にそのことを見抜いていたのである。

更に舞雷竜は帯電した鉤爪で薙ぎ払って金獅子の上腕に深い切り傷をつけ、傷口目掛けて牙を剥いた。細い電流の迸る口元からは雷液と呼ばれる腐食性の強い体液が漏れ出ている。

 

赤黒く腫れ上がった金獅子の闘気硬化を血流の増加によるパンプアップと判断したのだろう。

出血させることで闘気硬化を解除して、雷液で腐食させることで強度を落とそうとしたようだ。

実際に金獅子の闘気硬化は腕の部位破壊によって時間を縮められる。

 

紙一重で噛みつきを避けた金獅子は片腕で舞雷竜の頭を掴み、もう片方の剛腕で鉄槌を打った。

闘気硬化した金獅子のパンチは一撃で轟竜の首をへし折り絶命させる程の威力を誇る。

頭を掴まれて力の逃げ場がない状態で受ければ、当然ダメージは甚大なものになる。

天災級の一撃。

地響きのような音と共に角に亀裂が入る。

金獅子は眩暈を起こして転倒した舞雷竜の首を掴み取り、力任せに投げ飛ばした。

翼を激しく損傷しながら倒れた舞雷竜にノシノシと歩み寄る金獅子。噛みつきを避けた時に付着した雷液で焼けるような痛みを受けたが、すぐに闘争心が痛みを上回った。

 

よろめきながら立ち上がり、後退して距離を取ろうとした舞雷竜。その側頭部を金獅子のデンプシーが襲う。闘気硬化した金獅子のパンチの威力は全てのモンスターの中でもトップクラスだ。

前傾姿勢から繰り出されるパンチの数々には金獅子の体重が乗せられている。

更に殴り飛ばされた舞雷竜に気光ブレスが直撃。

気光を照射された部分が赤熱化してボロボロと崩れていく。

 

早くも満身創痍の舞雷竜は荒々しくも美しく舞い上がり、空気中の塵を帯電させて無数の雷球を作り出した。

地上での戦いに特化した金獅子に対して、対空しながら戦うことを選択したのだ。

手の届かない空中の相手に、金獅子は闘気硬化した腕で巨大な岩を掘り起こして投げつけた。

岩は雷球を破壊しながら舞雷竜の方へ飛んだが、鉤爪の一撃で真っ二つにされて落下した。

 

金獅子が落下中の岩石を踏み台に跳躍して拳を振りかぶると、舞雷竜は触手を振って叩き落とす。

古龍級生物の中でも屈指のスピードを誇る金獅子すら寄せ付けない精密な触手捌きだ。

勢いよく地面に叩きつけられた金獅子が体勢を崩したと見た途端、舞雷竜は全身に高電圧の雷を纏って滑空突進で追い打ちをかけた。

金獅子は突進を受ける直前に舞雷竜の背中に手を着き、体を捩りながら脅威的な腕力で舞雷竜の背後に跳び上がって突進を受け流した。

相手の方を向き直りながら地面に片腕をついて着地の衝撃を緩和する金獅子。

 

舞雷竜は低空でホバリングしたまま振り返らず、その場で地面に副尾を含めた三本の尾を叩きつけて斜め後方に二つの電撃を飛ばす。

金獅子は真っ直ぐ突っ込めば斜めの軌道で飛ぶ電撃は受けないと高を括って突進。

しかしこれは左右に回避する経路を断つ為の舞雷竜の罠だった。

舞雷竜は空中放電を行い、眩く輝く巨大な雷球のようになって金獅子に苛烈な電撃を浴びせた。

雷に耐性を持つラージャンでも吹っ飛ばされて体を強打するほどの大放電だ。

舞雷竜に向かって突進した分、より一層大きなダメージを受けることになる。

既に傷だらけの二頭。

気力だけで闘っているようだ。

 

黄白の電光が樹海を明るく照らす。

地上から塔の頂上にも届くほどの雷属性エネルギーが一斉に放出された。

触手を振り乱しながら振り向き、先端の鉤爪が金獅子に切り傷を重ねる。

怯んだ金獅子目掛けて空中から蹴りを放ち、回避されたと同時に蹴り足の触れた地上に帯電域が作られた。

 

帯電域とは、強い光を放ちながら稲妻が吹き出すサークル状のエリアだ。

雷球と比べて範囲が広く、威力も高い。

空気中の塵ではなく地面を直接帯電させることで相手の行動範囲を狭めることが出来るのだ。

長大な触手によるリーチと設置技の組み合わせは地上の敵を寄せ付けない。

体の回転を利用して触手を鞭のように振るい、華?美な電撃で獲物を仕留める戦いぶりはさながら舞のようだ。

 

金獅子は両腕を地につき、口を大きく開いて黄金の破壊光線を撃ち出した。

気光ブレスである。

黄金の突風ともいえる巨大なエネルギーは豪快に大地を抉り、帯電域もろとも舞雷竜の片方の副尾を破壊した。

舞雷竜は体を傾けて胴体への直撃を回避すると、気光ブレスの隙を突いて腕に噛み付いた。

金獅子のパンチを警戒して飛び退き、滞空した状態で睨む。

腕に付着した雷液で金獅子の表情が歪んだ。

離れ側に鉤爪が頬を掠めて小さく血飛沫があがる。

 

煌びやかな黄金の毛が風に揺れる。

腕の切り傷から血が滴る。

二頭の戦いに、再び静寂の時間が訪れた。

無双といわれた者同士の戦い。

圧倒する力でぶつかりあう恐暴竜と棘竜の戦いとは趣の違う展開となった。

限りなく頂点に近づいた者同士の戦いのもう一つの形。

 

それは激突と後退を繰り返す一進一退の攻防。

パンチとキックの交錯。電光と気光の交錯。

警戒心と闘争心が混じった黄金比の敵意が編み出す無縫の攻防。

 

金獅子はナックルウォークから直立の姿勢にになり、双腕に力を込めながら怒号を飛ばした。

エネルギー消費が激しい闘気硬化は、生命力を燃料に戦闘能力を強化しているような状態だ。

腕の傷は深い。金獅子には限界が近付いている。

赤黒く腫れ上がった腕から蒸気が噴き出す。

金獅子の怒髪は命を燃やしたかのように黄金に輝いた。赤い瞳が覚悟に燃える。

 

金獅子の覚悟に応えるように、舞雷竜は空高く舞い上がった。そして全身から眩い雷属性エネルギーを迸らせて、急降下の体勢に入る。

 

『急降下放電キック』

『闘気硬化プレス』

 

正面衝突ではない。上からの潰し合いだ。

飛行能力を駆使して上を取ったのは舞雷竜。

硬質化した腕で一撃必殺の蹴りをガードしたが、腕を貫き胴体まで重く響く衝撃が降る。

意識が薄れる中、金獅子の体の底から黄金の旋風のようなエネルギーが沸き上がった。

必殺の蹴撃を腕で受けながら、それを押し返す勢いで跳躍。

闘気硬化した両の腕を力任せに叩き付けて舞雷竜を撃墜したのだ。

衝撃波の及んだ地面全体が金色に煌めき、一帯は樹海とは思えないほどの煌びやかな光景へと変化した。

 

焼け焦げた木々。

黄金に光る大地の上、勝利を確信して馬乗りの体勢で雄叫びをあげるラージャン。

 

体内に秘めた気光エネルギーを放出する気光ブレスとは訳が違う。

大地を覆った黄金の光は、具現化した闘気のエネルギーそのものだった。

溢れんばかりの闘志を込めた拳の一撃によって、着弾地点に気光を発生させたのだ。

舞雷竜という至高の強敵の存在があったからこそ放つことが出来た金獅子の闘争心の結晶である。

 

既に蹴りを受けた片腕は折れている。

しかし金獅子は攻撃の手を緩めず、全身全霊を込めたパウンドを繰り出した。落雷。

マシンガンのような黄金の拳の暴風雨。

舞雷竜の体内から通電した体液が漏れ出して、全身が凄まじい稲妻を纏う。

舞雷竜は金獅子の傷口に咬みつき、全身から広範囲に放電しながら激しく抵抗する。

金獅子の片腕から徐々に力が抜けてパウンドの速度が落ちていく。

 

そして遂に金獅子の怒髪は萎びて黄金の輝きを失い、金獅子は漆黒の牙獣と成り果てて倒れた。

フラフラと足が泳ぎ、舞雷竜から離れていく金獅子を吠えながら追い立てる舞雷竜。

 

最後の力を振り絞って宙に舞い、帯電キックを繰り出そうとしたその時だった。

電流が流れる音と肉が焼ける音が混ざり合い、舞雷竜の体内で電撃が炸裂した。

舞雷竜は雷属性エネルギーを制御する器官を破壊されたことで電流の制御が出来ない状態に陥っていたのだ。

その状態で雷を酷使したことで遂にショート。

暴発した高圧電流は舞雷竜を内側から焼き粉がしたのだった。

 

ここでダウンしていた銀火竜が起き上がって舞雷竜の頭部を掴み、金獅子に向かって投げつけた。

咄嗟に金獅子が角を向けたことで首に剛角が突き刺さり、遂に舞雷竜は息絶えた。

 

〜火山外れ

 

爆鱗竜の縄張りを抜けた遥か先。

ギルドと周辺諸国は協力して要塞を作り、二頭との最終決戦に臨もうとしていた。

災厄が訪れて、破局を迎える。

逢着した覇竜と崩竜は烈震を起こしながら爆音の雄叫びをあげて歓喜したが、双方空を見た。

四色の光の放つ巨大な積乱雲が接近しているからだ。

高さは十キロメートルを上回り、横幅は数十キロにも達するであろう巨大な山のような雲が突然発生して地上のすぐそばまで降下していた。

 

雲そのものが虹色に変化している。

蒼電と龍光が迸り、火が噴いて氷が降る。

実体を持つカオスのような、名状し難い特濃の概念が空を覆う。

錆びた歯車の軋む音と精密機械の起動音が混ざったような嘶きが聞こえてきた。

 

「あれは...世界の...誤作動?」

 

しとしとと機械油のような匂いの霙が降る。

水溜りに油膜が張って発火したと思うと、霙は火の雨と化して地表を炙りつけた。

気づけば霙は極太の火炎放射の束となって二頭の飛竜に襲い掛かる。

 

『ソニックブラスト』

『氷息』

 

巨人達は雲に向けてビーム状のブレスを放つことで、その壮絶な推進力で火炎放射を押し返した。

すると雲の水蒸気の中で突然発生した高濃度の龍属性エネルギーが乱反射して拡散。

赤く輝く雲とブレスのエネルギーが激突して大爆発を起こした。

積乱雲の内側から機械が軋む音が鳴り響く。

雷鳴と共に火炎のような形の影が映り、直後に発生した熱波で要塞の防護壁が赤熱化。

続いて発生した寒波により熱膨張していた防護壁が急激に冷やされて破砕した。

続いて無数の雷が地上を薙ぎ払い、覇竜と崩竜と共に要塞を襲う。

雷の落ちた地点から龍光の稲妻が走り、崩竜と覇竜は大きく後退した。

 

「一体あれはどういうことだ!世界そのものが破局に抵抗しているというのか!」

 

「我々人類の力は、全く神々に及んでいない!

戦っているつもりになっているだけで、奴らの縄張り争いに巻き込まれているだけだったんだ!」

 

積乱雲が白く輝いた。

遥か彼方から横振りの氷柱の弾丸が砂嵐のように押し寄せて、避けられなかった人々をズタズタに切り裂いた。

 

二頭の巨神は爆音の咆哮で氷柱を砕いて身を守ったが、氷柱は衝撃波に触れた途端赤く発光して爆発。内側から放出された龍雷が二頭の巨神に突き刺さる。

 

「雲から何か出てきたぞ!」

 

「全身から赤黒いエネルギーを発してる」

 

「駄目だ駄目だ」

 

「駄目だ生きられない」

 

当然だ。神の裁きである。

 

地面が融けて冷え固まり、凍った岩盤の上を溶岩が流れている。

二頭の巨大な竜を前に、それ以上の殺気を放つ凄まじいモンスターが佇んでいた。

それは紫の光を放つ龍。

 

神をも恐れさせる最強の古龍。

煌黒龍アルバトリオン。

 

前方に伸びて天を貫くように反り上がった角。

触れる者全てを無慈悲に切り裂く漆黒の鱗はその全てが逆鱗。

見る角度によって青くも赤くも見える量の翼は広がると同時に時空を切り裂いた。

そのため周囲で発生する摩訶不思議な現象は際限なく時系列と位置関係が狂い続けている。

熱と冷気の切り替わりによって煌黒龍の周りだけ気の流れが異なり、禁忌の神体を防護する鎧のように見える。

不安定な属性エネルギーが絶えず天候を変えて、その姿を曖昧にしている。

 

この世の者とは思えないその姿は、眺めているだけで夢と現実が融和しているような感覚に陥る。

この世界を何者かが見ている夢とするならば、煌黒龍は現実との接合部のようだ。

妖艶な尾が地を撫でる。

 

ただただ圧倒される二頭の巨神を前にして、史上最強の存在が直々に来訪した。

 

〜ギルド

 

「生存者無し。全滅。死因不明。火山から山岳地帯まで燃え広がる爆炎が目撃されています。焼死ではないかと」

 

「金属が擦れるような音がした後に積乱雲が一気に消滅。その後に前線の要塞と連絡が取れなくなったとの報告だ。それに...」

 

「五回対称パターン?」

 

「そうだ。なんでも、積乱雲の化け物と海底から回収された不朽体の共通点が多いということで研究チームが不朽体の研究を再開したらしい。

すると不朽体には理論上はあり得ない高次元構造が見られたそうだ」

 

「不朽体って、確か全てを司る古龍種の翼膜だと以前から噂されていましたよね」

 

「煌黒龍アルバトリオン。全ての古龍の中でも最強の存在。焚書が行われて記録はほぼ全焼。

黒龍や煉黒龍と違って人類と戦争を起こしたという記録はない。敵か味方か」

 

「世界各国で自然災害が発生しているようです。人類存亡の危機は終わっていませんね」

 

「五という数字は忌み数だ。不朽体は不吉の前兆か」

 

〜塔

 

「雷鳴が止んだ。舞雷竜は倒されたようだ。

後は塔の起動を防げば最悪の事態は防げる」

 

ハンターはそういって塔に供物として捧げられた幻獣のたてがみを取ると、ポーチの中に入れた。弾ける電気を受けながら幻獣の雷尾を掴んだ時、何者かに手をつかまれた。

暗い部屋でギルドナイトと話していた黒服の男だ。

 

「そうして貰っては困るんだよ」

 

黒服の男はハンターを蹴り飛ばした。

ハンターは語りかけながら立ち上がる。

 

「煌黒龍は自分以外の存在が力を持つことを許さない。塔が時空の歪みを発生させたと知れば、私達は古代文明と同じ道を辿る事になるぞ」

 

「我々ギルドは煌黒龍に挑戦する」

 

黒服の男の背後には、ギルドマネージャーの姿があった。

 

「お前は――」

 

「すまない、ハンター殿。古龍の脅威は人類が乗り越えなければいけない問題なんだ」

 

ハンターは怯えた目でギルドナイトの方を見た。

ギルドナイトは黙って首を横に振ると、双剣を抜いて黒服の男に刃を向けた。

 

「ギルドナイトセーバーか。その剣を握ることが出来るのはギルドナイトの中でも一部だけ。

それを私に向ける意味が分かっているのかね?」

 

「貴様こそ自分のしていることが分かっているのか。人類が滅びるんだぞ」

 

「分かっているとも。我々は塔の技術を利用して煌黒龍を討ち倒し、古代文明を超えていく」

 

すぐにハンターの目に闘志が戻り、冷たい口調で相対するギルドマネージャーを突き放した。

 

「煌黒龍は鋼龍どころの脅威ではない。

君は鋼龍の通った街をみたはずだ。それを超える惨劇が全世界を襲うことになる」

 

「じゃあ人類は黙って古龍にやられ続けろっていうの!?勝てないから!敵わないからって!それなら死んでいった子の人生はどうなるっていうの!?それじゃあ、あの子が居た堪れないよ」

 

ギルドマネージャーが涙を流しながら訴えるたびに、ハンターの瞳孔が小刻みに震えた。

しかしハンターは気を強く持って、息を震わせながら冷たく言い放つ。

 

「最強の裁定者である煌黒龍を倒すことは我々には不可能だ。もし倒しても古龍災害は終わらない。世界の均衡が大きく乱れて、人類は大いなる意志を敵に回すことになる」

 

「大いなる意志だとか裁定者だとか、あたし達の技術よりそんな伝説を信じるって言うのかよ!古龍だって倒せるって言ったのは嘘だったのかよ!信じてたのに!救われたのに!」

 

不安に曇るハンターの表情を目に留めず、ギルドマネージャーは続けた。

 

「あたしヒーローだと思ってた!あんた達ハンターのこと!でも違うんだね!モンスターから助けてくれないんだね!そうだろ!」

 

 

 

 

「答えてみせろよ!あの時みたいに!」

 

 

「...そうだとも」

 

ハンターは俯きながら無理に笑顔を作って、ほろ苦く笑って答えた。

 

「...え?」

 

「ハンターはヒーローじゃない。ハンターだ。

特別な英雄なんかじゃない。ただの人間だ。」

 

分かっていた。

聞く前から分かっていた。

 

「そんな答え...求めてなかった...」

 

ハンターはギルドマネージャーの涙を手で拭って、震えた声でゆっくりと言った。

 

「だから、俺以外のハンターに古龍と戦う責任なんて負わせないでやってくれ」

 

「それって――」

 

「モンスターハンターは、俺一人で十分だから」

 

それは、人でありながら人の身を超えた業を一人で引き受けるという覚悟だった。

真のヒーローとは歓声の中に立ちつづける者達のことではない。

ヒーローとは、ただ愛だけのために残酷な運命に立つことも厭わない者達のことである。

 

ココット村の英雄は自分の為に戦ったのではない。自らの死と引き換えに、世界中の人々の未来を守るために戦ったのだ。

だから英雄は決して不幸ではないだろう。

悠久の時が経って覇竜と崩竜が復活するまで、人々の平和は守られたのだから。

 

しかし、その道は残酷だ。

自分の身を犠牲にするということは、自分を愛する人を悲しませることだ。

だから英雄は誰からも愛されない道を選んだ。

英雄と言っても人の子だ。名誉も栄光もない暗い道を進む心細さに震えて、時に苦しみ悶えながら進むのだ。その苦しさを独り占めするために。

 

黒服の男がフッと笑ってハンターに言った。

 

「モンスターハンターの君に聞こう」

 

「私を止められるか?」

 

黒服の男が黒い上着を脱ぐと、禍々しい見た目の装備が露わになった。

 

「これはリルスシリーズと言ってね。

塔の伝説を基に大量の飛竜の素材を余すことなく使って製造したものだ」

 

 

 

「生命創造の禁忌を侵すことなく造られた現代のイコールドラゴンウェポンだよ」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。